須磨浦学園教員解雇事件和解 《連載》労働事件随想録⑨ 労働トラブル110番報告 転載：中野区非常勤保育士解雇事件弁護団声明須磨浦学園教員解雇事件和解
弁護士 髙本 知子
学校法人須磨浦学園の解雇事件が控訴審において和解により解決しましたので報告します。
１ 事件概要
本件の事案の概要を簡単に説明します。学校法人須磨浦学園は、幼稚園（須磨浦幼稚園）と一学年一クラスの私立小学校（須磨浦小学校）のみで構成される小規模な私立学校ですが、裕福な家庭の児童が通学し、須磨浦小学校の卒業生のほとんどが有名私立中学校に進学します。この須磨浦小学校に平成３年から教員として勤務していた瀬川文雄氏（以下「原告」）は、平成17年３月末、突然、校長から解雇を通告されました。解雇通告時、当時の校長（同人は訴訟中に退任）が述べた解雇理由は、半休をとる際に大声を出した、児童同士のいじめの問題に責任がある、平成５年と平成12年に児童の頬を叩いた、のみでした。原告は組合に加入し、組合が団体交渉を申し入れましたが、須磨浦小学校は団交拒否を繰り返し、解雇理由を明らかしませんでした（そもそも明らかにできる事由がなかったのでしょうが）。原告が仮処分を申し立てると、須磨浦小学校は、保護者・児童から苦情が多く教員として不適格なので普通解雇したなどと弁解しましたが、仮処分及び原審裁判所は須磨浦小学校の主張を認めず、解雇を無効としました。原審裁判所では慰謝料・弁護士費用も認められました。これに対して須磨浦小学校が控訴しました（大阪高裁第12民事部）。
２ 控訴審
控訴審の須磨浦小学校は、私立学校の使用者側代理人として著名な俵法律事務所の弁護士を加え、徹底的に争う強硬な態度でした。とはいえ有名弁護士を代理人にしたところで、解雇理由となる事実がないことに変わりはありません。須磨浦小学校は、やむなくかなり昔の「体罰」を強調し、過去に一度でも体罰があれば不適格教員であるとの主張を展開し、「保護者からの苦情」を「立証」しようとしてある児童の母親（ただしＰＴＡ会長）を証人申請しました。裁判所は、須磨浦小学校の証人申請について妙に慎重に判断しましたが、結局は却下し、判決期日を指定しました。高裁でも解雇無効とされることは明白でした。
判決期日までの間、原告及び組合は、早期の職場復帰を実現するため須磨浦小学校と交渉をしようとしましたが、須磨浦小学校は職場復帰を頑なに拒否しました。地裁段階で校長は、須磨浦小学校の児童の保護者は企業経営者が多いので、組合に加入し解雇を争うような教員を須磨浦小学校に復帰させることはできない、と労働法規を無視する無茶苦茶な主張をして憚らず、このままでは控訴審判決で解雇無効とされても、原告を職場復帰させることなく賃金だけ支払い続ける可能性が強くなりました。
３ 職場復帰の断念
原告は、職場復帰を目指して最後まで頑張ってきました。しかし、現実問題として、職場復帰が実現しないとなると、原告は、子どもたちが現に通学している須磨浦小学校を、この先何年にもわたって非難し続けなければなりません。それは原告にとってとても辛いことでした。原告は判決期日直前まで悩んだ末に、職場復帰をあきらめ、退職する方向の解決を決断し、和解するに至りました。和解内容は、須磨浦小学校側の要求で公表できませんが、もちろん違法な解雇が撤回され、違法な解雇行為に報いるため相当な出費を須磨浦小学校に強いるものとなりました。原告は須磨浦小学校に復帰し、子どもたちの指導に当たるとともに、須磨浦小学校教員の労働条件の改善に尽力しようと考えていたのですが、残念ながら職場復帰には至りませんでした。しかしながら、本件裁判により、須磨浦小学校は、若干でも解雇法理を学んだはずであり、少なくとも今後の安易な解雇を抑止することになったのではないでしょうか。
最後に、貴重な時間を割いて法廷をいつも一杯にして頂き、原告を支え続けて下さった私教連及び支える会の皆様に心からお礼を申し上げます。（本件の弁護団は佐伯雄三弁護士及び高本です。）
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弁護士 野田 底吾
