《第443号あらまし》
 「C型肝炎で解雇」に損害賠償命令
 ローヤルタクシー不当定年退職事件、仮処分で勝利
 第38期地労委労働者委員選任処分取消訴訟(鳥居訴訟)に不当判決
 〔連載〕思いつくままにE
 労働判例研究会報告(05年3月28日)
     @ 北海道国際航空事件
     A 鞆鉄道事件


「C型肝炎で解雇」に損害賠償命令

弁護士 辰巳 裕規


〜神戸地裁2003年3月26日判決報告〜

1.事案の概要

本件は、神戸市内の30代の男性が、2003年5月7日に人材派遣会社株式会社ウィルティック(旧商号:株式会社ジャパンクリエイト関西)に採用され、派遣先であるアルフレッサファーマ株式会社(旧商号:株式会社アズウェル)にて医薬品の配送等の業務に従事していたところ、C型肝炎感染の事実が派遣元・派遣先の知るところとなり、勤務開始からわずか3日後の同月9日に派遣元による解雇がなされたという事案である。

男性は、派遣元及び派遣先に対し、本件解雇は違法であるとして550万円の慰謝料(及び弁護士費用)の支払を求める損害賠償請求訴訟を平成15年12月9日に神戸地裁に提訴した(神戸地裁平成15年(ワ)第2892号)。弁護団は、吉井正明・内海陽子・辰巳裕規である。係属部は神戸地裁第6民事部(田中澄夫裁判長)であった。

2.判決の概要

判決は、男性がC型肝炎罹患の事実を明らかにしてからわずか2日後に解雇がなされていることなどから、本件解雇が「C型肝炎に罹患しているという事実のみを理由としてなされたものと認めるのが相当である」としたうえで、「C型肝炎であることのみを理由に解雇をすることは到底許されるものではなく、本件解雇はC型肝炎に対する十分な認識ないし調査もないまま一種の偏見に基づいてなされたものであり、著しく社会的相当性を逸脱した違法行為というべきである」と派遣元ジャパンクリエイト関西による解雇を強く断罪し、慰謝料(及び弁護士費用)として110万円の損害賠償責任を認めた。しかしながら派遣先アズウェルの共同不法行為責任についてはアズウェルがジャパンクリエイト関西に解雇を要求するなど関与をしたことを認めるに足りる証拠はないとし、その他プライバシーシ侵害・名誉毀損の主張も含めて請求を棄却した。


3.評価

弁護団としては、派遣元ジャパンクリエイト関西による解雇行為が違法であることは明白であり、むしろ派遣先であり製薬卸業大手のアズウェルの強い要求によって派遣元が解雇せざるを得なくなったものとして、その責任を追及してきた。しかしながら、直接証拠に乏しく、また派遣元ジャパンクリエイト関西が派遣元アズウェルと主張内容を統一し、派遣先をかばう構造となったため、証人尋問による事実解明に勝負をかけざるを得なかったが残念ながら及ばなかった。

C型肝炎は通常の生活・労働においては、他者に感染することはなく、これを理由に解雇することはまさに違法な差別行為である。これを直接判決まで争った事案は見当たらなかったため、訴訟においてはHIV感染派遣労働者解雇事件に関する東京地裁平成7年3月30日判決(判時1529号442頁)を参照し法律構成をした。

インターネット上で見る限りでも、C型肝炎患者に対する不当解雇・採用拒否など差別問題は根深いようである。なお不十分な判決ではあるが、依頼者本人はもとよりC型肝炎に対する差別・偏見に苦しむ患者に対する一助となれば幸いである。なお、本判決は双方控訴せず、確定した(兵庫県弁護士会における人権救済申立事件は係属中)。

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ローヤルタクシー不当定年退職事件、仮処分で勝利

弁護士 土居 由佳


1.本件の概要

加古川を拠点とする株式会社ローヤルタクシーは、労働者に対して長時間過密労働を強いるとともに、各人ごとに売上げに対する歩合の割合が異なり、事前の協議なくその歩合割合が変更されるという不透明かつ不安定な賃金体系が実施されるなど、その労務管理の違法性が著しい状態にありました。そのため、本件の当事者である園部泰伸氏は、西松廣繁氏とともに、2004(平成16)年8月22日、建交労兵庫合同支部ローヤルタクシー分会を結成し、園部氏は分会長に就任しました。

