1 2002年8月23日午後1時15分神戸地裁大法廷で全日検第1審判決が言い渡された。当日は、原告ら及び支援の人々で法廷に入りきれない多数の人が詰めかけた。判決主文は、カット分の賃金を賃金カットが始まった2001年4月からカットの予定期間が満了する2004年3月まで支払えというもので、原告らの全面勝訴であった。言い渡しの瞬間、法廷は一瞬静まりかえった。勝訴を確信しつつも、勝訴判決を実際に耳にしてホーッという安堵が法廷を包んだ。
以下に、簡単に判決の内容を紹介する。
2 全日検の基本的な労働条件は協会本部と各支部の労働組合の連合体である検数労連との間の労働協約により規律されている。
@ | 全国統一の労働条件を定めた労働協約を神戸支部労組との関係でのみ破棄して、神戸支部にだけ適用できなくすることができるか。 |
A | 無協約状態になれば、労働条件は就業規則で規律されることになるので、就業規則を改悪して50%も賃金をカットすることが許されるか(就業規則を変更して賃金を50%カットすることは就業規則の「不利益」変更であるが、このような大幅な不利益変更が許されるか)。 |
の2点であった。しかし、判決は、カット額そのものには原告らと被告との間で争いがなく、要はカット分の賃金を被告が原告らに払うべきか否かを判断すればよいのであるから、@Aの争点の内、Aの争点についてだけ判断すれば足りるという前提に立って、Aの争点(就業規則の不利益変更の効力)についてだけ判断した。
3 就業規則の不利益変更の効力について、判決は、これまでの最高裁が示した判断基準をそのまま採用した。すなわち、判決は「新たな就業規則の作成・変更によって、労働者の既得の権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。そして、上記にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお、当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に一方的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。そして、上記の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関するわが国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」という判断枠組みを示した。
4 そして、上記の各要素について次のような判断を示した。
被告が取扱作業量及び事業収入が全国的に落ち込み、特に神戸支部においては震災以降大幅な減収となり、その状態が現在も続いており、賃金カットによる人件費の圧縮といった経費削減策が、経営上、必要かつ有効な収支改善策の一つであることは誰しも否定できない。
基準内賃金の50%を3年間にわたってカットされることになれば、早晩、家計に破綻をきたすことは明らかであり、原告らが本件賃金カットにより被る不利益はあまりに大きく50%のカット率が原告らの生活実態を考慮した合理性を有するものとは認めがたい。
神戸支部の赤字の原因としては震災という客観的外部的要因の影響が大きいことからすれば、それによる不利益を神戸支部の従業員のみに負担させるのは酷である。
本来的には全国規模の単一の事業体であることからすれば、客観的外部的要因の影響が大きい神戸支部の赤字の対応については、被告を挙げての取り組みがむしろ必要と考えられ、他の支部においても相応の負担をするといった運営が考慮されて然るしかるべきである。神戸支部以外の支部においても賃金カットを行っているが、本件賃金カットは、そのカット率及びカット期間の両面で突出しており神戸支部の従業員にのみ過大な不利益を押しつけるものといわざるを得ない。
この点でも本件賃金カットの内容が合理性を有するものとは認めがたい。
西日本マリンサービスへの転籍斡旋をしたが、転籍者は賃金の減額率こそ20ないし40%にとどまるものの、1年ごとに更新される有期雇用契約の下で派遣社員として働くことになるので、被告の下での労働条件と比べると著しく不安定な身分に陥ることが明らかで、十分な代償措置と認めることはできない。
本件賃金カットが原告らにきわめて重大な不利益をもたらすものであることや、被告の役員や管理職の報酬・給与はもともと高額であると推認されることを考慮すると被告役員の報酬、管理職の賃金の減額の程度は軽微であって本件賃金カットとはあまりにも大きな不均衡があるといわざるを得ない。
被告は暫定協定締結直後に賃金協定の破棄通告及び本件賃金カットの提案を行っているのであって、唐突な提案であった。その後、交渉が重ねられたとはいえそれが容易に妥結に至るとは思われない提案であることは明らかであることからすれば、被告が本件賃金カットの提案後わずか3ヶ月余り後に本件就業規則変更によって本件賃金カットの実施に及んだことは性急に過ぎる。
