《第463号あらまし》
 年頭のご挨拶
     @労働者の一分
     A民法協も「ホワイトカラー・エグゼンプション」阻止に立ち向かおう
     B「本気で、全力で」
 労働審判体験記(私病休職後復職拒否事件)
 新人研修会に参加しての報告
     @労働者いじめの「汚い仕打ち」に衝撃
     A労働者が組合の役割を考え意識を高めなければ
     Bまさに「沈まぬ太陽」の世界


年頭のご挨拶
@労働者の一分

代表幹事 弁護士 羽柴  修


今年も宜しくお願いします。昨年もそうでしたが、今年も労働組合や労働者にとって厳しい年になりそうです。おめでとうなんて言ってらんない気分で、今年は性根を据えて頑張ろうという気持ちです。

今日もあるテレビ番組で、コメンテーターの竹中さん(元経済財政政策担当大臣)は、ホワイトカラー・エグゼンプション関連法案が通常国会に提出されることに関連して、成果賃金制度は時代の流れであること、労働分野は未だに規制が厳しいから規制緩和が必要だ、但し、こういう制度を導入するのならセーフティネット(最低賃金制度の充実など)が必要だと、のたもうておりました。この人は、日本の最大のセーフティネットは企業が担っていたがもう続けることができない(国際競争力を高めるため)、一生懸命頑張っている人が怠けている人の分まで稼ぐことはない、生産性の高い産業の負担で低い産業を残しておく必要はないと平然と言い切る人物です。要するに理不尽な不平等格差(斉藤貴男氏は著書「機会不平等」で、日本社会では100メートル走で本来のスタートラインに立つ人とゴール手前10メートルの人をヨーイドンで競争させるような現実があると指摘している)是正しないでおいて、能力がある人(実はお金のある人のこと)の生活水準をもっともっと高くし、ない人は最低の生活で我慢するのは当然(国保も取り上げられ、治療も受けられずに死ぬ人がいても仕方がない)、格差社会は歓迎すべきと言って、小泉内閣で新自由主義の旗振りをしてきた人物です。

この人はアメリカ社会の光のあたっているところだけ見て(たかが2度のアメリカ生活で経済的豊かさのみ実感)、陰の部分を見ないようにしている人です。日本で3万人を超す自殺者が出ていること、過労自殺を含む過労死が後を絶たない現実など理不尽な原因や格差から生ずる悲惨な生活実態についてはコメントすらしない。ワーキング・プアで紹介される労働者は、怠け者なんだから仕方ないと考えているのでしょう。こんな人物がテレビで言いたい放題言ってるのを見ながら、今に見ていろ、そのうちにほえ面かかせてやると思った人は私だけではないでしょう。

連合も、ホワイトカラー・エグゼンプションを含む労働契約法制の改悪については反対運動を展開すると思われますが、ことここに至っても労働組合や労働者の反応は敏感とは言えません。何時になったら労働者・労働組合が立ち上がるのか。8時間労働制を勝ち取ってきた歴史的経緯を忘れた訳ではないでしょうが、今やそれが崩壊しようとしているのですから、法案提出あるいは成立を阻止するために07年春闘でスト権を確立する位の準備をしなくてはいけないでしょう。昨年フランスで若年労働者解雇自由法案を巡って吹き荒れたデモ・ストなどの大闘争を、今年はホント期待したいですね。「労働者の一分」が試される年だと思います。頑張りましょう。

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年頭のご挨拶
A民法協も「ホワイトカラー・エグゼンプション」阻止に立ち向かおう

代表幹事 甲南大学教授 長淵 満男


あけましてオメデトウございます。穏やかな正月から一転「冬台風」が襲い、混乱を引き起こしましたが、経済・政治社会の今年のありようを予報しているようにも感じられますね。

