《第455号あらまし》
 ネスレ姫路工場不当配転事件
 みのり農協事件
 いよいよ始まる労働審判制(その3)


ネスレ姫路工場不当配転事件
大阪高裁でも完全勝利経営的判断に口を出すなという会社主張を一蹴

弁護士 吉田 竜一


第1 事実の経過

1 ネスレジャパンは、スイスに本拠を置く世界最大の食品メーカーであるネスレSAの日本法人で、現在、国内では霞ヶ浦工場(茨城県稲敷市)、島田工場(静岡県島田市)、姫路工場(兵庫県姫路市)の3工場が稼動していますが、03年5月9日、姫路工場で行われているギフトボックス箱詰作業の廃止を突然発表し、ギフトボックス係に配属されている従業員に、03年6月23日までに霞ヶ浦工場へ転勤するようにとの業務命令を発しました(尚、転勤に応じられない者については特別退職金を加算した退職金を支給する旨も併せて発表されています)。

2 ネスレジャパンは、構造的不況をよそに、その「売上高は日本の食品業界の雄、味の素の8倍、株式時価総額は味の素の15倍」(03年6月20日付日本経済新聞)となるような莫大な利益を獲得し続けており、姫路工場における部門閉鎖も経営危機とは全く無関係のあくなき利潤獲得のための合理化措置に過ぎませんでしたが、多数の従業員を組織する第二組合(ネスレ日本労働組合)が会社方針に異を唱えず、組合員に「会社決定に協力するように」との見解を示したため、配転命令を発せられた60名の従業員のうち、9名は配転命令に応じて霞ヶ浦工場へ転勤していき、48名は特別退職金を受領して会社を退職していきました。

3 しかしながら、第一組合(ネッスル日本労働組合)に所属し、地元の学校への進学を希望している2人の子どもと病気のために夫の援助が必要な妻を抱えているAさんと、第二組合に所属していましたが、地元の学校への進学を希望している2人の子どもと当時79歳で自治体から要介護2の認定を受けており、第二組合を脱退して第一組合に加入したKさんの2名は、このような家族の問題を理由に転勤及び退職を拒否する意思を会社に明確にしました。

4 その後、第一組合は会社との団交で本件転勤命令の撤回を求めるなどしましたが、会社が転勤命令を見直す姿勢をかけらも見せなかったため、03年6月13日、Aさん、Kさんは神戸地裁姫路支部に本件転勤命令の効力停止等を求める仮処分の申立てを行ったところ、03年11月14日 神戸地裁姫路支部は、本件転勤命令は、債権者両名「いずれに対しても、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用にあたり無効というべきである」との第一次仮処分決定を下しました(判例時報1851号151頁)。


第2 一審判決(神戸地裁姫路支部05年5月9日・労働判例895号5頁)

1 引き続き起こした本案において、神戸地裁姫路支部は、転勤命令が下されてからちょうど2年目の05年5月9日、第一次仮処分決定同様、Aさん、Kさんに対する本件配転命令がいずれも無効である旨の判決を下しました。

判決は、配転命令をなす業務上の必要性と労働者が被る不利益を比較衡量するという最高裁東亜ペイント事件判決が示した配転命令の有効性に関する基準に従いながらも、「本件配転命令は業務上の必要性に基づいてなされたものであるけれども、原告らに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるという特段の事情が認められるから、本件配転命令によって原告らを霞ヶ浦工場へ転勤させることは、被告の配転命令権の濫用にあたる」と判断したものですが、つぎの2点は高く評価できる点であり、全体的に見ても、Aさん、Kさんの主張をほぼ全面的に認めた労働者側の完全勝利判決でした。

2 まず、評価すべき第一点は、「特に転居を伴う遠隔地への配転は、労働者に多大な負担を与えるものであるから、その不利益について十分考慮して行なうとともに、適正な手続を経て、公平に行なわなければならない」と判示した点です。転居を伴う遠隔地への配転それ自体が労働者に多大な負担を与えるものであることを正面から認め、遠隔地配転を行なう場合は労働者の不利益を十分考慮するだけでなく、人事の適正な手続、公平さが要求されることを明言した点は画期的と言えます。

