Aさんは、平成19年9月に加古川にある飲食店で調理・ホール等のアルバイト店員として働くために、同店を運営するB会社と期間の定めのない雇用契約を締結し同月から勤務しました。Aさんは、シフトを詰めて入れていたため、すぐに業務全般を任されるようになり、やりがいを持って働いていました。
しかし、3ヶ月間勤務した12月に、急に店長のCから「未成年やのに働きすぎで自宅待機になったから」と言われ、自宅待機を命じられました。Aさんは納得できませんでしたが仕方なく自宅待機をしました。すると、1ヶ月後の1月になり、C店長から、1人辞めることになったので働いて欲しいと連絡がありました。Aさんは、やりがいのある仕事が再びできると思い1月から勤務を再開しました。しかし、1月からの賃金は支払われることはありませんでした。AさんがC店長に理由を聞いても、C店長は4月になれば払うと言ったり誤魔化すばかりでした。
Aさんは、後述するように、C店長からのセクハラにより鬱病になり平成20年3月12日から休職することになりましたが、それ以降も、1月から3月12日までの賃金は支払われることはありませんでした。
その後、AさんがB会社の社長と連絡を取り、未払賃金を支払うように請求すると、Aさんは社長から、平成19年12月で辞めたことになっている、1月から勤務していたことは知らないと言われました。
(2)セクハラ行為Aさんがアルバイトを始めて1ヵ月程すると、C店長からのセクハラが始まりました。C店長は「祖父の霊がついているから、除霊しないといけない」と言って、二人になると、Aさんの頭や背中、肩、腕、太もも等を撫でるように触るようになりました。除霊は、シフトに入った日には最低1回は行われ、その他にも手を握ったり、腰に手を回したり、抱きついたり等聞くに堪えない行為がなされました。
Aさんがアルバイトを始めて1ヵ月程すると、C店長からのセクハラが始まりました。C店長は「祖父の霊がついているから、除霊しないといけない」と言って、二人になると、Aさんの頭や背中、肩、腕、太もも等を撫でるように触るようになりました。除霊は、シフトに入った日には最低1回は行われ、その他にも手を握ったり、腰に手を回したり、抱きついたり等聞くに堪えない行為がなされました。
Aさんが「(除霊を)やめて下さい」と言うとC店長は「やめたら死んでしまうで」と強く怒鳴り、「嫌なら仕事やめたらいい」、「言うこと聞かれへんならやめろ」、「この店やめたら他では通用せーへんで」と怒鳴り、「他の人に言うと除霊の効果がなくなるから、誰にも言うな」と怒鳴ったため、Aさんは強く拒むことができず、誰かに打ち明けることもできませんでした。また、その他の行為は、「仲良くしてたら霊が離れていくから」と言って、Aさんが拒否をしても無理やり行われました。なお、Aさんは当時16歳でありC店長は60歳前後でした。
Aさんは数々のセクハラ行為により、3月には鬱病と診断されました。そして、やっとセクハラ行為について母親に話すことにしたのです。Aさんの母親は驚き、そんな場所でAさんを働かすことはできないと思い、休職する旨、勤務先に連絡しました。
Aさんは、両親と共に労基署に相談に行ったり、内容証明を出したり、あっせん手続きを利用しましたが、B会社はAさんが1月以降に働いていたことは知らないとして未払賃金を支払うことはなく、またセクハラについては、「他の女性従業員からAさんとC店長が怪しい関係にあったと聞いた」というだけで、何ら調査せず、問題を解決しようとはしませんでした。そのため、Aさんは労働審判を申立てました。
労働審判委員会は、B会社に対し、未払い賃金全額の支払いと解雇予告手当相当額の支払いを命じましたが、セクハラについてはAさんの請求を認めませんでした。セクハラを認めなかった理由として「店長が当時16歳の申立人に対して、面前で般若心経をあげるという一種異様な感じを受ける行為が行われていた事情や、申立人の自宅まで赴いて、祖父の遺品の処分を手伝っていた事実などを認めることができたが、申立人自身がそれを一見、任意に受け容れている面があり、さらに、申立人の主張する具体的なセクハラ行為のほとんどがいわゆる密室において行われていることから、審判官及び審判員2名の3名合議の結果、いわゆるセクハラ行為に関する慰謝料を認めるにはいまだ証拠が足りないものと考えた」というものでした。
この審判に対し、Aさんは直ちに異議申立てを行いました。
