神鋼検査サービス株式会社(㈱神戸製鋼所の完全子会社で,原発等の非破壊検査を主たる事業とする会社)の検査プロジェクト室長として,原発や火力発電所等の検査員確保のための社内調整,協力会社への要請等を行うとともに,予算管理や業務拡大のための企画立案等の業務に従事していた男性(当時52歳)が,平成18年1月,自殺しました。
被災者は,平成14年に神戸製鋼から神鋼検査サービスに出向し,平成16年4月から同社検査部検査プロジェクト室長に就任しましたが,以後,神戸製鋼所勤務時代の仕事とは異なる不慣れなコーディネート業務に室長として取り組む中で,部下や上司との関係に悩み,また,顧客先企業での人身事故が発生し,以後顧客に派遣する検査員の質に厳しい制約が課されたことにより検査員の確保が困難となった上に,検査プロジェクト室の将来構想の策定業務における上司との方向性の対立にも悩み,残業時間も増えていきました。
そして,平成18年1月,被災者は,「仕事に悩み,上司に悩み,疲れました。・・・(略)・・・何で自分がこんなに悩まなければいけないのか 過労死が自分の身になるとは!」「会社に殺された!」という遺書を残して自殺しました。
被災者の妻と兄らは,本件が労災であると確信し,渡部吉泰弁護士に依頼され,姫路の立花隆介弁護士と私の3人で取り組むこととなりました。その一方で,兄が神戸製鋼所と取引のある企業に所属していたことから,会社関係者と面談をしたり被災者の会社のパソコンメールを閲覧したりするなどして,情報収集を精力的に行っておられました。
その結果,被災者が従事していた仕事の内容とその困難性,長時間の時間外労働の実態が明らかとなり,平成20年9月,加古川労働基準監督署に労災申請をし,平成21年11月に労災認定を受けました。
そして,平成22年4月,神戸地裁において,会社に対し,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し,平成25年6月12日,会社の安全配慮義務違反を認め,約3050万円の支払を命じる判決が言い渡されました(なお,会社が裁判中に供託した3200万円が相殺されています)。
この判決は,控訴されることなく確定しています。
判決では,労働時間について,パソコンのログオフ時刻,メール送信記録,タクシーの利用時刻等に基づき,平成17年4月から平成18年1月まで,月87~146時間の時間外労働があったと認定し,「在社時間がすべて労働時間とは認められない」などという会社側の主張を排斥しました。
また,業務の質的過重性についても,上司から,検査プロジェクト室の将来構想の策定について,自分の考えと異なる実現困難な計画の策定を求められて悩みを深めていた上に,検査員の確保ができず受注を断るなど責任者として大きな心理的負荷を受けていた,と認定し,かつ,これらについて誰にも相談できずに孤立を深めていったことが心理的負荷をより大きなものにしたと認定しました。
そして,平成17年秋ころにうつ病に罹患した原因が労働であったと認めました。
その上で,会社の責任について,他の従業員から聴き取りを行ったり,メールの送信時刻やパソコンのログ記録を確認したりするなどの方法によって勤務実態を把握し,長時間にわたっていた労働時間を短縮するための措置を講ずべき義務があったし,業務についても適切な助言をすべき義務があったのに,その義務を果たさなかったとして,安全配慮義務違反を認め,被災者の勤務実態を知れば,被災者が精神疾患に罹患して自殺することは予見可能であったと判断しました。
もっとも,判決は,被災者の仕事の仕方について,完璧主義の傾向があり,部下の仕事を抱え込みがちとなり,部下との業務分担が適切にできていなかったことが,過重労働とそれに起因する精神疾患の罹患に寄与したとして,3割の過失相殺減額をしました。