国民・労働者に痛みばかりを押し付けた小泉内閣から、そのもっともタカ派的要素ばかりを受け継いだ安倍内閣のもと、強引に教育基本法を改悪し、憲法改悪をにらんだ「戦争する国」建設に向けた段取りを着々と進める「官邸主導の内閣」に対しては、少しでも早く国民・労働者の「怒りの拒否権」を浴びせたいものです。

わが民法協として黙視できないのは労働政策審議会が厚生労働大臣への答申に賛否両論併記ながら「ホワイトカラー・エグゼンプション(white collar exemption) 」を盛りこんだことです。白襟シャツ姿で働く労働者(事務部門)のうち、仕事の内容・一定額以上の年収取得等を基準に1日8時間、週40時間の労働時間規制を取り払う、したがって、何時間働いても割増賃金が支払われない労働者を大量に創り出そうというこの制度が導入されると、日本では労働者を際限なき長時間労働へ駆り立てる働きをするに違いありません。なぜなら、ノルマ(仕事量・成果)を「人間的なレベル」に規整する力の弱い労働者・労働組合に対して、使用者は過度のノルマ達成を要求し、未完の者には低劣な罵詈、雑言を浴びせてくるに違いないからです。このエグゼンプションとよく似た機能を果たしているのが「裁量労働制」で、成果主義賃金と結び付けられ、制度の建前(労働の方法、時間配分を労働者自身が決定できる)とは異質の長時間・過密労働に苦しむ労働者の実態が明らかになってきていることを(したがって、過労死の例もある)しっかりと押え、この法制度化を何としても阻止する必要があります。

厚生労働省が労働者の声に押されて「サービス残業の撲滅」をかかげ、残業の「時間管理義務」が使用者にあることを公言したことへの巻き返しとして、経団連が急速かつ強力に政治的圧力を強めるにいたったといわれる「ホワイトカラー・エグゼンプション」は、経団連が「総資本の理性」や「企業の社会的責任(CSR)」をかなぐり捨て、あくなき利潤の追求者としての本性を示すものだから、反国民性・反労働者性が強く、大きな戦いが組織されることを願ってやみません。民法協も少しでも力になれないかなあー!!

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年頭のご挨拶
B「本気で、全力で」

代表幹事 全港湾阪神支部 鳥居 成吉


新年明けましておめでとうございます。

皆様におかれましては、輝かしい年を迎えられたことと思います。昨年小泉政権から、安倍政権へと移行し、悪法が矢継早に成立させられました。タウンミーティングでの政府のやらせ発言が発覚して大問題になりながら、充分な審議をすることも無く、教育の憲法ともいうべき教育基本法を数の暴力で強引に改悪し、これ又、論議をつくす事なく自衛隊の海外任務を主とする、防衛庁の省昇格法を成立させました。

そして、今年の通常国会では、戦争する「美しい国造り」のため、憲法を改悪できる国民投票法の改悪を狙っています。この改悪案を通してしまえば有権者の2割程度が賛成するだけで憲法が改悪され、戦争のできる国になってしまいます。昨年の北朝鮮によるミサイル発射や核実験により、閣僚の一部に核保有国論さえ口にする有様です。

国民生活では、子供のいじめによる自殺、親が子供を、子供が親をあやめるという、いくつもの悲しい事件が起こりました。

景気は、いざなぎ景気を超え、尚、記録更新中といわれていますが、それは大企業のみで、中小企業や労働者、国民には実感はまったく無く、むしろ増税や医療費改悪等々で、以前より生活が苦しくなったというのが実態でしょう。大企業の儲けをさらに増大さすのに年収400万以上の労働者を対象に「ホワイトカラーエグゼンプション」という労働時間規制を無くし、時間外手当を支払わなくて済む制度の導入を目論んでいます。こんな制度が導入されれば、賃下げとなり、過労死がさらに増加する事になるでしょう。

小泉政権誕生以降、規制緩和の名のもとに、労働者、国民は痛みばかり押し付けられ我慢の限界にきています。この力を今年の一斉地方選挙と参議院選挙で、現安倍政権に大打撃を与えて、私達、労働者、国民の為の政治に転換させるよう、本気で全力で頑張りましょう。

