《第450号あらまし》
 須磨浦学園教員解雇事件の仮処分決定について
 「港湾年金組合ュース」アスベスト被害特集号より転載
 労働判例研究会報告
     @日本ヒルトンホテル事件
     A山田紡績事件(営業廃止と解雇)・大森陸運事件(会社解散と解雇)
 労働法実戦講座(第1回)が開かれました


須磨浦学園教員解雇事件の仮処分決定について

弁護士 高本 知子


1.学校法人須磨浦学園

本件は学校法人須磨浦学園が開設する須磨浦小学校の教員の解雇事件である。同小学校は一般人にはあまりに知られていない。幼稚園と小学校しかなく、小学校は1学年1クラスしかない。しかし児童は医師や会社経営者の裕福な家庭の子ども達で、芦屋・西宮などから通学している。


2.事案の概要

今回解雇されたのは平成3年から須磨浦小学校の教員をしている瀬川文雄氏である。

瀬川氏は、平成17年3月22日、校長(学園長。理事長は別の人。)から3月末で解雇する、解雇予告手当給与2カ月分を支払う、と告げられた。瀬川氏が理由を問うと、校長は、瀬川氏が半休をとる際に大声を出した、児童同士のいじめの責任がある、平成5年と平成12年に児童の頬を叩いた、と述べた。しかし大声は事実に反し、いじめは瀬川氏に責任はなく、頬を叩いたことは過去に処理済みであるし、そもそも解雇に至るほどの事由ではない。瀬川氏が文書による解雇理由の明示を求めると、学校は「須磨浦小学校の教諭として、その適性を欠き、学園運営上支障をきたすので、就業規則第40条に基づく平均給与の60日分を支給のうえ、当学園、須磨浦小学校教諭を免ずる」と回答した。就業規則40条は1、精神もしくは身体の故障があるか、又は虚弱、傷病のため職務に堪えられないとき。2、やむを得ない校務上の都合があるとき。3、その他前2号に準ずる程度のやむを得ない事由のあるとき。」に解雇できるという条項で、懲戒の規定ではない。学校は後に就業規則40条のうち3号と主張した。

私教連が団交を申し入れたが、学校側では瀬川氏の解雇問題は団交の対象ではないから団交とは扱わないとしたうえ、解雇「理由について文書は出さない、瀬川が在職することによって子供がどんどん減っていくと考えている、弁護士を窓口にして交渉してもらいたいので団交はしない、組合も瀬川も学内に立ち入らないでもらいたい」などとして話にならなかった。


3.仮処分申立後の状況

瀬川氏が神戸地裁に地位保全仮処分を申し立てると、学校は14項目もの解雇事項を挙げてきた。例を挙げると、クラス運営を計画的にこなせない、指導しても真摯に努力する姿勢が見られない、児童からクレーム、授業が終わるとさっさと帰宅し帰宅後に仕事をしていたとは思えない勤務態度である…などである。今頃になって平成3年からの細かい事柄を各年度にわたって縷々挙げて、瀬川氏は保護者からの苦情が多く適性を欠くからクラス担任を任せられず、そのような教師を抱える余裕はない、という。

ところが学校側の主張の疎明資料は、校長及び教頭の陳述書のみであった。瀬川氏の元には保護者・児童からの感謝の気持ちを記した手紙が送付されていたことから、児童や保護者の苦情が多数あるなら、苦情を示す何らかの資料を提出すべきところ、学校は全く出さなかったのである。それどころか、学校はホームページに「記憶に残る熱血指導」の表題で瀬川氏の授業写真を掲載していた(仮処分が始まった後もしばらく掲載されていた)。このことは学校側が瀬川氏の授業をかなり高く評価していたことを示すものである。