会社側は,うつ病の発症自体を争い,うつ病を発症していたとしても家庭が原因である旨の主張をしていましたが,判決はこれらの主張を明確に排斥し,業務の過重性及び安全配慮義務違反の認定について,ほぼ当方の主張に沿った判断をしました。もっとも,判決が3割もの過失相殺をした点は不当だと言わざるを得ず,控訴するべきとも思われましたが,会社側が控訴を断念し,遺族側も裁判所の事実認定に一定の満足を得たことから,判決は確定しました。
被災者が死亡してから7年以上が経ち,ようやく,ある程度の成果を挙げて,全ての法的手続きが終了しました。しかし,ご遺族の悲しみは癒えることなく,被災者の妻は,労災認定を得ても,勝訴判決を得ても,夫を思い出すたびに涙を浮かべておられます。
過重労働で苦しんだ末に「会社に殺された!」という遺書を残して自殺しなければならないまでに追い詰められるという悲劇が二度と起きないよう,使用者は従業員の勤務実態を十分に把握し,心身の健康に配慮しなければならないという義務を誠実に果たしていかなければなりません。その方策について,この判決は一定の指針を示すものであると評価できます。
なお,前述のとおり,本件の弁護団は,明石の渡部吉泰弁護士,姫路の立花隆介弁護士と私の3人でした。
このページのトップへ1 神戸西郵便局は,神戸市西区の美穂が丘,月ヶ丘,福住地域などの約2800世帯の郵便物の配達の拠点として団地作業所を設置し,パートの郵便外務員12名を配置していた。
Nさんは平成4年3月に郵政省神戸西郵便局に短時間職員(ゆうメイト)として入局し団地作業所で勤務していた。1日4時間,週5日間の勤務であった。
雇用期間の途中で使用者が「郵政省→郵便事業庁→日本郵政公社→郵便事業会社」と変わった。日本郵政公社までは非常勤公務員として任用を繰り返し,平成19年10月1日からは民間の有期雇用労働者となった(以下,使用者を「会社」という)。
平成22年9月末日をもって団地作業所が閉鎖され,Nさんは同年10月1日から神戸西郵便局の内務で勤務するようになったが,会社は6ヶ月を経過した平成23年3月末日,Nさんを余剰人員であるとして更新を拒絶した(以下「本件雇止め」という)。
Nさんは本件雇止めの無効を主張して,平成23年4月19日に仮処分を申し立てたが,神戸地方裁判所は同年9月28日にこれを却下したため,Nさんは同年12月8日神戸地裁に本訴を提起した。
平成25年4月26日,神戸地裁はNさんの主張を退け敗訴判決(以下「本件判決」という)を下した(工藤涼二裁判官)。以下,本件判決について報告する。
2 Nさんを含む12名のゆうメイトは,期間を6ヶ月とする任用を繰り返し,神戸西郵便局から団地作業所に持ち込まれた郵便物を自転車,バイク等で配達していた(Nさんは自転車)。
Nさんたちゆうメイトは,郵便物の配達はもとより高齢世帯への声かけや荷物運搬支援など地域住民の生活に密着したサービスを提供していた。
勤務時間は短いが,配達業務そのものは正職員と何ら変わりがなかった。
3 1回目の団地作業所廃止計画
(1)平成21年11月,会社は突然,事業効率化のために団地作業所を平成22年2月末日をもって廃止し,同年3月末日をもってパート社員全員を雇止めにするという方針が示された。
(2)団地作業所のパート社員は団地作業所の廃止に反対し,配達地域に団地作業所廃止を知らせるビラを配布したり,団地作業所の存続を求める署名を集めるなどした。
(3)会社は,住民に対するビラの配布や署名運動をすることを禁止するとともに,団地作業所従業員に「引き続き団地配達」,「支店で自動車を運転して配達」,「バイクに乗務できないため郵便内務」,「退職」のいずれかを選択させる意向確認書の提出を求めた。
(4)団地作業所従業員12名中11名は,平成22年2月8日に郵政産業労働組合神戸中央支部に加入し,同支部神戸西分会を結成し,同月9日,会社神戸支店に対して団地作業所の存続と個別面談の中止を求めて団体交渉を申し入れた。
