《第415号あらまし》
 須磨学園での不当労働行為事件
     「和解」団交再開へ
 須磨学園依藤先生解雇事件
 地方労働委員会 なんで「連合」だけやねん
     第38期で非「連合」労働者委員を実現させるシンポジゥム
 労判例研究会のご報告
 リストラ110番のご報告
 〔シリーズ〕労基法を使おう (第32回)
     賃金を払ってくれない!


須磨学園での不当労働行為事件
「和解」団交再開へ

兵庫私教連書記長 和田 邦夫


−兵庫私教連機関紙2月号より転載−

和解協定書

1.被申立人(須磨学園)は、平成13年9月20日付け回答を取り下げる。

2.申立人(私学労働組合)と被申立人とは、須磨学園高等学校依藤薫教諭の解雇予告及び自宅待機命令を撤回すること及び改訂「就業規則」に必要な過半数代表の選任と就業規則の内容について並びに須磨学園財務関係書類の公開についてを議題とする団体交渉を早期に誠意を持って行う。

3.申立人と被申立人とは、今後も労使関係の正常化に向けて努力する。

4.申立人は、本協定成立と同時に、本件申立てを取り下げる。

1月30日、兵庫地方労働委員会で、上記、協定書をとりかわしました。そしてこの終結にあたって審査委員長から「早期に誠意を持って」にかかわって、学園は子どもの教育にあたる大事な社会的使命を持つ。この責任を自覚した誠意ある対応を要請したい。なお、交渉日程については事後双方の協議に委ねるが、とりあえず事務折衝日程だけでも早期にこの場で確認しておきたい(要旨)、との発言があり、2月5日に事務折衝を行うことを決めました。(折衝の上、次回交渉は、2月26日、午前10時から須磨学園で行います。)

私たちの申立ては、依藤先生の解雇予告そのものの「当否」について判断を求めたものではありません。「協定書2」にある3つの交渉議題での申入れを、学園が「団体交渉に応じません」(協定書1)と回答してきたことが、労働組合法7条2項「正当な理由がなく拒むこと」にあたるとして救済を求めたものでした。

労働委員会の求めに応じて出されてきた学園側の書面(答弁書・準備書面・証拠書類)によると、私たちが申立てた交渉拒否に至る事実経過は、「おおむね認め(特に争う事実関係はない)」ており、「応じない」理由も、それらの書面ではじめて明らかにされたものです。

したがって私たちは、労働委員会が双方の提出した書面を検討するだけで十分に判断が出来る、ただちに結審して当否の判断を求める、と主張しました。労働委員会は私たちの主張に理解を示し、学園に「団体交渉を早期に誠実に」行うよう説得して「和解」に至ったものです。

今後の交渉で依藤先生の問題は、学園が理由としている事項の「事実誤認」や「背景事情」を糾しながら、その撤回を求めることになります。「撤回」されなければ、やむをえず「訴訟」に踏みきらざるを得ません。

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須磨学園依藤先生解雇事件

弁護士 本上 博丈


1、どんな事件?

86年4月から私立須磨学園高等学校において数学科教諭として勤務していた依藤薫さんは、01年3月30日になされた解雇予告に基づく02年3月末日をもっての解雇について、その解雇は合理的な理由がなく無効であるとして、神戸地方裁判所に同年4月4日、学校法人須磨学園との間に労働契約上の地位を有することの確認と月例給与の支払いを求める訴えを提起するとともに、同月24日、その地位の保全及び賃金の仮払いを求める仮処分申立を行った。

須磨学園は西一族が経営しており、理事長西泰子と学校長西和彦は妹兄で、西和彦は以前は「アスキー」などIT関連のベンチャー企業家として名を馳せた人物である。

依藤さんは50年8月14日生まれの男性で、79年4月に数学科につき中学校教諭一級及び高等学校教諭二級の普通免許状を取得した後、私立高校や予備校での数学科教員を経て、86年4月1日から期間の定めなく数学科教諭として須磨学園に雇用されてきた。

学園の解雇理由書によれば、就業規則13条コ「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するとされ、その事由として、数学の教科指導力がない、クラス担任として指導能力がない、与えられた業務を処理しない、協働的な業務に非協力的、服務態度が悪い、などが挙げられている。