なお、校長は裁判所に対して、瀬川氏の申立を認める裁判所の決定が出ても決定に従わない旨を明らかにした。


4.仮処分決定の内容

仮処分決定は、児童に対する暴力の点で学校の主張した事実を認めてしまったが、暴力と担任との関係について、暴力の当時に懲戒処分をしていないこと、瀬川氏に対する指導を示す書面も残されておらず指導内容も明らかでないこと、暴行後に担任をさせていることなどから暴行を重視して担任をもたせるにふさわしくないと判断したと見ることはできない、とした。次に学校側が適性を欠く事実として平成3年以降の各年度について縷々主張している点については、平成16年度まで雇用を続けて担任を持たせていること、ホームページの掲載から、瀬川氏の授業を積極評価していたというべき、と判断した。児童間の暴行事件についても、加害者とされる児童が事実を否定していれば事実関係の把握が容易でなく対処の遅れをもって瀬川氏の指導力が不十分であるとは断定できない、その他の事実も事実の有無や責任が瀬川氏にあるか明らかでないことからそれらの事実をもって適性を欠くとみることはできない、として、教諭としての適性を欠くとの疎明がないので本件解雇には理由がなく無効とした。

5.本件解雇は明らかに理由がなかった(私はそもそも仮処分で学校が並べた立てた事由自体が解雇できる事由ではないと思う。)ので、決定は当然の判断である。学校は、明確な理由も明らかにしないで、とにかく瀬川氏を「校内に入れたくない」という態度に終始していた。おそらく個人的な好悪感情によって職場から瀬川氏を排除したかっただけと思われる。この学校は過去にもいじめによって労働者を辞めさせている。特定の教員の個人的な好悪感情で人をいじめて辞めさせているのである。瀬川氏は辞めなかったため解雇したのである。この学校は一見、裕福な家庭の児童を集め優れた教育を行っているように見えるが、その管理職は大人げない醜いいじめ行為を行っているのである。

なお、決定は賃金の仮払いを本案一審判決までしか認めなかった。この点は不満である。また担当裁判官が職場復帰なしの金銭解決和解を強く勧めてきたことにも強い疑問を持った。本件では職場復帰なし金銭和解など、まさに学校の思うつぼだからである。

今後は本訴で勝訴しなければならない。

最終的に職場復帰の勝利解決に至るまで今後とも瀬川氏の裁判の支援をお願いします。

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「港湾年金組合ニュース」アスベスト被害特集号より転載
年金者組合神戸港連絡会は、いま!!


アスベスト被害問題にどう取り組んでいるか

(イ)組合員から返送されたアンケートハガキを分析して、次の行動として組合主導で対策に取り組む。(もちろん他団体と協力しながら)

(ロ)テストケースとして、K社の故N氏(6月に肺ガンで死亡)家族の要請もあり、基準監督署に労災認定申請のため、手続き中。

(ハ)12月初旬に「年金組合ニュース」アスベスト被害特集号NO.89(今号)を発送。


日本だけじゃない、世界的規模でアスベスト被害問題が!

(1) 神戸港では「気」になる情報が…

神戸市長選挙中に、アスベスト問題で市側に問い合わせたら、国に先行して神戸市独自では特別考えていないとの返答でした。業界も、国の指示が出るまで1社で火中の栗を拾うような行動はしないように、との申し合わせがあったとか。隠しとおす事ができなくなったにせよ尼崎市や高砂市では、過去にアスベスト作業をした事のある労働者を対象に無料検診や補償問題も検討中とか…。神戸よりも一歩進んでいる事は確かです。

(2) 労災申請の複雑さ、難しさ

市役所、町役場の死亡確認証明書(コピーではダメ)病院の死亡診断書(本証)の他、以前の会社の在籍証明、給与証明、民生委員の申請者の証明、民生委員の直筆記入の他、約20項目に及ぶ記入欄に詳細な記入が必要です。市外や県外の場合など、申請の本人や遺族との連絡や打合せなど、もっと簡素な方法への検討課題が山積みです。手続き代行をしてみての痛切な感じです。

