1、この事件は平成13年11月妻宛に掛かってきた一本の電話から始まった。妻の従兄弟であるA氏(当時29歳)が昨日実家(長野県)近くの作業小屋でロープを首に掛けて自殺したという。
A氏は、高校を卒業後、東京都内にあるB社(街路灯などの照明関係器具メーカー)に勤務しており、その年の4月に大阪支店に転勤になったばかりであった。A氏は元来明るい性格で、家庭では仕事のことはほとんど話さなかった。ところが、大阪に転勤してからは口数も少なくなり、家庭でも仕事の愚痴を漏らすようになったという。しかも、帰りはいつも深夜で妻も子供と共に寝た後だということだった。自殺前日の午前零時前に大阪支店を一人で退社したことまでは分かったが、その後約16時間後に自ら命を絶つまでのA氏の足取りは杳としてつかめていなかった。
会社は自殺と業務との関連を否定し、タイムカードも存在しなかった。
彼が今どんな仕事をしていたのか、何に悩んでいたのか、毎日何時まで働いていたのか、なぜ、どのような経緯で長野県に行き、自らの命を絶ったのか、詳細は闇の中から始まった。
2、渡部吉泰先生の助力(共同受任)を得て、とりあえずこれらの解明作業に着手した。
A氏の妻を通じてB社大阪支店の同僚、前任者などに面会を打診し、これらは一部実現したが、「特に仕事に悩んでいた様子はない」「勤務時間は分からない」「彼の細かな仕事内容は分からない」と口を揃えて言うばかりであった。残されたのは、A氏の私物ノートパソコン(彼は、私物のノートパソコンを会社に持ち込んで使用していた)、業務日誌(こちらの要請でかろうじて会社が出してきたものだが、時刻の記載欄がなく労働時間を確定する直接の資料とはなりえないものであった)、自殺現場に残されていた会社と家族宛の各1通の遺書、地下鉄のプリペイドカード数枚、自殺現場に停めてあった彼の自動車の中から発見された高速道路の半券数枚、そして遺族の無念だけであった。とりあえず、これらの資料の分析及び妻からの聞き取りを進めた。
それとともに、自殺に関する捜査に当たった長野県警察本部、各道路公団に対し23条照会を一斉に掛けた。道路公団からの回答により半券からA氏がどの料金所を何時に通過したのかが判明した。そこから浮かび上がった「空白の約16時間」の彼の足跡は「異様」、「迷走」というほかなく、これが彼の精神疾患を裏付ける決定的証拠となった。詳しく述べることができないのは残念であるが、長野県警察本部からの回答も自殺の業務起因性を根拠づける有力な資料となった。また、四国各県の取引先を訪ね、A氏が手掛けていた現場の内容について話を聞いた。
とにかく、労災を申請するには彼の業務内容と勤務時間を把握することが大前提である。しかも、時の経過と共にそれらに関する証拠は刻一刻と消えていくのである。
3、B社大阪支店が入ったビルの鍵受渡簿の取り寄せ(証拠保全)、乗車券の購入記録から四国への行き帰りの飛行機・バスの発着時刻の割り出し(なお、ホテルの宿泊記録については開示が拒否された)、地下鉄のプリペイドカードに打刻された時刻の分析、パソコンのメール発信時刻の分析、これらの結果から出張日・出張先及び大まかな労働時 間を割り出すことができた。この結果、1か月100時間あるいはそれ以上の時間外労働の実態が明らかとなった。それとともに、業務日誌、メール内容の分析、前述した関係者からの事情聴取などによって、彼の業務内容を特定していった。その結果次のようなことが分かってきた。すなわち、A氏は、四国4県の営業を一人で行っていた。毎週のように四国に出張しており、平成13年11月当時3つの現場を抱え、彼の前任者が残したトラブルに巻き込まれていた。
また、千古吉孝医師にA氏の精神症状の分析を依頼し、意見書を作成してもらった。
これらの作業の結果、仕事量のピーク(そしてトラブルの発生)、精神障害の発症、そして自殺が一時点に重なった。闇の中から、A氏の心の軌跡だけが浮かび上がった。それは紛れもなく彼の苦悩の軌跡であった。
特に、仕事量(トラブル)のピークと精神障害の発症時期が重なることは「業務上」の認定を得る上で極めて重要な要素である。
4、受任から約1年かけてこれらの作業を行い、平成14年12月労災申請に至った。むろん、申請後もその作業は続いた。
平成16年12月、申請から実に2年の歳月を経て天満労働基準監督署は「業務上」の認定を行った。