しかしながら、同月25日、会社側は、西松氏を個別に呼び出し、いきなり大声で、「組合員は何人おるんや。」「これにサインせい。」と恫喝し、萎縮した西松氏に対して、「仕事に必要だから」という以外に何の説明もせず、書類に署名押印をさせました。これは、3か月間の雇用契約であり、西松氏は同年11月に契約期間満了を理由に解雇されました。

さらに、分会長の園部氏に対しても、会社は、同年8月27日付で、「平成15年6月17日に満60歳を迎え」、「就業規則第5節第29条により定年をむかえ」たから、「平成16年8月31日をもって定年退職と」なる、と通知しました。そして、同日以降、仕事が与えられなくなりました。


2.申立人に対する契約終了は無効

しかしながら、園部氏が60歳になったのは、2003(平成15)年6月17日であり、このときには会社側は何も言ってきませんでした。本件の通知書は、事前になんらの協議もなく、突然、園部氏が60歳になった後、約1年2か月経ってから渡されたものなのです。

さらに、会社では、60歳定年の就業規則はあるものの周知徹底されていない上、実際にも60歳を過ぎても継続して勤務を続けている従業員がおり、従業員の間でも、継続して働くことができるという認識がありました。

本件通知書は、園部氏らが組合結成を通告した5日後に作成されたものであり、会社が組合を嫌悪して、分会長である園部氏との労働契約を終了させようと画策したものであることは明らかであるといえます。

このような事情から、同年9月16日、定年退職を理由とする労働契約の終了が無効であるとして、地位確認と賃金の仮払いを求めて、神戸地方裁判所姫路支部に仮処分の申立を行いました。


3.裁判における会社の主張

会社は、仮処分手続きにおいて、「就業規則は周知徹底されている」、「定年後も継続して働けるという慣行は存在しない」、「平成16年7月に従業員の乗務時間管理をするために名簿を見たとき、60歳を過ぎていることに気づき、定年の通知を出したに過ぎない」と主張しました。

裁判所では和解の打診もあり、当初、会社側は、業務復帰させることを考えていると話していたため、当方もその方向で検討をしていました。にもかかわらず、和解成立予定の期日に突然、会社側が態度を翻し、金銭解決(しかも、当方としては納得がいかない金額)を提示し、和解は決裂しました。


4.仮処分決定

本年3月11日付仮処分決定では、就業規則の効力自体は認めたものの、園部氏が60歳になったときに何も協議をせず、そのまま継続して雇用した以上、この時点において、新たに期間の定めのない労働契約が成立したのであり、定年により労働契約が終了したとは解することができないと判断しました。その上で、地位保全までは認めなかったものの、賃金の8割の仮払いを命じました。

このように仮処分決定が出たにもかかわらず、会社は、決定に従う理由はないとして、賃金の仮払いをしようとしません。今後、園部氏の従業員としての地位を確定するため、訴訟提起をする予定です。

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第38期地労委労働者委員選任処分取消訴訟(鳥居訴訟)に不当判決

弁護士 増田 正幸


2003年7月22日付の第38期労働者委員の選任において、民法協加盟組合を中心とする非連合労組が推薦していた全港湾関西地方本部執行委員鳥居成吉さんは労働者委員に選任されず、またもや連合兵庫が推薦した委員で独占されてしまいました。そこで、民法協加盟組合が原告となって第38期労働者委員の選任の取消と損害賠償を求めて訴訟を提起していましたが、去る2005年3月18日、神戸地裁第6民事部田中澄夫裁判長は、労働者委員の選任の取消の訴えについては却下し、損害賠償請求については棄却するという不当な判決をしました。

一般に、行政処分の取消訴訟は、取消を求めることについて「法律上の利益を有する者」しかできないことになっています。そこで、被告は、労働者委員はその候補者を推薦した特定の組合の利益のために選任されるのではなく、労組法は、労働者一般の正しい利益が反映するように選任することを求めているにすぎないから、自分たちが推薦した候補者が労働者委員に選任されなかったからといって、推薦組合や候補者の「法律上の利益」が侵害されたとはいえないと主張しました。私たちは、それに対して、労働者委員が不当労働行為の審査手続において果たす役割の重要性や系統により労働組合運動に対する考え方に大きな意見の対立があり、労働者委員がどの系統に属するかは、事実として労働者の利益に決定的な影響を及ぼすこと(たとえば、系統を異にする組合間差別事件など)などを挙げて、原告らにも「法律上の利益」があることを主張しました。しかし、裁判所は、労働者委員はいったん任命されると、特定の系統のために職務を行うことを予定されていないという建前論に終始し、原告らの「法律上の利益」を否定して、取消訴訟は却下(門前払い)しました。