(3) アスベスト災害は「港」が発祥地です

知らされずに目隠しで仕事をさせられ何10年も経ってから発病、死亡し、今さら不名誉な肺ガンや中皮腫等の病状を先陣争いや本家争いをするつもりはありませんが、日本に輸入した当時、自然からの贈り物として持てはやされた何百万トンものアスベストは全て港湾労働者が荷揚げして、それぞれの産業や加工場に運ばれたものです。一番最初に港の労働者の健康を気遣うのが当然ではないだろうか!オールナイト(徹夜仕事)で疲れきって弁天浜に帰り、おかずもなしで冷酒をグイッと飲んだ友の中にはよく調べたら中皮腫や肺ガンで死んだ人も何人か居たのでは…。

死人にクチナシでは済まされない!!徹底した遡っての調査を、組合あって良かった…と、年金組合の存在が此処でも…。

(4) 石綿の歴史(日本でも産出された)

インターネットで石綿の歴史を検索してみると「エレギ」博学者で知られる平賀源内の記録が…。「昭和2年(1765)3月20日」、源内は案内者と初めて中津川を訪れました。「火灌(浣)布(の原料)」を探すためです。火浣布とは、古く中国で火に投げ入れて汚れを落としたと伝えられる布、つまり耐火性の布のことです。源内は中津川を訪れる前年に両神山の山中(この産地には疑問もある)で石綿を発見、これを原料に火浣布を織り上げていました。

(5) 南アフリカでも石綿の悲劇

世界有数のアスベスト産出国、南アフリカの記事(朝日新聞10月29日付)が、黒人政権に日本も見習う時がきたのでは(以下、新聞記事より抜粋)

「世界有数のアスベスト産出国・南アフリカで石綿鉱山で働きガンなどの病気になった元労働者や遺族、周辺住民への補償が本格化している。これまでに約8千人に鉱山会社などから計30億円が支払われた。アパルトヘイト(人種隔離)政策の時代、石綿労働者のほとんどは黒人で、十分な安全対策のないまま石綿にさらされた。被害者は10万人以上とされ数十年先に発覚する被害を見据えた民間の基金もできた」

(6) 鳥インフルエンザの大流行

鳥インフルエンザの大流行が心配されているが、もう既に体内に潜入し、何十年も後で発病、死に至るアスベスト被害の問題も国の責任として解決しなければならない重大問題である。年金者組合は徹底した調査と取り組み中です。(代表 西出 政治)


アスベスト被害と港湾労働について考える

新聞、TVでアスベスト被害の現状や行方について、多くがその深刻さと今後の拡がりを懸念している。しかし、その対応と実態がなかなか明らかにされていないもどかしさを感じる人は多いと思われる。

港湾年金者組合もこの問題が顕在化してより、直ちにアンケート調査による被害調査を行った。別表に示すような結果を得た。10月21日現在で42.1%の回収率は短時間の期間ではまずまずの結果だと考える。注目すべきは、アスベスト作業に携わった私たちの仲間が113人も居ることである。調査総数の21%も居ることになる。これ以外に、アスベストとの関連は定かではないが、何らかの症状で悩んでいる組合員が34名も居ることが座して考えることではない。そこで、私たち港湾年金者組合としてこれらの組合員に対する追跡調査を行うべく、対策委員会を設置することを過日の世話人会で決定した。

対策委員会は、現状で港湾年金者組合として出来ることと出来ないことがあり、実際にやれる作業の整理を行っている。すでに、西出会長報告にあるような対応も行っている。これは、報告にもあるように大変な手間暇もかかり、労力が要る。今、委員会が行っていることは、アスベスト被害関係者の名簿づくりと情報の収集を行い、「アスベスト・ニュース」特集を発行している。

視点を変えて、アスベスト被害と港湾労働の関係を考えたい。新聞紙上やTV等で報じられる多くは、工場労働者、建設労働者などの一般の生産労働に使われる資材にアスベストがあったり、アスベストを原料とした製品生産であることである。また、それらの生産工場の周辺に居住する地域住民にまで被害が及んでいることが報じられている。そして、これらの事態に底知れぬ恐ろしさと未知数的な被害の拡大に呆然とするしかないのかと腹立たしい思いである。この事実を知りながら30数年にわたって平然と生産された様々な企業とそれを許した歴代政府、政治家の歴史的な犯罪を糾弾すべきである。「対応が不充分であった」問題ではない。労働者、市民は怒りの声と行動を示すべきである。