(5)平成22年2月25日,会社は突然,「説明手順や雇用計画の行き違いがあった」として団地作業所の廃止を中止した。
4 団地作業所の廃止
(1)平成22年7月20日,会社は,突然,同年9月末日をもって団地作業所を閉鎖する旨を通告し,パート社員に対して,1週間以内に西支店への配転に応じるか退職するかのいずれかを選択する意向確認書を提出すること,提出しない場合には退職を希望しているものとみなす旨を通告。
(2)同月22日にはパート社員に個別面談をして意向確認調書の提出を求め,同調書を提出して配転に応じなければ退職せざるをえなくなることを通知した。
(3)組合の団体交渉申入れに対して,会社は,組合役員と面談して情報提供することには応じるものの,作業所閉鎖は団体交渉事項ではないとして,あくまで団体交渉には応じないという姿勢を曲げなかった。
(4)分会員は団地作業所の廃止が避けられない場合には神戸西支店で内務として勤務すること及び内務になると時間単価が下がるために労働時間を4時間から6時間にして欲しいという意向を伝えた。
(5)組合は8月4日に兵庫県労働委員会に対して,団体交渉を行うことを求めてあっせん申請。
(6)あっせんは不調に終わり,9月30日をもって団地作業所の廃止が強行された。
(7)平成22年10月1日,会社は作業所従業員12名中,分会員11名を神戸西支店郵便課の郵便内務に配転し,非組合員1名を神戸西支店第1集配課に配転した。
Nさんは担当業務が大きく変わっただけでなく,時給は1120円から780円に切り下げられ,本件配転により通勤時間は大幅に増大した。雇用期間はそれぞれ平成22年10月1日~同23年3月31日の6ヶ月間であった。
5 本件雇止め
(1)ところが,会社は平成23年2月になって,会社が神戸西支店内に「期間雇用社員のみなさんへ」という文書を掲示し,期間雇用社員の要員配置の見直しにより配置換え,勤務日数・勤務時間の短縮(6時間を3時間ないし4時間に短縮する)を実施することを通知した。
(2)会社は分会員11名に対してだけ個別面談を実施し,「雇用調整にかかる選択担務」という文書を提示して,同文書の7つの担務(配転先)を選ぶか担務変更を拒否して雇止めになるかのいずれかを選択することを求めた。
(3)示された担務はバスで通勤している者にとって到着が不可能な早朝の勤務であったり,自動車ないしバイクの運転を伴う外務など事実上選択不可能なものが含まれ,何より勤務時間の短縮により大幅に収入が減ることが避けられないものであった。
(4)分会は会社に対して,「雇用調整にかかる選択担務」に個別に回答することを拒否し,団体交渉を行うことを求めたが,会社は,個々の期間雇用社員との労働契約に係るこは団体交渉事項には当たらないとして団体交渉を拒否した。
(5)平成23年3月3日,組合は兵庫県労働委員会にあっせん申請したが,会社は同月4日に分会員に対して,同月31日付けで雇用関係が終了する旨の雇止め予告通知書を交付し,3月14日にはあっせんを拒否した。
このようにして,Nさんは雇止めされた。
1 本件訴訟では,第1に,本件雇止めに解雇権濫用法理の適用があるか否か,第2に,解雇権濫用法理の適用があるとして,本件雇止めに客観的に合理的でかつ社会通念上相当であるといえるか否か,が争点になった。
2 雇止めと解雇法理の類推
(1)労働者と使用者の労働契約は,それが有期契約であっても,契約更新に対する合理的期待が認められる場合,解雇法理が類推適用されることになる。(改正労働契約法18条は「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」場合(同条2号)には「使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会 通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申 込みを承諾したものとみなす」と定めている)