これに対して、損害賠償請求については、裁判所は、県知事の任命が違法か否かについて実質的な審査をしました。

裁判所は、労働者委員の選任は県知事の裁量に委ねられていることを前提に、推薦された候補者を全く審査しなかったとか、特定の系統の候補者を排除する意図をもって実質的に審査の対象から除外したといえるような場合には、労働者委員の選任は違法になるというこれまでの裁判例と同一の枠組みにしたがって判断をしました。

判決は、総評・同盟時代は各系統から労働者委員が選任されていたという事実は認めましたが、それは各ローカルセンターが自主的に事前協議をして候補者を調整した結果であって、知事と労働組合との間で系統別の選任をするという慣行があったわけではないと認定し、鳥居さんを全く審査の対象としなかったと認めることはできないと判断しました。

重要なことは、裁判所が31期から38期まで同一系統(連合兵庫)の組合を出身母体とする労働者委員が独占している事実を認め、知事が「従来任命されてきた労働者委員が所属する労働組合の傾向を一つの考慮要素としたと推認することができる」とした点です。被告は、いろんな要素を総合考慮して選任したらたまたま連合兵庫出身の委員だけになったにすぎないという主張を繰り返していましたが、裁判所は、「労働組合の規模や産業分野等を考慮しただけで」任命の結果において、このような「顕著な傾向が現れるとは考えがたい」として、県知事が選任にあたり候補者の傾向を考慮したと認定したのです。しかし、裁判所は、従来任命されてきた労働者委員が所属する労働組合の傾向を考慮することは知事の裁量の範囲内であるし、労働組合の傾向を唯一の基準としていたことまでは認められないから、特定の系統に属する候補者を排除する意図をもって鳥居さんを実質的に審査の対象から外したということはできないとして、結局、知事の裁量の範囲内の適法な選任であった判断しました。

2003年当時の兵庫県下の組合員数は45万7000人で、その内、連合兵庫に属する組合員数28万人(約61%)、非連合の組合員は17万7000人(内、兵庫労連2万5000人)(約39%)でした。地労委を利用する組合の多くは非連合の労組であることや、それにもかかわらず全体の6割しか組織していない連合兵庫が労働者委員の独占を続けるのはきわめて不合理です。しかも、総評・同盟時代には各系統から労働者委員が選任されていたのに、連合が結成されて以降、その慣行を無視して連合独占が続いていることは異常です。

このような事実の前に、裁判所は県知事が系統を考慮していたことは認めましたが、あくまで一つの考慮要素にすぎなかったとしました。しかし、一つの考慮要素にすぎなかったとすれば、なぜ十数年も連合独占という異常事態が続くのでしょうか。出身組合の系統が「唯一の」基準であるとまではいえないとしても「非常に大きな」基準であったことは間違いなく、裁判所が述べるところは県知事を擁護するための苦しい弁明にしか聞こえません。

原告らは、直ちに大阪高裁に控訴をしました。これからもご支援をお願いします。また、本年は39期の労働者委員の選任が予定されており、4月後半から候補者の募集が始まります。39期には連合独占を破るべく運動を強化しなければなりません。民法協の皆さんには要請署名等ご協力をお願いすることになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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〔連載〕思いつくままにE

元民法協代表幹事 和田 邦夫(元兵庫県私立学校教職員組合連合)


