1 最高裁は、平成20年4月18日、ネスレ日本姫路工場配転事件について、会社側の上告を受理しない旨の決定を下しました。
本件は、同居の家族に要介護者を抱える2人の労働者に対する姫路工場(兵庫県姫路市)から霞ヶ浦工場(茨城県稲敷市)への配転命令の効力が争われた事案で、神戸地裁姫路支部平成17年5月9日判決、大阪高裁平成18年4月14日判決、そしてこの間の2度の仮処分における神戸地裁姫路支部決定は、いずれも配転命令を無効と判断したのですが、会社側がこれを不服として、最高裁に上告受理の申立を行ったものです。
2 神戸地裁姫路支部判決、大阪高裁判決は、「特に転居を伴う遠隔地への配転は、労働者に多大な負担を与えるものであるから、その不利益について十分考慮して行なうとともに、適正な手続を経て、公平に行なわなければならない」として、遠隔地配転を行なう場合は労働者の不利益を十分考慮するだけでなく、人事の適正な手続、公平さが要求される旨を明言しました。更に、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と定める育児介護休業法26条を正面から取り上げ、同条の求める「配慮」を尽くしたか否かが配転命令の効力を判断するに際して重要な考慮要素となり、この点に関する使用者の配慮義務の懈怠が配転命令の効力を否定する方向で斟酌されることになる旨をも明言しました。
こうした神戸地裁姫路支部判決、大阪高裁判決は、学説からも「最近では母親が要介護状態にあって妻が心の病を患っている労働者に対する、姫路から霞ヶ浦への配転命令が無効とされる高裁判決も出ています(ネスレ事件・大阪高判平成18・4・14労判915号60頁)が、これも家庭生活の重要性が裁判例においても徐々に認識されつつあることを示唆するものといえるでしょう。これまでは、共稼ぎ夫婦が別居を余儀なくされるような配転であっても、業務上の必要性が十分にあって、住宅や旅費などについて使用者が一定の配慮をしている場合には、なお配転命令権の濫用とは認められないとされていました(帝国臓器製薬事件・最二判平成11・9・17労判786号16頁)が、このような判断の中身も変わっていく可能性があります」と評価されているとおり(野川忍「労働法」199頁)、使用者は業務上の必要性があれば配転を命じることができ、当該配転命令は労働者が「著しい」不利益を被らない限り権利濫用にならないという最高裁判例により、労働者側にのみ非常に高く設定されていたハードルを切り下げる契機となり得るもので、そのような判決を確定させたことは、最高裁自身が、これまでに確立してきた従前の配転命令権乱用の判断について変化の兆しがあることを自ら認めたものと評価してもよいものと思われます。
3 最高裁決定を受け、当事者の1人は「5年間は長くつらい日々だった。この決定が、家族の介護に悩む会社員の励みになればうれしい」とコメントしていますが(平成20年4月19日付神戸新聞朝刊)、企業は、今般の最高裁判決を踏まえ、「家族」をバラバラにしてしまうような遠隔地配転は決して企業の必要のみによって自由に行ないうるものではないこと、育児介護休業法により格別の「配慮」をなす義務を課されていることを、再認識すべきです。そして労働組合、労働者の側も、労働者が、その「家族的責任」を果たし、人間らしい生活をすることが容易な社会、遠隔地配転、単身赴任が当然ではなくなる社会を形成するための世論を形成するために奮闘していかなければなりません。
4 最後に、事件との関係では、ネスレ日本が、二度の仮処分、本案の神戸地裁姫路支部、大阪高裁、最高裁と裁判で5連敗し、配転命令を無効とする司法の最終判断が下された事実を重く受け止め、速やかに2人を姫路工場へ職場復帰させなければならないことは言うまでもありません。弁護団は、2人の職場復帰を実現するために、ネッスル日本労働組合、支援共闘と連携し、最後まで必要なあらゆる手だてを尽くす決意です(尚、弁護団は、私の他、姫路総合法律事務所の竹嶋健治、土居由佳、中神戸法律事務所の西田雅年、大阪・きづがわ法律事務所の坂田宗彦です)。
このページのトップへ学校法人マリスト国際学校は、アメリカのカリキュラムに従ったカトリック系学校であるマリスト国際学校を設置している。申立人はアメリカ国籍で、2004年8月1日に被告に常勤の美術教員として雇用され、2回契約更新されたが(教員全員が有期雇用契約である)、2007年7月31日付けで雇止め処分となった。