本件のような大幅な賃金減額を行っている企業も一部には存在するが、そのことから本件のような大幅な賃金の減額率が一般的であるとまでは到底認めることはできない。
5 以上の各要素についての判断をもとに総合考慮して判決は本件就業規則の変更の合理性を否定し本件就業規則変更は原告らにその効力を及ぼすことができないと結論づけた。そして、判決後も賃金カットの予定期間とされた2004年3月までの将来に渡る支払も命じ、原告らの請求をすべて認めた。
6 勝訴判決を得たことは闘いの大きな成果である。しかも、被告は控訴を断念し、判決は確定した。しかし、未だ闘争は半ばであり、新たな合理化提案がなされることは必至である。皆さんのこれまでの物心両面にわたるご支援に感謝すると共に、今後のご指導とご支援をこの場を借りてお願いしたいと思います。
なお、本判決の詳細については次回(10月3日午後6時〜海員会館)の労働判例研究会で詳しい報告と討論を予定していますので、是非ご参加下さい。
このページのトップへ「日能研関西」は、本社を神戸市に置く中学校受験指導進学塾で(小松原影久社長)、神戸の他にも、京都、大阪、奈良、広島などに教室を開校している有名な進学塾なので皆さんもご存じかと思います。通う生徒は約7,000人、職員総数は約250名です。
日能研のような進学塾は、普段の授業だけでも忙しいのに、教材作成や父母会などのイベントが目白押し。入試直前の1月頃になると、夜の授業だけでなく、入試問題の作成、早朝の試験会場前激励など、めまぐるしい忙しさになります。職員の長時間残業は当たり前となっていたものの、会社は5年ほど前にタイムカードを廃止し労働時間が事実上分からないようにしてきました。
こうした中で、2000年1月、算数を教えていた酒井博之氏がくも膜下出血で帰らぬ人となるという衝撃的な事態が発生しました。業務過重が原因であることは明らかであり、酒井氏のご遺族は、同年10月に過労死として労災申請し、翌2001年9月には会社を相手どって損害賠償請求訴訟を提起しました。
従業員の間では、長時間勤務を改善しない限り酒井氏のような過労死はなくならないとの思いが広がっていき、自然と労働組合結成の動きにつながっていきました。この中心となったのが、酒井氏の友人であった東雅之氏です。
2001年2月16日、神戸市内で労組結成大会が開かれ、「全労連・全国一般労働組合兵庫県本部日能研労働組合」が結成されました。そして、東氏は執行委員長に選出されました。
労組結成当日、労組は会社に対して、労組結成通知と要求書を手交しましたが、その職場要求の大きな柱は、時間外労働基準の明確化と法律に従った時間外手当の支給、さらに、労組結成の契機となった酒井氏の過労死に対する謝罪などです。また、労組は、酒井氏の過労死に関する損害賠償請求訴訟を支援してきています。
酒井氏の労災申請がなされるや、会社は、従業員に対して、労働基準監督署の調査に際して会社の意をくんだ発言をするよう圧力をかけてきました。東氏は、労組結成前から、会社の会議の場でも率直に「酒井氏は過労死だと思う」と述べたりしていたため、会社に冷遇され始めました。
労組が結成されると、会社は、清水および牧島という労務屋2名を人事担当取締役・人事課長なる名目で雇い入れて労組に対抗しようとしました。しかし、労組員の痛烈な批判の結果、会社は両名を更迭せざるをえませんでした。
また、会社は、労組の過労死裁判支援を嫌悪して、裁判傍聴する組合員をチェックし、裁判傍聴説明会に難癖をつけ、事実上脅しをかけてくる始末です。
労組委員長である東氏は、入社以降順調に昇給昇格し、組合結成当時は教務部マネージャーとして活躍していましたが、労組結成運動が広がるさなかである2001年2月、新設された教務課課長職に「降格」配転されることになりました。この部署は、翌年の人事異動で東氏が再び「降格」配転されるや、直ちに廃止されたもので、東氏を「降格」配転するために新設したとしか考えられないものです。
さらに、東氏は、2002年度の人事異動で別の課の課長補佐へと、2年連続の「降格」配転です。また、東氏は、職能資格も引き下げられ、賃金も引き下げられています。
中川健也氏は、労組結成当時、「灘特進コース」の本科授業・特訓授業を担当していました(特進課にも配属)。同コースは有名校受験をめざす生徒向けの授業であり、進学塾である会社が特に重点的に従業員を配属している、いわば「花形」コースです。従業員にとっても、特進コースを担当することは、技能と経験を十分生かすことができ、名誉なことであって査定にも影響があると受けとめられています。