本件のセクハラ行為は、密室でかつ他の従業員を全て帰らせた上で行われており、また第三者に相談できないように口止めをされていたという大変陰湿なケースでした。
セクハラ行為、特に身体への接触行為は、人目につかない場所で行われるため、セクハラ行為を直接立証しうる目撃証人や物証は存在しないことが殆どです。また、証人となる人物がいても、職場での人間関係や上下関係から証言が得にくく、証言内容が歪むことも多いため、セクハラ訴訟等では、両当事者の供述が極めて重要とされ、その供述の信用性を基礎づける事実や間接事実を見出し、これを立証することが要点とされています。そして、少なくとも加害者が被害者の職場の上司であり、被害者が仕事を続ける限り、今後も日常的に加害者と付き合って行かなければならないことや、被害を公にし難いのが性的な被害の特色であることに照らせば、被害者が事を荒立てずにその場を取り繕う方向で行動し、第三者に悟られないように行動するということも十分にあり得ることと言わなければならず、性的被害を受けた被害者が自己の受けた被害の詳細を、誰彼問わず当初から常に具体的に話すとは限らず、むしろ必要がなければ具体的な話をためらうことも珍しいことではないということは、数々の裁判例で認められています。
従って、両者の供述の信用性を基礎づける事実や間接事実については、その当時の証拠ではなく、事件後に身近な者に被害体験を抽象的にでも話しているという事実や、被害者の事件後の行動から被害者が心理的に深刻なショックを受けているという事実しかなくとも、立証が不十分とは言えないはずです。
本件は、正に第三者に対する相談が困難な状況にあるケースであるため、母親に相談したこと、C店長が両親の前でも除霊と称してAさんの身体を撫で回す行為を行ったこと、祖父の遺品を処分するために家に訪れていること、Aさんが鬱病と診断されたこと、及びC店長が祖父の遺品を処分している時の写真、Aさん休職後C店長の付きまとい行為に対して警察に相談していること等の間接事実だけでも立証不十分とは言えないはずです。
また、C店長は労働審判の審尋において「祈祷師でもないので除霊できない」と除霊の事実を否定しており、Aさんの家に行ったのも大掃除のためだと述べていたのに対し、審判官は、C店長は色々言っていたが信用できないということや、除霊という事情は特殊であり信憑性があるとか、年齢差からは同意があるということは通用しないと言っていたのですから、Aさんの供述に信用性があり、C店長の供述に信用性がないとして、セクハラの事実を認めるべきです。さらに、理由では、Aさんへの除霊が任意に行われていたように述べられていますが、16歳と60歳という年齢差及び16歳というまだ性的言動に対する抵抗力が十分でない少女への行動に対する判断としては考えられない判断です。また、B会社は、他の従業員からの通報があったにもかかわらず、セクハラの予防措置、調査、事後的な対応等、一切行っていないのですから安全配慮義務・環境配慮義務違反が認められるべきです。それにもかかわらず、セクハラについての請求に対して何ら認めなかった審判内容は不当としか言えません。
さらに、本件は労働審判の進め方にも問題がありました。審判官は、第2回労働審判期日において時間配分を誤り、相手方とC店長の言い分しか聞かず、申立人に反論の機会を与えることなく(書面は提出してありますが、口頭での機会はありませんでした)、第3回期日に審判を言い渡しました。それだけではなく、事実に争いがあるからこそ申立人は労働審判制度によって早期解決を求めているにもかかわらず、審判官は最初から「事実に争いがあるので、本訴で判断してもらうしかない」などと労働審判官としての責務を放棄するかのような発言を繰り返していました。審判官がこのような態度では、迅速かつ適切な解決が望めるはずもありません。
これから訴訟へと移行しますが、未払い賃金・解雇予告手当だけでなく、セクハラ行為に対する責任を認めさせることにより、未成年であるAさんの勇気を無駄にしないように、陰湿なセクハラ行為ほど手だてがない等という結果にならないように尽力していきたいと思います。
このページのトップへ1 以前報告させていただいたコープベーカリー偽装請負・違法派遣事件において、あまり例のない画期的な労働審判が下された。
この事件は、サポートという派遣会社から派遣されてコープベーカリー(コープこうべの100%出資会社)の工場で半年ごとに派遣(違法派遣)・請負(偽装請負)という働かされ方をされてきたKさんが平成21年3月に雇い止め(解雇?)にあったというものである。