連載4で述べた武庫川学院の団交拒否事件では、地労委審問の中で学院側から「兵私協」は「上部団体とは認められない」旨の発言もありました。「連合体」への移行を果たし、労組法の適用を受ける「兵庫私教連」となった直後の1980年12月には、私学労組(個人加盟)仁川学院分会で、職場ニュースを教職員の机上に配布したことを理由に、分会員4名に対し「出勤停止14日間」の懲戒処分の地労委闘争が始まりました。分会は韓国修学旅行引率教員の「不祥事」真相解明や教材購入問題などを契機に、74年に結成されていましたが、第3者機関での争いは初めてでした。結成当時の分会員の多くは、公立や他の私学に転出し、残っていた分会員が狙い撃ちされました。学院は創立記念日に10年勤続者の表彰を行っていましたが、1980年10月の創立記念日に当然表彰を受けるべき分会員・Wさんを表彰対象者からはずしました。分会と私教連は直ちにその理由をただしましたが、学院理事会から明確な回答を得られず、分会活動のあり方について検討し、地道な職場活動の必要を申し合わせて、職場ニュースの発行と配布を行うことにし、始めて職場にニュースを配布しました。分会の影響力の拡大を恐れた理事会が、この組合攻撃の暴挙に出ました。1982年8月、兵庫地方労働委員会は、就業時間前、教職員の机上に直接生徒の目に触れないように裏返しで置き、その行為中に教職員とのトラブルもなく、直後の職員朝礼で学院当局や教職員からも問題とされる発言もなかったとして、正当な組合活動と認定し、学院の不当労働行為を認めました。学院は中労委に再審を請求し、東京地裁に行政訴訟を行いましたが、1985年に再度、団交拒否不当労働行為救済申し立ての中で、Wさんの表彰も含めた和解で終結しました。団体交渉や証人調べのなかでは、学院理事長は、返答に窮すれば「神の世界」に逃げ込むがごときの対応もあり、苦労しました。組合はローマ教皇の「説教」も読んだりしながら、説得的に対応し、処分当時の理事長の教会としての配置がえなどもあり、その後の労使関係は正常化しました。同時に、睦学園のビラ配布事件、武庫川での団交拒否事件、東洋大姫路の団交拒否事件、八代学院高校の補習処分事件も80年代前半にすべて勝利和解で決着しました。

これらの解決の一方で、1983年に開校した神戸弘陵学園高校での浅野先生解雇(雇い止め)事件が引き起こされました。1985年1月、前年に結成された塩原学園教職員組合の組合員から、神戸弘陵で教壇にたっている浅野さんが3月末で解雇を通告されているとの相談があり、1月末に会いました。話を聞いて一人でも闘える兵庫私学労組への加入をすすめて、団体交渉を申し入れました。浅野さんが開校2年目に採用され、これから生徒が増える状況にある学園は、むしろ教員をさらに採用しなければならない状況にあることなどから、話せば分かると考えていました。しかし交渉は拒否され、年度末を迎えて解雇は現実のものとなりました。一方で団交拒否の不当労働行為救済を求めながら、地位保全の仮処分を申請しました。入学式当日には、他産業労働組合専従者の力を借りて新入生父母に浅野先生の解雇撤回を求めるビラを、最寄り駅である神戸電鉄北鈴蘭台駅で配布しました。4月からは週一回の職場ニュースを発行し、全員に郵送しながら学内組織づくりを強めるとともに、仮処分勝利決定を得られれば何とか年度内には解決できるだろうとの見通しを立てました。8月には浅野さんを含む6名で分会を結成しました。分会結成を通告した直後から、理事長による分会員の脱退工作が始まり、窮地にたたされることになりました。理事長によるワンマン支配や学校教育以外の理事長の個人的仕事に借り出される状況は、分会の結束を固めることにもつながりました。地位保全の仮処分決定が出たのは10月1日でした。ここまでは当初の見通し通りでした。しかしワンマン理事長は、その後の話し合いにも応じることなく、神戸地裁での本訴に移行しました。翌年のメーデーを期して、新たに7名の分会員を迎え、仮処分直後には学園側代理人が辞任するということもあり、地労委に追加申し立てをしていた脱退強要事件では5月に勝利命令(学園は中労委に再審請求)など勝ち筋を確信していました。1987年11月、神戸地裁はまさかの不当判決が下されました。1年契約の終了で解雇ではないというものでした。私も一瞬頭の中が真っ白になり、判決後の裁判所前では、回りが黄色く見えました。野田弁護士は、まだ闘う場所はある、最後に勝つものが本当の勝利だとコメントされました。控訴審では、神戸大学の土屋基規先生に教員の身分問題で「鑑定意見書」を書いていただきましたが、一顧だにされず、判決は一審を踏襲するもので、89年3月に不当判決がおりました。

