《第519号あらまし》
 大阪・泉南アスベスト国賠訴訟大阪高裁判決を受けて
 アスベスト休業補償費不支給処分取消請求事件
 加盟組合訪問記(第8回)
     全労連・全国一般労働組合


大阪・泉南アスベスト国賠訴訟大阪高裁判決を受けて

弁護士 八木 和也


報道等でご存じのように、さる8月25日、大阪高等裁判所第14民事部(三浦潤裁判長)は、昨年5月19日の大阪地裁判決を取り消し、原告らの請求をすべて棄却する判決を言い渡しました。

大阪・泉南アスベスト訴訟とは、泉南地域にあったアスベスト関連工場で働いていた元労働者やその家族、工場近隣で農作業に当たっていた住人の遺族計32名が国に対して総額9億4600万円の損害賠償を求めた訴訟です。

大阪・泉南地域は石綿紡織産業が盛んだった地域で、国はすでに戦前から同地域の石綿工場を調査し、労働者の12%以上が石綿肺に罹患していること、20年以上働いた労働者はすべて石綿肺に罹患していたことなどを掴んでいました。にもかかわらず、国はその後30年以上にもわたってアスベストに対するなんら実効性ある規制をしませんでした。

一審判決では、こうした国の不作為を断罪し、アスベストの危険性についての知見が確立した1960年の時点で事業者に対して局所排気装置の設置を義務づけなかったことは違法であるとし、元労働者に対する関係で、国の責任を認めました。

ところが、控訴審判決では、この一審判決をすべて取り消し、国の責任を明確に否定するという不当な判決をくだしました。

控訴審判決は、「弊害が懸念されるからといって、工業製品の製造、加工等を直ちに禁止したり、あるいは、厳格な許可制でなければ操業をみとめないというのでは、工業技術の発達及び産業社会の発展を著しく阻害する」としたうえで、「工業製品の社会的必要性及び有用性についての評価の変化、その時点においてすでに行われている法整備及び実施状況を踏まえて、規制権限の行使すべき時期及びその態様について労働大臣のその時々による高度に専門的かつ裁量的な判断に委ねられる」とし、行政の広汎な裁量を認める基準を採用しました。

そのうえで、国が粉じん一般に対する抽象的な規制をしていたことや、通達(行政指導)などで粉じん対策を試みていたことを過大に評価し、国の規制権限不行使の違法はないと断じました。また、深刻な被害についての責任については、労働者は昭和34年当時の新聞報道等で石綿の危険性を認識し得る機会があったとし、防じんマスクを着用することで「かなりの割合で粉じん吸引を防止できた」とも示して、労働者に被害の責任を押しつけました。

本判決で示された判断枠組みでは、およそ公害や薬害について国の責任を問うことなど不可能となりかねません。行政の広汎な裁量と自己責任論をもってすれば、いかなる甚大な被害が発生しようとも、産業発展のためのやむを得ない犠牲と結論づけられてしまい兼ねないのです。

司法は、特に筑豊じん肺最高裁判決(平成16年4月27日)以降、経済最優先の政策によって生み出され続けてきた被害について、これを傍観することなく、積極的に救済していこうとする流れができつつありました。

実際、上記最高裁判決では、生命健康の保護法益が問題となる場合、行政の規制のあり方について、「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使させるべき」と厳格な基準を採用し、国の責任を認め、また水俣病関西訴訟最高裁判決(平成16年10月15日)でも同様の立場に立って、国の責任を認めました。本判決は、こうした流れに真っ向から挑戦するかのような内容となっています。

大阪・泉南アスベスト訴訟の原告団は、8月31日、本判決を不服として上告しました。

最高裁での戦いは、これまでの司法の流れを加速させ、被害者救済という司法に与えられた本来の役割を取り戻させるのか、それとも行政追認の行きすぎた司法消極主義の時代へと逆戻りさせてしまうのかの分水嶺となる戦いだと考えます。私も同種の訴訟を闘う弁護団の一員として、出来る限りの支援をしていくつもりです。今後ともご支援のほどよろしくお願い致します。

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アスベスト休業補償費不支給処分取消請求事件

弁護士 野上真由美


第1 事件の概要

松本博(昭和8年10月1日生)さんは,昭和27年から平成4年までのうち,約22年間,神戸港での荷役作業に従事していました。神戸港には,海外から輸入されたアスベストが大量に運び込まれており,松本さんは,荷役作業中に袋から大量に漏れだしたアスベストを吸引し,平成9年8月に肺ガンの手術を受けました。当時,松本さんはアスベストの危険性は一切知らず,自身の肺ガンの原因はタバコだと思っていました。