5月22日の第1回労働審判で我々が偽装請負の事実を主張し、サポート及びコープベーカリーは真っ向からこれを否定する主張を行った。しかし、これに対して労働審判官のK裁判官は事実の認定を全く行わないうちから、申立人に対し「落としどころはどう考えていますか。」という質問を行うなどしており、この労働審判はどうなっていくのだろうかと我々は些か不安を抱いた。
2 そして6月17日の第2回労働審判を目前に控えた同月3日、兵庫労働局からサポート及びコープベーカリーの両社に是正指導が出された。是正指導の内容は必ずしも我々にとって満足のいくものではなかったが、少なくとも過去に偽装請負が行われていたことを指摘し、その期間を合わせると和菓子部門での派遣が3年を超えているというものであった。
我々は、すぐさま求釈明を通じて是正指導の具体的内容を両社に明らかにさせるとともに、第2回労働審判及び審判外でK裁判官に対して調停案を出すよう求めた。そこで第3回の労働審判の数日前に調停案が出されたが、なぜかコープベーカリーだけではなくむしろサポートの方が強硬に調停案の受け入れを拒み、いよいよ労働審判が下されることとなった。
3 労働審判の内容は、(1)第3回労働審判期日現在、申立人とサポートの間に労働契約関係が存在しないことを確認し、(2)サポートが申立人に対し解決金として未払い給与3ヶ月分に相当する金60万円を支払、(3)さらにサポートとコープベーカリーが連帯して解決金40万円を申立人に対して支払うといったものであった。
この審判で特徴的なのは、もちろん(3)である。これまでの偽装請負に関する労働審判の場合、派遣元が未払い給与及び慰謝料を支払って解決、派遣先はお咎めナシ、といった解決が多かったように思われる。しかし、この労働審判は偽装請負についての慰謝料(を意味する解決金)の連帯責任を派遣先であるコープベーカリーにも負わせたことで、偽装請負のような違法な働かせ方をさせておきながら責任を免れようとする多くの派遣先に対して警鐘を鳴らしたものと評価できる(審判官がそこまで考えていたかどうかは別として…)。
4 しかし、この画期的な労働審判にたいして、相手方両社は即日で異議を出した。こうなれば、こちらもとことんまで闘うのみだ。なかなか難しい論点を孕んだ事案ではあるが、我々も辰巳・吉田(維)・増田(祐)・今西の最強若手カルテット(?)でベストを尽くすつもりである。この事件でも、やはり我々の闘いはまだ始まったばかりである。
このページのトップへ総選挙の結果は,予想を超えて民主党の地滑り的な大勝に終わった。自公政権の退場が国民の意思であったことは明白であるが,前回の郵政選挙と同じく,得票数を比例的に反映しない小選挙区制選挙のもとでは,民意が切り捨てられる悪法製造器を誕生させてしまう危険性がある。民主党が野党時代に行った公約等を誠実に実現させるためには国民的な監視と運動が不可欠である。
民主党は,野党時代であった本年6月26日に,社会民主党,国民新党と3党で労働者派遣法「改正」案に合意した後,日本共産党に共同提案を要請したが同党はこれを拒絶した。民主党が法案協議の段階で日本共産党を加えなかったのは,@製造業派遣の全面的な禁止,A派遣社員と派遣元社員との均等待遇の現実の実施等を強く要求する同党の主張を回避したいとの意図を想起させる。後述するように,均等待遇原則の実現は派遣問題の是正にとって極めて大きな意味を有するものであり,3党案が「均等な待遇の確保」(改正案3条の2)をうたいながら,罰則の対象とせず抽象的な努力義務にとどめたことは,遺憾ながら3党案の限界を示すようにもみえる。
しかしながら,3党案のスタンスは,全体として,深刻な労働者の実情や国民の要求を反映するものであり,法案の弱点を改め,派遣法の大きな改正を次の国会で実現させることは急務である。
3党案の積極面としては,@法案の目的に「派遣労働者の保護」を明記したこと(派遣業法は「業法」であって労働法ではなかったことは本質的な問題であった。),A製造業派遣を「原則」禁止したこと(改正案4条1項4号),B専門業務(いわゆる専門26業務)以外の派遣については常用派遣のみとして登録型派遣を専門26業務に限定し,登録型派遣を原則禁止したこと(改正案4条の2,1項1号),C派遣先に派遣法違反等の違法行為があれば「派遣労働者は…自己の雇用主とみなす旨を通告することができる」(改正案40条の6)とするみなし雇用規定を創設したこと,D派遣元との雇用契約について期間の定めをする場合には2ヶ月を超える期間にしなければならないものとして(改正案29条の2),日雇い派遣を禁止し,解雇予告手当の適用や健康保険,厚生年金保険の適用を受けるものとすることなど,が指摘できる。
