2008年秋のリーマン・ショックを契機に製造業を中心とする全国の企業で派遣切りが行われ,何十万人という派遣労働者が仕事を失う結果となった。派遣切りを行った多くの企業は巨額の内部留保を保有しており,派遣切りを行わなくとも,その経営にたいした影響を受けない企業であったが,あくなき利潤を追い求め,まさに労働者を物のごとく使い捨てたのである。
しかし,切られた派遣労働者たちもただ黙っているわけではなく,派遣先に雇用責任を追及する訴訟を全国で次々に提訴した。
その数は約80件強と言われており,神戸地裁姫路支部にも4件の訴訟が係属したが,そのうち,日本化薬と日本トムソンを被告に派遣切りされた労働者たちが会社に雇用責任と損害賠償を求める2件の訴訟は兵庫民法協で弁護団を組むことになった。
ところで,両事件とも提訴は2009年春であるが,春から秋にかけては,初めて派遣先に雇用責任を認めた松下PDP事件・大阪高裁判決の存在,労働者派遣法を労働者保護法に抜本改正することを公約した民主党政権の誕生など,裁判にも明るい展望が持てていた。
ところが冬になると,12月18日に最高裁が松下PDP事件で大阪高裁判決を破棄して派遣先の雇用責任を否定し,また,政府の改正案も抜本改正というには程遠い内容であることが明らかとなるなか,情勢は一変,特に最高裁判決以降,派遣先の雇用責任を否定する判決が全国各地の地裁で量産されるようになった。
松下PDP事件の最高裁判決は,派遣先が事前面接等の手法で派遣元の労働者の採用に関与していないこと,労働者の配置を決めているのが派遣元であること,派遣先が賃金決定に関与しているとは言えないことを理由に派遣先の雇用責任を否定したところ,派遣切り事案の中には,派遣先が労働者派遣法26条7項の禁止する事前面接を行って労働者の採用に関与し,配置も専ら派遣先において決めている事案,即ち,松下PDP事件・最高裁判決を前提にしても派遣先に雇用責任を認めることが可能な事案が多々存する。日本化薬の事案も日本トムソンの事案もまさにそうした事案である。ところが,全国の地裁の裁判官は,最高裁が派遣先の雇用責任を否定する判断を示したという結論のみに引きずられ,最高裁と違う結論を出すことに萎縮し,事案の相違を無視して,派遣先の雇用責任を否定する判決,更には松下PDP事件・最高裁判決では認められた派遣先の損害賠償責任さえも否定する判決が連発されているのである。
本年1月19日に下された日本化薬事件の判決も,まさにそうした傾向のもとに下された判決であり,派遣先の雇用責任も損害賠償責任も否定する労働者全面敗訴の判決であった。
判決の中には,事前面接を行った担当者が採用権限を持っていないから労働者派遣法の禁止する事前面接ではない,派遣先が労働者の差し替えを要求できるのは当然,労働局への申告書に「私は派遣元に雇用され」と書いているから,派遣元に雇用されているという認識を持っていたことは明らかで派遣先との間に黙示の労働契約の成立を認める余地はない等々,労働者派遣を理解していないと思われる判断が散見されるのであるが,特にひどいのは,この事案では,審理の中で約100名いる派遣労働者の内,約半数の派遣労働者を派遣切りするに際し,派遣先である日本化薬が残す労働者と派遣切りする労働者を選択している,即ち,派遣先が自ら派遣労働者を解雇(雇止め)していることが明らかになったことから,本来の労働者派遣なら,派遣先に解雇(雇止め)に権限はなく,にもかかわらず,派遣先が自ら解雇(雇止め)しているのは,日本化薬が使用者であったからに他ならないと主張したところ,かかる主張を無視し,この点の判断を一切していない点である。このような態度については派遣労働者に敵意を持っているのではないかとさえ思わざるを得ない。原告は直ちに大阪高裁に控訴した。
そして,2月23日に同じ合議体が下した日本トムソン事件の判決においても,裁判所は日本トムソンの雇用責任を否定した。その判断は,「採用への関与」が認められたとしても,それだけで直接契約の成立を認めることはできないと述べるだけでなく,技能と関係しない,体質面,健康面について質問しても労働者派遣法が禁止する特定行為(事前面接)には該当しない,諸手当を派遣先が金額を決めて全額負担していることは,派遣料の改訂と基本的に異ならない等々,やはり労働者派遣の本質を理解していないとしか思えない,ひどい判断であったが,日本化薬事件に輪をかけてひどいと思われるのは,日本トムソンが配置・時間管理に関する権限だけでなく,懲戒に関する権限まで保有していることを認めながら,解雇に関する権限まで保有していると認める証拠はないとして雇用責任を否定したことである。前述したとおり,解雇(雇止め)の権限を派遣先が保有していることが明らかな日本化薬事件では「解雇権限を有しているのだから派遣先は当然に使用者である」との原告の主張を無視しておきながら,日本トムソンの事件で解雇権限の有無に言及し,雇用責任を否定する裁判所の姿勢は,初めに結論ありきのもと,雇用責任を否定するのに都合のよい事実だけを拾い上げるものに他ならず,およそ公平・公正な判断を示したものとは評価し難い。