港で働いた、また働く港湾労働者の場合、アスベストとの関わりは先に述べた労働とは異なり、製品生産に使われる材料であるアスベストを提供する運搬に関わる労働で、アスベストに直接触れる労働である。また、扱うその量は大量であり、粗末な梱包形態(多くは薄い麻袋)で輸入され、その荷役(船内、沿岸、艀荷役)はさながらアスベストの雪降りの中での労働であったことが証言されている。過日、輸出地の炭鉱労働者の直接的な被害が報じられているが、港湾労働も同様である。

アスベスト被害への対応で問題となるのは、直接的には、災害補償とその補償責任の判定と請求である。基本的には、(労働者の場合)労働者の生命と健康を守る闘いとして、@人間としての正当な権利を守る(労働者の安全と健康を確保する作業環境をつくる)ため、アスベスト被害に関する科学的知識をもつこと。Aアスベスト被害の原因の究明−アスベスト荷役と労働の再点検。B労働者の健康と生命・生活を奪った者への責任追及。C災害の認定と補償の闘いを明確にすることである。特に、この最後の認定と補償の闘いが最重要になる。

このたびのアスベスト被害に対する対応は、国民・市民を巻き込んだ広範な被害と補償が予測されているため、政府の対応を見ながらという企業の姿勢が明らかで、別紙の西出報告からもそれが伺える。政府資料(アスベスト問題に関する関係閣僚による会合−平成17年9月29日)などからは過去の被害に対する対応として、厚生労働省、国土交通省、消防庁等が管轄する労災補償制度の周知徹底等が言われているが、実態把握が充分でない。交通関連では船員への対応が指示されている。例えば、健康診断の受診の呼びかけ、「アスベストによる疾病に関する船員保険の職務上の給付」の周知徹底、7月20日に関係業界に通知となっている。このように、実態を私たちの手で早く明らかにすることが極めて大事なことであり、それらへの組合員の勢力的な取り組みが求められる。

また、同時に大切なことは、港湾における労働組合の取り組みに対する私たち組合との連携が不可欠であり、そのための調査、情報交換が求められる。特に、全国港湾が1989年に港運労使専門委員会で「石綿災害の防止策についての確認書」が交されており、過去の被害に対する対応をどうするのかが不明である点について連携が求められる。

◆アスベスト作業に立ち会った(総数:113人)
職種 船内 沿岸 倉庫 検数 検定 海貨 その他
人数 31 18 19 45  3  4  5
◆何らかの症状になやんでいる 計:34人
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労働判例研究会報告
@日本ヒルトンホテル事件

弁護士 八木 和也


1 はじめに

2005年5月16日、日本ヒルトン事件に対する最高裁の判断が下った。最高裁は、実質審理を行わずに、「上告人の主張は、上告理由に該当しない」として、上告を棄却してしまったのである。後述のように、多くの問題を孕んでいた控訴審判決を、事実上追認してしまったといえる。そこで、今回、改めて日本ヒルトン事件の控訴審判決が抱える問題点を検討し、こうした問題点について積極的に検討をしようとすらしなかった最高裁の不当性を明らかにすることにする。


2 事件の概要

ことの発端は、被告会社である日本ヒルトンが、平成11年3月9日、同社の日々雇用労働者であった原告らに対し、経営の合理化策の一環として労働条件を引き下げる、これに従わない者との契約は更新しない、と通知を行ったことにある。

ここで、少々耳なれない言葉が出てきたので説明させて頂くと、日々雇い労働者とは、日々会社との間で期間1日の雇用契約を締結して働く労働者のことで、いわば極限的な有期雇用労働者である。

