本件の一審原告の松本博さんは,昭和27年から平成4年まで,神戸港で石綿荷役作業に従事し,平成9年に肺癌の手術を受けました。松本さんは,主治医から肺癌の原因は煙草だと説明されており,石綿が原因の肺癌などとは考えもしませんでした。
平成18年7月,松本さんは同病院の呼吸器内科の医師に勧められて,健康管理手帳を取得しました。この時点ではじめて,松本さんは自身の肺癌の原因が石綿ではないかと考えるようになりました。そして,平成19年に尼崎アスベスト訴訟弁護団に相談し,労災補償給付の申請をするに至りました。
松本さんは,手術以後も定期的に同病院に通院しており,医師から治癒の説明を特に受けていませんでした。ところが,平成22年6月24日に,今回問題となる障害補償給付を請求したところ,肺癌の手術日から5年で肺癌は治癒し,その後5年が経過した時点(平成19年9月)で時効が成立したとして不支給決定がされました。そのため,弁護団はこの不支給処分の取り消しを求めて,訴訟を提起しました。
本件の主な争点は,「治癒」の時期と障害補償給付請求権の消滅時効の起算点です(「治癒」の時期は割愛します)。障害補償給付請求権の時効は5年と規定されていますが,どの時点から5年か労災保険法には規定されていません。したがって,時効の起算点は民法166条1項に基づきますが,「権利を行使することができる時」の意義をどのように解するかが問題になります。
過去の最高裁判決はこの意義について,単に権利の行使について法律上の障害がないだけでなく,権利の性質上,その権利行使が現実に期待できることが必要であるとしています。
では,労災補償の障害補償給付請求権についてはどう考えるべきでしょうか。怪我であれば,怪我をした時点でそれが労働災害か否かすぐに判断が可能なので,時効にかかることはほぼないと思われます。しかし,石綿を原因とする疾患の場合,石綿ばく露から数十年経ってから発症するのが特徴的で,また肺癌の場合は煙草などの他原因もあることから,石綿ばく露が原因か否か(今後,業務起因性といいます。)非常にわかりにくいのが問題なのです。
そのような問題をふまえて,一審は,障害補償給付請求権については,通常一般人の立場で業務起因性の認識可能性があったときから,時効は進行するとしました。そして,平成9年当時の主治医が,松本さんの職歴を把握した上で,肺癌の原因について喫煙のみを指摘し,石綿の可能性について教示していない場合には,一般人を基準に考えても,自身の肺癌と石綿を結びつけることができなくてもやむを得ないとし,治癒から5年が経過した平成14年時点でも時効は完成しておらず,平成17年6月29日・30日のクボタショックの時点で業務起因性の認識可能性が生じたとし,平成22年6月時点では時効は完成していないとして原告を勝たせました。
ところが,第二審大阪高裁は,民法166条1項の解釈は第一審と同じ,通常一般人の立場で業務起因性の認識可能性があったときから時効は進行するとしながら,全く反対の結論を導き,松本さんは敗訴しました。確かに,高裁が認定したように神戸港では一部で石綿の健康被害に対する取り組みがありました。しかし,本当にそのような活動が浸透していたら,石綿被害がこれほど広がることも,労災補償が時効にかかることもありえず,国会が石綿救済法(遺族補償が時効にかかった場合に救済される)を制定する必要などありません。また,高裁は,当時の主治医の説明も肺癌の原因が喫煙だけだと考えていたわけではないなどと曲解し,松本さんは煙草を原因とする肺癌に多い扁平上皮癌だったという事実は一切無視するなど,恣意的な事実認定をしました。さらに,セカンドオピニオンやインターネットで自己の病気について詳細な情報を得ることが可能だったとまでいうのです。職歴まで知っている主治医が労災の可能性すら指摘しない状態で,業務起因性を疑ってわざわざセカンドオピニオンを求める人がいるでしょうか。高裁の判断は,恣意的だけでなく常識はずれです。
平成26年10月9日,松本さんは最高裁に上告受理申し立てをしました。最高裁で再度逆転勝訴すべく,弁護団は最後まであきらめずに戦います。