もっとも,日本トムソン事件においては,裁判所は,日本トムソンが,製造業派遣が解禁されていない2003年10月から派遣切りを実行する2009年3月まで,偽装出向,偽装請負,違法派遣(期間制限違反)と形態を変えながらも,一貫して違法な状態下で,原告らを就労させ続けてきたことについて,「法が許容する場合に限って三者間労働関係を認めている労働関係法規の趣旨に反するものであって,原告らに対し,不法行為を構成する」「原告らは,5年超の長きにわたる違法な派遣労働下において,就労させられたという違法の重大性にかんがみれば,同人らに対する慰謝料としては,各50万円が相当である」と判断し,原告9名全員に1人50万円の慰謝料を認容した。
何故,日本化薬の事案で損害賠償を否定しながら,日本トムソンの事案で損害賠償を肯定した理由はよくわからないが,違法な就労期間の相違というよりは(日本トムソンは5年強であるが,日本化薬でも3年7か月で大きな違いはない),日本トムソンにおける社外労働者の受入れが製造業派遣が解禁されていない時期に開始され,受入形態も偽装請負ではなく,偽装出向で,違法な労働者派遣にも職業安定法ではなく労働者派遣法が適用される最高裁の立場を前提にしても,当初の受入れに労働者供給事業を禁止し違反に刑罰が用意されている職業安定法44条違反を認めることができるという点にあるように思われる。
そして,労働契約は本来使用者,労働者間の直接契約で成立すべきもので,「三者間労働関係は法の許容する場合に限り認められる」そして,その違反には不法行為が成立するという判断自体は極めて適切なもので,また,損害賠償責任さえも否定され続けている判例の傾向に一定の歯止めをかけたものとして評価することができる。
もっとも,判決直後の記者会見で,原告の一人が「長期間,違法状態下で就労させられた代償が僅か50万円であることに怒りを覚えた」と述べたとおり,50万円の慰謝料で,奪われ続けてきた労働者としての誇りと思いを取り戻せる筈もない。地位確認請求を維持してきた原告らは判決を不服として直ちに控訴した(会社も50万円とはいえ慰謝料を認容されたことはショックだったようで控訴している)。
日本化薬事件も日本トムソン事件も,たたかいの舞台は大阪高裁に移る。
判決をもらった直後は,雇用責任を認めさせることができなかったことに,やはりショックを受け,日本トムソン事件の慰謝料を認めた判断についても「果たして高裁で持つのだろうか」と弱気の虫がのぞいていたが,派遣切りの事案を担当している全国の弁護団から激励のメールを頂き,かなり元気を取り戻しているところである。
ただ,慰謝料を認めさせた部分についても,「取締法規によって保護されている労働者の権利はなにか?」,「原告の如何なる権利が侵害されたのか?」という点については十分解明されているとはいえず,高裁の裁判官に派遣先の損害賠償責任だけでなく,雇用責任を認めさせるぐらいの気持ちにさせないと,不法行為を認めた判断を維持することも,そう容易なことではないのではないかと思っている。
両事件で,更なる前進を勝ち取るため,この訴訟に取り組む全国の弁護団,労働者,労働組合とともに頑張っていきたい。
このページのトップへ古野電気は,1948年に世界初の魚群探知機の実用化に成功し,船舶レーダーでは約40%の世界シェアを占める世界規模の船舶機器総合メーカーです。
古野電気の本社は西宮市にあり,JR西宮駅から徒歩で10分くらいに位置しています。門の入り口で名前を書いて,労働組合の采女勝彦書記長をお待ちしているとき,間寛平さんのポスターが目に入りました。寛平さんの世界一周にも古野電気のレーダーが活躍していたですね。急に身近に感じました。
船の模型などを見ながら待っていると采女さんが来られたので労働組合事務所へ案内していただき,早速お話をお伺いしました。
(1)古野電気労組は電気連合に属しています。ユニオンショップ制であり,現在,全社で950人前後が労働組合に加入しています。西宮本社は,研究・開発,製造,営業など全ての拠点となっており,900人の従業員が勤務しています。そのうち,嘱託(1年契約,月給制),臨時職員,定時社員(半年ごとに契約更新,時給・日給制),パートといった非正規職員(派遣社員を除く)は約3〜4割を占めています。
兵庫県には三木工場があり,三木工場では約150人の組合員,非正規職員約300人が働いているそうです。
(2)労働時間は,研究・開発部門はフレックス制,工場は一部交替勤務制ですが,残業時間はここ2〜3年で減少し,現在は月平均20時間程度に押さえられているとのことでした。現時点では,人員削減はしていないそうですが,新規採用が減っており,不景気の影響は否定できないようです。
(1)訪問時は春闘の準備中でしたが,ベアの要求は昨年度と本年はせずに,現行の賃金体系を維持することと定期昇給の実施を要求するということです。
昇給は上期と下期の人事考課で決まりますが,一定の点数に達すると昇給する点数制になっており,この評価の透明性,公平性をどのように保つかを労使で協議をしているそうです。一方,賞与については,業績と連動し算式で額が決まるため,交渉の対象とはなっていません。
現在の労使関係は良好で,団体交渉については労使委員会(労5人,使5人)で方向性等の事前折衝をしているそうです。