(2)職務内容
ア Nさんは非常勤しかいない団地作業所で正社員と全く変わらぬ郵便外務に従事していた。
イ 神戸西支店に配転後の内務についても就労時間が短い以外は正社員と同様の業務を正社員と渾然一体となって遂行していた。このようにNさんの雇用には常用性があった。
(3)更新を繰り返してきたこと
ア Nさんは6ヶ月の雇用の再任用ないし更新を繰り返していた。非常勤公務員として15年6ヶ月,民営化後も3年6ヶ月,通算19年勤務していた。
イ 雇用期間満了の約1ヶ月半前になると,課長等から各人に「スキル認定書」を渡され,雇用期間満了の1ヶ月前に期間満了予告通知書が交付された。従業員が各自「スキル認定書」の「本人評価」欄に自己評価を記入して提出し,課長等のスキルに関する面接を受けた後,とくに期間満了による退職を申し出ない限り,1ヶ月後に「雇入労働条件通知書」が各自に手渡され,併せて評価結果とその評価にもとづく更新後の給与額を記載した「スキル認定書」が交付された。郵便事業株式会社になっても全く同様の更新手続がとら れていた。
ウ 契約更新への合理的期待の有無の判断にあたり,郵政省ないし日本郵政公社における就労期間を考慮すべきである。
非常勤公務員の勤務関係が公法上の任用関係であり私法上の契約関係とは異なることを理由に解雇権濫用法理を類推して再任用を擬制することを否定する判例が多数であるが,Nさんの地位は公務員から民間労働者に変更されたものの,就労場所,就労形態,賃金額,就労時間などの労働実態や労働条件に全く変化がなかった。
のみならず,Nさんの会社における賃金などの処遇は公務員としての勤務経験や働きぶりを評価して,それを反映したものであった。
この点,同様のゆうメイトの雇止め が争われた事件で,広島高裁岡山支部 は平成23年2月17日,郵政民営化前の雇用期間や更新回数も含めて契約更新の期待の存在について検討し,契約更新が常態化していたことを理由に雇用契約の更新について合理的な期待を有すると認定し,解雇権濫用法理の類推を認めている。
(4)団地作業所においても,郵便内務に配置換えになった後も本件雇止めを除いてNさんの同僚が雇止めされた実例はなかった。
(5)何よりNさんは会社の経営上の都合により団地作業所から神戸西支店への配置転換に応じたものであり,それは長期間,会社に雇用されることを期待した上でのことであった。
(6)本件判決は,この点について,次のように判示した。
① 「会社の前身である郵便局,日本郵政公社で勤務していた期間においても再任用を繰り返して同様の作業を続けてきていたものであつて,その作業内容や態度等に特段の問題があつた事実はうかがわれないことからすれば,平成22年10月1日における団地作業所の廃止によって,原告が郵便内務に従事することになつたという業務内容の変化を勘案しても,原告の雇用継続に対する期待には合理性があるものと認められる」
② 「なお,会社との本件雇用契約締結前の事情,すなわち旧郵政省ないし日本郵政公社との間において雇用契約が繰り返されていた事実を,雇用継続の期待に合理性があるかどうかを判断する際に勘案することについては,非常勤公務員の性質上『更新』ということはあり得ないために,解雇権濫用法理の類推適用をする前提を欠くのは当然のことであるが,他方で,結局のところ平成22年9月30日まで原告の行つていた作業は,実質的には同じ作業にすぎず,再任用を決するに当たつて資料とされた郵便局や郵政公社における原告の人事評価は,いわば包括的承継人である会社に引き継がれていると解されるから,郵便局や郵政公社において再任用を受けていたという事実を,私人間の契約である原告と会社間の本件雇用契約において,原告の作業内容や態度に特段の問題がなかつたというこ との基礎付け事実とする限度でこれを考慮することは許されるというべきである」