2、解雇予告に至る経緯

もっともらしいことが言われているが、事件は01年3月21日に西和彦が新校長に就任したことに始まる。その日の就任挨拶の職員会議において、全教員に対して、@愚痴,Aどうあるべきか、Bどうしたいか、の3点についてレポートを提出するよう求めるとともに,そのレポートに基づいて校長面接を行うと発表された。

依藤さんは、学校として進学校を目指す場合に教学面その他で改善すべき点のほか、教職員の給与面などでの待遇改善の希望をレポートに書いたところ、3月27日の校長面接において、「自分の経験から言えば,給料が少ないのは能力がないからだ。こんなレポートでは給料は出せない」とレポートを突き返され、書き直しを命じられた。翌28日の、レポートを書き直した上での2度目の面接でもまた,どういうわけかレポートを突き返され、さらに翌29日、3度目のレポートを提出してようやく、「書けば,ちゃんと書けるじゃないか」と言って受け取ってもらえた。しかし、2度目以降のレポートでは待遇改善の希望は削除したものの、それ以外の部分は基本的には最初から同内容で、ただ内容を詳しく説明した程度の変更だったから、もともとレポート提出を指示した趣旨からすると、なぜ2度も書き直しを命じられたのか理解できない対応であった。

同月30日、もう一度来るようにとの連絡を受けて学校に行くと、西和彦校長から、「先生は病気ではないか、生徒から不評を買っている、レポートを3度も書き直すような無能なバカな教員はいらん」と言われて、突然、解雇を予告する。4月から自宅待機せよ、給料は保障するが来年3月末で退職せよ、日付なしの退職願を出せ、と口頭で通告されました。依藤さんは退職願を書く意思はないと述べるとともに、納得がいかないので理由の説明を求めたが、答えてもらえなかった。

これが本件解雇予告に至る経緯で、実は、西和彦新校長が就任する前には、数学科教科会において数学の次年度(01年度)のクラス分担案が作られ、その中で依藤さんは数クラス分の数学授業を担当することが予定されていた。数学科の同僚教師からは次年度も数学の授業を受け持ってもらうものと考えられていたのが、西和彦新校長が就任してわずか10日後には、教科指導力がないなどとして本件解雇予告がなされたのである。

そもそも依藤さんは、79年以降の21年間も数学科教員として勤務を続け、須磨学園においてだけでも15年間の勤続歴があり、その間これまでに、解雇理由書に記載されているような問題点を学校当局や他の教員などから指摘されたことは一度もなかった。依藤さんのこれまでの教員歴に照らせば、学園が本件解雇理由として適格性の欠如を挙げていること自体が、本件解雇には本当はさしたる理由がなく、その不合理、恣意を物語っている。


3、学園側の団交拒否

依藤さんは本件解雇予告等を受けた後直ちに兵庫私学労働組合に加入し、組合は01年4月から、「須磨学園高等学校依藤薫教諭の解雇予告と自宅待機命令を撤回し、2001年4月以後の就労を保障すること」との要求を掲げて団体交渉を行ってきた。

3回の団体交渉において学園側が、組合が行った事実誤認の指摘については「学園が認定したとおりで、ほぼ間違いない」などと曖昧にごまかしつつ、総じて組合の判断・意見にすぎないなどとして誠実に検討しようとせず、単に依藤さんには教師としての適格に問題がある旨のみの強弁に終始したことから、組合は、本件解雇理由の前提となる事実をまずもって明確にしていくこととして、事実に関する「質問書」への回答を求めて、同年9月13日付けで第4回目の団体交渉を申し入れた。

これに対して学園が、「2001年9月13日付団体交渉申し入れについては応じません。」、「依藤教諭の解雇予告及び自宅待機は撤回しません。」、「『質問書』については回答しません。」として団体交渉を拒否したことから、組合は学園の団体交渉拒否は労組法第7条第2号に該当する不当労働行為であるとして、兵庫県地方労働委員会に不当労働行為救済申立てを行った。