しかし、労組結成大会で中川氏が労組副執行委員長に選出され、同氏が労組の中心人物であることが分かると、年度途中であるにもかかわらず、中川氏の特進コースはずしが持ち上がりました。中川氏は、まず夏期講習において灘特進コースの授業を減らされ、その後、通常の講習の特進担当もはずされました。また、中川氏は、特進コースを担当していた前年度夏季一時金は最高評定でしたが、2001年度の夏季一時金は従業員の平均以下になりました。その後、2002年度の人事異動ではついに特進課自体をはずされ、別の課へ配転させられました。
このように、会社は、酒井氏の過労死に端を発した一連の運動、すなわち職場改善の動き、過労死裁判支援の運動、そして労組と、ことごとく嫌悪し、その先頭に立っている労組執行部の東氏、中川氏に攻撃を集中させ、配転、賃金の差別など不当な圧力をかけています。
労組は、今回のことに毅然と対応するため、今回、労働委員会に不当労働行為救済申立をしました。
このページのトップへ・国際的競争力の確保や企業グループとしての利潤追求のために企業組織再編が進められ、業種は問わない。
・集合体を形成して、その集合性を企業の都合のいいように利用していながら(連結納税制など)、労働契約関係に限っては各会社の個別性を強調して労働者の権利を限定しようとするという、ご都合主義
・ここ数年の特徴は、再編の手法やメリットを法律化して国家が再編を後押ししているということ。例えば、純粋持ち株会社を解禁した97年の独禁法改正、大幅な人員整理を含む合理化計画について政府の承認を得ると税法上の優遇措置等を受けられる99年の産業再生法制定、会社分割の手続を簡略化した01年の商法改正、組織再編と組み合わせて労働者1人を減らせば100万円の補助金が得られる(IBM野洲工場の例)新規事業雇用創出助成金制度など。
・偽装【閉鎖】は、実質的な経営権限を持っている親会社が別にある場合には、偽装閉鎖した旧会社と新設会社との間に親会社が入ることで、偽装の実質が見えにくくなっている(親会社甲が労働組合のある子会社Xを偽装閉鎖して別の子会社Yを設立した場合に、甲がXとの取引を打ち切ったためにXが倒産したような形をとり、Yの代表者にはXの代表者とは別の人物を就任させたような場合)
・企業再編の手法は、例えば高見沢電機(長野県)の場合に営業譲渡と持株会社設立が組み合わされたように、複合的に使われる。
・【合併】は複数の企業が全体として統合するもので、労働者の身分は当然に承継されるが、合併するX社とY社で労働条件に格差がある場合には、条件の低いX社の条件に統一されることが多い。それは論理的にそうなるわけではなく、力関係の結果にすぎない。
・【純粋持株会社】特有の問題として、事業会社の経営方針を含めて全ての意思決定は持株会社の取締役会でなされるが、事業会社の従業員は持株会社とは雇用契約関係にないことから、事業会社の労働組合は持株会社を使用者として団体交渉を要求できるかという問題がある。NTTなど持株会社は,雇用関係にないからとして団交を拒否する例が多い。参考になるのは、朝日放送事件最高裁判決平成7・2・28で、「労働者の労働条件、権利に関わり、ある会社(親会社など)の権限において処理されうる事柄であって、労使間の集団的合意により決定し得るし、それが適切であると判断される場合には,当該企業と労働者との間に労働契約が締結されていない場合でも『使用者』と見なされ、団交応諾義務が認められる」とした。
・【会社分割】とは、会社の営業の一部を分割して他の会社に継承させること。会社分割に伴う労働者の地位の承継については、労働契約承継法で規律されており、「承継営業を主たる職務」としながら承継されないとされた労働者については、異議申立によって承継されることになり、「承継営業を従たる職務とする労働者」で承継されるとされた労働者については、異議申立によって元の企業に残留することになり、これらの点は画期的。しかし、「承継営業を主たる職務とする労働者」で設立会社などに承継されると指名された労働者が転籍を拒否した場合には、解雇となる可能性が高い。なお,承継営業を「主たる職務」とするか「従たる職務」かの区別については、厚労省が指針を出し、企業が会社分割にかこつけて恣意的差別的な人事を行うことは一応防止されている。
・【営業譲渡】とは、営業の全部または重要な一部を他に有償で譲渡することで、ここでの営業とは、土地・建物・機械設備など有体財産、ノウハウ・得意先など無体財産,経営者・労働者などの人材から成る、有機的一体性をもつ組織体のこと。一般的には、営業譲渡は契約だから、どの施設・設備を譲渡するかは譲渡会社と譲受会社との交渉に委ねられるのと同様、労働者を承継するか否かは両社の契約に委ねるとされており、したがって論理的には譲渡営業を主たる職務とする労働者であっても、両社の契約で承継対象外とすることができることになる。但し、承継するためには当該労働者の同意が必要(民法625条1項)。