自分にとって初めての本格的な労災申請事件であり、とまどいも多く、申請までに多くの時間を費やしてしまった。渡部先生のご指導がなければ申請もままならない状態であった。
今から振り返ってみるとマッチ棒を積み上げてピラミッドを造るがごとき気の遠くなる作業であったが、それらの作業を1年以上の時間を掛けてじっくりと行った結果、幸運にも大体の労働時間と業務内容が特定できた。早期に医師の助力を得ることができ、精神疾患の種類が特定できたことで逆に調査の方向性も定めることができた。残された資料から四国各県の取引先を割り出して「ダメもと」で訪ね、またA氏が商品を納入した現場に立ち会ったことも大きなプラスとなった。いずれの取引先もB社との取引が継続しているため、最初は怪訝な顔で見られたが、A氏の妻を同行してみんなで頭を下げると、「お気の毒に」ということで色々と話してくれるものである。その何気ない会話の中に、A氏の苦悩の根源を解き明かす鍵も見つけることができた。
5、このように結果的に「業務上」の認定を受けられて良かったが、課題も残した。
まず、手許の資料に乏しい本件ではB社に対して証拠保全を検討するべきであった。
膨大な残業時間にもかかわらず、会社は残業手当を一切支払っていなかった。年金支給の基礎となる給付日額は現実に支給された給与額を基準とするため給付日額が本来支払われるべき残業手当を加えた給与を基準に算定した場合に比べて不当に低いのである。この点は、労基署との間で、給付日額は未払いの残業手当を加えて算定するべきである旨交渉したが、結果的に駄目であった。
また、出張、特に宿泊を伴う出張の場合の労働時間の取り方については一定した解釈基準がない。私は、通常の出勤の場合と異なり、出張の場合、自宅を出てから帰宅するまを労働時間と捉え、宿泊を伴う場合は、宿泊行為が身体に与える影響に鑑み、出張期間中のすべてを労働時間としたが、労基署がこれを採用するには至らなかった。
本件は、タイムカードがなく、業務日誌にも時刻の記載欄がないため、労働時間の確定に非常な困難を来した。すなわち、杜撰な労務管理をしていれば、労働時間が特定できず労災も認められにくく、逆にタイムカード等で労働時間を管理している会社はこれを根拠に労災が認められるという不都合が起こり得る。労働時間も把握せず極めて杜撰な労務管理しかしていない会社の従業員こそ本来法の保護が必要である筈である。会社の労務管理の杜撰さ故に労災が認められないという事態は決して起こってはならないと思う。
6、「業務上」の認定を受けたことにより、遺族は金銭的給付が受けられることはいうまでもないが、それ以上にA氏の死亡が「業務上」のものであったことが公的にも明らかにされた意義は大きいと思う。
今はまだ小さな子供達が将来父親の「死」の問題に直面したとき、母親には胸を張って父親(A氏)のことを話してもらいたいと思う。
このページのトップへ1、私たちの主張は、地労委労働者委員に労組法が求める「労働組合、労働者の主張や利害等を明らかにして客観的に妥当な解決を図る職責を負うものであって、特定の系統の労働組合や、特定の労働組合員の利益のために職責を遂行」するものとして、本来果たすべき役割を果たしていない。その原因が兵庫労連と中立組合の推薦者を排除し、労働者委員を連合推薦者に長年独占させてきた事にあり、選任・任命してきた知事の責任である事は明白である。
これを解決するには連合独占をやめ、兵庫労連・中立組合推薦者を選任し、多様な意見が反映できる労働者委員を選任する事により、労働者一般の利益を代表する労働者委員を構成する事が可能となるのである。
大阪高裁は、私たちが推薦労働組合だけの利益を追求するため労働者委員に選任せよと要求していると勘違いをしている。第1ボタンの掛け違いから間違った判断に行き着かざるを得ない重大欠点を持っている。
2、行政が行った手続きはすべて問題なく行われたかもしれない。しかし、書面審査だけで何がわかるのか?私たちは現在の地労委の現状を憂えるものである。
連合推薦で選任された労働者委員が、申し立てをした労働者・労働組合と綿密な協議をしてきたか?労働者・労働組合の意見を反映した意見書を提出したか?審問で労働者・労働組合の立場に立って発言したか?いずれもNOである。地労委は公益委員・使用者委員・労働者委員の構成になっているが、「使用者委員が2人いるようだ」との感想を語った申し立て労働者・労働組合もいるぐらいである。
兵庫県地労委の異常さは、地元大阪地労委と兵庫の地労委の審問内容の違いを証人調べすればすぐにわかる事である。