地労委では、02年1月30日の調査期日に和解勧告がなされ、学園が、先の拒否回答を取り下げ、組合との間で依藤さんに対する本件解雇予告を撤回することなどを議題とする団体交渉を早期に誠意を持って行うことを約束したことから、その旨の和解協定締結に至った。

和解後、02年2月26日、同年3月11日、同月28日の3回にわたって団体交渉が行われたが、解雇理由書記載の事実関係等について問いただす組合に対して、学園側は調査をしてみる、裁判をすればよいなどと従前同様の不誠実な対応を繰り返し、本件解雇予告の撤回については、それを求める組合と拒否する学園側との間で平行線をたどっただけとなった。


4、本件の真相

なぜ依藤さんが解雇されたのかはよく分からないが、新しく就任した西和彦新校長が教職員らに自己の権力を知らしめ、これからの学校運営を意のままに行えるようにするための見せしめ、デモンストレーションとして強行されたという面があるのではないかと私は見ている。そうすると逆に見れば、本件解雇が正当なものと認知されるかどうかは西和彦新校長の権威、メンツにかかわる問題ということになるから、学園側も妥協のない応戦をしてくるはずである。

労働者に突然、不適格の烙印をはって解雇し、枝葉末節の出来事を並べ立てて消耗戦に持ち込んでごり押しを図ろうとする、そんな非道を許すわけにはいかない。本件は、教育の現場での、たちの悪いリストラなのである。

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地方労働委員会 なんで「連合」だけやねん
第38期で非「連合」労働者委員を実現させるシンポジゥム

川崎重工争議団 神野 忠弘


はじめに

経営者の不当労働行為から、労働者・労働組合を救済すべく使命が兵庫県地方労働委員会にはあります。しかし、そうした労働者・労働組合が不当労働行為の救済、紛争の斡旋、調停、早期の命令を兵庫県地方労働委員会に求めてもかつてのように、労働者委員に気軽に相談することもなく審問も長引いています。

それもその筈です。労働者委員の選任問題は「連合」結成以後の1991年、第31期から14年間、労働者委員7人全員を「連合」が独占しているからです。

「労働者委員の公正な選任を実現する兵庫連絡会」はこうした不公正な選任を改め、組織割合では「兵庫連合」は7人中、4.7人であり潮流を異にする労組からも組織割合に基づく人数を任命すべきであり、2001年9月に井戸敏三県知事を相手どり、第37期労働者委員選任処分取消などの請求をして、神戸地裁への提訴に至りました。


非「連合」労働者委員の実現を

労働者委員は、地労委を利用する労働者と労働組合のもっとも頼りになる味方でなくてはなりません。

第38期で非「連合」労働者委員を実現をめざして、『地方労働委員・なんで「連合」だけやねん』と題して、5月24日(金)にシンポジウムが開催されました。

この日のシンポジウムは増田正幸弁護士(兵庫県民主法律協会事務局長)の司会で行われました。増田弁護士は非「連合」の統一候補を労働者委員に選任させ、連合独占の兵庫地労委を改善して行こうと挨拶されました。

続いて、第37期非「連合」労働者委員候補の和田邦夫(兵庫私教連書記長)氏は、地労委の労働者委員の選任問題について「全国的な運動の教訓に学び、第38期ではかならず非連合の選任を勝ち取ろう」と決意を述べられ、そのための手だては何か、第37期では選任されなかったくやしい思いを語り、兵庫地労委の不当な偏向選任は民主主義の壊すものであると、民主教育を推し進めてこられた教師らしい発言をされました。

東京からは3人の方がシンポジウムにご参加して下さり、全国的な運動と情勢をお話して下さいました。

中央労働者委員候補者として、全国を忙しく走り回っています藤田忠弘(国公労連顧問・国営独立行政法人担当候補)さんは「労働者委員の公正な任命を勝ち取ることが労働委員会機能の正しい発揮になる。本年10月には全国の働く仲間とともに必ず実現させたい」と、決意を語られました。

