バンドー化学は、神戸市中央区に本社があるゴムやウレタン製品などをつくる創業103年の上場企業です。バンドー化学は6月に、「年内で神戸工場を閉鎖し栃木県足利工場へ集約する」と発表しました。そして労働者に、足利工場へ転勤をするように命じました。転勤に応じない労働者に対しては、解雇した上で「就職支援会社」を紹介し、費用を上限1年間会社が負担するので再就職をするように通告しました。
家族の介護などで、転勤に応じられない準社員と派遣労働者が工場の存続や加古川工場での就労、派遣労働者の雇用責任などを求めて労働組合を結成しました。
組合員の中には派遣労働者として働いている日系ブラジル人夫婦がいますが、その夫婦の2人の息子は今年に入って相次いでバンドー化学100%出資の子会社であるバンドー精機で解雇されました。そして今度はこの夫婦がそろって解雇され、バンドー化学によって家族4人全員が失業する事になります。またある組合員は「高齢の父親の介護で転勤出来ない」と答えたところ「親を施設に入れて転勤するように」と指導を受けました。
2,職場内での非正規労働者差別と派遣法違反バンドー化学一般労組の委員長は、1998年から「派遣労働者」としてバンドー化学で働いて来ました。労働者派遣法が改悪され製造現場での受入が解禁されたのが2004年3月ですから、この期間は偽装請負でした。
バンドー化学神戸工場では、コピー機の部品のウレタンを製造していますが、この職場は高温で過酷な職場のため、派遣などの非正規労働者が使われてきました。組合の委員長と副委員長は、この過酷な職場で耐え10年以上働いていますが、これまでほとんどの労働者は短期で退職をしていました。従ってウレタン製造職場は技術の伝承が無く、10年以上働いた委員長と副委員長の2人だけが派遣労働者でありながら高い技術を身につけました。
会社は「若い者に技術を伝承してほしい」と2人に対して直接雇用を申し込みました。しかしそれは3年前のことで、しかも賃金が下がる期間社員としての採用でした。その時は「何年か頑張れば正社員になれるから」と説明を受けていましたが、実際は今年に入ってから「40才を過ぎているから正社員にはなれない」と言われました。
すべての責任を負わされながら、業績が上がれば正規社員の成果として評価され、非正規社員は全く評価されない、それどころか台風が接近し社員に帰宅指示が出ても非正規社員には夜勤をさせるなどという差別がずっと続いていました。
また、バンドー化学では上限3年の期限を越えて、今日でも日系ブラジル人や日系ペルー人の派遣労働者を受け入れていますが、彼らは違法に派遣で働かされているだけでなく、仕事上のトラブルが発生すればすべて言葉の問題として派遣労働者の責任にされています。
3,連合組合に門前払いされ全労連に現委員長と副委員長は、組合結成をする前の5月に、こういった非正規労働者・派遣労働者の待遇改善を求めて、バンドー化学労働組合(連合・ゴム労連加盟・ユニオンショップ協定)への加入を希望しましたが、「非正規労働者は入れない」と言う理由で門前払いを受けました。そこで、同じく差別されている日系の派遣労働者と共に兵庫労連に相談し、兵庫労連・バンドー化学一般労働組合を結成しました。
4,団体交渉での会社の対応6月には組合結成通告を行い、団体交渉を行いました。組合結成の経過からすると要求は、正規社員として雇用することと派遣法違反を改め直雇用することですが、会社が工場閉鎖を発表したため、そのことでの雇用の確保が当面の課題となりました。
労働組合の要求に対し、会社は「非正規労働者は全員足利に転勤してほしい。転勤出来ない者は、再就職支援会社を紹介し1年間会社が費用を負担して転職をしてもらう」と回答しました。そして、派遣法違反については「違法ではない」を繰り返すのみです。
8月25日に第4回交渉で、第1回目の回答と全く同じ事を回答したため、組合は争議行為に入る事を通告し、9月8日から10月8日まで1ヶ月間ストを決行しました。スト戦術は、組合員が非正規でありながらほぼ全員がラインで一番スキルが高かったり、組合員以外が担当すると不良製品が多く出来てしまうという技術をもった労働者です。したがって工場移転でストックを多く生産しなければならず、かつ中国需要が急激に回復している今、ストライキで生産に打撃を与える事を選択しました。会社は組合のストに対し中国向け輸出と、工場移転にともなう生産停止期間中のストックの生産を断念して、生産調整を行い対抗してきました。
8月11日には兵庫県労働委員会に、「連合組合へは事務所貸与があり、当組合に貸与しない事は不当労働行為」として斡旋申請を行いました。同時に兵庫労働局に対して労働者派遣法40条の4違反での是正指導申告を行いました。
県労委の斡旋は会社が10月末の解雇を前提に組合事務所使用を10月末までと期限を付ける事を譲らなかったため打ち切りに成りました。一方労働局は8月24日に工場に立ち入り検査を実施し、間もなく指導があるものと考えています。