・現実には,承継する労働者を選り好みするために【営業譲渡】が利用されることが多い。すなわち、営業譲渡契約のうえでは「労働者は承継しない」もしくは「譲受会社が選択して承継する」などの特約が設けられ、譲渡会社が譲渡営業を主たる職務とする労働者全員を一旦解雇した後に、譲受会社が新規採用の形で一部労働者のみを再雇用するという差別的取り扱いが行われる。EUでは既得権指令によって、このような場合の労働者保護が図られているのに対して,日本では立法化の必要を指摘する意見もあったのに厚労省研究会は解釈論で対応可能として労働者を救済する立法をしなかった(厚労省のHPに研究会報告あり)。
・結局のところ、現状では、労働契約承継に問題がない場合は会社分割が利用され、その承継に問題がある場合は営業譲渡が利用されて、労働契約承継法もほとんど無意味になってしまっている。
・【営業譲渡】の際の組合活動を理由とした採用拒否を不利益取り扱いであるとして不当労働行為の成立を認めた例として、青山会事件・東京地裁判決平13・4・12労働判例805号、同事件・東京高裁判決平14・2・27労働判例824号があり、注目される。
・企業組織再編に伴う労働者の権利問題は、従来の1対1の契約理論だけでは規制できないという理論的問題があり、かつ労働者の雇用継続の条件として労働条件低下等への同意を介在させることが多いために争うことを困難にしているという事実上の問題もある。法の不備を補うためには、労働組合の働きが重要。
01年6月に司法制度改革審議会の最終報告が出され、現在は内閣府に設置された司法制度改革推進本部において、法曹養成検討会、司法アクセス検討会,労働検討会,公的弁護制度検討会、裁判員制度・刑事検討会などに分かれて、最終報告の具体化が検討されている。ここ数年のうちに、法科大学院が設立されて合格者も年3000人程度に増員する(現在は1000人)など司法試験制度が大きく変わること,刑事裁判において市民が裁判員という形で判決に関与するようになること,被疑者段階で国公選弁護人が選任できるようになること,民事訴訟の期間を現在の半分程度に短縮すること,裁判官の人事制度の透明化を図ることなど,現状からは想像もできないような大幅な制度改革が目前に迫っている。
この司法改革が、本当に“市民による市民のための司法”にするための改革になるかは、今後、市民がこの問題にどれだけ関心を持って声を挙げていくかにかかっている。現在の効率主義、官僚主義を一層徹底するだけの結果になる危険も大きい。
なお労働検討会では、労働調停の導入、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否、労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否が検討されている。
このページのトップへ少し前のことになるが、02年1月29日、民法協で「労働時間管理」をテーマにした学習会を行った。01年4月に出された厚労省の通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」が、お役所の通達にしては結構いけてる画期的なものなので、それを積極的に活用して会社に労働時間管理をきちんとさせようではないか、そうすることが過労死、過労自殺という悲劇を予防することになるのはもちろん、なんとリストラ反対の先制攻撃にもなるという、大変耳寄りな、労働組合にとっては“目から鱗”の話をしたわけです。
この学習会で出された質問や予め行った会員組合向けの労働時間管理に関するアンケートの結果からは、賃金問題に比べて、やはり時間管理の問題については組合の認識は甘いし取組みも弱いと感じずにはいられない。厚労省通達の内容等については、本誌第410号で「労働時間を守らせるために」と題して既に解説しているので、アンケート結果や学習会を通じて感じたこと、しっかりと分かっていただきたいことを述べる。
アンケート結果では、回答した36労組中、36協定ありが31労組、なしが5労組で、なしが意外に多かった。36協定のない事業場で、労基法が定める労働時間の1日8時間、1週40時間を超える時間外労働が真実行われていないのであればすばらしいが、実際は行われている場合には、刑罰の対象になる違法状態ということになる。労組としては、使用者に法定労働時間を厳守させるか、残業がどうしても避けられない場合には合理的な36協定を締結してきちんと割増時間外賃金を支払わせるべきである。