もうお一人方の中央労働者委員候補者である今井一雄(日本マスコミ文化情報労組会議議長・民間企業担当候補)さんは、「子どもが聞いても、どこかおかしな労働者委員選任問題であります。「連合」独占では中立や非「連合」を担当できる労働者委員がいない現状であり、正常な労働委員会を構成するには、非「連合」・中立出身の労働者委員の実現は急務である」とその決意を述べられました。


アステップ神戸大セミナー室は満員

シンポジウムは森岡時夫(兵庫労連事務局長)さんがコーディネーターを務められ、「労働者委員の公正な選任を実現する兵庫県連絡会」の活動に、多くの方々のご協力に感謝を述べられてシンポジウムは始まりました。

東京からわざわざ足を運んで下さいました国分 武(労働者委員会民主化対策会議事務局長)さんは、@不当労働行為を救済をする。という、きちんとした役割を果たすためにも労働者委員の潮流別推薦は必要である。A非「連合」の労働運動に国民の目が集まっている。非「連合」の政治的力量も地位を固めつつあります。その運動の力量を今後も一層元気に高める必要があると、問題提起されました。

大阪地労委・民主化運動の主役として活動されておられる徳山重次(大阪府地労委労働者委員)さんは、@大阪では70年代より民主的労働組合と階級的労働組合が結集して、ねばり強い運動の中で地労委・労働者委員選任「調整委員会」を設置させ、選出方法を定めたこと。A民主的選任問題では、全国の運動に学びながら労働者と労組が先頭に立ち、それを軸に弁護士や地域の人々の協力で実現できる。非「連合」や中立の労働運動の充実が「連合」を変えると問題提起されました。

兵庫地労委の利用者から見た労働者委員の現実について、お忙しい中パネリストとしてご参加下さった中村伸治(JMIU西神テトラパック支部委員長)さんからは、1992年にパート組合員の解雇問題の発生から地労委に申立てを行い、その後の組合委員長の不当配転、西警察署が組合名簿を出せと言っていると組合員攻撃と切り崩し、ビラ配布事件への嫌がらせなど、数々の会社側の不当労働事件で地労委・中労委でお世話になりました。

兵庫県地労委では「どの人が労働者委員かと思うほどで、殆ど誰が労働者委員だったか記憶にありません。本来は弁護士なしでも利用できると聞いています。到底、弁護士なしでは利用できませんし、これでは弱者を救済するという機能もなく、本来の弱者の救済するという機能は取り戻してほしい」と、利用者の立場から問題提起されました。


裁判闘争の現状と今後の課題

パネリストの最後は羽柴弁護士(労働者委員選任処分取消等請求事件・弁護士)です。兵庫県地労委の現状と裁判闘争についての報告がありました。@かつては総評4、同盟3の選任枠であり、調査や申立て以前から労働者委員には相談できたが、今はそれができない。A「連合」からの地労委への利用や申立ては非常に少なく名誉でもないのに「連合」の労働者委員ばかりでは地労委が機能しているとは言えない。B地労委に労働者救済の機能を持たせる必要がある。C兵庫県地労委のいう「労働者一般の正しい利益」のためにも非「連合」からの労働者委員の早期の実現には正当性があり、民主主義を進める運動でもあると問題提起されました。

一方、裁判は第3回公判が5月20日10時より行われ、傍聴席をほぼ満員にしました。

原告は、第37期労働者委員・非「連合」候補和田邦夫氏と、推薦組合である医労連、甲南電機、建交労、私教連の4組合です。被告は兵庫県知事であります。

今回の公判で明らかにされたことは、@労働者委員の選任問題は、産業労働部労働福祉課が起案を作り、知事が決裁すること。A非「連合」では、今回は和田邦夫氏1人にしぼった。逆に「連合」側は、16の労組から15人の候補を出し、7人を選出したが非「連合」の和田邦夫氏が選出されなかった理由は明らかにされていません。知事には釈明を求めています。B非「連合」としては、これは偏向任命である。「正しい利益の反映でない」と反論しています。