そして、その上で、一審判決は、適正手続について、「被告としては、人事異動の事務処理等に支障を与えない合理的な期間内に、従業員から、転勤に関する事情の申告があれば、これを考慮の上で、配転命令を維持すべきか否かを検討しなければならない」のに、期限とされていた5月23日までに、書面で会社に対し妻や母の介護援助の問題を抱えており、転勤には応じられない、退職もしない旨を明言したのに、これを一顧だにせず配転命令を維持した会社の姿勢を非難するとともに、人事の公平性について、「姫路工場全体から、霞ヶ浦工場へ配転する人材を選定することもできたはずであり、加えて、姫路工場のギフトボックス係の者に提示したような退職優遇制度の提案を行えば、遠隔地へ転勤が困難な者若干名を姫路工場内の他の部署へ配転することができる余地も生じたはずである」として、ギフトボックス係配属者のみを転勤対象とし、姫路工場全体から転勤希望者を募らなかったこと、そうした措置を通じて、両名に対し工場内配転の可能性を模索しなかったことを厳しく批判しました。

3 評価すべき第2点は、03年に改正された育児介護休業法26条は、育児介護の問題を抱える労働者を遠隔地配転する場合、労働者の抱える事情について「配慮」しなければならない義務を使用者に課しましたが、この改正育児介護休業法26条について、「法が、事業主に対し、配慮をしなければならないと規定する以上、事業主が全くなにもしないことは許されることではない。具体的な内容は、事業主に委ねられるが、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者に対しては、これを避けることができるのであれば避け、避けられない場合には、より負担が軽減される措置をするように求めるものである。そのような配慮をしなかったからといって、それだけで配転命令が直ちに違法となるものではないが、その配慮の有無程度は、配転命令権を受けた労働者の不利益が、通常甘受すべき程度を超えるか否か、配転命令権の行使が権利の濫用となるかどうかの判断に影響を与えるということはできる」として、改正育児介護休業法26条の「配慮」の有無が配転の効力に影響することを認めた点です。

改正育児介護休業法26条違反を認めた裁判例としては、明治図書出版事件・東京地裁02年12月27日決定に続いて2件目ですが、この事件は本案一審で和解が成立しているため、本案の判決としては本件が初めての判決と思われます。


第3 一審判決後の会社の異常な行動

1 会社主張は一審判決によってほぼ全面的に否定されたわけですが、会社は単に控訴したというだけでなく、控訴後、異常ともいえる様々な行動をとりました。

まず、何よりも驚愕すべきは、単に控訴したというに止まらず、一審判決の仮執行宣言について強制執行停止決定を得て、賃金仮払いをストップしたことです。世界的に著名な食品産業で、わが国においても莫大な利益を獲得し続けているネスレが、賃金仮払いを継続することによって、回復し難い重大な損害を被ることなどおよそ考えられないのであり、強制執行停止決定まで得る会社の姿勢からは、配転命令に従わなかったAさん、Kさん両名に対する敵意と裁判所が示した判断の軽視しか見て取ることができません。

そもそも労働仮処分において仮払期間を将来の1年に限定するいわゆる東京地裁方式(これ自体が極めて問題ですが)の端緒となった裁判官の論文でさえ、「被保全権利の疎明がいかに充実し、心証が確信に至る場合でも、本案判決確定に至るまでの期間認容をする必要はないのではなかろうか」と述べながらも、その根拠について、「現在の実務では、第一審判決認容の場合は、通常、仮執行宣言が付されることも考慮されるべきである」と、仮執行宣言に基く仮払があることを一審判決後の期間限定の根拠としているのでして、労働事件において、賃金仮払を認める仮執行宣言に対し強制執行停止決定を得ることなど、裁判官も考えていない事態であったと言わなければなりません。