憲法により一般国民より優遇された裁判官は、特に一般国民の生活感覚・感情を理解しにくいのではないか?“事件は法廷で起きているのではない。現場で起きているのだ。”「現場で何が起きているのか」足を運び実態を見て、聞いて、五感をフル動員して審理してもらいたい。
労働者委員の公正な選任を実現する兵庫県連絡会議 労働者委員選任処分取消等請求事件 |
2005年2月15日 24号 (ニュースより転載) |
第37期裁判控訴審判決 大阪高裁で控訴棄却 最高裁への上告断念 地労委を真に労働者救済機関へ戻すまで闘い抜く |
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12月24日午後1時15分より第37期兵庫県地労委労働者委員選任処分取消等請求裁判の控訴審判決が大阪高裁第81号法廷でありました。(第6民事部大出晃之裁判長)判決は控訴棄却とし2分ほどで終わりました。判決は第1審の神戸地裁判決をそのまま鵜呑みにしたお粗末なもので、高裁としてほんとに審理したの?という疑問が残る判決でした。 大阪高裁判決を受け、最高裁に上告するかどうかを論議する臨時対策会議を12月28日に急遽行いました。「貝原前知事の証人尋問、7つの選任枠が明確にされた事などをふまえて上告すべし」と言う意見もありましたが、最高裁に違憲判断を求めるのでなく、労働委員会が設置された本来の役割を果たしていない地労委審判の実態を広く知らせていく運動と共に、地労委を真に労働者救済機関へ戻すため、裁判闘争を闘っている神奈川や京都、また裁判闘争を準備している各地方と連携しながら、さらに裁判闘争を積み上げることとし、上告は行わないとの結論に達しました。 第38期労働者委員選任処分取消等請求裁判の公正な判決を求める団体署名第2次集約86団体に 第1次提出分223団体と併せて300団体突破! 1000団体目標達成へ一層の奮闘を要請 第2次訴訟(第38期労働者委員選任処分取消等請求事件)の神戸地裁裁判勝利へ向けて団体署名に取り組んでいます。12月10日に223団体を提出しましたが、その後の取り組みで86団体分が寄せられ、合計300団体を突破しました。しかし、目標として1000団体にほど遠く、目標達成へ一層の奮闘をお願いします。 連合内でも論議が始まる この間、連合加盟組織を含めた県内の労働組合への協力要請を行ってきましたが、中立組合を中心に29団体より署名に協力していただきました。 「地労委への申し立ては中小労組が大部分で、労働者委員を大単産で独占しているのはおかしい。中小労組からも出すべき」など、裁判闘争に取り組む中で連合内でも問題視され、論議が始まっている事が分かりました。 |
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<今後の予定> ○第2次訴訟(第38期労働者委員不当選任取り消し裁判)判決 日時:3月18日サ 13時より 場所:神戸地裁204号法廷 |
第1次ベビーブーム(1964年ピーク)を前に、東洋大姫路高校や八代学院高校(現神戸国際大学附属高校)などが新設されました。またその前後から、将来の生き残り戦略として、特に私立の女子中・高校を母体に大学や短期大学の設置が相次ぎました。そして前回に触れたように、私学への助成金拡大によって、賃金を中心とする労働条件は大幅に改善されました。組合運動への経営者からの弾圧も、組合をつくったから・気にいらない言動をしたから「解雇」されるという状況は、影をひそめました。教職員組合の課題も、私学を真に「教育現場にふさわしいものにしたい」という要求が強くなりました。
一つは、労使対等の原則にたって賃金を始めとする労働諸条件を、自主的に決めることです。全国の私学では「大卒初任給7万円」の要求を掲げて、72春闘がたたかわれました。兵庫でも「民間」である私学は、公立後追い・人勧準拠の賃金決定から「春闘」での労使交渉による自主的な賃金決定をめざしました。東洋大姫路教職員組合は、春闘・独自型賃金での決着をめざし、数次にわたるストライキを行いたたかいました。経営者からの回答引き延ばし(人事院勧告後まで)と姫路の現地(法人本部は東京の東洋大学)には「権限がない」という態度を団交拒否・不誠実団交の不当労働行為として、兵庫地労委に救済を申し立て(1973年3月)ました。