フロアからの発言

シンポジウムには、19団体、152名の参加がありました。フロア発言は4団体からありました。

フロアからの発言では

@ 申し立てをして8年、命令が出るのが遅い【川重】
A 労働者委員に相談出来ないし、したことがない【川重・宝塚映像・全港湾・建交労】
B 労働者委員が経営側の立場に立ち斡旋、裏説得をする【宝塚映像】
C労働者委員に相談出来ない実情が労働現場の労働条件を悪くしている【川重・全港湾】
D早急な救済を申し立てているのに書類の不備を理由に受け付けてくれなかった【全港湾】
E会社の不当労働行為で申し立てても、労組の資格や構成で会社の印鑑がいるなど納得できないことにも回答も貰えなかった【全港湾】
F組合の潮流間の差別が救済できない【川重】
G労働者・労働組合を救済する地労委をつくる必要がある【川重・宝塚映像・全港湾・建交労】

の発言がありました。


4名のパネラーの総括発言では

シンポジウムの締めくくりに、各パネラーからの総括的な助言と、今後の運動への展望についてご発言を戴きました。

4人のパネラーの総括発言を要約させて戴きますと、

@「なんで連合だけやねん」。正にその言葉通りのシンポジウムであること。県民も「連合」組合員もこれはおかしいと思っていること。
A兵庫地労委での労働者委員と経営者委員のどっちがどっちか判らん構成では、救済を求めても救済できないことになる。
B「連合」にも呼びかけて、不当労働行為が救済される兵庫県地労委にしなくてはならないこと。従って現労働者委員のみなさんにも「実現させる連絡会」の趣旨を伝えていくことも大切である。
C「実現させる連絡会」を一回りも二回りも輪を大きくして裁判闘争の勝利とともに、運動を軸に兵庫県地労委を本来の機能が発揮できる地労委にするために、ひとつ一つの運動で成果を積み上げることが必要である

などの助言を戴き労働運動の原点を語られました。


今年10月には必ず中労委で選任を

当面は、今年10月には中央労働委員会での労働者委員任命では、藤田、今井両氏候補の労働者委員を実現させ、2003年の兵庫県地労委第38期選任では、非「連合」の統一候補である和田邦夫氏の労働者委員実現をめざすことを確認しました。

それにしても兵庫県地労委は、労働者・労働組合が利用しにくい事態にあることが明らかにされた思いです。経営者の不当な攻撃から身を守ったり、労働者・労働組合が経営者の不当労働行為の救済をお願いしても、労働者委員にお骨折りを戴くことができないとなれば、地労委が機能しているとは思えません。

労働者・労働組合の職場闘争に理解を示し、救済をお願いできる、36協定や職場の既得権にも理解を持つ非「連合」からの労働者委員の選任は、兵庫県地労委の機能回復のためにも大切であるという思いです。

今後の裁判闘争の中でも、労働者と労働組合のためにも、労働者委員の選任問題は重要なたたかいにさしかかっております。裁判闘争の勝利をめざした労働運動の結集が求められていることを実感致しました。

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労働判例研究会のご報告

弁護士 増田 正幸


1. 2002年4月23日、第2回労働判例研究会が行われた。今回のテーマは「就業規則の不利益変更」

裁判所が就業規則の不利益変更を有効と判断した事例(NTT西日本事件〔京都地裁平成13年3月30日・労判804号〕、ハクスイテック事件〔大阪地裁平成12年2月28日・労判781号、大阪高裁平成13年8月30日・労判816号〕)と無効と判断した事例(全日検神戸支部仮処分決定)について、それぞれ検討した。以下に、各判例を紹介する。

就業規則の変更自体は使用者が一方的になしうるが、使用者は、新たな就業規則の作成・変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されない。ただ、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(秋北バス事件・最判昭和43.12.25)とされている。

就業規則の変更による労働条件の切り下げの可否が問題となる場合には、それが「不利益」変更といえるか否かが、まず検討されなければならない。

その上で、その変更に「合理性」が認められるのか否かが問題となる。

最高裁判例は、就業規則の変更が「合理的」なものか否かを判断するに当たっては、変更の内容及び必要性の両面から見て、それによって労働者がこうむることになる不利益の程度を考慮してもなお、当該労使関係における当該条項の法規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることを要するとし、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に一方的に受忍させることを許容できるだけの「高度の必要性」に基づいた合理的な内容のものである場合においてその効力を生ずるとしている。