会社のかかる異常な行動のため、05年5月27日、第二次仮処分申立を余儀なくされましたが、その僅か1ヶ月後の6月27日、裁判所は、保全の必要性について高度の疎明を要求することなく、また被保全権利についても会社の一審判決批判を一蹴して、控訴審の終局判決までの仮払いを認める第二次仮処分決定を行いました(Aさん、Kさんはこの二次決定のもとで、安心して控訴審を闘い抜くことができました)。

2 また、Aさん、Kさん両名は一審判決後、連日、姫路工場に復職するために出勤しているが、50名近いネスレ日本労働組合の組合員に取り囲まれて「帰れ帰れ」と罵声を浴びせられるといった対応を取られ続けました。

会社は、控訴審で、「姫路工場の実情を承知している従業員の多数によって構成されているネスレ日本労働組合が本件配転に同意していることは、本件配転命令の対象者の選定が適切であったことを裏づけるものなのである」などと主張したのですが、ネスレ日本労働組合が会社方針に反対したことなど一度たりともない筈で、この点を措いても、労働者が勝利判決を得て復職しようとしているのに、これを暖かく迎えてやるどころか、逆に阻止するなどというのは労働組合の自殺行為としか評しようがなく、組合員のそのような行為を放任する労働組合の同意に一定の意味を認めることなどおよそ不可能であることは論を俟ちません。

3 更に、会社は、控訴審で、一審判決を「企業内の実情を知らず、経営に何らの責任を持たない裁判所が控訴人の取るべき人事・経営政策を論じること自体失当である」と非難しました。このような非難は、労働事件において使用者側から往々にしてなされるものですが、結局、「司法は口出しをするな」ということなのであって、判例法理の否定にもつながるものです。会社のこのような判決非難は、あきらかに従来の判例の判断枠組みから逸脱した主張であり、司法権の役割や労働基準法の立法趣旨である労働者の権利擁護の観点に対する不理解を自ら暴露するに等しいものと言わなければなりません。確定した判例法理として、配転が権利濫用に該当するか否かの判断にあたっては、業務上の必要性や労働者に及ぼす不利益性などが考慮されなければならない。裁判所は、労働者が法や契約により保障されている法的地位を不当に侵害されていないか、という観点から配転命令の法的効力を判断するという、司法機関が果たすべき本来的役割を果たすにすぎないし、そのことは司法機関が役割を果たすことが積極的に期待されていることでもあります。

そもそも、企業の存続に関わる局面における「整理解雇」の事例ですら、裁判所は当該企業の業績や収支状況等をもとに、人員整理の必要性や解雇回避努力の有無などの要件(整理解雇の4要件)を詳細に検討して、整理解雇の有効性を判断しているところ、本件配転命令は、会社の存立に関わるほどの重大事項ではなく、会社存続のための止むを得ない措置としての整理解雇事例でもありません。使用者による配転命令が一人の労働者に重大な不利益(退職を選択せざるを得なかった者が多数存在する)を与えている場面で、配転命令の適法性が問われているという事例である。まさに人権救済を第一義的使命とする裁判所が、その役割を遺憾なく発揮することが求められる事例であることは明白です。

「経営責任を持たない裁判所は口を出すな」とするネスレの主張は、司法制度に対する理解を欠いていると指摘せざるを得ず、今日、企業におけるコンプライアンスが強調される時代の流れにも逆行するものと言わざるを得ません。


第4 控訴審判決(大阪高裁06年4月14日判決)

1 控訴審で、裁判所は、第1回の期日前から和解を模索していましたが、会社側は、Aさん、Kさんの譲歩案である、霞ヶ浦工場へ形式的に短期間赴任して姫路工場へ戻すという約束はできない、金銭解決の場合も上積みは一切考えないと、まるで一審で勝ったのは会社であるかの如き一切の譲歩はないとの姿勢に終始したため、06年4月14日に判決となりましたが、判決は、「当裁判所も、控訴人の当審補充主張を勘案しても、原判決と同様に、本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、配転命令権の濫用にあたり、無効であって、被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務」はない旨を明言し、一審判決に引き続き、Aさん、Kさんの完全勝利となりました。