この事件は1975年12月に「現地団交要員に交渉権限を与える」という経営側の譲歩と解決金を取って和解しました。しかしその後も「交渉権限」を巡って、80年代初頭まで紛争は続きました。東洋のたたかいの初期の成果を、兵庫私学全体のものにすることができず、現在でも圧倒的に多くの私学の賃金決定は、「人勧準拠」型となっています。この弱点は、昨今の国と地方財政「危機」の中で、公務員賃金削減が直接私学賃金に影響し、「削減」を余儀なくされるところが多くなっています。しかし、春闘・独自型賃金を模索したこの時期から、経営優先の財政運営から教育優先の財政運営を求めて、「学園経理の公開」を「民主化要求の一つの柱」として取り組み、多くの学園で経理公開を前進させていきました。
今一つの典型は、武庫川学院です。理事長のワンマン支配からの脱却と賃金の不明確さや1クラス70名前後という超マンモスつめ込みの教育条件を改善したい等の要求で、非公然の私学労組分会を誕生させました。学院経営者は、兵庫私学界の「ドン」ともいうべき公江喜市郎氏で、創立者でもあります。当初3名で出発した分会は、約3年間の組合づくりの正当性や仲間づくりの学習を重ね、1976年9月、中・高校の約70名近くの確認を得て単組を結成し、通告とともに団体交渉を申し入れました。きっかけは、スクールバスの運転手さん(組合員ではない)が、自らの勤務時間問題で西宮労働基準監督署に、改善を求めるいわゆる「タレ込み」があり、基準監督署の調査が入る奇貨に恵まれました。しかし学院は、現を左右に交渉に応じようとせず、団交拒否の不当労働行為救済を求めて、地労委に訴えました。同時にマスコミへの発表も行い、当初、単組内で懸念された解雇等の直接的な攻撃はさけられましたが、地労委での和解まで、実質的な交渉にはなりませんでした。大学や短大の教職員を含めると数百人にもなる学院教職員の中では、1割強の組織率だったこともあり、制限付きの交渉ルールや職場活動の諸権利の制限を余儀なくされました。しかし掲げた賃金や労働諸条件要求の多くは数年のうちに実現しました。獲得した賃金や一時金の経済的要求は、昨今の「人勧切り下げ」の中でもその到達した水準が維持されています。他方、職場活動などの権利制限は突破し得ず、新規に採用された若手教職員の組合加入がほとんど進まず、組合員の退職などによる自然減で、結成当時の半分以下の少数組合に落ち込んでいます。
また、八代学院高校(神戸国際大附属高校)では、1979年7月、父母の要請を受けて夏休みに補習を行った教職員9名を「懲戒処分(減給)」にするという、考えられない事件が引き起こされました。前回述べた光岡教授の解雇事件も、同時期のことです。繰り返しになりますが、同高校は1963年、第1次ベビーブームピーク直前に、男子のみの高校として設立されました。「すし詰め教育の中で、本来能力を有するにもかかわらず、落ちこぼれた子どもを積極的に受け入れ、ありきたりの教育でなく、創造的な教育」のために、「学校規模を小さく、生徒10数名に教員一人を配置」し、生徒個々の可能性の追求とそれに適した指導を方針として掲げて出発しました(懲戒処分無効確認訴訟での「意見陳述」1983.5.23)。1970年代に入って大学設立構想が本格化し、高校設立当初の教育方針が大きく転換されていきました。学校は、教育よりも「経営」が、教育よりも「管理」が優先されるようになりました。多くの私学でも、こうした方向での運営が強められていきました。この「補習処分」事件を担当していただいた野田弁護士は、「法人側は、従来からのやり口からするとストレートに教師の教育権を否認してくる方法は取らず、教師側の些細なことにけちをつけ、揚げ足を取り、嫌がらせを断続的に行うなど、教師側にいや気を起こさせ、徐々に創造性を奪いつつ、イエスマンに仕立ててゆくという方法を取るだろう。それ故に、私たちは目先の細かな出来事に振り回される(経営側の陽動作戦)ことなく、教育(自主性・創造性)を守る運動として粘り強くたたかうべきであり、教師の団結権は何のためにあるのかが、まさに試されている」「教育の根本は人間に対する信頼だ」と寄稿していただいています。処分直後には当然「処分撤回、話し合いによる解決」を求めて団体交渉を求めました。交渉拒否して退出しようとする学院当事者が制止を振り切って、私をボンネット上に乗せたまま数百メートル暴走するというハプニングもありました。1983年4月、神戸地裁で「処分撤回、解決金支払」の和解で終結しました。その後曲折はありましたが、現在では理事会の要請に答え、元組合役員が教頭や事務局長につくようになっています。