最高裁は、「不利益変更の必要性」(賃金等の重要な労働条件については「高度の必要性」)の程度と変更による「不利益の内容・程度」との比較考量を基本にして合理性を判断し、不利益の程度、内容の酌量において変更との関連で行われた労働条件改善の有無、内容や変更の社会的相当性、労働組合との交渉経過等を総合的に考慮していると言える。


2.ハクスイテック事件(大阪地判平成12年2月28日)

@ 就業規則の給与規定を改定し年功型賃金体系(年功部分8割、能力部分2割)から8段階で査定してその結果を賃金に反映させる(年功部分2割、職能部分8割)ことについて、合理性の有無が争いになった。

A 不利益変更か否か

判決は、旧給与規定と新給与規定によりそれぞれ将来賃金を予測した結果、新給与規定による方が減額になるので給与規定の変更は不利益変更に該たるとした。

B 不利益性の程度

しかし、判決は旧給与規定における能力給部分が従来年功的に運用されていたことを無視して、旧給与規定により将来賃金を予測する際に、将来能力給が上昇することは一切認めずに算定した結果、旧給与規定にもとづく将来賃金の予測を低くみつもることによって、新給与規定における賃金との差は少額であり不利益性の程度はわずかであると認定した。

C 変更の高度の必要性

判決は、さらに、会社が過去において不動産投資に失敗して一時的に赤字になったものの現状は赤字ではなく本業である製造部門は順調に黒字を出しているにもかかわらず、「近時,わが国の企業についても、国際的な競争力を要求される時代となっており,労働生産性と結びつかない形の年功賃金制度は合理性を失い,労働生産性を重視し,能力,成果に基づく賃金制度をとる必要性が高くなっていることは明白」であると変更の「高度の必要性」を肯定した。

しかし、個別具体的な事情から「高度の必要性」の有無を問うのではなく、このような抽象的な理由をもって必要性の判断の要素とすることは従来の判例の枠組みからはずれるものであり、裁判所が政策的判断を優先させたというものである。


3.NTT西日本事件(京都地判平成13年3月30日)

@ 55歳になる管理職(副参事)について、就業規則を変更して56歳以降も会社で勤務することを希望する者を副参事から「特別職群」に移行させ、58歳役職定年制の適用を除外した上、職責手当などの賃金を減額(約3割)することにしたことの「合理性」が争われた

A 不利益性の程度

判決は、原告らの賃金額の減少の程度は決して小さいものとはいえないが、特別職群に移行した原告らの収入は退職して再就職した労働者よりは低くならないこと、会社では55歳以上そのまま会社に残って働く副参事管理職はほとんどおらず、役職定年の58歳まで副参事のまま働くことのできなくなったことの不利益は実質的には小さいと認定した。

しかし、ほとんどの副参事が55歳で退職していたとしても60歳定年制と58歳役職定年制は原告らの既得の権利であり、定年退職するまで従前の賃金体系の適用があることも既得の権利であったはずなのだから、不利益性をァD20/認定する際に、55歳以上会社に残る副参事がほとんどいないという実情や55歳で退職して再就職した労働者と比較することは許されない。

B 変更の必要性

判決は、会社は、当時、経常利益においてトヨタ自動車に次いで全国2位で経営状態は良好であると認定しつつ、「コスト高で収益力の弱い従前の企業体質のままでは、将来的に良好な経営状態を維持できる保障はなかった」として変更の必要性を認めている。

経営状況が賃金減額の必要性の根拠となることは否定できないが、それは会社の経営状況が危険な状況にある場合に限定されるべきであって、「将来的に良好な経営状況」を維持するために賃金減額の必要性を認めるならば、およそ自由競争をしている企業に関しては常に賃金減額の必要性が肯定されることになってしまい、最高裁が賃金減額について「高度の必要性」を求めていることにも反する。


4.全日検神戸支部仮処分決定(神戸地決平成13年11月1日)