36協定を締結する場合、時間外労働時間の上限について、厚生労働大臣が基準時間を定めている。1年単位の変形労働時間制が採用されていない事業場では、1週15時間、1か月45時間、1年360時間などと定められている。また01年12月に改正された過労死認定基準では、法定労働時間を基準にした1か月の残業時間が45時間以内の場合は発症と業務との関連性が考えにくく、80時間以上の場合はその関連性が強いと考えられるとされている。つまり、厚生労働省が、1か月の残業時間が45時間以内であれば脳出血や心筋梗塞などの過労死にはなりにくく、それが80時間以上であれば過労死の危険が大きくなると認めているということを意味している。
そこでアンケート結果を見ると、ほとんどの事業場では基準時間の範囲内で36協定が締結されているものの、基準時間を超えている例もいくつかあり、中には1か月の上限時間が85.5時間や110時間というものまであった(回答した労組が過半数代表として協定を締結したかは不明)。これでは使用者だけでなく、労組までもが過労死の発生を容認し、その片棒を担いでいるとの非難を受け、責任問題にもなりかねない。後でも述べるが、労組が従業員を代表して36協定を締結するということが持つ意味の重大性をよく理解して、慎重な対応をしてほしい。
通達はまず、把握すべき労働時間について、現状では労働日ごとの労働時間数の把握のみという例があるが、労働時間の適正な把握を行うためには労働日ごとの始業・終業時刻を確認して記録する必要があるとしている。アンケート結果では、36労組中、自己申告制が14労組で、そのうち6労組が労働日ごとの始業・終業時刻が記録されていない。そもそも自己申告制の場合、過少申告になりやすいうえに、始業・終業の各時刻を記録するのではなく、1日トータルの労働時間数を申告するとなると、どうしても少な目の切りのいい数字を申告することがほとんどと思われる。多くの使用者は実際には、管理職を通じて事実上の圧力をかけ、そのような申告がなされることを期待していると思われる。
次に通達は、時間記録の原則的方法としては、使用者による現認またはタイムカード、ICカード等の客観的記録によるべきとし、自己申告制はこれにより時間記録を行わざるを得ない場合に限るとしている。通常の事業場では、使用者による現認またはタイムカード、ICカード等の客観的記録によることが特に困難とは考えにくいので、この通達どおりでいけば、自己申告制が許容される場合というのは極めて限られた場合となるはずである。しかしアンケート結果では、前述のとおり36労組中14労組が自己申告制と回答しており、通達に反した自己申告制の悪用が危惧される。
労働時間の学習会などで、使用者から命じられて残業するのではなく、労働者が勝手に残業している場合は、労働時間としてカウントされるのか、残業代を請求できるのかという質問がよく出される。いわゆるサービス残業の一形態である。この場合、労働者は勤務時間が終わって退勤できるのに勝手に自己の意思で居残りしているから言わばボランティアであり、残業代も請求できないという扱いがされている場合が多いと思われるが、それは誤りである。
労基法32条は、1日8時間、1週40時間を超えて「労働させてはならない。」としているが、その意味が問題となる。これは、労働者の承諾の有無に関わらず、つまり労働者が了解していても「労働させてはならない」のであって、労働させた場合は労働者が了解していても刑事罰の対象になるという大変厳格な規定なのである。したがって、労働者が勝手に残業しているというのは通らない言い訳で、そもそも使用者は終業時刻になれば労働者に仕事をやめさせて退勤させる義務を負っている。退勤させなければならないにもかかわらず、自発的であれ、なおも仕事をしている労働者がいることを知りながら放置していたという場合、結局は仕事の継続を黙認していたことになるから、労務の提供を受け入れたのであり、残業代も当然支払われなければならない。
使用者が法定労働時間を超えて労働させても、一定の範囲内であれば刑事罰の対象にならないように例外を設けるのが、36協定である。この「一定の範囲内」というのは、36協定で定める、1日、1か月、1年などの期間ごとの上限時間なので、36協定の締結をしていても、その上限時間を超えては、労働者の承諾の有無に関わらず「労働させてはならない」。したがって36協定を締結している場合は、確かにその締結をしていない場合のように法定労働時間を満了したから退勤させなければならないということにはならないが、使用者が労働時間をきちんと把握して管理する責任を負担していることに変わりはなく、終業により労務の提供を受け入れる必要がなくなったのであれば、速やかに退勤させるべきだから、それをせず漫然と仕事の継続を黙認していた場合には、残業命令が発せられていなくても業務を遂行したものと評価することができ、残業代の請求もできると考えられる。
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