1974年の第1次オイルショック以後、労働運動にも大きな変化が生まれます。1980年に総評は、日米安保条約・自衛隊容認、反共主義を政治原則とする「社公合意路線の推進・支持」を決定し、労働戦線が大いに揺れます。兵庫の私学運動もそうした中で、揉まれることにもなりました。
このページのトップへ「支配する立場の会社が、支配される立場の会社を解散又は事業閉鎖させることにより、支配される会社の従業員を解雇に追い込み、支配される会社の組合壊滅ひいては支配する会社に存する組合の弱体化を図った」場合の救済を求めた事案である。このような場合に、不当労働行為にかかわった人物に対する個人責任(損害賠償責任)を追及できるとしても、解散会社に対して労働者の地位や賃金の支払いといった救済を求めることはできない(不当労働行為による解散であるとしても解散が無効となるわけではない)。そこで、支配される会社の法人格がないものとして扱う(法人格否認の法理)か、黙示の雇用契約が成立していたとして、(支配される会社により)解雇された従業員と支配する会社との間に直接雇用契約が成立していたと主張した上で、解雇は不当労働行為であるから無効であるとして、従業員たる地位の確認と賃金の支払いを求めることが必要となる。
ただ、法人格否認の法理は、形式的には存在する法人格を信義則(民法1条2項)や権利濫用(民法1条3項)という一般条項により否定するものであり、(最高裁が認め下級審での積み重ねもあるものの)一般的にハードルが高い(商法学説上も限定して適用すべきとの主張が有力である)。また、黙示の雇用契約の成立も、ある意味雇用契約を擬制するという側面が否めないこともあり、ハードルが高いものと思われる。本件両事件においても、法人格否認の法理の適用となる前提事実が多く認定されながらも、結局法人格否認の法理の適用は否定されている。また、黙示の雇用契約(大阪空港事業事件(関西航業)事件で主張された)の成立も、認められなかった。
しかし、法人格否認の法理が、正義・衡平という観点から、法人格の独立性を否定して妥当な結論を導き出すための理論であれば、上記現状を踏まえて労働者の権利保護という観点から柔軟な解釈がなされるべきであるといえる。
*法人格否認の法理の類型には、@形骸化事例(法人の実体がない場合)、A濫用事例(会社という法形態が不法な目的で利用される場合)があるとされる。A濫用事例では、@支配の要件、A目的の要件が必要とされる。支配の要件が必要とされるのは、前提として支配の事実がなければ不法な目的で法人格を悪用しようないからであるとされる。
被告(大阪空港事業株式会社、「OAS」ともいう)は、航空貨物の積み下ろしや機内清掃等の業務を営む企業であり、昭和48年から伊丹空港の業務の一部を、関西航業株式会社(関西航業)に委託してきた。
ところが、関西国際空港の開港により伊丹空港の業務が大幅減少したため、被告は、平成9年3月、これを理由に関西航業との業務委託契約を解除した。被告からの委託業務が業務全体の6割を占めていた関西航業は経営困難に陥り、同年5月に事業を閉鎖して従業員全員を解雇した。
原告らは、関西航業の元社員である。被告にはOAS労組があり、被告とOAS労組との間では、様々な紛争が繰り返されており、ときには不当労働行為に及ぶこともあった。関西鉱業には、OAS労組のもっとも有力な分会があった。
原告らは、@OASと関西航業とは法人格に実質的同一性が認められる(法人格否認の法理…形骸化)、AOASは、OAS労組の弱体化を目的として(関西鉱業の)法人格を濫用したものと認められる(法人格否認の法理・・濫用)、B(「団体交渉議事録」と題する書面により、OASが関西航業の原告ら従業員を直接雇用する労働協約が成立していた)、C関西航業の社員と被告との間には黙示の労働契約が成立していたと主張し、被告の従業員たる地位の確認及び賃金の支払いを求めて提訴した。
(2)第1審(大地平成12年9月20日)@ 形骸化事例にあたるか→形骸化しているとは認められない
関西航業の設立には被告の協力が必要であったこと、関西航業が器材を有しないこと、被告からの業務受託に頼っていたことなどから大きな影響力を有したことを認定しつつも、独自に人事管理を行っていたこと、経理帳簿を整え独自の決算を行っていたこと、被告の器材を使用していたとしても所有関係に混同はなかったこと、出資関係や役員の交流が存在しないことなどを認定して形骸化を否定した(支配の要件も否定)。