(2)労働組合では,2年前から新しく4〜5人が役員となり,女性役員も1人誕生して執行部の若返りが進展しているということです。本部役員は14名で,調査部,経営対策部,教育部,労働対策部,賃金対策部が活動していますが,今後は事実上休眠している専門部も活発化させていきたいと考えておられ,組合員には小さい活動でもできるだけ参加してもらい,組合に結集してもらい組合の活性化をはかっていこうとしているそうです。先日は,三木工場で中途採用従業員に組合の説明会を実施され,新規採用以外の教育にも力をいれておられます。
組合としては,今後2年以内に嘱託職員や定時社員も組合員にしたいと考えており,この点について会社は一定の理解は示しているそうです。会社には年1回,非正規の社員を正社員に登用する制度があるようですが,現状は会社が一方的に10人前後を選抜するだけなので,非正規社員も組合に加入してもらうことによってこれらの処遇改善にも組合が取り組むことを考えておられるようです。
私は,実際に労働組合を訪問して話を聞くのは初めてで,他の労働組合と比較することはできないのですが,古野電気の労働組合では組合員を積極的に増やし,活性化しようと意欲的に活動されている点が強く印象に残りました。
非正規職員の方も組合に加入することについては,現在の組合員の方の反応は賛否半々といった話もありましたが,景気の回復に希望が持ちにくい中で,正規職員だけでなく従業員が一丸となって労働者の権利を守る活動ができれば心強いと思います。
お忙しい中で貴重なお話を聞かせてくださった労働組合の采女さん,ほんとうにありがとうございました。
このページのトップへ平成23年2月15日,全日本金属情報機器労働組合(JMIU)甲南電機支部の組合事務所を訪問しました。山口俊男執行委員長と執行委員の野口郷志さんに応対して頂きました。JMIU甲南電機支部は昨年度まで,長い間幹事組合として民法協を支えていただいていたので会員のみなさんもよくご存じの組合だと思います。
組合事務所は阪神電鉄武庫川線の武庫川団地前の駅前にある本社の一画にあります。
会社は平成17年に建設機械部門を「甲南建機株式会社」として分社しましたが,組合は別れずに,従来どおり,甲南電機と甲南建機の両社の従業員を構成員としています。
最近は,他社同様にパート社員,契約社員,嘱託社員(定年後継続雇用)など非正規社員が増え,正社員の採用が見送られることにより,労働組合(オープンショップ,組合規約に加入資格正社員の為)が従業員の過半数を代表しなくなっている。(なお,昨年までは派遣社員もいましたが,派遣可能期間の満了にともない契約社員として直接雇用をされているということです)。
定年退職者の継続雇用制度(嘱託社員制度)は希望者全員が雇用されており(現在,嘱託社員は約20名),高年法に抵触するような事態は生じていないようです。
新規採用の抑制により全体として組合員の平均年齢が上昇していますが,それでも従業員の平均は40歳(管理職を除けば36歳)くらいです。しかし,前記のとおり正社員が減少しても補充の採用がなされず,補充されても非正規に置き換えられるので,正社員の負担が増大し,正社員の残業が増えつつあります。組合は正社員の増員を要求していますが,会社はいっこうに応じようとしません。
賃金は職能給と年齢給(年齢給は55才で頭打ち)とが組み合わされていますが,職能給も年功に従い上昇し(一定額で頭打ち),考課査定による格差があまり生じない運用がなされているようです。会社の業績事態は上向きですが,ここ数期は利益を上げても過去の借入金の返済や株主配当に利益を回して,労働者には還元されておらず,昨期は賃上げも一時金のアップにも応じられないという回答が出て来てます。
甲南電機では社長の団交出席はなく団交の間隔も空き速やかに合意に至ることが少ない。甲南建機でも社長の出席はなく,甲南建機の団交では副社長が権限がないといって合意を拒絶したり,不誠実な対応が見られるということです。
したがって,組合の当面の課題としては,利益を労働者に還元させること,誠実な団交をさせること,正社員を補充させ,技術を若い世代に継承させることです。
組合の役員は14名ですが,正社員は社長秘書以外全員が組合員であるため,個々の意識が低く,集会などへの動員に苦労することも多いということです。しかし,現在は朝ビラの配布や昼休み集会など組合活動への参加の機会をできるだけ増やして意識を高める工夫をしているそうです。
また,過半数を占めている非正規社員の組織化については,かつてパート社員の雇止めが問題になったときには,組合がパート労働者の組合の結成を支援して,雇止めを撤回させたこともあったのですが,当時結成時のパート社員が定年退職などすでにいなくなりパート組合は自然消滅しています。パート社員の多くは隣接する武庫川団地から通う家庭の主婦で,日々の労働条件の改善や組合活動には関心がないために,持続的に組織化することはたいへんむずかしいということでした。
幹事組合ではなくなりましたが,引き続き民法協を支えていただくようお願いをして組合事務所を跡にしました。
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