(7)本件判決が原告の雇用継続に対する期待に合理性があることを認め,解雇権濫用法理(労働契約法16条)の類推適用を認めた点は正当ではあるが,②の判示の趣旨はよくわからず,非常勤公務員としての勤務実績を考慮しているのか否かは不明である。
そもそも,同じく雇用継続に対する合理的な期待といっても,更新回数や勤務年数を重ねるほどにその期待の要保護性は強くなるというべきで,本件雇止めの効力を判断する上で,15年6ヶ月に及ぶ非常勤公務員としての勤務実績は十分考慮すべきところ,本件判決にはその考慮の跡が見られない。
3 整理解雇法理の適用
(1)本件雇止めに解雇権濫用法理の適用があることを前提にすると,本件雇止めは会社の経営上の理由によるもので,Nさんには何の落ち度もなかった。それゆえ,本件雇止めに客観的に合理的でかつ社会通念上相当であるといえるか否かは,いわゆる整理解雇の要件を充たすのか否かにより決せられることになった。
(2)整理解雇が有効とされるためには,①人員削減の必要性,②雇止め回避努力,③人選の合理性,④手段の相当性,という4つの要件を充足する必要がある。
ところが,本件判決は上記の4要件を4つすべてを充足しないといけないという 意味での法律要件ではなく,解雇権濫用に該たるか否かを判断するための考慮要素にすぎないという考え方に立って,事実上,整理解雇の要件を緩和する結果となっている。
また,日立メディコ最高裁判決を引用して,有期雇用労働者は,人員整理においては契約の性質上,いわゆる終身雇用の期待を有する正規従業員に劣後した地位にあり,両者に適用される解雇権濫用法理の解釈について,自ずと合理的な差異があるのはいたしかたないとして,有期雇用労働者についてはより緩やかな要件で整理解雇の有効性を判断した。
ここでは,Nさんが19年にわたって勤務してきたことについては何の考慮も払われていない。
(3)人員整理の必要性
ア 本件判決は会社は,平成22年3月期に比して平成23年3月期の決算が大きく悪化していたこと,団地作業所を廃止には経営上の合理性があったこと,分会員は団地作業所の閉鎖に伴い神戸西支店の内務に配転されたものの,同業務については剰員状態が続いていたから人員整理の必要が生じていた,と認定した。
イ しかし,会社全体として業績が悪化していたとして,会社全体においてどのような人員の削減をするのかについての計画が策定されていたわけではなく,神戸西支店においても会社の業績悪化にともないどのように人員を削減するかについての具体的な計画はなかった。
ウ 他方,Nさんら分会員は団地作業所廃止に際して,会社からは神戸西支店でも十分仕事があるから安心して来て欲しいという説明を受けて,配転に応じている。また,団地作業所廃止後も本件団地作業所の担当区域の配達業務に従事する人員は必要なはずである。
エ Nさんらにしてみれば,神戸西支店においても慣れた外務作業に従事したかったが,自動車ないしバイクによる配達しか認めないということだったためにやむなく配転に応じたものである。したがって,配転時から分会員は余剰人員であったという主張は寝耳に水のことであった。
オ しかも,平成23年3月末時点では分会員11名中8名が担務変更には応じられ ないとして退職しており,本件雇止め時点で会社の人員削減目標は十分達成されていた。
さらに,分会員に対する雇止め予告の後,会社は雇用期間の定めのないパートの募集をして少なくとも10人以上が採用されている。
(4)解雇回避努力
ア 本件判決は,団地作業所の廃止にともない分会員が余剰になったのに,それを神戸西支店で吸収したために,余剰人員の合理的な配置をするために担務の変更の提案を行って解雇回避のための努力を尽くしたのに,Nさんがこれをことごとく拒否したために雇止めせざるをえなくなったと認定した。
イ 分会員が余剰人員であったという前提に疑義があることはすでに述べたとおりである。