平成18年7月13日,松本さんに健康管理手帳が交付されましたが,それを見た松本さんは,自身の肺ガンはアスベストが原因だったのではないかと考えるようになりました。そして,平成19年に兵庫尼崎アスベスト訴訟弁護団に相談をし,平成19年9月25日に休業補償費の支給を請求しました。

ところが,休業補償費については,平成11年の時点で2年の消滅時効にかかっていると不支給決定がなされ,その結論は再審査でも変わりませんでした。

そこで,松本さんは,平成21年10月26日,不支給処分の取消を求めて神戸地方裁判所に訴訟提起しましたが,平成23年9月15日,松本さんの請求は棄却されました。

第2 争点と第1審判決

本件では,松本さんが,アスベストが原因で肺ガンに罹患したとの事実に争いはありません。したがって,主な争点は,「時効が完成しているか否か」の点に絞られます。

労災保険法42条は消滅時効について規定していますが,どの時点から数えて2年かについての規定はないため,この起算点が問題になります。

原告は,そもそも,自身の肺ガンの原因が業務にある(業務起因性)と労働者が認識しなければ請求などできないことから,時効の起算点は,労働者が「業務起因性を認識した時点」であるとの主張をしてきました。

1 民法724条類推適用

原告は,休業補償給付請求権は実質上不法行為に基づく損害賠償請求権と類似の性質を有する点,傷病の中には業務起因性が明白ではない場合があり,傷病の存在と業務起因性を労働者が知るまでは,請求権を行使することができない点から,724条を類推適用し,労働者が傷病とその業務起因性を認識した時点から,時効が進行するとすべきと主張しました。障害補償給付の事件では,724条類推適用をした判例もあり,その趣旨は休業補償給付についても十分に当てはまります。

しかし,裁判所は,不法行為による損害賠償請求権と災害補償請求権は性格が異なる点,724条を類推適用すると離職してから相当期間が経過しても請求が許されることになり,労災保険法が短期消滅時効を定めた趣旨に反するとし,弁護団の主張を認めませんでした。

2 民法166条1項

ア 次に,原告は,仮に,166条1項「権利を行使することを得る時」から時効が進行するとしても,それは「単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけでなく,さらに権利の性質上その権利行使が現実的に期待できるものであることも必要と解する」とした最高裁判例(最大判昭和45年7月15日)を引用して,労働者が業務起因性の認識をした時点から起算すべきと主張しました。

イ ここで,さらに考えなければならないのは,「石綿による健康被害の救済に関する法律(石綿救済法)」と時効の関係です。

平成18年2月3日に成立した石綿救済法は,業務上罹患した石綿関連疾患により死亡した労働者の遺族で,時効により労災保険法に基づく遺族補償給付の権利が消滅したものを救済対象としました。つまり,これは,発症までに数十年の潜伏期間のある石綿関連疾患については,業務起因性の認識が得にくいことを国や法律自身が認めたことを示します。

ところが,この石綿救済法は,同じように時効が問題になるにもかかわらず,原告のような休業補償や療養補償,障害補償については規定をしていないため,平等原則違反を生じさせないためには,石綿救済法が時効救済しようとした趣旨に鑑みて,労災保険法の解釈によって,原告を救済すべきことは疑いようがありません。

ウ しかし,裁判所は,アスベストの特殊性について一切検討することなく,「権利を行使することができる時」とは,権利行使の可能性を知り得たかどうかを問わず,法律上の障害がなくなった時であるとしました。

石綿救済法についても,立法過程で,参考人が時効の起算点は法律上の障害がなくなった時からとしていることを理由に,やはり労災保険法上の時効は法律上の障害がなくなった時から進行するとしました。

また,原告が主張した最高裁判例は,権利者の主張と矛盾する権利の行使を当事者に期待することができないという特殊事情がある場合を指し,石綿関連疾患に関する休業補償給付請求権にはそのような特殊事情はないと判断しました。

3 まとめると,裁判所は,労災保険法上の時効の起算点は,民法166条1項に基づくが,「権利を行使しうる時」の判断には,労働者の業務起因性の認識は必要なく,休業補償給付請求権は賃金を受け取れない日ごとに発生し,その翌日から消滅時効が進行するとし,原告の請求を棄却しました。

第3 控訴審に向けて

アスベストは,潜伏期間が数十年にわたる場合があるため,怪我や吸引後すぐに異常が起きる疾病とは異なり,発症時点で自身の職歴と直ちに結びつけることは困難です。また,肺ガンの場合はタバコなど原因が複数考えられることも,業務起因性の認識の妨げとなります。

特に,松本さんが手術を受けた平成9年時点では,医師ですら,アスベストが肺ガンの原因であることを見抜けていませんでした。医師は,松本さんにタバコを止めるように指導はしましたが,アスベストを疑い,松本さんに労災請求をすすめることもありませんでした。常識的に考えて,医師が原因を把握していないのに,素人である患者がアスベストが原因だと考えて労災請求することは困難です。

また,松本さんは,一度も会社からアスベストの危険性を教えられたことはなく,マスクもせずアスベストがもうもうと舞い散る中で作業をしていました。

このような中で,松本さんが平成9年から平成11年の間に労災請求ができたと本当に思いますか?業務起因の可能性を考えることなく,労災請求する人が一体どこにいるのですか?石綿救済法との関係をどう説明するのですか?