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労働審判体験記(私病休職後復職拒否事件)

弁護士 本上 博丈


はじめに

06年4月から始まった労働審判制度を利用する機会が続けて2件あったので、参考までにそのうちの1件の概要をご紹介する。当協会の中でもそれほど実例が報告されているわけではないが、もっと利用されてよいと思った。


1、事案の概要

相手方は主に海陸運送業を営む株式会社で、実質的本社が鳴門市にあるほか、神戸、名古屋、福山の各営業所がある。管理職を含む従業員数は鳴門が約100名、神戸5名、名古屋1名、福山2名。申立人は1960年生まれの男性で、84年神戸営業所に大型トラック運転手としてアルバイトで入社、85年営業兼事務職員として正社員に採用され、89年営業主任、96年営業課長となり、終始、神戸営業所において勤務してきた。

申立人は、相手方休業日の03年6月1日、業務外で遭遇した海難事故により中心性頚髄損傷等の重傷を負ったことから同月2日以降私病休職するようになった。06年5月になって主治医から「デスクワークなどのごく軽度な作業に関しては、就業可能と思われる」旨の診断書が得られたことから、申立人は相手方に対し、その診断書を添えて休職前とほぼ同様の仕事ができるとして、労務提供の申し出をした。

しかし相手方は何らの就労指示をせず、双方代理人の交渉になってからも、さしたる根拠もないまま、単に「とうてい外回り等精力的な業務を伴う営業職に復帰させることはできません」とか「デスクワーク等であっても通知人会社の就業規則に定められた勤務時間である8時間もの間、勤務を行うことは困難と考えられます」として、申立人の労務提供を受領拒絶し賃金支払いも拒絶した。

そこで申立人は、上記労務提供申し出が民法493条所定の債務の本旨に従った履行の提供に当たるのに、相手方の受領拒絶により就労しなかったにすぎないとして、その申し出以降の賃金全額の支払を求めて労働審判の申立をした。


2、審判の経過概要

(1) 06年8月8日神戸地裁に申立したところ、同年4月からの制度スタートで事件番号は平成18年(労)第15号(15件目の労働審判事件という意味)。

第1回審判期日は9月27日午後1時30分と指定、相手方は申立前の交渉時の代理人弁護士がそのまま代理人に就き、答弁書は9月15日提出、乙号証は翌16日郵送されてきた。答弁書では、申立人が内勤はできるが杖歩行のため外回り営業ができない点で「従前の職務を通常どおり行える健康状態に回復」していないとして有効な労務提供申し出とは認められないと主張、また休職期間満了等を理由に解雇予告をしてきた。

当方は神戸営業所5名のうち申立人とほぼ同様の仕事をしていた所長代理との間で多少の分担調整をすれば配置可能な業務があるなどと反論する内容の補充書面を9月27日の第1回審判当日に提出した。

争点は、後遺障害の残っている申立人が復職して担当できる業務があるか否かということだったが、もともと神戸はごく小規模だった上に相手方が当時神戸営業所での業務を縮小する方向で整理をしていたことから、そのリストラがらみで争点が複雑になった面がある。

審判は楕円形の大きなテーブルのあるラウンド法廷で行われ、非公開手続なので、当事者・代理人以外は審判委員会の許可がない限り傍聴できない(スペース的には4〜5人までなら傍聴可能なので、所属組合の幹部や申立人家族などであれば、おそらく許可されると思う)。