ウ また,平成23年2月末日時点でNさんは分会員の意見を調整し,分会員を退職する者と担務の変更に応ずる者に振り分けて会社に連絡するなど,あくまで担務変更を拒否するという対応をしていたわけではない。ただ,その時点で会社が平成23年10月の時期更新期にさらに労働条件を切り下げる旨言明したために,再度紛糾したにすぎず,会社はその直後に雇止め予告通知を発したものである。
(5)人選基準とその適用の合理性
ア 本件判決は,期間雇用社員は全社的な経営の合理化が求められる場面では,相当な限度で労働条件の変更に応じるべき立場にあること,会社からの担務変更申し入れは必ずしも過大なものとは思われない一定の不利益さえ受忍すれば十分に稼働の機会は与えられていたということができるとしている。
イ しかし,会社は,担務変更について期間雇用社員向けの掲示をしただけで,実際に働きかけの対象になったのは分会員だけであった。
予め人選の基準を決めることなく,会社は,個別面談や担務選択の文書回答を分会員に対してだけ求めたのであり(団地作業所から配転された1名の非組合員には求められていない),当初から分会員を狙い撃ちにしていたことは明らかであった。
かりに,分会員が余剰であったとしても分会員だけに雇止めの圧力のもとに 執拗に個別面談を求め,担務を選択する文書の提出を強要することは許されない。
(6)労働組合ないし被解雇者との協議
ア 本件判決は,会社が労働協約についての「誤解に基づき」団体交渉に応じなかつたことは非難されてしかるべきであるが,組合及び分会の交渉の求めに対し,支店長等管理職が窓口などを通じて対処していることや説明を行つたことから,組合及び分会が請求していた団体交渉は実施されていないとしても,代替的な交渉の場は設定されていたと評価できるから,手続の相当性も一応は認められると判示した。
イ 会社が労働協約を「誤解」していたという認定に本件判決の姿勢が顕著に表れている。
組合や分会は窓口交渉を求めたわけではなく,団体交渉の求めに対して,会 社が窓口交渉にしか応じなかったにすぎない。また,会社は分会長のNさんと支店管理職が連絡を取り合ったことをもって「窓口交渉」と称しているだけで,交渉の実体は全くなかったし,協議はおろか分会員に対する説明もなされたとはいえない。
以上のとおり,本件判決は,事実認定がずさんな上に整理解雇の要件の解釈適用についてきわめて緩やかな立場に立っており,本件判決によれば有期雇用労働者の整理解雇は事実上何の制約もなく行えることになってしまう。Nさんは直ちに大阪高裁に控訴した。(弁護団は,山西,桑原,増田(正)です)
このページのトップへ2013年7月6日,神戸酒心館において,第51回総会が開催され,「改革という名の雇用破壊-安倍政権における労働法制の行方」と題して,武井寛甲南大学教授に記念講演をしていただいた。以下に武井先生のお話を紹介する。
金融緩和・財政出動・成長戦略を三本の矢として掲げ,成長戦略の一つとして「雇用制度改革」を打ち出している。まもなく参議院選挙であるが,一ノ矢(金融緩和),二ノ矢(財政出動)の失態が明らかにならないうちに自民党が大勝すれば,一気に「雇用改革」が進むのではないかと危惧する。
「円滑な労働移動」ための「雇用の多様性・柔軟性」である。「多様性」とはジョブ型正社員を増加させ,雇用ルールを定めることを言い,「柔軟性」とは労働時間法制の弾力化を言う。その上で「円滑な労働移動」のために雇用終了のあり方,有料職業紹介・労働者派遣制度の見直し,職業教育訓練の整備強化等が挙げられている。しかも,ジョブ型正社員の雇用ルールを整備して平成26年度には周知を図ること,労働時間法制の見直し(企画型裁量労働制,フレックスタイム制等)は平成25年秋に労働政策審議会で検討を開始すること,有料職業紹介事業の改革については平成26年度早期に結論を出すこと,労働者派遣制度の見直しについては平成25年秋に労働政策審議会で検討を開始すること等,重要な改革がこの1年間に矢継ぎ早に検討,実施が予定されている。