@ 全日検は公益社団法人であり、全国の主要な国際港に10の事業所、従業員約2300名を擁する全国企業体である

神戸支部(約400名)の業績悪化を理由に就業規則を変更して賃金を50%カットした事案について就業規則変更の合理性が争われた。

A 裁判所の判断

(T) 債務者が長年赤字体制にあったことから、その収支改善施策として、各支部の独立採算的運営を重視した施策を行うこととしたことは、その経営施策として十分合理性・妥当性を有するものであり、基本的にはその経営判断を尊重すべき(変更の必要性の内容・程度)

(U) 50%カットは一家の生計を支えることが困難となることは明白であり、本件就業規則の改定により従業員らの被る不利益は大きいこと(不利益性の程度)

(V) 神戸支部の業績の落ち込みが際だって大きいとしてもその原因は阪神大震災という予想外の出来事による影響が大きいこと(変更後の就業規則の内容自体の相当性)

(W) 債務者は、全国単一事業体であることからすれば、独立採算的運営を重視するとしても、神戸支部の業績の落ち込みにつき、他支部に相応の負担を求める運営がなされて然るべきであること(変更後の就業規則の内容自体の相当性)

(X) 平成12年度においても赤字支部は神戸支部以外に北陸、中国、大阪の各支部に限られ、それらの支部においては賃金カットを提案されているものの、神戸支部ほどの大幅な賃金カットはなされていないこと(変更の必要性の内容・程度)

(Y) 6支部では賃金カットがなされておらず、債務者全体の収支では平成11年度、同12年度ともに黒字であること(変更の必要性の内容・程度)

(Z) 代償措置として提案されたマリンサービスへの転籍は、賃金カットの幅が20ないし40%に軽減されるメリットがあるにすぎず、身分的には派遣社員となり有期契約となるため、その地位は不安定なものでしかなく、十分な代償措置とは到底言えないこと(代償措置)

([) 神戸支部労組と同じく神戸支部の労働者で構成される神戸支部職員組合との間では本件賃金カットと同内容の合意が成立していること(他の労働組合または他の従業員の対応)を考慮しても、本件就業規則変更はそれによって債権者らが被る不利益の受任を許容させるに足る高度の必要性に基づきなされた合理的な内容のものであるとは認められない。

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リストラ110番のご報告

弁護士 増田 正幸


去る6月1日、日本労働弁護団が主催した全国一斉のリストラ110番が実施され,兵庫県では民法協所属弁護士8名が午前10時から午後4時まで相談に応じた。

この110番は最近では毎年6月と12月に実施され,最近の実績は以下のとおりである。

2000年12月9日 全国509件 兵庫25件

2001年6月2日 全国556件 兵庫18件

2001年12月1日 全国630件 兵庫19件

今回は、全国23カ所で実施され合計604件の相談があったが、兵庫県は何故か非常に相談件数が多く、33件の相談が寄せられた。当日は電話2台で対応したが、ひっきりなしに電話がかかり、何度架けても話し中だったという苦情をいただいた。


 今回の相談の内容は

内 訳
解雇 7件
退職強要・退職勧奨 9件
賃金不払い(賃金、退職金、残業代) 4件
労働条件切り下げ 3件
嫌がらせ等 4件

今回は,解雇と退職勧奨・退職強要に関するものを併せると合計16件と半数近くなり、その他にも退職金や残業代の不払い、会社の倒産など長引く不況を背景とする深刻な相談が多かった。


相談の中には以下のようなものがあった。
◆明石にある外資系の大手化学メーカーで、昨年8月に120名の希望退職を募集したところ、70名しか応じないために、退職勧奨されたがこれを拒否した50名の労働者が製造現場からはずされて一つの部屋に隔離され退職勧奨に応ずることを強要された。32名は泣く泣く退職に応じたが、残る18名についてばらばらに配転した上、現在、仕事を与えないで1日中座らせている。

◆過労により脳内出血で倒れて職場復帰はしたものの左片マヒの障害が残っており、定年までは仕事をさせるが障害が残っている状態で正社員として雇うわけにはいけないと言われて、いったん退職して期間雇用になることに応じたが、最近では次の職場を探すように言われている。

◆目標を達成できなかったら辞めろと言われて、毎日トイレ掃除をさせられたあげく突然、明日から出社に及ばないと通告された。

◆営業成績にもとづき売上の2分の1相当額を年俸として支給する制度に改めると言われている。

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《シリーズ》労基法を使おう (第32回)
賃金を払ってくれない!