(2) 第1回審判では、まず担当する労働審判官(地裁6民右陪席山本裁判官)と労使の労働審判員(守田光雄氏と小和田敏晴氏)の自己紹介で始まる。審判員は出身団体や労使の別は言わず(審尋での会話からいずれが労か使かはわかる)、氏名のみを述べた。次に、上記のように争点は比較的単純だったが、山本審判官は、申立人と相手方の各代理人にそれぞれの主張の概要説明をさせたうえで、それほど争点とは関係ない事実関係を含めて、審判官、審判員がアトランダムに質問していった。このようなアトランダムな問答を審尋と呼んでおり、書記官の立ち会いはないし録音もされないので、そこでの発言内容が記録上残ることはない。山本審判官がほとんど制御しないこともあって、列席者はかなり自由に発言しているという印象。会社側が証拠に基づかずに事実と異なる説明を縷々行うので、当方がそれに異議を述べて口論のようになるなど、やや散漫な感じになることもあった。最終的には、前述の争点がやはりポイントであることが確認され、復職後所長代理との間で分担調整が可能か否か、可能としてそれをすれば担当すべき業務があるか否かを調べるため、当方が求めて、第2回審判ではその所長代理に出席してもらってその審尋を行うことになった。なお、口頭での申し出だけで、証人申請書等の書面は出していない。第1回審判の最後に短時間調停が試みられ、当方の意向があくまで復職か、それとも金銭解決でも構わないかの確認がなされ、できるだけ復職を求めると伝えたが、相手方は復職を認めるのは極めて困難とのことだった。第1回審判の所要時間は2時間程度で、第2回審判は10月26日になった。

(3) 第2回審判期日の直前の10月24日になって、相手方から補充書面が出されたが、その内容は、神戸営業所の業務は全体として縮小しているから、申立人が外回り営業をできるか否かにかかわらず、事務・営業担当の正社員2名は不要で、復職を認めると経営的に成り立たず相手方が経営困難に陥るというもの。もともとは後遺障害の残る申立人を配置可能な業務があるかという争点であったのに、その「配置可能な業務」という文言から整理解雇の話にすり替えていく主張だった。そこで当方も、翌25日付けで相手方の主張は不当なリストラへのすり替えであると反論する補充書面を再度提出した。なお相手方は、第2回審判当日の10月26日付け補充書面をさらに提出して同様の反論を繰り返した。

(4) 10月26日の第2回審判では、相手方が所長代理を同行、まず相手方代理人が質問し、その後当方が、最後に審判委員会が質問するという通常の証人尋問方式で審尋が行われた。所長代理の説明は、概ね当方の主張に沿ったもので、申立人が復職しても自分と若干の分担調整をすれば、経営的にプラスかどうかはともかくとして申立人の休職中はできていなかった営業活動を再開するなど業務は十分あるというものだった。その審尋後、審判委員会は15分程度の評議を経た後、当事者双方を入室させて、大きくは復職を前提とする調停案(申立人の後遺障害と会社の業務量減少を考慮して、所定時間を3/4に短縮し、それに伴い賃金も単価は変えずに減額して復職するという案)を提示、次回までに双方が検討してくることになった。第2回審判の所要時間は1時間30分くらいで、最終の第3回審判は11月13日になった。

(5) 第3回審判では、当方は基本的に調停案を応諾することにし、5か月余り分になるバックペイについても調停案に沿って3/4に減額することも譲歩したが、相手方は、所定時間を1/2まで短縮し、バックペイは全額カットでないと応諾できないとのことで、調停不成立に終わった。その後、審判委員会の短時間の評議を経てから、書記官を入室させて直ちに審判が口頭で告知された。その主文は、申立人の申立を全面的に認めるもので、理由の要旨は「申立人が休職前の担当職務を通常の程度に遂行しうる健康状態を回復したとは言えないが、関係証拠から認められる申立人が提供しうる労務の内容、神戸営業所に復職した場合の人員配置や職務分担の調整の困難性の程度等に照らせば、申立人が復職を申し出た平成18年5月末ころには、現実に配置可能な業務があったというべきである。したがって、相手方が答弁書で行った解雇の意思表示は無効であり、他方、申立人の復職の申し出は履行の提供と見ることができるから、相手方は平成18年6月5日以降の賃金の支払を免れない。」とされている。審判の効力は口頭告知によって生じるが、労働審判手続期日調書の謄写をすれば、告知された主文と理由の要旨等が記載されている。