原告ら(計4名)は、全員「スチュワード」(配膳人の一種、ホテルの厨房で食器の洗浄等を行う労働者)として被告会社に勤務しており、有料職業紹介事業者を通じて、日々、同社から雇用されるという形態で働いていた。

しかしながら、原告らの勤務実態は、正社員のそれとほとんど遜色なかった。原告らは、すでに約14年もの長期にわたり、同社での勤務を続けており、遅くとも平成8年以降は、週5日の頻度で働いていた。

原告らは、同社の健康保険、厚生年金に加入しており、また、原告らのうち3人は、同社から「常勤者」「準常勤者」との格付けが与えられていた。

原告らの特徴としては、全員配膳人の労働組合に加入しており、原告の1人は分会長として、組合活動を活発に行っていた。原告らの労働条件は、他のホテルに勤務する同種の労働者に比べて、高い水準にあった。被告会社は、長引く不況の影響で、平成10年には約6億3300万円の赤字となり、経営の合理化が緊急の課題となった。

そこで、被告会社は、@賃金支給対象時間の縮小A交通費支給方法の変更B深夜手当て、早朝手当ての対象時間の縮小などの、事実上の賃下げ案を組合に提案した。が、組合はこれを拒否。

これにより、被告会社は、原告らに対して、冒頭の労働条件引き下げ受け入れか、雇い止めかの二者択一を迫ってきたのである。

被告会社のこうした通知に対して、配膳人の95%は、労働条件引き下げを受け入れるとの選択をした。

これに対して、残りの5%に当たる原告らは、労働条件の変更を拒否した、というわけではない。原告らは、労働条件の変更については別途その効力を争いつつ、変更後の条件で労働することを承諾したのである。(いわゆる、異議留保付承諾)

ところが、被告会社は、同年5月11日、被告らの就労を拒否した。そこで、原告らは、団交、仮処分を経て、労働者の地位確認他を求める本訴を提起するに至った。


3 本件の争点

本件の争点は、大きくわけて2つである。一つは、原告らのような、日々雇い労働者の雇い止めに対しても、解雇権濫用の法理の類推適用があるか否か。一つは、上記の異議留保つき承諾をどのように理解するのかである。

まず、結論から述べると、一審判決では、一つ目の争点に対しては、解雇権濫用の法理の類推適用を認め、二つ目の争点に対しては、異議付承諾を条件つきの「承諾」と理解し、原告の請求を認容した。これに対し、控訴審判決では、一つ目の争点については一審判決と同じく、解雇権濫用の法理の類推適用を認めながら、二つ目の争点を「拒否」と理解し、請求棄却の結論を導いた。

つまり、二つ目の争点が、本件の運命の分かれ道となったのである。

以上の点を少し詳しく説明すると、一審判決も控訴審判決も、いずれも被告会社が原告らを雇い止めにするためには「社会通念上相当と認められる合理的な理由」が必要であることは認めた。そして、一審判決では、原告らの雇い止めは合理的な理由がないとしたのに対して、控訴審判決では、原告らの雇い止めは合理的な理由があるとした。

このように判断が分かれた理由は、一審判決が、原告らの異議留保付承諾を、条件付ながらも引き下げられた労働条件で労働することを受け入れますとの意思表示であると理解したのに対し、控訴審判決は、引き下げられた労働条件で働くことを拒否しますという意思表示である理解したところにある。

原告らの異議留保付承諾を一審判決のように理解すれば、原告らは新たな労働条件での就労を一応は承諾している以上、それでも原告を雇い止めするという理由は、もはや、原告が労働条件を争うという姿勢を示しているということしかなくなる。そして、労働者が労働条件を争うことは憲法上の権利として認められている以上、これを理由とした雇い止めなど許されるわけがない。よって、雇い止めは無効となる。ところが、控訴審判決のように、原告らは引き下げられた労働条件なんかでは働きませんという意思表示をしていると理解すれば、被告会社の経営状況がかなり悪化しており、原告らの労働条件が同業他社に比べて高水準であったことを考慮すれば、雇い止めが有効という結論を導くことはたやすいこととなる。