弁護士 萩田  満


1 使用者が賃金を支払ってくれない場合,労働者個人の力ではなかなか解決することができないようです。その場合考えられるのは、労基署、裁判所を利用することになります。


2 労基署

(1)使用者は、毎月1回以上、定期的に賃金全額を支払う義務があります(労基法24条)。これは、労働関係のもっとも基本的な原則なので、労基法120条は罰則を定めています。

(2)賃金未払の事実を労基署に申告すると、労基署は調査のうえ、使用者に対して賃金支払いを勧告します。このとき使用者が賃金支払いを確約しないときまたは、確約しても支払わないときは、労基法違反として刑事告発がなされることがあります。このような罰則による心理的強制力から、使用者が賃金を支払ってくることもあります。

(3)問題なのは,労基署が簡単には動いてくれない点です。労働者が労基署に違反申告手続きをとらなければ,労基署は動いてくれないでしょう。


3 裁判

(1)労基署が動かないときには裁判を考えるべきです。訴訟や調停です。

(2)賃金未払事件は、一人一人の金額ではどうしても少額になってしまい、裁判手続が煩瑣なために敬遠される傾向があるようです。

多くの労働者が集まれば金額を合算して集団提訴もできますが、少額事件(90万円未満)の時は、簡易裁判所で調停や本人訴訟をすることも一つの手段となります。裁判所書記官室にはアンケート形式の訴状・調停申立書の雛形がおいてある場合もあります。

また、1ヶ月分の賃金など,請求額が30万円未満の場合には少額訴訟手続を利用して1回で裁判を終了することができます。判決に至らないまでも,和解を斡旋されることも多いようです。


4 請求金額

(1)時間内賃金 当然請求できます。

(2)時間外賃金 時間外労働・休日深夜労働がョァD19/あった場合も当然賃金に含まれますので、割増率を乗じたうえで必ず計上するべきです。

なお、時間外賃金額の計算方法は、計算の基礎額に含まれない費目(家族手当など)もあるので注意しましょう。家族手当などは、純粋な労働の対価とはいえない言う理由で、割り増し計算からはずされています。

(3)通勤手当 賃金の費目に「通勤手当」が含まれている場合はもちろん、交通費を立て替えている場合には、立替交通費として請求するべきです。

(4)遅延損害金 一般的には労働者を雇用するのは企業ですから,商事法定利率として、年6%の遅延損害金(普通の民事事件では5%です。)を請求できます。

また、パート・アルバイトの場合で,賃金をもらわずクビにされた、等という場合は,年14.6%という高額の遅延損害金を請求することができます(賃金の支払い確保に関する法律)

(5)付加金 時間外労働、休日深夜労働があった場合には、ケの割増賃金と同額の「付加金」を請求することができます(労基法114条)。なお、付加金は、裁判所の裁量的な判断で支払を命じるものですから、提訴するにあたっては、賃金を払わない使用者の悪質性などを書面に記載すると良いでしょう。


5 企業倒産の可能性があるとき

経営が苦しくて支払が困難な場合には,法的手続が無駄になる場合もあります。

そこで、企業が倒産した場合など一定の要件さえ満たせば,労基署で立替払いの制度を利用して、未払い賃金の何割かを請求することができます。


6 その他

(1)証拠の用意

賃金の計算は面倒なことも多く、また、時間外労働の支払いを請求する場合には、証拠資料の準備が不可欠です。就業規則やタイムカードをあらかじめ準備しておきましょう。

特に、前記の少額訴訟手続を利用する場合は、1日で裁判が終わってしまうので、書類などすぐに取り調べできる証拠を用意しておく必要があります。

(2)時効

賃金請求の時効期間は2年と短くなっています。(労基法115条)

(3)仮差押え

保全手続きをとることによって早期に賃金を確保する方法もあります。ただし、費用的な問題で、請求額によってはいきなり提訴することがよい場合も多いようです。

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