A 濫用事例にあたるか→支配の要件は否定され(上記@の通り)、不当労働行為意思(目的の要件)も認められない
関西航業の設立には労務対策の側面があり被告がOAS労組を嫌悪しときには不当労働行為に及んだこと、OAS労組の嫌悪と本件契約打ち切りが無関係でないと認定しつつも、活発な組合活動が行われたこともあったことから不当労働行為や労務政策の手段として存在したとまではいえないこと、被告自身の人員が足りなくなった中での打ち切りも種々の理由があるなどとして、不当労働行為意思を否定した。
B 黙示の労働契約が認められるか→認められない
直接指揮命令をする場合があったこと、委託料が関西航業が支払う賃金をベースに計算されていたことを認定しつつも、特定の作業に従事する関西航業従業員個人を特定して委託代金を決定したとまで認めるに足りず、従業員の人事管理も関西航業において行っていたことなどを認定して、黙示の労働契約の成立を否定した。
(3)控訴審(大高平成15年1月30日)@ 一審判決をほぼ踏襲(やや詳細に認定)して、形骸化事例にあたらないとした。
A 濫用事例にあたるか→不当労働行為意思(目的の要件)は認められるが、支配の要件が認められない。
原告(控訴人)らの、法人格濫用における「支配の要件」と「目的の要件」は、法人制度の濫用の点から統一的に判断されるべきである、すなわち両要件は相関関係的に判断されるべきであるとの主張に対し、双方の要件が独立の要件として必要とした上で、雇用関係という継続的かつ一定程度包括的な法律関係の存在を法人格否認の法理により認める場合には、「支配」の程度は、強固なものでなければならないとして、補充主張を採用しなかった。
その上で、第1審より、明確に、不当労働行為意思を認定した。しかし、支配の要件について、事実上強い影響力を及ぼしていたと認定しつつも、人事面での交流がなかったこと、労働時間の管理を関西航業が独自に行っていたこと、業務の混同や指揮命令もなかったことを認定して、支配の要件を否定した。
B 黙示の労働契約の成立を否定した。
原告らは、仲立証券株式会社(仲立証券)の元従業員で、大阪証券労働組合員(大阪証券労組)の仲立証券分会の分会員である。仲立証券は、1999(平成11)年5月に解散され、原告らは会社解散に伴い(仲立証券によって)解雇された。
被告は、株式会社大阪証券取引所であり、もともと有価証券市場(大阪証券取引市場(大証)の開設を目的に証券取引法に基き設立された会員組織の法人であったが、平成13年4月に株式会社に組織変更された。被告は、証券会社を会員とし、その会員は有価証券の売買等を重要な業務とする正会員と、有価証券の売買取引等の媒介を業務とする仲立会員とに分かれていたが、仲立会員は昭和60年に仲立証券のみとなり、上記平成11年5月の仲立証券の解散により仲立会員は消滅したという経緯がある。
原告らは、仲立証券は、法人格が形骸化し、かつ仲立分会を壊滅させるという不当労働行為目的に濫用されたものであって、法人格否認の法理によって(被告と同一視できるから)被告は原告らとの雇用関係を否定することができない、そして、仲立証券の解散は不当労働行為目的で行われた無効なものであり、その解散を理由とする解雇も無効であると主張して、被告の従業員たる地位及び賃金の支払いを求めて訴えを提起した。
(2)原審(大地平成14年2月27日)@ 形骸化事例にあたるか→形骸化しているとは認められない
被告が仲立証券とは全く別の組織として証券取引法により設立・運営されてきた沿革、仲立証券が被告の資本参加後も独自の資産、従業員等を有してきたこと、業務委託によってだけでは受任企業の法人格が否定されないこと、被告が仲立証券の仲立業務の遂行方法を細かく規定するのは公正かつ円滑な取引のために必要であることなどを認定して、形骸化を否定した。
A 濫用事例にあたるか→支配性は認められるが、不当労働行為意思(目的の要件)は認められない
自ら又は第三者を通じての株式保有による影響力、仲立証券の役員または管理職への被告出身者の就任、仲立証券の主たる収入源たる仲立手数料の決定権が被告にあることなどから、支配性を認めたが、被告は可能な範囲で仲立証券の雇用問題の円滑な解決に助力したことなどを認定して(詳細な事実認定がなされている)、不当労働行為意思を否定し、仲立証券の解散は、もっぱら市場及び取引方法の変化に基づくその存在意義の消滅によるものと判断した。