あまりにも形式的で,アスベストの特殊性や問題点に理解がない判決です。松本さんは,石綿救済法によっても救済されない隙間に落ち込んだ状態にあります。遺族の救済も必要ですが,生きている被害者を救済することも非常に重要なはずです。

松本さんは,先日の報告集会で控訴することを決意されました。

弁護団も判決を再検討し,さらに力をいれて控訴審を戦う意志を固めておりますので,今後ともご指導ご鞭撻のほど,よろしくお願い申し上げます。

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加盟組合訪問記(第8回)
全労連・全国一般労働組合

弁護士 和田 壮史


1 全国一般の概要

2011年7月25日,全労連・全国一般労働組合(以下「全国一般」)の方々に取材しました。取材に応じて下さったのは,桝本さん,浅野さん,岸本さんです。

全国一般は個人加盟の労働組合で全国に約4万人の組合員を擁しています。全国組織として全労連(ナショナルセンター)に,また兵庫では兵庫労連(ローカルセンター)に加盟しています。そして各地域ではそれぞれの地域労連に加盟しています。尼崎地域では,尼崎労連に個人・分会(単組)で加盟しています。その他の地域労連には、西宮・芦屋地域労連、神戸中央区労協、長田労連、東播労協などにも分会が加盟しています。

現在,兵庫県本部の下には,14の単組・分会が組織されています。そのうち,団体加盟(単組)は,千趣会パート労働組合と日能研労働組合です。この両者は,相当数の組合員を抱えた組織になっています。なお,個人加盟の組合員が3名以上になれば分会組織として運営しており,団体加盟(単組)は,基本的には30名以上としているとのことです。

組合員の業種ですが,第三次産業(サービス業)を主体として多種多様になっています。また,使用者の企業規模は中小企業が主体です。したがって,組織化も苦労する場面が少なくなく,また昨今の経済情勢下で,各組合員が厳しい労働条件の下での労働を求められることもままあるようです。

そのような中でも,全国一般は,労働者の正当な権利を主張していくことに主眼を置いているので,争議になっているケースも少なくないとのことでした。専従がいないという点での苦労はあるものの,訴訟や労働委員会への救済申立も,積極的におこなっているとのことです。

2 個別的な活動

全国一般において,組合員が集まる機会は,まず,大会です。次に,組合員集会があります。これは運動の節目節目の週末を利用しての懇親・報告を目的としたものです。また,民法協所属弁護士を招いての学習会等もおこなっています。民法協所属の若手弁護士の出張講義も希望しているとのことでした。

現在,取り組んでいるのは,派遣労働者の組織化です。しかし,参加してくれそうになると,解雇されるなどしてしまうのが悩みと言うことです。また,国や地方公共団体から委託を受けている諸団体の労働者の組織化も図っていると言うことです。

その他にも,個別の運動について,面白いお話を多々お聞きしたのですが…オフレコな話が多く,残念ながらここでは割愛します。

3 課題

若い人達にいかにして加入してもらうか,そして,加入している組合員同士の横の繋がりをどのようにして構築していくかという点を常に考えているとのことでした。予算をやりくりしながら,バス旅行やその他,様々な企画をおこなっているとのことです。

余談ですが,若い人達とのコミュニケーションの取り方も課題であるとのことでした。お酒をそんなに飲まない人達が増えている現状では,酒席で本音を語り合うというやり方以外の方法を考えなければ,ということでした。

4 後日談

インタビューの終わりに,執行部の方々に「今度,飲みましょう」と言われた増田(祐)弁護士と和田が,その言葉を真に受けて,後日飲み会のお誘いをしたところ,快く応じて下さいました。その後,神戸駅近くの某酒場で,桝本さん,浅野さん,岸本さんに加えて,副委員長の大下さんと,増田(祐)弁護士,和田とで飲み会が開催されました。その席でも,現在の課題や,将来の展望,民法協の弁護士への希望など,大いに語って頂きました。

5 さいごに

執行部の皆さんは,経験豊富でエネルギッシュな方ばかりです。お忙しい中,我々若造の言葉にも,真剣に応じて頂きました。ありがとうございました。

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