ジョブ型正社員(職務や勤務場所などが雇用契約で特定されている期間の定めなき労働者)については契約で職務や勤務場所を特定すること自体は契約関係を明確にするという意味で問題とはいえないが,今回の提案は使用者側の「解雇規制緩和」の意図が見え隠れしている点で問題が大きい。
規制改革会議の答申では,労使双方が納得する雇用終了のあり方を検討するというだけで,解雇規制の緩和については明確に触れていない。しかし,経団連は,特定の勤務地ないし職種が消滅すれば契約が終了する旨を労働協約,就業規則,個別契約で定めた場合は当該勤務地ないし職種が消滅した事実をもって契約を終了しても解雇権濫用法理がそのままあたらないことを法定すべきであるとして,明確にジョブ型正社員については解雇規制を緩和することを主張している。
産業競争力会議の委員の発言などからもジョブ型正社員の雇用ルールの整備という主張の背後には職務がなくなれば容易に解雇できるという解雇規制の緩和の意図が読み取れる。
しかし,ジョブ型正社員と対比される正社員が「無限定」と言われ,使用者の意のままに配転や時間外労働を命じられているのは,わが国の労働法による規制が弱いことと,そのような「無限定」の処遇を判例が追認してきたからであって,正社員の処遇が「無限定」であることを当然の前提とする議論の仕方は誤っているし,非正規労働者の現状をどう改革するのかの議論が全くなされていない点も大いに問題である。
厚労省の資料によれば,変形労働時間制の適用されている労働者は全体の40.6%,これにフレックスタイムや裁量労働制が適用されている労働者を含めると全体の56.9%を占め,過半数を占めるに至っているという。
ジョブ型正社員の雇用ルールの整備との関係では,たとえば,深夜を所定労働時間とするジョブ型正社員に対しては深夜労働時間規制を撤廃することにして,深夜割増賃金の支払を不要とすることなどが検討されているようである。
フレックスタイムについては清算期間を長期化して残業を発生させないようにすることが検討されている。
また,答申には明記していないが,ホワイトカラーエグゼンプションの導入も議論が再開される見通しである。
有料職業紹介法制については求職者からの手数料徴収が検討されているが,そもそも求職者からの手数料徴収についてはわが国も批准しているILO181号条約が原則的に禁止している。にもかかわらず,委員の中には世界の最先端の規制のあり方を検討しようというときにILOの条約を持ち出すのは不相当であるとILOを無視するような意見が出ているという。
労働者派遣制度の見直しでは,派遣法の根幹にある「常用代替の防止」という考え方を放棄して,「派遣労働の乱用防止」にすげ替えることや派遣期間の規制を「業務」から「人」単位に代える(労働者を交替させれば無制限に派遣労働者を使うことができる)ことなど,労働者派遣制度のあり方を根本的に変えてしまうことが検討されている。
産業競争力会議の竹中平蔵委員は,慶応大学総合政策学部教授として同会議の委員に選任され,規制改革の中で最も重要な改革は雇用に関する労働市場に関する改革であり,「労働市場には健全な競争がない」,とか「日本の正社員は世界で最も守られている」と現状を批判するが,竹中自身が派遣会社大手のパソナグループの取締役会長であり,自分の経営する企業利益を優先する発言をしているにすぎないし,そもそも労働市場における競争を制限して労働者の保護を図るという労働法の理念を無視している。
「雇用制度改革」には,労働者間に無用な競争を持ち込み,労働者が分断され,反目し合い,ますます労働者の分断が進む(団結の基盤が損なわれる)という悪循環(「雇用のバルカン化」)をもたらす危険が高く,秋以降の闘いが非常に重要になる。
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