2 控訴審判決は、一審判決をほぼ全面的に踏襲したものですから、遠隔地配転に適正手続を要求し、姫路工場内での工場内配転を模索していないことが適正手続に反するとした一審判決の判断、改正育児介護休業法26条が、配転命令の効力を判断するに際して斟酌されるとした一審判決の判断はいずれも控訴審でも維持されています。

従って、その意義としては、全面勝利判決の一審判決を一歩も後退させることなく、維持できたということになりますが、唯一、「経営者の専門的判断に口を出すな」という会社側の主張を、「控訴人は、このような判断は、企業内の実情を知らず、経営に責任を持たない裁判所が判断すること自体失当であると主張するが、少なくとも改正育児介護休業法26条の配慮の関係では、本件配転命令による被控訴人らの不利益を軽減するために採り得る代替策の検討として、工場内配転の可能性を探るのは当然のことである。裁判所が企業内の実情を知らないというのであれば、控訴人は、具体的な資料を示して、工場内では配転の余地がないことあるいは他の従業員に対して希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのかを具体的に主張立証すべきであろうのに、抽象的に人員が余剰であると述べるだけで済ませ、経営権への干渉であるかのようにいうことの方が失当というべきで、前記の判断を左右するに足りない」として一蹴しました。

この点については、一審判決にはない新たな判示であり、余りにも露骨極まりない主張に裁判所も激怒しての判示でしょうが、今後、他の労働事件において、「経営者の専門的判断を司法は尊重せよ」という使用者側の主張が展開された場合、これに対抗するための有力な武器になるのではないかと思います。


第5 闘いのこれから

Aさん、Kさんは判決後の記者会見において、「ほっとした。介護をしている人に希望を与える判決だ」とコメントしました。

この原稿を執筆時、まだ上告期間は満了していませんが、おそらくこれまでの対応からみて会社は上告することになるのではないかと思われます。今後、速やかに上告を棄却させ、Aさん、Kさんが姫路工場で働ける日が一日も早く訪れるよう、弁護団としても引き続き奮闘していく決意です(弁護団は、姫路総合法律事務所の吉田と竹嶋健治、土居由佳、中神戸法律事務所の西田雅年、大阪きづがわ法律事務所の坂田宗彦の5名です。特に坂田先生には控訴審からお手伝いをお願いし、貴重なご意見を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます)。

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みのり農協事件


みのり農協で2003年から続いた不当労働行為事件(民法協ニュース431号)は、兵庫県労働委員会の「命令」を不服として2006年3月9日、神戸地方裁判所に提訴しました。5月12日に開かれました第1回公判での意見陳述書を転載します。