@ 最大の課題は,極めて問題の多い製造業派遣について,3党案は,「原則」禁止するものの政令で定める専門業務については認めるものとしており,この専門業務の概念について,いわゆる専門26業種とは異なるオープンな内容になっていることである。
提案者の説明によれば,国家資格や免許などの必要な業務を考えているとしているが,製造業派遣は企業のニーズが最も多いものであり,その定め方によれば全くのザル法になりかねない。
派遣労働は,派遣法成立(1985年)当初,対象業務が,専門知識・経験を必要とする13業務に限定するものとして誕生したが,1999年(平成11年)改正によって派遣対象業務が原則自由化されたことによってスキルを必要としない業務を対象業務とするという根本的な転換がなされ,2003年(平成15年)に製造業への派遣が公認されることによって派遣労働は安売り,使い捨て商品となるに至った。
1999年改正によって対象業務を原則自由化したのは,1997年ILO181号条約(民間職業仲介事業所条約)に基づいて,労働者派遣制度を臨時的・一時的な労働(temporary work)需要に対する一般的な労働力需給システムと位置付けたものである。しかし,政府はこれを「一時的労働」と訳さずに「派遣労働」と翻訳し労働者派遣が一時的・例外的なものでなければならないという本質を覆い隠したと批判されている。
一方,ILO181号条約でも謳われている労働者保護の観点は置き去りにされたままである。
また,日本では,雇用と職業における平等取り扱いについての基本条約であるILO111号条約を未だ批准していない。そのため,日本においては,同一労働・同一賃金の原則が法制上も慣行上も存在せず,その中で導入された労働者派遣法においても,派遣先従業員と派遣労働者との同等待遇保障が規定されておらず,派遣先従業員と派遣労働者の賃金格差はきわめて大きい。
この点,フランス,イタリア,ドイツの派遣法では,「同一労働同一待遇」が明文で規定され,韓国でも2006年改正法で均等待遇努力義務に加えて差別是正措置を強化した。EUにおいて均等待遇は,常用雇用者が非正規労働者に代用されることの歯止めとなっている。企業にとって人件費が変わらないからである。ところが,日本では「正社員一人分の給料で派遣を2,3人雇える」ことを派遣会社が売り込んではばからない。「同一労働差別待遇」を公然と言える状態が派遣労働の凄惨な現状をもたらしているのである。
A 3党案は,派遣元との間で2ヶ月以下の雇用契約を禁止することによって,日雇い派遣を禁止する内容である。前述したように,雇用期間が2ヶ月を超えれば解雇予告手当の対象となり,健康保険,厚生年金加入資格を得ることができ,セーフティーネットを確保する一助になろう。しかし,派遣元との間だけでこのような契約を締結しても,その間の給与が実働(派遣先での稼働)を基準として支給されるのであれば日々派遣,スポット派遣も可能になってしまい,登録型派遣と変わらない。
B この点は,専門業務(いわゆる専門26業務)以外の派遣については常用派遣のみとして登録型派遣を専門26業務に限定し,登録型派遣を原則禁止したこと(改正案4条の2,1項1号)についてもあてはまる。派遣元が「常時雇用する労働者」といっても,賃金保証がないものは登録型派遣と実態が異ならない。
C 前述したように,「同一労働同一待遇」原則に実効性を持たせることは,非正規労働の安売り,使い捨てという凄惨な実態を改善する鍵となるものであり,努力義務にとどめてはならない。
4.そもそも,労働法では直接雇用が原則であるとされてきた。その核心は,実際に労働者を直接に指揮命令して働かせ,その労働によって一番利益を受けるものがその労働者について使用者としての全ての責任を負うところにある。非正規労働を検討する際に絶えず立ち戻って検討すべきであろう。
(以上,脇田滋龍谷大学教授の論考を参考にした。)
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