将来、砂田衆議院議員の後釜として文部大臣になるのが夢だ、と公言してきた長田区選出の市会議員溝田弘利は、その布石として1983年（Ｓ58年）、「弘利のメモリアル」を校名とする神戸弘陵高校を設立し理事長に就任した。更に姫路学院女子短大を買収して学長になり、アメリカの泡沫大学エドモンズ大学の日本校理事長を名乗ったりもした。高校設立の目的がそんな邪道であった故か、溝田は、生徒を「お客さん」と呼ぶなど、厚顔無恥なワンマン男であった。高校開設の翌年84年４月、浅野先生など20名が新任教員として採用されたが、溝田は全員を１年の期限付にした。そして、自分の選挙後援会葉書の宛名書きなど選挙運動に動員し、気に入らない教員には授業中でも呼び出して叱責を加えるなど、学園を強権的に支配してきた。そんな職場であっただけに、労組など存在する余地もなかった。こうした破廉恥男に批判的であった浅野先生は、溝田にとって最も危険な人物に思われ、85年３月の期限到来と同時に（他の19名は自動更新）、期間満了の雇止め解雇になってしまった。
浅野先生は、早速、兵庫私学労組に個人加盟。ここから６年に亘る解雇撤回闘争が始まった。和田書記長の紹介で事件を受けた私は、すぐ組合に団交申入れを行わせると共に、地位保全の仮処分と本案訴訟を提起した。当時、私は親和女子大や八代学院大（神戸国際大）、神戸女子大、中京女子大などの教授解雇事件を担当していた事もあり、教育法と教員人事問題には強い関心を抱いていた。その為、浅野先生の解雇事件も一般の従業員解雇事件と同一視することが出来ず、「教諭に期限を付することはできない」との教育法理を前面に打出し解雇の不当性を訴えた。幸い、半年後に仮処分事件は認容されて浅野先生の賃金も確保でき、学園内にも６名の同志が決死の覚悟で組合分会を誕生させていたし、兵庫私学教職員組合連合（兵私教連）に加盟する多くの傘下組合もビラ撒き等の支援活動に立ち上がっていたので（長田区内の全戸、鉄道駅前、繁華街など溝田の選挙地盤には幾度となくビラの絨緞爆撃が繰り返された）、87年選挙では、市会副議長の経験を持つボス議員の溝田も、前回２位の高位当選時から1300票余りも票を減らし、定員８名中７位、落選者との差209票という薄氷状態にまで追い詰められていた。それでも野心家の溝田は、へこたれもせず、逆に分会員６名に対する猛烈な脱退工作と教職員に対する締付け強化を図っていた。分会の６名は、こうして一方では降りかかる火の粉を振り払うべく兵庫地労委に不当労働行為の救済を申立てて法廷闘争を取組むと共に、他方では浅野先生の教員地位確認訴訟を支援すると言う二股のフル回転状態になりながらも、新たに分会員７名を増やして行った。こうした上げ潮状態の中で、私も従来の経験から、全面解決も時間の問題と高を括っていた。ところが87年11月、神戸地裁は「浅野先生が１年期限付き契約を了解している以上、更新されなくとも何ら契約違反にならない」として解雇を有効とする判決を出した。私は、８割方は勝てると楽観していただけに（通常、事件を担当している弁護士は、判決を予想できる）、これは意外な完全敗訴の判決であった。その原因の一つは、一人で事件を担当してきた事による一人合点の判断にあった。早速、私は、大阪高裁での逆転勝訴をめざし、戸谷茂樹、伊東香保、本上博丈の各弁護士に応援を求めて複数弁護団を組織し、土屋基規助教授（神戸大）にも参加して貰って教育条理面をも補強する体制を取った。尤も、弁護団以上に苦境に立たされたのは組合であった。浅野先生の賃金が打ち切られ、彼の生活保障をしなければならなくなったのである。兵私教連傘下の組合員は、以降４年にわたり、薄給の中から毎月数千円もの支援カンパを出して浅野先生を支え続けたが（これ以外に弁護団費用のカンパもある）、本当に大変な苦労だったと思う。