手元に「傍聴券」があります。最高裁判所第3小法廷、平成2年6月5日、No.14です。「原判決を破棄する。本件を大阪高等裁判所に差し戻す」。裁判長が厳かに主文を朗読しました。この判決は、90年1月、最高裁判所から「弁論開始」の通知があった時から予測されたことではありましたが、改めて感動しました。9月5日には、大阪高裁で差し戻し審第1回公判がありましたが、裁判長は和解を勧告しました。9月17日以後7回の和解交渉で、91年2月5日、4月から「教壇に戻る」ことでの和解が成立しました。一審では事実上野田弁護士のみでしたが、控訴審では伊東香保弁護士、大阪の戸谷茂樹弁護士に入って頂き、ちょうど中神戸法律事務所で司法修習中であった本上弁護士にも関与してもらい、さらに最高裁では89年に初めて結成された全国私教連顧問弁護団から田原俊雄・高野範城両弁護士にも加わって頂き、最高裁での弁論をそれぞれに担当してもらいました。90年12月には、組合脱退強要事件の東京高裁判決があり、これも全面勝利で、理事長は地労委命令に従い組合に対して「謝罪文」を交付しました。法廷闘争を闘いながら、理事長が長田区選出の神戸市議会議員であったことから、長田区民への全戸ビラ配布を3回、長田区内デモや定時街頭宣伝などにも取り組みました。こうした行動には、私学の教職員はもとより、神戸争議団や他産業労働者の支援で成功させ、勝利に導きました。特に全港湾阪神支部は、事実上学園理事長が経営している企業での解雇問題もあり、私学での経験を越えた闘いの共同は、浅野先生はもちろん分会や支援の教職員に「カツ」を入れるものにもなりました。

1年ぐらいで解決できるだろうと考えていた私にとって、丸6年の闘いとなった背景には、情勢の把握に弱点があったのではないかと反省しています。78年には中央教育審議会が「教員の資質能力の向上について」という答申を出しています。80年には関西経済同友会が「教育改革への提言」、81年には中曽根行政庁長官の国策研究会での「次に必要なものは教育大臨調だ」発言、84年には臨時教育審議会の設置など、戦後教育の総決算がうたわれました。その一方で、81年には第2次臨時行政調査会(第2臨調)の発足や国鉄の分割民営化、労働者派遣法の成立や労働基準法の改悪など労働法制の再編が、労働組合の右傾化とともに進められていった時期でした。84年には「神姫バス事件」訴訟が始まっています。故人となられた神戸学院大学教授・播磨信義先生の手で「憲法を生かす努力」シリーズの、「神姫バス事件版、お母さんバスガイド奮闘記」に続いて「神戸弘陵高校浅野事件版」として、その闘いの全体像をまとめていただきました。

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労働判例研究会報告(05年3月28日)
@ 北海道国際航空事件

弁護士 吉田 維一


1 事件の概要

本件は、会社が、従業員の給与を減額するため、月の途中で就業規則を変更した上、変更した就業規則の効力を、変更月の初日に遡って及ぼし、変更月の給与全部を減額した事件です。

(1)Aさんは、もともとは会社の取締役でしたが、平成9年6月に退任し、その後は、同年7月から、社長付き担当部長として年俸840万円(ただし、支払いは、毎月初日から末日まで月額70万円を毎月25日払い)という待遇で働いていました。

(2)その後、会社が、北海道議会から多額の資金援助を受けたため、自助努力の一環として、課長以上の役職者の賃金を減額することにし、会社は、平成13年7月25日までに「一定の役職にある者の年俸額を100分の30を超えない範囲で減額し、これを同月1日から実施する。」旨の規定を、新たに就業規則に加えました。

この就業規則を受けて、Aさんは、年俸額が20%減の56万円となり、7月分については、7月1日に遡及して年俸額の20%を減額された給与の支給を受けました。

(3)さらに、会社は、同年12月1日にも、同様の理由により就業規則を変更し、Aさんの賃金を約15%減額したため、Aさんの年俸は、月額47.9万円となりました。

(4)同年7月18日に、就業規則が変更されることを知ったAさんは、同月23日に、電話で「遡って減額するのは違法である」旨の異議を述べました。

また、翌日の24日も、今度は、電子メールで同様に異議を述べました。

さらに、同年11月29日、再度、就業規則が変更されることを聞き、賃金減額分について訴訟を起こすなどと述べ、抗議しました。しかし、その後の紛争調停委員会では、賃金減額については抗議しませんでした。