5,ストライキ戦術について会社はストライキに対抗したとはいえ、工場の生産は4割以下になり、ストの影響は大きかったと考えられますが、10月に入って会社は改めて「11月からの工場移転計画は変更無い」と表明し生産縮小の時期に入った事からストの影響が小さくなったと判断して、10月8日をもってストを解除しました。
6,行政の対応日本共産党森本真神戸市会議員に議会で質問して頂き、6月26日に市長がバンドー化学に対して「MMP事業部神戸工場従業員の雇用確保について(お願い)」と題する文書にて要請を行っています。
総選挙の結果、労働者派遣法改正の闘いは運動を大きくする事が重要となりました。バンドー化学は総選挙後1つ目の大規模な派遣切りの闘いです。しかも東証一部・大証一部上場の企業であり、影響は図り知れません。派遣切りされる前からの闘争であることも意義は大きいと考えています。
2,ストライキで闘うことの意義「労働組合がストをしなくなった」と言われて久しいですが、バンドー化学の組合員は解雇されて黙っているのではなく、ストで立ち上がっているのです。彼らは組合結成3ヶ月で工場包囲もデモも初めての組合員ばかりです。
地域では、労働者が労働組合を作って闘っていること、それもストライキでたたかっていることに大きな支援の輪が広がっています。
3,全労連結成20周年の闘いとしてバンドー化学の仲間は先述したように当初、連合組合への加入を希望しました。連合組合が門前払いをしたため全労連を選択しました。
工場閉鎖で困っているのは連合の組合員も一緒です。バンドー化学の仲間は、ストでの座り込み中も職場に向かって一緒に闘おうと呼びかけてきました。日系の派遣労働者に対してはポルトガル語で訴えています。しかし、連合組合は「本部が決定した事なので」として一切組合員の困難に目を向けようとしていません。
真に闘うナショナルセンターがどこなのか、全労連結成20周年にふさわしい闘いだと考えています。
4,要求で一致して組合結成全国で日系ブラジル人の闘いが起こっていますが、バンドー化学争議の特筆すべきは日系の人と日本人が一緒に組合を作り闘っているという事です。組合員はどんなに小さな疑問でも出し合い、議論して一致させてきました。すべての行動を全員が納得いくまで議論し、通訳も含めて長い時は5時間の議論を行いました。交渉が思ったように前進せず、9月末以降本当に辛い時期もありましたが、こういった組合員の議論による団結が辛い時期を乗り越えさせました。
今後日本で働くルールを確立していく上で、要求で一致して立場を越えて職場や地域で団結することの重要性を感じます。
労働局へ派遣法違反を申告して2ヶ月以上が経過しています。会社への聞き取り調査はすべて終わったと聞いています。いつ指導がされてもおかしくありません。
10月15日には、全労連、兵庫労連、当該組合、森本市会議員が山下芳生参議院議員と共に厚労省本省に「正社員として直接雇用することを指導してほしい」と要請をしました。
バンドー化学は一部上場企業であり、労働局から指導が出れば大きく報道されると考えています。そのタイミングで社会的包囲を強める予定です。
準社員は、10月31日で解雇されることは変更がありません。10月30日には夕方工場で解雇に対する抗議集会を行います。
また、本上先生、増田先生、八田先生、和田先生にお願いし、解雇無効での裁判提起を準備しています。
組合員は、「訴訟も含めて解決するには少々時間がかかったとしても最後まで闘う」決意を固めています。
このページのトップへ本年7月、クボタ旧神崎工場(尼崎市)で,石綿(アスベスト)原料の搬入及び石綿製品の搬出作業を行った際に石綿に曝露した下請企業従業員の遺族が、クボタと国を被告として損害賠償請求を起こした。あわせて、石綿製品から飛散した石綿を吸い込んで亡くなった労働者の遺族が国を被告として損害賠償請求を提訴した(クボタは関係なし)。いずれの労働者も、石綿に起因する肺がんによって亡くなったものである。
国とクボタを相手にしたアスベスト裁判としては、クボタ旧神崎工場の近隣住民の方が提訴した「住民被害・公害」の訴訟があるが、今回は労働者が提訴した「労働災害」訴訟である点に特徴がある。
アスベストの人体への危険性は古くから知られており、労働現場においてアスベストによる被害者が発生していることも知られていた。本件で問題となる肺がんについていえば、遅くとも1955年にはアスベストが原因で肺がんに到ることが確実なものとなっていた。
しかし、日本国内では、そうした危険性が指摘されていたにもかかわらず、アスベストの輸入・使用は急増していき、ピークを迎えた1980(昭和55)年には年間使用量約40万トンに達しその後も,1993(平成5)年にいたるまで,年間約20万トンから30万トンの石綿大量使用が続けられた。