なお調停案では所定時間・賃金等の3/4への短縮が言われていたが、審判主文では短縮・減額のない本来の労働契約どおりの権利関係が確認された。これは労働審判法20条1項において、「審理の結果認められる当事者間の権利関係」を踏まえて労働審判を行うと定められていることによる。

(6) 以上のとおり、労働審判では当方の申立が認められたが、相手方が11月22日に異議申立をしたので、通常訴訟に移行することになった。

訴訟の第1回期日は07年2月2日に指定されている。なお一般的には、労働審判の結果を利用して賃金仮払い等の仮処分申立をすることが多いと思われるが、本件の場合は、障害年金等の受給の関係で保全の必要性の疎明が困難であることから、本案訴訟のみが係属している。


3、コメント

(1) 本件は8月8日申立、11月13日第3回審判期日で審判告知だったから、3か月余りで終局した。懲戒解雇処分の有効性が争われた別件も、8月18日申立、11月7日第3回審判期日で審判告知だったから、こちらは3か月弱で終局している。4か月で審判は3回までという制度設計が実行されている。早期にそれなりに権威のある公的機関の判断が出るということは、労使双方にとってメリットは大きいと思う。

(2) 仮処分事件と比べても短期決戦なので、主張・疎明を整理する代理人はそれなりの覚悟で取り組む必要がある。労働審判委員会としての事件に対する心証形成は、第1回審判期日が終わる時点までで、ほぼ決着が付いていると思った方がよい。したがってまず、事実関係のストーリーと労働者の権利主張が正当であることの分かりやすい説明とそれを裏付ける証拠の提出は、申立段階からやりきった方がよいと思う。そして次に、第1回審判の2週間〜10日前に答弁書が提出されるが、それへの反論は第1回審判までに十分行った方がよい。そうすると、特に第1回審判の直前が、反論の陳述書や補充書面の提出が必要になり大変であるから、スケジュールには配慮しておいた方がよいだろう。また限られた期間での手続なので、余り細かい点にはこだわらず、思い切って大きな筋で見た事件の組立をした方が適切と思う。

(3) 審判期日では、書記官の立ち会いはなく、審判委員会の三者が三様に質問したり発言するという進め方が採られており、相当ざっくばらんな感じだった。ただ、第1回審判でどの程度話題や争点を絞った審尋を行うかは、担当審判官の個性による部分があるようである。本件では前述のとおりどちらかというと散漫な審尋だったが、同時期に申し立てた上記別件(地裁6民部総括橋詰裁判官が審判官)では、事前の評議がかなりしっかりなされて第1回審判が始まる時点で争点の絞り込みはもとより基本的な心証形成もなされ、その争点に絞った審尋が集中的になされた。心証も第1回審判期日の冒頭というかなり早い段階で開示して、不利な認定を予定している会社側にその旨(懲戒解雇は行き過ぎとの心証)を告げたうえで十分に反論させるという進め方が採られ、審判1回当たりの所要時間も本件の半分以下だった。

(4) 審判員は個別的労使関係についての専門家という立場で事実上労使の代表が各1名ずつ参加するが(県労委のように法律上労使の代表という選出がされているわけではない)、いずれの事件でも労組出身審判員は発言も少なく影が薄かった。経営出身審判員の方が発言も多く積極的で、特に懲戒解雇の相当性が問題になった別件では良識を感じさせる言動が多く、当方の主張のヒントも得られた。労組出身審判員の奮起を期待したい。

(5) 2件とも解雇され、労働者は職場復帰を求めたのに対し、会社側は頑強にそれを拒絶するという事件だったが、労働審判委員会から金銭解決を説得されるという局面はなかったし、審判でもいずれも地位確認を認められた。会社側の対応いかんにもよるが、金銭解決でも構わないという事案はもとより、職場復帰を求める事案でも労働審判は結構使える可能性があると感じた。