また、毎月の給料日には、特段、異議を述べずに、減額された給与を受け取り続けていました。

(5)Aさんのいた会社の就業規則には「月の途中で賃金変更があったら、新旧の賃金のうち、高額の方を基準として賃金を決定して支払う」という趣旨の条項がありました。


2 本件での争点

本件での争点は、大別して2つになります。

(1)まず、1つ目は、Aさんが、就業規則の変更された7月分の減額について同意していたかということです。

さらに、この点については、就業規則が変更される前の既に働いた期間の賃金を減額する場合と就業規則が変更された後のまだ働いてない期間の賃金を減額する場合とでは、同意したかどうかの判断基準は違うのかということも合わせて問題となります。

(2)次に、2つ目は、Aさんが8月以降の減額に同意していたかということです。すなわち、最初に異議を出していれば、その後は出さなくとも良いのかということが問題となります。


3 判断の内容

(1)この点、地裁では、@「遡及して減額すること」について異議を述べただけで、結局、Aさんが減額されている賃金を受け取っていること、A12月の賃金を減額する就業規則の変更については異議を述べていないことを理由として、Aさんは、7月及び12月の賃金を減額する就業規則の不利益変更については、いずれも減額に同意しているとして、Aさんの同意のもとに全ての賃金の減額がなされたものと判断しました。

(2)高裁では、@7月25日以降は、異議や意見を述べていなかった事実、A結局、Aさんが減額されている賃金を受け取っている事実を基に、遡って減額するのは違法だとは言っているが、減額自体が違法と言ってないから、Aさんは、7月及び12月の賃金を減額する就業規則の不利益変更については、いずれも同意しているとして、Aさんの同意のもとに全ての賃金の減額がなされたとする1審の結論を維持しました。

(3)しかし、最高裁では、8月以降の賃金の減額については高裁の判断と同じように同意があったとしましたが、就業規則の変更がなされた7月分については高裁の判断に誤りがあるとしました。

この点、最高裁は、Aさんの賃金を減額する就業規則の変更は7月25日には完了していたことを前提として、7月25日以降の賃金については、就業規則が変更された後で、賃金減額自体については、Aさんの異議がないことを理由に減額に同意があったと判断しました。

しかし、就業規則が変わる前に既に発生していた7月1日から24日までの賃金については、かかる期間の賃金減額に同意するということは、既に発生している賃金の一部を放棄するということになるという理解にたった上で、「自由意思に基づくと認められないので、放棄は労基法24条の賃金全額払いの原則に反する」と判断し、さらに、「既発生の賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分または変更することは許されない」とも判断しました。

かかる判断により、7月24日までは、Aさんの賃金が減額されないこととなり、7月25日以降の賃金との間で賃金の額に格差が生じたため、会社の就業規則にあった「月の途中で賃金変更があったら、新旧の賃金のうち、高額の方を基準として賃金を決定して支払う。」というケースに該当することになりました。そこで、最高裁は、かかる就業規則に従い、7月25日以降の7月の労働契約は、就業規則で定める基準に達しないものになるとして無効と判断し、結局、7月分については、Aさんに70万円の賃金請求権があると認定しました。

(4)この最高裁の判断をまとめると、各々の不利益変更の対象に対して適切に異議を述べていなかった場合(本件では、賃金の遡及減額と賃金自体の減額という2つの不利益変更の対象がありました。)については、特に、書面による同意がなくとも、当時の状況から積極的に異議を述べていないことが認められる場合には同意したと判断されてしまうことを明らかにしました。

他方で、就業規則の不利益変更があった月の減額については、既に働いた分の賃金とまだ働いてない賃金を分析した上で、既発生の賃金の減額は賃金請求権の放棄と解されるとして、それは労働者の自由意思によるのでなければ認められないとしました。


4 本判決の意義

本判決は、地裁・高裁の既発生の賃金請求権を合意によって減額する場合についての判断方法を誤りと断じ、本件では、賃金請求権を放棄したとはいえないと判断した点及び既発生の賃金請求権を事後に変更した就業規則の遡及適用により処分または変更することは許されないと判断した点については評価できると思います。