学校では、教職員の待遇・処遇についての不満が以前から高まっており、それにむけて組合(兵庫私教連加盟)を結成しようとした矢先に、その中心人物を、教員不適格等を名目にして雇止めした。
そこで、2007年10月神戸地裁に地位確認(雇止め無効)および損害賠償請求(不当労働行為)の訴訟を提起するとともに、11月には地位保全と賃金仮払いの仮処分を申し立てた。
後者の仮処分事件について、5月1日、神戸地裁(山本裁判官)が申立人の主張をほぼ認めて地位保全・仮払いの仮処分決定をなした。
争点は3つで、ク雇止めについて、解雇権濫用法理が(類推)適用されるか、ケ合理的な雇止め理由はあるか、コ本件雇止めは不当労働行為にあたるか、である。
(1) まず、決定は、申立人が雇用契約の更新につき合理的な期待を有していたことを前提にして、最終的に「本件雇止めは無効であり、雇用契約の更新が擬制されるというべきである」と結論づけた。承知のとおり、有期契約の雇止めの場合は、東芝柳町工場事件、日立メディコ事件判決によって、使用者が自由に雇止めをすることはできなくなっているが、本件については日立メディコ事件判決の論理にのっとり、雇止め無効の法理を導き出した。本件は有期雇用契約書を作成していた事案であったが、就業規則上は長期雇用が前提され、かつ、申立人を長期雇用するつもりがあったという当時の校長の書状をもとに、長期雇用の期待を認定したのである。
有期雇用が脱法的に利用されている昨今の情勢を考えると、本決定の意味は大きいだろう。
(2) 次に、雇止め理由については、学校側は、授業不適切・教員免許がない・規律を遵守しない、などと次々と理由を付け加えてきたが、今回の決定はいずれも申立人側の理由を認め、雇止め理由としての相当性がないなどとした。
(3) その上、決定は、本件雇止めが不当労働行為に該当することをも認め、これも理由にして雇止めが無効であるとした。決定は、組合の団交要求書の中で校長の不当労働行為を指摘していたことをも1つの判断材料として、学校側の不当労働行為意思を推認した。組合が丁寧に事実関係を摘示した上で団交要求をすれば、組合側の書面だけでも不当労働行為の重要な証拠となるという一例を示したものといえよう。
学校側は仮処分決定を不服として、保全異議の申立てをした。珍しい対応である。それとは別に、本訴も継続している。組合の力も結集しつつ、職場復帰を目指してがんばっていきたい。(弁護士、小沢秀造、野上真由美、萩田満)
このページのトップへ原告は昭和53年に日本通運株式会社に入社し、以後順調に勤務を続け、平成11年に配属された明石航空支店では多大な成績をあげました。その働きが認められて、平成15年7月、近畿地域の中枢となる支店である大阪航空支店の国内貨物開発課(近畿圏の営業の統括や、新商品の開発等の業務を担当する課)課長職へ栄転となりました。
ところが、原告は転勤に大きなプレッシャーを感じ転勤直前から心身に変調をきたし、転勤後はそれまでのいわば現場の仕事と異質の仕事に戸惑うなどして、まもなくうつ病にり患し、休職するに至りました。10月には復職となったのですが、復職後も間もなく自殺するに至りました。
会社は、原告が7月にうつ病を発症した後も、すぐには診断書を受理しませんでした。原告は10月に主治医から復職を可とされ復職したのですが、主治医は会社の保険指導員に業務が過重とならないよう十分な注意をすべきとの指示をしました。ところが、原告は、出勤した直後から、復職前と特段変わらない業務を行い、特段の配慮を受けた形跡はありません。
訴訟では、復職にあたり会社が原告への配慮を怠った(安全配慮義務違反)ことを会社の責任原因として主張しています。このようなうつ病にり患した従業員の復職にあたっての会社の安全配慮義務違反が認められた裁判は、過去に殆ど例がないと思われるのですが、厚生労働省(旧労働省)が定めた指針が責任を認める有力な根拠となり得ます。すなわち、旧労働省は平成12年、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を発表し、そこでは「職場適応、治療及び職場復帰の指導」の項において、休業中の労働者の職場復帰について管理監督責任及び事業場外資源と協力しながら指導及び支援を行うことなどと定められています。また厚生労働省は、平成16年10月に、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を発表し、そこでは職場復帰が5つのステップに分けられステップ毎に使用者が行うべきケアの内容が提示されています。