89年３月、大阪高裁も神戸地裁判決を全面的に支持し、短期間に、いとも簡単に私達の控訴を棄却してしまった（後日、弁護士に転職した当時の裁判官は、最高裁判決の後、私に「迅速判決に目を奪われ、十分な検討がなされていなかった」と反省の弁を語った程である）。この時は、弁護団全員が裁判所の訴訟指揮を見て敗訴を予測していたが、組合の方のショックは大きかった。当時は、司法反動の言葉が声高に叫ばれ「裁判所は上に行く程、悪い」と言われていただけに、上告をしても勝ち目はなかろうとの悲壮感が漂い、分会では脱退者まで出始めていた。しかも、このまま最高裁で判決が確定してしまえば、今後、全国的に期限付労働契約が蔓延し、労働者に犠牲が増える危険性があり、私も背水の陣へと追い込まれていった。そこで私は、更に弁護団を強化すべく、教科書検定など教育裁判に豊富な経験のある東京の田原俊雄、高野範城弁護士に参加を求め、７人で強力な弁護団を発足させ、最高裁に上告手続きを取った。新開地にあった中神戸法律事務所の薄暗い４階会議室では、幾度も弁護団会議が持たれて理論構成が検討され、持ち寄った書面が訂正され次第に膨大な上告理由書が完成して行った（89年５月提出、その後９月と90年３月にも補充理由書を提出）。組合も、全国の教育法・労働法学者に事情を訴えて支援署名を集め（75名賛同）、他産業労組へ支援要請をする、引き続き長田区内の全戸ビラ配布を繰り返す等、本当に必死に戦った。私は、当時の民法協ニュースに、最高裁での弁論の様子を投稿し、「法廷の扉が開き、黒の法服を着た裁判官が入廷する様子は、あたかも何処かの大寺院で大僧正が本堂に入ってくるかの如く、裁判官の頭に光背が輝いている様に思え、思わず『南無阿弥陀仏』とつぶやいてしまった」と書いたが、当時の私の心境はかかる状態であった。こうした全員の努力が実り、90年６月５日、最高裁は「例え期限付労働契約であっても、これが労働者の適格性を判断する為の期間であるなら、試用期間と見るべきであり、雇い止めには正当理由が必要である」と判断し、原審が「期限の到来により当然に雇止めになる」との判断を取消した。そして、正当理由があるか否かの判断を高裁に命じ、審理を差し戻した。もっとも、正当事由がない事は、既に客観的に明らかであったから、差戻審の高裁で浅野先生側が極めて有利な立場にあるだけに、この最高裁判決は私達の実質、全面勝訴であった。判決を聞き終え法廷を出た私達弁護団は、最高裁脇の新緑の銀杏並木の下で、顔をくしゃくしゃにしながら浅野先生や和田書記長、神戸から駆けつけてくれた多くの私学労働者たちと握手を交わし、肩を叩き合い、涙を浮かべ健闘を称えあった。苦しかった戦いに、やっと明るい終着駅が見えてきたのだった。
「新緑の 銀杏並木に 息をつき」大森 昭）
最高裁判決後も組合は原職復帰を目指し、兵私教連傘下の私学教員すべてを動員して、１回当たりビラ４万枚を長田区内に全戸配布。これを夏休み期間中、数度に亘って断続的に実施した。「正直言って大変な暑さで疲労を感じたが、浅野先生の職場復帰が叶うまであと少し頑張ろう」（常盤女子高）、「この汗が溝田氏への怒りとなって坂道を登るエネルギーとなった」（市川高校）などの感想が寄せられた。91年２月、大阪高裁で解雇撤回・原職復帰の和解が成立して事件は終結した。こうして浅野先生は４月、大勢の仲間が迎える中を登校し、６年振りに教壇に戻ったが、溝田はその後の93年、莫大な債務を抱えて破産し、表舞台から消え去って行った。
拙著「期限付契約に一定の歯止め―神戸弘陵・ 最高裁判決の意義」労働法律旬報1243号
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弁護士 瀬川 嘉章
12月１日（土曜）の午前10時から午後４時まで、日本労働弁護団による「労働トラブル110番」の一環として、兵庫民法協が電話相談を実施した。
当日全国（23箇所）では、合計380件の相談があったが、兵庫では、合計25件の相談があった。６時間の相談時間の間、相談が途切れる時間帯は殆どないような状態であった。殆どの相談者が、朝日などの新聞報道で本相談を知ったとのことであった。
相談の内訳は、解雇４件、退職強要３件、賃金不払い７件、労働条件切り下げ３件、労災４件、いじめ・嫌がらせ８件、人事２件、その他が４件（複数の内容にわたる相談があるため25件を超える）。いじめ嫌がらせの相談件数の多さが目立つ。また、相変わらず賃金不払い、残業不払いの相談は多い。