(3)控訴審(大高平15年6月26日)@ 原審より詳細な事実認定をして、形骸化しているとは認められないと結論付けた。
A 濫用事例にあたるか→支配の要件は認められるが、不当労働行為意思(目的の要件)は認められない。
前提として、濫用事例においては、支配の要件と目的の要件が必要であると判示した。
仲立証券の最大の収入源である手数料が実質的に被告(被控訴人)によって決定(改定)されていたこと、被告(被控訴人)による手数料値下げにより仲立証券の業績の急激な悪化をもたらしたこと、被告が仲立証券の株式の27%を有すること、正会員協会が25%を有し、正会員協会は、被告(被控訴人)と一体性が濃厚な組織であること、人事面、被告(被控訴人)の定款、業務規程等において、仲立会員に関する定めがおかれ、仲立証券の媒介業務を制約していたことなどを認定し、支配性を認めた。
しかし、原審よりやや詳細な事実認定をして、不当労働行為意思を否定した。
このページのトップへ1.事案の概要
S36 原告が新日鉄に入社した。入社時の就業規則には業務上の必要により社外勤務をさせることがある旨の規定があった。
S44 所属している労働組合が業務上の必要により社外勤務をさせることがある旨の条項のある労働協約を締結し、社外勤務協定も締結した。
S60〜61 円高不況により高炉9社が構造不況業種に指定された。
S62 H2までに19,000名削減する計画が策定された。
S63 社外勤務協定を改定し、社外外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、昇格・昇進等の査定等について詳細な規定を設けた。
H元 原告が従事していた構内鉄道輸送業務を子会社の日鐵運輸に業務委託することになり、業務委託にともなって日鐵運輸に3年間の在籍出向が命ぜられた。
その後、H4、H7、H10と出向命令が延長され、原告は新日鉄に復職できていない。
2.本件は、子会社に業務委託し、当該業務に従事していた労働者をそのまま在籍出向させるもので、対象労働者は実際には従事する業務も勤務場所も変更がない。ただ、出向先の労働条件に従うことになるので、労働条件が低下する。
3.そもそも労働契約は売買契約や賃貸借契約と決定的に異なるのは、労働者の労務の提供が、使用者の労働者という人格に対する指揮命令を通じて実現されるという点にある。本来対等であるはずの市民の間で一方が他方に命令するというのは特異である。
そして、労働者にとって誰から指揮命令を受けるのかは重大なことである。それゆえ、民法625条1項は使用者が交替するには労働者の同意を要する旨を定めている。
したがって、在籍出向についても対象となる労働者の同意が要件となるはずである。
しかし、多くの裁判例は対象労働者の個別の具体的な同意を要件とすることなく、就業規則や労働協約に「業務の必要に応じて出向を命ずることがある」旨の規定があれば、予めの同意があったものとして出向命令を出すことを認めている。
4.本件は出向命令権の法的根拠について言及した最初の最高裁判決であるが、判旨は、@入社時及び本件出向命令発令時の就業規則の社外勤務条項があったこと、A労働協約に(出向を前提とした)社外勤務条項があると、B社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇給・昇格等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、の3点を出向命令の有効性の要件とした。
上記の内、最高裁がBのとおり、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が存在することを要件とした点は注目に値する。したがって、出向先、出向期間、出向先での就労内容が特定されていないような就業規則や労働協約の規定だけでは出向命令を根拠づけることはできないものと考えられる。
5.ところで、本件では業務の内容や勤務場所は変わらないものの、出向期間が何度も更新され、事実上の無期限の出向になってしまっているので実態は転籍と変わらないという点が問題となった。転籍とはいったん転籍元を退職し、転籍先に就職することをいうから、転籍の場合は対象労働者の個別具体的な同意が必要となる。そこで、原告は、本件は実質的には転籍といえるケースなので個別具体的な同意がなければ無効であると主張したが、最高裁はこの主張を排斥した。