他方で、本判決は、職権で判断されているため、当事者の主張と対応した判断ではなく、いくつか判断中で不明な点もあります。

まず、最高裁が、既発生の賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分または変更することは許されないとの判断を示し、これにより本件で問題となった就業規則を無効と断じることもできたにもかかわらず、既発生の合意による減額の可能性についても合わせて言及し、さらに、その中で、労働者の自由意思に基づく場合には賃金請求権の放棄が可能であることを示唆している点です(もっとも、これは、高裁まで、同意の効力が主要な争点となっていたことから、一応の判断を要すると考えたことによるのかもしれません。)。

この点、最高裁がどのようなケースを想定しているのかは明らかではありませんが、労使間の関係を捨象して、積極的に異議を述べていなければ同意があったものと判断した下級審の判断を維持した最高裁の姿勢からすれば、容易に賃金請求権を放棄したと判断される可能性を残したものとして、問題のある基準が提示されたことになるのではないかと思います。

次に、会社の就業規則には、「月の途中で賃金変更があったら、新旧の賃金のうち、高額の方を基準として賃金を決定して支払う。」旨の規則があったにもかかわらず、これよりも不利益と思える本件就業規則の変更について、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めたものとして、当然に無効とはしていない点です。(もっとも、これは、本件で問題となった就業規則が、遡及して減額の効力を及ぼすという内容で、実質的に月初めの賃金減額と同視できる内容であったため、月の途中で賃金変更があり、新旧の賃金に格差が生じるものではなく、かかる就業規則が想定する「月の途中で賃金変更があった」場合に、直接には該当しないと判断したとも考えられます。しかし、そうした場合には、前述のように、ますます、既発生の賃金請求権を、事後に変更した就業規則の遡及適用により処分または変更することは許されないということを確認すれば足りるということになるように思います。)


5 今後の対策

裁判において、就業規則の不利益変更の合理性を争うためには、本件のように、同意があったと判断されないことが前提となります。そのためには、当然ですが、不利益変更の各対象に対して継続的に異議を述べておく必要があるでしょう。

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労働判例研究会報告(05年3月28日)
A 鞆鉄道事件(広島高裁H16.4.15判決)

弁護士 本 知子


本件は、56歳以上一律基本給30%減額という労働協約の定めにより、賃金について減額支給された従業員3名が当該労働協約の定めを無効として会社に対して賃金差額を請求した事件の控訴審判決である。控訴人は会社。

1 事案の概要

労働協約中の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」については、労働組合法16条により、個々の労働条件を直接規律する効力が与えられている(規範的効力と呼ばれる。)また、労働協約は労働基準法92条により就業規則にも優先する。


2 規範的効力について

労働協約の定める基準が労働条件を不利益に変更するものであってもそれだけでは裁判所は労働協約の規範的効力を否定しない(最一小判平9年3月27日朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件)。「団体交渉は相互譲歩の取引であり、その結果、労働協約には労働者に有利な条項と不利な条項が一体として規定されることが多い」「継続的な労使関係では、労使の取引は不況時の譲歩と好況時の獲得など時期を異にした協約交渉間でも生じうる」「有利か不利かは必ずしも定かでない」からとされている(菅野「労働法」第6版法律学講座双書567頁参照)。

しかし本件の労働協約は、原審・控訴審とも原告・被控訴人3名に規範的効力は及ばないとされたものである。


3 判決

1 手続的瑕疵

控訴審判決は、まず、労働協約締結のための組合内部における手続面に瑕疵があることを指摘している。組合規約では労働協約を締結するためには組合大会決議が必要とされていたのに、それが欠如していた(原審段階では組合大会欠如の点につき当事者から明確な主張がなかったのか、内容の不合理性から検討に入り、次いで手続も不十分としている。)。

控訴審判決は「本件協約締結に至る経過等」として

@ 労働協約の締結は組合大会の決議事項とされているにもかかわらず、本件協約締結に当たって組合大会で決議されたことはないこと

A 不利益を受ける立場にある者の意見を十分に汲み上げる真摯な努力をしているとも認められないことを認定し、ここから「労働組合の協約締結権限に瑕疵がある」と判断した。