平成18年(行ウ)第18号
不当労働行為救済申立棄却命令取消請求事件
陳 述 書
2006年5月12日
兵庫県多可郡多可町加美区山口483
森井 英樹
 私たちみのり農協労働組合は、2003年12月兵庫県地方労働委員会に救済を申し立てましたが、この申し立てを行うことは、組合として決して安易に決定したわけではありません。
 もともと労組は、その発足から十数年、経営者とともに農協内の様々な問題について交渉を行って、労働条件を改善することはもちろん、職場の実態を明らかにすることで、農協の事業改善にも寄与してきました。当時はユニオンショップであったこともあって、私たちはこれを職員としての使命であると意気に感じ、経営者と対等な立場に立って「民主的な農協運営によって、地域住民にも信頼される理想の農協に近づいている」と感じていました。当時から賃金水準などは、社会的に見てもまだまだ低いとは感じていましたが、経営者側の情報開示と、様々な問題に対して労使双方が正面から向き合う姿勢に、職員として一定の満足を感じていました。
 しかしながら2000年4月の合併以降は、そういった農協の民主的運営は否定され、経営者にモノ申す労組は「悪」と決め付けられ、いわれのない理不尽な攻撃を受けることになったのです。その背景には、合併前から労使関係においても「民主的な運営」を理想としてきた北はりま農協と、そうでない他農協との組織風土の違いが大きく影響しています。
 象徴的な事件が合併1年後に起こりました。みのり農協は、2000年4月1日に北はりま農協、三木市南農協、美嚢吉川町農協、加東郡農協の4農協が合併し発足しました。合併初年度の決算において貸倒引当金が大幅に積み増しされたため、賃上げが圧迫されることになりました。労組が「合併前の各農協の資産査定について問題があったのではないか」と経営者側にただしたところ、いったんは「文書をもって明確にする」としたにもかかわらず、団交での確認は反故にされ、結局、情報開示は拒まれました。さらに、経営者側は、労組の農協事業運営等についての改善要求に対しても、「労組が経営問題に口出しすべきではない」などとして不誠実な対応を繰り返すようになりました。
 労組は、こうした経営者側の秘密主義な姿勢について、強く改善を申し入れるようになり、繰り返し団体交渉を開催するように要求しました。なぜなら農協の事業運営のあり方は、私たちの賃金をはじめとする様々な労働条件を左右する直接的な問題であるからです。しかし、経営者側は、そのつど問題をすり替えたり、あいまいな答弁を繰り返すなどして正面から議論することを拒んできました。それどころか労組の団交出席者を問題にしたり、LAの就業時間を一方的に変更したり、労組「女性会」に関する協定の一方的破棄、これまで認めてきたメールの使用制限などを同時に行うことで、労組内の混乱と弱体化を狙っていることは明らかでした。現在も人事異動を武器に、労組役員を見せしめのごとくLAなどの営業職に配属してノルマ漬けにし、「経営者に屈服するか、退職するかを選択しろ」と言わんばかりの恐怖政治を行っています。
 この間にも中途退職者が毎年多発し、多い年では約100人もの職員が職場を去っていきました。ほとんどの退職者が「もう耐えられない」と悲痛な叫びを残し、働き盛りに現役で死亡した職員が2人、今もうつ病などのストレス性の病状が認められる職員も少なくありません。現役の職員でありながら経営者を相手に裁判を起こすものがいたり、異動後に突然退職する職員も日常的に発生するなど、職場はまさに地獄絵図と化しています。労組は、こういった現状を少しでもいいから、何とかしたいと藁をもつかむ思いで労働委員会に救済を申し立てたのです。
 しかしながら労働委員会は非情でした。「労働委員会は、労働組合の権利を守るためにある」という私たちの期待はことごとく裏切られました。労組は、すべての項目で救済命令は出ると確信していました。唯一の不安は「命令が出ても守られるのかどうか」ということでしたが、実際に出された命令は経営者側の不誠実な対応にお墨付きを与えるものであり、職場の状況はますます悪化しています。この3月にも多数の中途退職者が出ました。さらに、人事異動後にも退職する職員が絶えません。労組員は一部の支店や事業所に集められ、そこに新入職員が配属されることはありません。まさに労組員の隔離です。
 一方で、農協の事業はノルマ漬けの運営がさらにひどくなり、特に収益の柱である共済の普及に関しては、法令違反が顕著です。目標達成できない職員は、担当者会議の間立たされるなど、経営者から「無能」の烙印が押されるため、是が非でも達成しようとみんな必死です。
 労組に対しても「契約を獲得できても13カ月継続しないときは、罰則として目標の上乗せを行う」という趣旨の提案が行われるなどしたため、職員は未達成分を補うべく顧客の名前を借りて契約し、毎月数万円の掛け金負担を余儀なくされるものも少なくありません。