6.また、かりに上記@〜Bの要件を充たす場合でも、出向は前記のとおり労働者の利害に重大な影響を与えるから、従来の判例でも、出向命令が権利の濫用と評価される場合にはその効力を否定されてきた。
原告は、出向期間の長期化自体が労働者に大きな不利益をもたらすことを権利濫用の判断にあたって考慮すべきことを主張した。
本件でも最高裁は、一般論として、以下の点を考慮して権利濫用と評価できる場合は無効となることを認めた。
@ 経営判断の合理性と出向措置の必要性
A 人選基準の合理性と具体的人選の相当性
B 労働者の生活関係、労働条件における不利益の存否と程度
C 発令手続の相当性
しかし、出向期間の延長措置が権利の濫用に該たるか否かを判断するにあたって、最高裁は特別の配慮をしなかった。
確かに、業務の内容や勤務場所に変更がなく、労働条件にも大きな差がない場合には本件のような「片道切符」の出向でも経済的には大きな不利益が生じていないようにみえる。しかしながら、出向によって被る労働者の不利益を経済的利益に限ってよいのだろうか。出向期間が経過すれば親会社に戻れるという期待や当初入社した会社で定年までまっとうしたいという気持ちなど出向による人格的な痛みというのは全く法的な保護に値しないのであろうか。その点を全く考慮しない裁判所の姿勢は大きな問題だと思う。
このページのトップへ労働法全体の基礎と最新の重要判例を踏まえた実践的な知恵を集中的にテキストに添って学習するといった連続講座が開かれました。第1回を“04年12月7日に開講し第5回を”05年2月7日に閉講しました。受講参加者47名中、第1回は41名、第2回は36名、第3回は34名、第4回は35名、第5回は27名の参加があり、連続5回参加された方は20名でした。
第1回は「労働契約の基本」本上博丈弁護士、第2回「労働者の地位に関する紛争」白子雅人弁護士、第3回「労働条件の集団的規律」萩田 満弁護士、第4回「労働組合の活動」増田正幸弁護士でした。それぞれ重要な判例や身近な話題を例えにした労働する上でもっとも基本的な知っていなければいけない内容のお話でした。第5回は、今までの学習を復習する意味で簡単な自己採点式の確認テストを行い、どこまで理解できているかがこのテストで良くわかったと思います。質問にも全講師がそれぞれ対応し疑問点も理解できたのでは…?また、連続参加者には修了証を授与していただきました。講義を聞いている時は「なるほど」と思うのですが、時間がたてば忘れている事もあり、初めて聞く事など沢山あったりで復習の大切さを実感しました。現実に問題に直面すれば取り組む姿勢も違い良くわかっていくのでしょうが、そのような事はあってはいけないし…労働者の方でどれだけの人が労働法について知っているでしょか。知っていて損をしない、知らなかったら損をする。もしまた、学習会が開かれるようであれば皆さんご参加をしてみてはいかがでしょうか!きっとあなたも労働法の達人に!!
受講者の皆さん、講師の先生方お疲れさまでした。
以下に参加者の感想をご紹介します。
*これまで労働法の基礎的な講座を受講した事がなく、組合活動の中でも労働法を勉強する場がなかった。団体交渉での問題などは理解していたつもりですが、講座を聞いてみると知らない事が多く勉強になりました。全体的に解りやすくいい講座であったが、2時間では足らない講座もあったと思う。
*労働法全体を概観する講座で大変良かったと思います。労働法、労働基準法についてもっと学習を深めて行こうという意欲がでてきました。
*個々の具体例は理解できても、労働法全体との関連、流れが今ひとつわからない。法律等は難しいとの先入観もあります。又こういった機会を設けてほしい。
*日常的には大した意識もなく活動をして来たが、今回改めて基礎講座を受け忘れかけていた基礎知識を深める事ができた。今後も年に1度程度の企画で講座を開いてほしい。
*復習のつもりで参加しましたが、忘れていた事を思い出しました。
この他にも沢山の感想・改善点のご意見を頂いております。今後の参考にさせて頂きます。
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