その結果、多くのアスベスト被害患者が生み出されている。
この訴訟は、アスベストの危険性を知りながら輸入・使用を続けたクボタと、同じく適切な規制権限を行使しなかった国の加害責任を問うものである。
2005年のいわゆるクボタショックの後、国や企業はアスベスト問題に対して責任をとるべきではないかとの世論が高まっていったものの、国は異例の早さでいわゆる石綿新法を成立させ、周辺住民や労災被害者を救済する制度を新設した。その一方で、時々の知見に応じて適切な対応をしていたなどと言って、なんらの責任も認めなかった。
クボタも、工場周辺住民に救済金を支払うなどしているが、これら健康被害と自ら使用したアスベストとの因果関係は不明であるとして、法的責任をあいまいにしたままで、道義的責任を理由として救済金を支払っているにすぎない。
このようにアスベストを使用していた企業と国が責任を曖昧にする中で、アスベスト被害者の存在は忘れ去られ、謝罪と真の救済を受けられないまま事件が風化してしまいかねない。アスベスト疾患といわれる石綿肺、肺がん、中皮腫などは曝露してから発症するまでに長期間を有するものが多いので、いま事件の幕引きを許してしまえば潜在的なアスベスト被害者が真の救済を受けることなどとうてい不可能である。
したがって、本件訴訟は、先行する住民被害の訴訟とあわせて、アスベスト被害の実体解明、国と企業の責任を明確にすることを通じて、アスベスト被害者らが完全に救済を受けることができることを目指すものである。
複数の法的論点を抱え、数十年も前の資料を調査するなど丹念な作業が必要となるが、大規模な弁護団を結成して現在奮闘中である。
アスベストによる被害は、全国津々浦々どこでも起こりうるものであり、全国の運動と手を携えながらがんばっていきたいと思う。
このページのトップへ今回から、セーフティーネットのことについて、連載をしていくこととなりました。
担当は、神戸合同法律事務所の弁護士増田祐一です。まだまだ若輩者ですので、勉強しながら書いていくという面もあります。あれ?という点などありましたら、ドシドシ、増田までご連絡ください。
さて、記念すべき第一回(?)ですが、労働者のセーフティーネットといえば、「雇用保険からか!」と思いますが、私が事件として扱うことのよくある生活保護から、紹介していこうと思います。
生活保護は、自分には関係ないと思っておられる方もいるかと思いますが、「今の収入、なんか、厳しいなー」と思っておられる方は、調べてみると、意外と生活保護の基準以下ということがあるかもしれません。
現に、私も、生活保護以外のいろいろな相談の中で、生活状況について聞くと、生活保護基準以下の収入で生活されている方にパラパラと出会います。当然、ご本人はそんなことに気付かずに生活されてきたようです。
さて、「生活保護基準」とは、いったい何?ということですが、最低限の生活をするために必要とされる最低限の収入でして、厚生労働大臣が、計算方法を定めています。具体的な額は、家族の人数、その年齢、居住地域、その他の具体的事情を加味して決定されるようになっています。
例えば、神戸市に住むともに40歳の夫婦で、12歳の子と10歳の子がいる場合で、特に障害者等がいない場合は、約27万円が生活保護基準となります。
この生活保護基準を下回った収入しか得られず、なんとも、生活が苦しいという方は、生活保護の受給を検討することが必要かと思います。
生活保護を受けるには、お住まいの区役所の中あるいは近くにある福祉事務所に行き、申請をしてくればよいのです。申請の方法は、特に決まっていませんので、どんな方法でもかまいませんが、福祉事務所ごとに申請用紙があり、その用紙を使って申請する方が無難ではあります。しかし、俗に言う「水際作戦」というものが、現実に横行しており、福祉事務所の受付職員が申請書を書かせてくれないこともあります。そんな場合には、弁護士に相談してください。近畿生活保護支援法律家ネットワーク(078−371−5118)です。こちらにご連絡ください。
さて、今回は、生活保護基準のざっくりとした話と、具体的に生活保護を受ける方法、相談先等をご紹介しました。
これを機に、一度、皆さん、ご自分の収入が、生活保護基準と比較してどうなのか、あるいは、同年代の労働者の平均賃金と比較してどうなのか、検討されることをお勧めします。生活保護の基準額については、近畿生活保護支援法律家ネットワークに連絡したら教えてもらえるはずです、本来、福祉事務所でも教えてくれなければならいものだろうと思うので、ドシドシ福祉事務所に行って聞いてみてください。
働いているのにもかかわらず、あまりに収入が低く、生活が苦しい場合には、労働組合の力を借りて、賃上げを要求していくべきなのだろうと思います。
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