 また、労働時間管理の実態は、「契約が獲得できるまで帰ってくるな」という趣旨の業務命令が出るなどして、ノルマ達成できないものは、時間外手当を請求する権利さえ奪われ、休日出勤も当然のごとく行われています。先日の団体交渉でも、LAの時差出勤について労組から「午前11時出勤で、11時から推進に回れというのは無茶な指示だ。準備ための早出出勤は時間外労働として認められるべきだ」と要求しましたが、「勝手に来ているのは認められない。出勤して仕事をしていても農協は指示していないのだから」と違法行為を当然視するありさまです。このことは、タイムカードの導入要求を拒む経営者側の意図がどこにあるのかを示しています。
「労働組合は、労働条件のことを交渉するんじゃないのか。それ以外のことは経営者の権限であり、労働組合と交渉する事ではない」とは、正木専務が交渉のたびに口にする言葉です。労組が36協定を結べない理由を「時間管理のあり方に問題がある。提案の協定では月45時間が上限となっているが、月70時間以上もの時間外労働を行っている実態を無視して安易に締結することはできない」と主張しても、「時間外が発生していない部署もある」などと平気で発言し、「能力の高い職員とそうでない職員がいる」と問題をすり替えます。仕事を山積みにして与え、「就業時間内にやれるはず」という指示を平然と出し、「36協定がなかったら時間外労働はできないんだから」と開き直る姿勢は、職場の実態、労働者の権利を完全に無視しているものです。 さらに、LAの就業時間変更問題をめぐっては、交渉を拒否する一方で、就業規則変更に関する意見書を提出するようにと労組委員長の自宅に内容証明郵便が送られてきます。脅迫に近いやり方です。
農協を退職した職員の多くは、労組を応援してくれています。「こんなのは農協じゃない」「私たちの恨みを晴らして」と。現役の職員で労組に加入していない人も「もう労組しかない」「モノ言えない私たちの分までがんばって」とカンパに応じてくれています。地域の農家の人も「今の農協は農家のための農協じゃないよな」「貯金や共済の普及にばかり力を入れていて不満や」「中堅職員が大勢辞めよってやな」と農協の事業運営を批判したり、職員のことを心配したりする声が絶えません。
私たち労組は、このたびの裁判で労働委員会の命令の取消だけを問題にしているのではありません。この裁判を通じて、三つのことを実現しようと考えています。
一つは、労働条件の改善です。当然のことかも知れませんが、多くの中堅職員が退職していった現実を踏まえ、肉体的にも精神的にも過酷な労働条件は、改善されなければなりません。二つ目は、全国の農協労働者・労働組合、また、あらゆる産業の労働者・労働組合の当然守られるべき権利を守るということです。労働者は経営者の奴隷ではないことを証明したいと考えています。そして三つ目は、農協の民主的運営を取り返すことです。農協は経営者の私的な組織ではありません。農家組合員が自らのために自ら組織したものであり、協同組合組織として民主的に運営されなければなりません。そして、これら三つのことを実現していくためには、何よりも労働組合の活動が保障され、労使の対等な関係が確保されなければなりません。
現代社会では、営利を目的とする企業でさえもCSR(社会貢献)ということが重大な使命とされています。今こそ、協同組合である農協は、その原点に立ち返るべきときです。食品会社、鉄道、建設業界とマスコミで報道される企業の不祥事を目の当たりにするたびに、みのり農協もいつかそうなるのではと言い知れぬ不安を感じる毎日です。労働組合としてそういった不祥事を事前に防止しようと努めたり、運動することは許されないのでしょうか。多くの犠牲者が出てから問題を検証される事例はたくさんありますが、事前に防止するのも労組の重要な役目だと思います。
みのり農協は、員外監事を登用し、学識経験者を役員に入れたり、コンプライアンス部署を設置したりして、表面的には民主的な運営の体制をとっているように見えますが、何ら実質が伴っていません。組織内で起こった問題はすべて担当職員のせいにして、経営者は全く責任を取ろうとしません。それどころか再発防止策は職員を締め付けるさらなるペナルティーとなっています。
思想・信条の自由は憲法でも保障されています。今の農協の対応は、まさに人権侵害であり、労組法や労基法の趣旨などみじんも理解されていません。農協は、「ひとりは万人のために、万人はひとりのために」がその基本理念です。農協の民主的運営は、協同組合組織としての生命線そのものなのです。そのことを労組が要求することは「悪」なのでしょうか。コンプライアンスや個人情報保護を隠れみのとして経営情報を開示せず、見せしめの降格や左遷を武器に物言わぬ職員を集める「裸の王様」が経営者の立場にあってはならないと考えます。
問題の具体的な内容は訴状のとおりですが、これからの裁判では、私たちの主張の背景について是非とも関心を持っていただきたいと思います。そして、兵庫県労働委員会の「命令」の問題点とその計り知れない悪影響についてしっかりと見極めていただきたいと思います。
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いよいよ始まる労働審判制(その3)
兵庫県下における実務的運用はどうなる