(6) 個人的には、労働審判制度は本当に重要な争点に絞った論争や証拠調べに集中でき、短期間の解決という点で、大変優れていると思う。3〜4か月で結論が出るのなら、とりあえずは申立てしてみようという気持になりやすいのではないだろうか。労働組合も、職場の権利問題の解決手段として、もっと積極的に利用してよいのではないだろうか。特に少数組合は、組織拡大も視野に入れて積極的に位置づけるべきと思う。

(7) いずれの事件も勝利審判を得たが、異議申立されて通常訴訟へ移行した。理論的にはまた一からのやり直しということになり、頑張って勝利審判を得た労働者側としては徒労感を拭えない。審判に何らかの暫定的効力を持たせた方がより実践的ではとも思うが、理論的には難しいのだろうか。

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新人研修会に参加しての報告
@労働者いじめの「汚い仕打ち」に衝撃

弁護士 板野 陽一


平成19年1月9日、兵庫県弁護士会館分館において、吉田竜一先生のご報告のもと、ネスレ日本事件を題材として、労働者に遠隔地への転勤を命じた配転命令の効力に関する勉強会が開かれました。勉強会には、原告となったネスレ日本の従業員のお二人にも参加していただきました。

原告の方々は、それぞれ25年以上もの間、一貫してネスレ姫路工場でまじめに働いていてこられたのですが、会社(ネスレ日本)は、平成15年になって突然、お二人の所属する係の従業員全員に対して茨城県の霞ヶ浦工場への配転を受けいれるかあるいは退職をするかの結論を迫りました。それに対して転勤または退職を受けいれる従業員がほとんどでしたが、お二人は、それぞれ病気を患った家族を抱えており、その家族の病状を悪化させないようにするためにも姫路の地を離れることができませんでした。そこで、二人は不当配転の効力を争うべく、会社と闘うことになったのです。

結果として、原告は、第1審も第2審も勝訴しました。吉田先生は、ILO第156号条約・改正育児介護休業法26条について説明し、関係裁判例について言及された後、本件事例の第1審判決の説明をされました。先生の説明は、限られた時間の中で必要不可欠な情報を盛り込ませた、非常に的確で分かりやすいものでした。先生の説明によると、「業務上の必要性」の要件をいとも簡単に認めたこと、原告の一人に関しては改正育児介護休業法26条の適用を否定したことといった問題はあるものの、転居を伴う遠隔地への配転命令に一定の絞りをかけたこと、改正育児介護休業法26条の「配慮」の有無が配転の効力に影響することを認めたことは評価できるということでした。

原告のお二人は、会社と闘っている間、多数派の労働組合に属している従業員によって勤務先への立ち入りを拒まれたり、あるいは第一審の敗訴を受けたネスレ日本から賃金仮払いをストップされるなど、様々な妨害を受けてきました。まだ労働事件をほとんど体験したことのない私にとっては、世間的にも名の通った「会社」の人間が、このような「労働者いじめ」とも言えるような「汚い仕打ち」をするということ自体衝撃的でしたし、またそのような実例を聞くことができて大変勉強になりました。このような勉強会に参加させていただきましてありがとうございました。

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新人研修会に参加しての報告
A労働者が組合の役割を考え意識を高めなければ

弁護士 野上真由美


私には、修習生の時の指導担当だった西田先生に付いて、大阪高等裁判所にネスレ日本配転命令事件の傍聴に行くという貴重な機会がありました。その時の私は、恥ずかしながらほとんど何もわからない状態でしたが、原告お二人の悲痛で切実な訴えは心に残りました。その後、今回の新人研修会に参加し、事件の経過と原告お二人の体験談を聞く機会に恵まれました。今回の研修会は全体に渡り興味深いものでしたが、私が特に興味を持った点は大きく2つありました。