会社側は、労働者が臨時大会の開催を要求したり組合執行部の不信任案を提出していないとか、当時の三役がその後5年間再選され続けたので瑕疵は治癒したかのような主張をしたようである。しかし裁判所は「対象とされた労働者にとって不利益が極めて大きいことを併せ考えると、臨時大会の開催を要求したり、単に組合執行部の不信任案を提出しなかったのみで、協約締結に必要な決議をしなかった瑕疵が治癒したとみることはできない」と瑕疵の治癒を認めなかった。

2 協定の必要性と合理性

次に判決は協約締結の必要性と協約の内容の合理性について検討している。

それによると

@ 労働者側の不利益は

ア 基本給だけ見ても月額8万8350円〜11万7200円もの減額となること

イ 各種手当も基本給を基準に支給される場合が多くこれによる減額があること

ウ 基本給は失業保険や厚生年金等の受給内容に直接的に影響するものであること

から「その不利益は極めて大きい」と認定。

A 会社側の本件協約締結の必要性については「経営基盤を立て直す必要があったことは認められる」と認定。

B 協約内容の合理性については「勤続年数や基本給の多寡を全く考慮せず、56歳以上の従業員の基本給を一律30%減額することについて合理性はない」と判断。

C 会社側は代償措置があるとして、

ア 退職金を56歳から分割前倒しで支払うようにしたので減額分は填補されている

イ 55歳以上の者には労働軽減措置を高じているから減額は合理性がある

と主張。

しかし裁判所は退職金の分割支払は「当然支払うべきものを分割して支払うにすぎず…賃金減額の代償措置とはなりえない」、労働軽減措置については「必ずしも…労働が軽減されているものではな」いと否定した。

3 この判決は原審も控訴審も常識にかなった判決であると思う

本件訴訟は形式的には使用者たる会社が被告であるが、この判決を受けて反省すべきは、無効な労働協約を締結した労働組合である。

判決に記載された会社の主張に「これが組合の同意を得ることができた唯一の手法だった」「組合との協議の経緯にかんがみれば、控訴人としてはやむを得ず実行せざるを得なかったものである」とある。会社にしてみれば、労働組合とあれこれ交渉し、組合の納得を得た内容で協約を締結したのに、後になって組合内部の手続に瑕疵があるとか内容が不合理だと判断され無効にされてしまったのであって、会社(だけ)の責任ではないと言いたいのではないか。

判決文を読む限り、本件事例で、特に56歳以上の組合員(従業員)だけを、経営基盤の建て直しとかリストラの対象にする理由は全く不明である。特に高齢中途入社した人の場合、年齢が56歳以上でも低賃金なのに、低賃金であることは全く考慮してもらえずに30%減の対象にされるわけである。また、基本給30%減額というのも実に過酷で、具体的な減額金額は約9万円〜12万円ということである。56歳以上の組合員以外の人も負担を分担すれば一人当たりの減少額はもっと小さくてすむはずである。この労働組合が、56歳以上のみを対象にしてもよい(あるいはそれがやむを得ない)と考えたのはどのような理由によるものだろうか。この点は被告が会社であって労働組合でないので不明である。

なお、この労働組合は組合員の意見を聞いていないらしい。組合の執行部は「執行部に任せて欲しい」と説明しただけで組合員に協約の内容の詳しい説明をしておらず、組合員が賛否の意見を述べる機会すらなかった、不利益を受ける立場にある者の意見を十分に汲み上げる真摯な努力もしていない、とはっきり判決に書かれている。労働組合は被告でないため言い訳が出てないだけかもしれないが、それにしても恥ずかしいことである。

このような目にあわないためには、労働組合は日頃から、組合規約を遵守し、組合員の意見を汲み上げる真摯な努力をすべきである。

4 

ところで本件のようなケースで仮に組合大会決議がなされていた場合はどうであろうか。組合大会決議さえあれば、56歳以上の組合員に不満があっても有効とされるのか?

以下は私見である。本件の協約内容は対象者にとって実に過酷な内容であり、一部の者にこれほど過酷な負担を強いる理由が思いつかない。原審判決の言うとおり内容自体が著しく不合理である。対象とされる個々の組合員の同意(有効な同意)を得る手続も必要と考える。対象者の全員の同意がない限り、組合大会決議があるだけでは足りず、規範的効力は否定されるべきと考える。

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