弁護士 萩田  満


4月19日、神戸地方裁判所と兵庫県弁護士会との間で労働審判制度に関する懇談会が行われた。審判手続を利用する際に役立つと思うので、懇談会の議論を踏まえて自分なりの意見を述べたい。なお、ここに紹介するのは私の意見であって、裁判所や弁護士会の説明内容そのものではないので注意されたい。


1 神戸地方裁判所(兵庫県全体)の労働事件の状況

裁判所の統計によると、提訴される労働事件(組合事件を含む。)は、2004年が79件(ただし9ヶ月間)、2005年が64件、2006年1月〜3月が18件だそうである。例年70件程度ある労働事件のうち、一定数が労働審判になるのではないか。なお、4月1日〜19日の段階で、労働審判申立は2件。


2 労働審判の対象となるのは、個別労働関係民事紛争

「個別労働関係民事紛争」に該当しないと労働審判の申立は却下される。公務員関係(公務員の地位に関わる争いは行政事件なので対象外だが、セクハラに基づく国家賠償事件は労働審判の対象)や労働者募集段階の紛争(労働関係以前の紛争)は要注意。もちろん裁判所も柔軟な対応もとると思うが、最終的には法律上の権利関係に引き直して労働審判の対象となるかどうかが判断されるので、労働審判の是非は弁護団に確認するべきだろう。

労働審判は90日程度で解決することを目標としているので、裁判所としては当事者間の事前交渉の内容についてよく知りたいと考えているようだ。紛争がもつれにもつれている場合や、争点がはっきりしない場合は、迅速解決の労働審判になじまないのだろう。


4 代理人は弁護士に限られるか

裁判所としては、活発に訴訟にかかわっているような組合専従者ならば特別代理人に選任することがあるかもしれないというニュアンスである。組合専従なら誰でもいい、というわけではなさそう。


5 会社側に資料提出は強く促す予定

裁判所(労働審判委員会)は、早期解決を目指すため、とりわけ証拠をたくさん持っている使用者側に対して、答弁書や証拠の提出を強く促すと思われる。労働者側も、早期に事実関係を解明できるだろう。


6 審判員の中立公正

裁判所は、労使から選任された審判員が中立公正であることを強く望んでいる。全国の母体は、使用者側は経団連と日商、労働者側は連合、全労連、全労協だそうである。労働委員会の労働者委員は組合の味方(であるべき)なので組合が委員に接することは禁止されていないと思うが、労働審判員との接触は気をつけた方がよい。


7 審判の運用

審判の進め方は、1回目に双方の主張を整理し(1時間〜1.5時間)、2回目に2時間程度の証拠調べ(審尋)、3回目に調停案の提示と審判(1時間程度)、これを90日程度でやってしまいたいようだ。また口頭でのやりとりを原則としているので、その場ですぐに対応できるよう事前の準備が必要となる。


8 裁判や仮処分との関係

裁判所は、せっかくの労働審判なので労働審判を使った以上はその中で解決してもらいたいようである。本訴のための証拠集めとして労働審判を利用したりするのは裁判所にいやがられると思うが、法的手段の選択は、当事者、組合、弁護団がよく検討したほうがよいだろう。

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