まず1つ目は,業務上の必要性についてです。レジュメに記載された過去の判決を見ても、比較的容易に業務上の必要性が認められてきたようです(NTT東日本北海道支店事件で業務上の必要性が否定されたことが画期的だということからすると)。この点、本件の控訴審判決では、「控訴人が具体的な資料を示して、配転の余地がないことあるいは希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのか具体的に主張立証すべきである」との記載があります。本件では、控訴人の司法に対する恫喝とも思える主張があったため、高裁がこのような判断を示したと考えることはできます。しかし、配転命令であったとしても業務上の必要性を企業側がデーターなどを示し、合理的な主張立証することは当然の責任であると考えます。現時点で、すべての裁判所がそれを当然と考えているかは甚だ疑問ですが、本件のような判断が明確に示されたことは大きな前進ではないでしょうか。

2つ目は、第2組合についてです。労働者の権利を守る役割を果たすはずの組合が、労働者の権利侵害を助長し、そして、その第2組合が会社に分裂させられできたものであることに衝撃を受けました。原告のお二人が出勤闘争をしている間も、第2組合員が原告の方の車を取り囲むまでして罵声をあびせているのを会社の課長が傍観している、というのは一体どういう状況なのでしょうか。現時点では原告お二人に対するこのような嫌がらせは止まっているようですが、姫路工場に勤務しておられる第1組合の方は、第2組合の方に工場内で取り囲まれたりする嫌がらせを受けているそうです。それも少数派であるが故にただ耐えておられる状況だとのことでした。そうなってくると、今後、原告のお二人が職場に復帰された後のことも非常に気がかりになってきます。ネスレの第2組合のような組合を今後作らないためには、労働者自身が労働組合の役割を考え、意識を高めることも必要なのではないかと思いました。

やはり当事者の方の声を直接聞くというのは、実感や重みが違うもので勉強になりました。吉田先生、原告のお二人には時間を割いて貴重なお話をしてくださり、ありがとうございました。

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新人研修会に参加しての報告
Bまさに「沈まぬ太陽」の世界

弁護士 木曽久美子


この度の研修内容は、ネスレ日本株式会社配転命令事件の神戸地裁姫路支部、大阪高裁判決を題材にしたものでした。今回の研修では、原告のお二人にも出席していただき、原告の方がどのようなお気持ちで訴訟に踏み切ったのか、そして訴訟を通じてどのように感じたのかを聞くことも出来ました。

事件の内容につきましては、すでにいろいろなところで発表がなされていると思いますので、ここでは割愛させていただきます。

私が、この研修を受けて大変衝撃を受けたことは、ネスレという日本でも大企業といえる会社で、労働組合員に対する小学生レベルの陰湿ないじめが、現在においてもまだ行われていること、昇級差別から配属、配転についての差別までが温存されているということです。原告の方は、高裁判決が出るまでは、車で出勤する際も周りを取り囲まれ、同じ職員に「帰れ!帰れ!」と罵声を浴びせられたということです。また、会社に取り込まれていない第一組合の組合員に対しては、職場の上司から、「あいつとは話しをするな。」などというくだらない嫌がらせを指示されるようです。昇級に関しても、第一組合員は、会社に取り込まれている第二組合員と比べずいぶん低いようですし、さらに、会社に反発する社員については、ゴミ集めだけをさせられる部署に配属させられるなどの悪質な配属命令を下しています。まさに、山崎豊子の「沈まぬ太陽」の世界です。

私は、修習時代に労働部に配属され、労働事件を見学させていただきましたが、このような闘争的な労働事件を見学することは全くなかったため、現在でもこのような労働事件がまだまだ残っているということに、本当に驚きました。

この事件、原告二人を合わせた特定の部署の職場社員に対して、兵庫県から茨城県への配転命令の掲示が出され、その後すぐに弁護士と打ち合わせをして、会社の出した期限までに、原告二人は転勤できない状況であることの書面を会社に提出しています。これは、かなり重要なポイントだったようで、判決でも評価されています。やはり、どんな事件でも弁護士に迅速に相談し、弁護士が対応できるという仕組みを作る事が、事件解決の大きな糸口になるのだということも痛感しました。

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