具体的な内容は
・月100時間もの残業を強いられている。残業代も支払われない、組合も、黙認している。
・上司に意見を述べたら、平社員に降格され、降格に伴い賃金が半分程度になった
・会社内のストーカーに、会社が何ら対応してくれない
・ある日突然、理由の説明もなく、明日から来なくてよいと言われ、解雇されたなど。
使用者に遵法意識がみられない相談があいかわらず多い。個人的には、組合を結成しきちんと機能させることが、労働者の権利を守る一番の方法であると改めて実感した。
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中野区非常勤保育士解雇事件の弁護団声明を転載します
| 中野区立保育園非常勤保育士解雇事件東京高等裁判所判決に対する声明 |
| １ 中野区立保育園特別職非常勤保育士解雇事件について、2007年11月28日、東京高等裁判所民事第17部（裁判長南敏文、裁判官安藤裕子、裁判官小林宏司）は、控訴人（第1審原告、以下「原告」とする）らの訴えを実質的にほぼ認める判決を下した。 ２ 原告らは1993年に公務員への週休２日制導入に伴い、保育士の人員不足を解消するために採用され、毎年契約更新が繰り返され、長期にわたり中野区立保育園で特別職非常勤保育士として働いてきた。2003年９月地方自治法改正により指定管理者制度が導入され、区立保育園の民間企業等への委託が認められるや、その直後に中野区は区立保育園32園中２園について指定管理者制度による民間委託を決定し、2004年３月末には、民間委託される２園以外に勤務していた非常勤保育士28名全員を解雇（雇止）したのである。これに対し原告ら４名が、解雇無効による地位確認と2004年４月以降の賃金及び期待権侵害による慰謝料を求めたのが本件である。 2006年６月８日の第１審東京地方裁判所民事19部（裁判長裁判官中西茂、裁判官森富義明、裁判官本多幸嗣）判決は、解雇無効による地位確認は認めなかったが、原告らの再任用の期待を法的保護に値するものとして、中野区に対し原告１人につき40万円の慰謝料支払いを命じた。本件はこの控訴審事件である。 ３ 高裁は以下の通り判決を下している。 ① 判決は、特別職非常勤職員が地方自治法にもとづき任用されているとして、特別職非常勤職員の勤務関係を雇用契約であるとする原告主張や、行政処分であるとしても実質的には雇用契約であるとの原告主張は採用しなかった。したがって再任用を請求する権利はないとした。 ② しかしながら、本件再任用拒否について、第１審の事実認定に加え、2004年３月末に非常勤保育士の職を廃止する必要性がなかった可能性が高いこと、再任用拒否後慢性的人手不足状態にあったため、新たに非正規職員を多数募集採用していること、中野区主張の財政危機について根拠に乏しいこと、労働組合との協議も不誠実であったことなどの事情から、解雇権濫用法理を類推適用される実態と同様の状態が生じていたとした。実質的に見ると、雇止に対する解雇権濫用法理を類推適用すべき程度にまで違法性が強いとしたのである。 ③ その結果、期待権侵害による慰謝料金額を、報酬１年分に相当する金額が相当であるとした。 ４ 本判決が、地方公共団体といえども、解雇権濫用法理に反するような雇止をおこなうことは、違法性が強いものであると判断した。このことは高く評価することができる。しかもその損害額を第１審の40万円（合計160万円）からさらに上乗せし１年分の報酬相当額（合計750万円）としたことは、中野区の本件雇止の違法性の強さを示すものである。また、地位確認についてはこれを認めなかったが、反復継続して任命されてきた非常勤職員に関する公法上の任用関係においても、実質面に即応した法の整備が必要と指摘している。 中野区は、上記判決の内容を重く受け止め、原告らを直ちに原職に復帰させるべきである。 2007年11月28日 中野区立保育園非常勤保育士解雇事件原告団 中野区立保育園非常勤保育士解雇事件弁護団 |