結局、本件の最大の争点、言い替えれば、控訴審判決の最大の問題点は、原告らの異議なき承諾を、本当に新たな労働条件での就労の「拒否」などという解釈ができるのか、ということである。


4 控訴審判決の問題点

この問いに対する控訴審の回答はこうである。民法528条では、相手からの申し込みに条件を付した承諾は、@申し込みの拒絶と、A新たなる申し込みとなると規定している。よって、原告らの異議留保付承諾は、@被告会社からの申し込みに対する拒絶とAあらたなる申し込み(内容は明らかではないかが、おそらく従来どおりの労働条件で働くという申し込み)となる。よって、原告らは、新たな労働条件での就業を「拒否」し、あくまで従来の条件で働くと応じたこととなる、というわけである。

ところで、民法の修正規定である借地借家法32条には、上記規定を修正する規定が置かれている。賃貸借契約の場面で、家主が契約更新の際に賃料を5万円から6万円に値上げしたいと申し入れたが、これを賃借人が拒否し、更新後も5万円しか賃料を払わなかったとする。この場面で、民法528条をそのまま適用すれば、家主の新たな契約の申し込みに対して賃借人がこれを拒否したことになるから、新たな賃貸借契約は締結されなかったとして、賃貸借契約が終了してしまう。しかし、これでは賃借人の立場が弱くなりすぎるとして、同法32条2項は、とりあえず賃料を5万円だけ払い続けさえすれば契約は継続し、これとは別に裁判で6万円の賃料が適当かどうかを争うことができるという道を開いている。ただし裁判で6万円が妥当という結論が出た場合には、更新後の家賃不足分の月額1万円に年1割の利息を付けて支払わなければならないというペナルティ―を課している。

原告らは、この規定の存在を根拠として、労働条件を争いつつ、労働契約を継続することが認められるべきだと主張していた。

この主張に対して、控訴審は、こうした規定を類推適用することなど相手方の地位を不安定にするから不可能だといって一蹴してしまっている。よって、民法の原則に戻り、原告らの異議付承諾は「拒否」であるというわけである。

たしかに、控訴審の結論は、法律を形式的に適用すればそうなるようにも思え、結論の妥当性はともかくとして、理論的には問題はないようにも思える。

が、私は、そうは思わない。本件で、原告らは被告会社からの労働条件変更の通知に対し「労働条件を争う権利を留保しつつ、貴社の示した労働条件のもとで就労することを承諾いたします」と回答しているである。これを、素直に読めば「拒否」したなどという解釈はどう考えても出てこない。当事者の合理的な意思としては、少なくとも変更後の労働条件の下で雇用を継続するという点では一致をみたと解釈するのがもっとも素直な解釈ではなかろうか。

私法上の法律関係は、当事者の合理的な意思を解釈して決しなければならない。これを私的自治という。裁判所が、当事者の意思を捻じ曲げて解釈することは私的自治の原則に反して許されない。原告らが引き下げ後の労働条件であっても働きたいという意思を持っていたにもかかわらず、そんな意思はなかったなどと解釈することは許されないのである。

原告らの意思表示は、@とりあえずは引き下げられた労働条件で働く、しかしA変更後の労働条件は引き続き争う、というものであった。

控訴審は、この意思表示を一つの意思としてまとめてしまい、民法528条を形式的に適用して「拒否」なる結論を導いた。しかし、このように考えなければならない必然性などどこにもない。一審判決のように、二つの意思を分解して理解することも十分に可能であった。むしろ、そう解することが原告らの意思に合致し、私的自治の原則により適合的であったのである。そして、そう解釈すれば、民法528条の解釈の問題など出てこないのである。控訴審の判断は、やはり理論上も大きな問題を孕んでいたといわざるを得ない。