このうち使用者が職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プランを作成する第3ステップにおいては、@労働者の意思確認、A産業医等による主治医からの意見収集、B労働者の状況等の評価、C職場環境の評価等を行い職場復帰の可否を判断し、職場復帰が可能と判断されたときには、職場復帰プランが作成されなければならないとされています。職場復帰プラン作成においては、@復帰日、A管理監督者による業務上の配慮、B人事管理上の対応、C産業医等による医学的見地から見た意見、Dフォローアップ等の検討が必要とされています。そして、これらは、事業内産業保健スタッフ等を中心に、管理監督者、当該労働者の間で十分に話し合い、良く連携しながら進めていく必要があるとされています。
当方は、会社が職場復帰の際に、上記「手引き」等が定める配慮、支援をしなかったことは明らかであると考えています。しかし、そのことが直ちに会社の従業員に対する法的な安全配慮義務違反として評価できるのか、会社は従業員の復職にあたり配慮、支援しなければならないかは、大きな争点となると考えられます。
訴訟は、平成20年1月31日に提起しました(なお、労災の申請もしています)。弁護団は、渡部吉泰(わたなべ法律事務所)、本上博丈(中神戸法律事務所)、私(神戸あじさい法律事務所)の3名です。
このページのトップへ3月1日から施行された労働契約法についての学習会を受講して、この法律をどう実効あるものにしていくのかが大きな課題です。
今日、私たち労働者を取り巻く環境は、パート、派遣、請負など極めて不安定な非正規労働者の実態は、国会やマスコミで大きく取り上げられるほどの大きな社会問題となっています。曖昧な労働契約が横行している中、労働契約法の果たさなければならない役割は、重要であると考えます。
私たちが労働組合の立場でよく活用するのが労働基準法と労働組合法です。この労働契約法をどう活用していくのかは、これからの課題です。この法律が施行されると同時に労働基準法18条2項の条文は、削除され労働契約法の中に盛り込まれました。これは、身近な行政の手を離れたと同時に私たち労働基準監督署を頻繁に利用する者にとっては、残念なことです。実際に何度か労働基準監督署へ18条2項違反で申告をし、何とか行政指導や紛争の解決に活用出来ないものかと思考していたところです。それだけに労働契約法の中で真に実効あるものにするために労働組合としても活用なポイントを掴む必要があります。
労使紛争の未然防止や解決するにあたって、労働組合として、できるだけ迅速・効果的にするために、事前に労働基準法違反をまず検証しています。私たちが新しく組織する、また組織しようとする中小・零細企業では、ほぼ100%の職場で最低の基準である労働基準法すら守られていない現状が横行しています。特に契約の明示義務違反、就業規則の周知義務違反、その代表者の選出方法や未払賃金については、指導・勧告が迅速に処理され解決する場合が多々あります。しかし、いきなり行政指導を求めるのではなく、こういった材料を集めて、それを背景に団体交渉で、経営側を説得する話し合いで解決していくことを大事にしています。それは、全ての紛争は、最終的には、話し合いにより解決する、またしなければならないと実感しているからです。しかし、労働者の意見も行政指導も受け入れない会社が後をたちません。そして裁判になるケースも少なくありません。今回の労働契約法施行にあたり、裁判や労働審判をより迅速に早期解決するための有効な証拠資料となるような団体交渉や日常の労使のやりとりなどの材料収集は、労働組合の大きな任務であると思っています。また労働組合としては、労働委員会の対応も気になるところです。
「知ろう!使おう!労働契約法」が日本労働弁護団・労働契約法研究会によって2月に発行されています。労働組合として、どうこの法律を活用し、労使紛争の早期解決を迅速にするために発展させていくのか今後、民法協・弁護士にもお願いしながら学習会を開催し学習を深めていく必要があります。労働契約が真に労使対等平等の立場で合意によってなされるものになるよう奮闘したいと思います。
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