しかし、実際上の問題点は、さらに深刻である。この判決の射程範囲がどこまで広がるのかは不明であるが、控えめに見積もってみても、有期雇用の労働者は、有期雇用の雇い止めを手段とする変更解約告知への対応策が封じられてしまったといえるだろう。つまり、有期労働者が、会社から、引き下げられた労働条件を飲みなさい、さもなければ雇い止めにしますよと迫られた場合、雇い止めを回避しつつ労働条件の変更を争う方法がなくなってしまったのである。理論的には、雇い止め(実質解雇)されながら、雇い止めの効力自体を争うという方法があるが、労働者にとって、極めてリスクの高い争い方であって、あまり現実的ではない。

最高裁判所は、こうした問題点の多い判決に対して、実質的な審理を行わずに追認してしまった。労働者の安定した地位を確保するために積み重ねられてきた判例法理が、また一歩後退してしまったのである。私たちとしては、こうした不当判決を受け入れることなく、有期雇用者の権利を向上するための戦いを続けていかなければならない。

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労働判例研究会報告
A山田紡績事件(営業廃止と解雇)・大森陸運事件(会社解散と解雇)

弁護士 瀬川 嘉章


1 営業の全部廃止や会社解散の場合の解雇に関する裁判例である。

経営上の必要を理由とする解雇の場合には、解雇権濫用にあたるかの判断において整理解 雇法理が一般に確立している。そして、事業の縮小(事業場の一部廃止の場合を含む)の場合に、この法理にしたがって判断されることに問題はない。ところが、営業の全部廃止や、会社を解散する場合には、事業の実体がなくなるのであるから解雇は当然有効になるのではないかという問題点が生じうる。

この点、営業を全部廃止する場合でも、解雇権濫用法理の適用があるとされている(松原観光事件・大阪地裁決定平成8年7月30日・労判714号)。山田紡績事件も、そのような裁判例の一つである。

これに対し、会社解散の場合には、偽装解散であれば、法人格否認の法理等により労働契約上の地位にあるとの主張が認められるが、真性解散の場合には不当労働行為目的があっても解散の効力は有効とされ、解雇も有効とされる(多くの裁判例)。ただし、事前の組合との協議約款がある場合に、協議義務違反があれば、解雇は無効とされうる(大鵬産業事件・大阪地裁決定昭和55年3月26日・労判340号、大照金属事件・大阪地裁決定昭和55年11月7日・労判352号、グリン製菓事件・大阪地裁決定平成10年7月7日・労判747号)。大森陸運事件はそのような裁判例の一つである。


2 山田紡績事件(名古屋地裁平成17年2月23日判決)

@ 事案

紡績業を営む(わずかばかり不動産業も手がける)山田紡績株式会社が、赤字となったことから民事再生を申立て、紡績業については廃業するとして紡績業部門の従業員(殆どの従業員)を解雇した事例

A 争点と争点に対する判断
ア 全事業閉鎖の場合に、整理解雇4要件は適用されるか(不動産業も手がけるが全事業閉鎖の場合として論じられている)

判決は、従業員の帰責性による解雇でなく経営上の理由によってなされた解雇であることに変わりはないこと、破産宣告を受け管財人が解雇する場合とは異なること(本件は民事再生による会社は継続)を理由に、肯定した。

イ 整理解雇四要件について

判決は、(要件か要素かという議論について)ひとつでも欠ければ解雇が無効になるという意味での要件ではないが、重要な要素となる、これらの要素が存在することの立証責任は使用者側にあるとした。

ウ 人員削減の必要性の判断について(要素1)

判決は、財務資料等に基づいて解雇の必要性を検討していないことを指摘した上で、全員を解雇する必要があったとまでは認められないとした。

エ 人員削減の手段として解雇を選択する必要性(要素2)

紡績事業の人員を規模の小さい不動産部門では吸収できないから、解雇回避努力義務が問題とはならないとの被告の主張に対し、紡績業の全面的な閉鎖が不可避であったとしても、解雇がきわめて不利益な処分でありかつ規模の大きい解雇であることから、希望退職募集、配置転換等の解雇回避努力義務はまぬかれず、会社はこれを怠っている。そして、不動産事業への配置転換によって一人でも解雇をまぬかれるべき者が存する以上、検討する義務はあるとした。

オ 被解雇者選定基準とその運用の合理性(要素3)

事業所全体の従業員解雇であるから、被解雇者の選定は問題となる余地はないとの被告の主張について、解雇回避努力義務がありその方策を尽くしてもなお解雇せざるを得ない状況にあるのであればその段階で当然選定が問題となるのであるから、合理的な方法により選定すべき義務は負うとした。

カ 解雇手続きの妥当性

事業所を閉鎖するのであるから解雇は当然やむをえないのであり手続きの妥当性は問題となりようがないという被告の主張に対し、きわめて不利益の大きな処分であること、規模が大きいこと、企業としての存続を図っていること、などからは、誠実に説明すべき義務あるとした上で、解雇手続きの妥当性がないと判断した(この事案は、民事再生を申し立てた時点では既に紡績業を廃業することを決定していたが、従業員に対しては紡績業を継続する旨説明し続け、その後突然財務資料なども示さないまま紡績業を廃業すると説明するに至ったという経緯がある)。


3 大森陸運事件(神戸地裁平成15年3月26日判決、大阪高裁平成15年11月13日判決)

@ 事案

大森陸運株式会社は、業績不振を理由に会社を解散し、従業員を解雇した。大森回漕株式会社が親会社であった。

原告は、解散は大森陸運から労働組合を排除することを目的として行われたものであることなどを理由に、解雇の効力を争った。

A 争点と争点に対する判断
ア 労働組合を排除することを目的とした解散が無効となるか

地裁は、憲法28条が保障する団結権は企業廃止の自由を制約するものではないから、たとえ労働組合を排除するという不当な目的、動機で会社の解散決議がなされたとしても、その内容が法令に違反しない限り、その解散決議は有効であるとし、高裁も同趣旨の判断をした。なお、最三小昭和35年1月12日は、「株主総会の内容自体に法令又は定款違反の瑕疵がなく、単に決議をする動機目的に不法があるにとどまる場合には、当該決議が無効となるものではない」としている。

イ 解散に伴う解雇の効力

地裁は、会社が解散した場合には、もはやその従業員の雇用を継続することはできないから、その従業員の解雇は客観的に合理的な理由を有するものとして原則として有効となるとしつつも、事前に労使協議を行う旨の協定がある本件の場合には、組合との間で同協定に基づいて会社解散に伴って従業員を解雇する必要性があることを説明し、解雇条件などについて事前に労使協議を行う義務があると認め、その義務違反重大である場合は解雇権の濫用となりうるとした。高裁も、解散の場合は整理解雇法理は適用されず解雇は原則として有効となるとしつつも、協定違反がある場合には解雇が無効になり得ることを認めた。

ただし、地裁高裁とも、本件では事前に労使協議を行うべき義務に違反したとは認められないと認定した。

ウ 

その他、原告は、法人格否認を理由とする親会社の従業員の地位にあることの主張や、営業譲渡が存在を理由とする譲受先企業の従業員の地位にあることの主張をしたが、いずれも否定された。

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労働法実戦講座(第1回)が開かれました

兵庫県私立学校教職員組合連合副委員長 森本 英之 


昨年も同時期に、「労働法基礎講座」としてテキストを用いて学ばせていただきました。現場の弁護士の先生に、じかに教えてもらい理論が整理できたと同時に、労働組合の執行委員レベルの学習時間の少なさを、痛感しました。

今回は、具体的な設問に対して、各自が相談員になったつもりで考えるという、まさに各人の学習と経験を、先生の経験と理論とにすり合わせするという、形式で進みました。受け身で真っ白で参加するだけでは、深く学べない内容になっています。

私自身も、団塊の世代の先輩が退職の時期を迎え、組合を背負わないといけない時期になりました。今回は、より具体的な中身を自らに置き換えて学ぶ事を、突きつけられていますので、大いに学び筋肉に代えたいと思っています。

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