最後に,本紙面をお借りしてカンパのお願いがございます。現在,実費が赤字になっています。松本さんが最高裁であきらめずに最後まで戦えるようご支援いただきますようお願い申し上げます。
ご支援いただける場合には下記口座までお振込みください。
神戸信用金庫中央支店 普通434076 野上真由美
(振込人名の前に,「カンパ」と記入いただきますようお願い申し上げます)
このページのトップへ本年4月15日、増田正幸弁護士、吉田竜一弁護士とともに、ダイセル・セイフティ・システムズを被告として訴訟を提起しました。この事件は、当初派遣社員として被告において就労していた原告が、その後被告に直接雇用されて期間1年間の労働契約を締結し、以降、契約を5回更新してきたものの、5回目の労働契約の期間が満了した2014年3月31日をもって雇い止めされたため(以下、本件雇止めと言います。)、被告に対して、本件雇止めが無効であるとして、労働者としての地位確認及び賃金・賞与の支払い、慰謝料の支払いを求めて、訴訟を提起した事件です。
現在までに、ようやく4回の期日が開かれたところであり、まだ進行途中の事件でありますが、これまでの経過をご報告します。
原告の女性は中国出身で、中国語と日本語の通訳をすることができ、直接雇用された後は被告の中国人実習生関連業務に主に従事していました。原告は、被告によってその仕事ぶりを評価され、徐々に、総務等の仕事の割合も増えていき、被告の中国人実習生関連業務が終了した2012年以降も、従前とほぼ同様の条件で2度契約更新されてきました。しかし、部長が変わった2014年の更新の際に、急に賃金を大幅に下げた条件を提示され、そのことについて再考して欲しいとの申し入れをしていたところ、雇止めされたのです。言わば、賃金大幅切り下げに同意しないなら雇止め、というのを突きつけられたのです。
訴状では、①本件に労働契約法19条が適用され、雇止めに客観的合理性、社会的相当性が要求されること、②本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められず、無効であること等を主張しました。
これに対して、被告は、①本件は契約が更新されると期待するにつき合理的な理由がなく、労働契約法19条の適用や解雇権濫用法理が類推適用されるものではない、②仮に労働契約法19条の適用等があり得るとしても、本件契約の終了には正当な理由がある、との主張をしています。
上記のような被告の主張の根拠の主な点は、原・被告間の労働契約は、被告が実施していた中国人研修制度関連の特定(通訳等)された業務を行うことを目的とした、いわば時限的なものであって、同業務は2012年を最後に存在しなくなった、これまでは、中国人研修制度関連業務という特殊な業務であったため、原告を優遇した特別の条件で契約を締結していたが、当該業務が終了した以上、賃金引き下げを行うのは当然であり、原告がこれを受け入れなかった以上、労働契約が終了するに至ったのは合理性がある、という点にあります。
しかしながら、原告は、中国人研修制度関連業務が終了することが決定し、その業務が終了した後も契約を更新されてきたのであり、これを本年になって賃金大幅値下げに応じない場合に雇い止めするというのは、不当です。また、他の嘱託社員との処遇の違いもあり、不公平さを感じざるを得ません。
労働者を使い捨てにすることが許される社会であってはならないという思いで、今後もこの訴訟に取り組んで参りたいと思います。
このページのトップへ大阪・橋下市長は、府知事時代もあわせて、公務員攻撃・労働組合攻撃を繰り返し、これが世論とくにマスコミの喝采を浴びてきました。しかし、その実質は、品の悪い見世物であり、憲法違反・労組法違反という、違法行為のデパートであり、司法的判断が下されるたびに、その本質が明らかとなってきています。
今回、大阪地裁で違法と断じられたのは、庁舎内にある組合事務所の使用不許可処分です。
橋下市長は、2011年12月に市長に就任した直後から、組合事務所を本庁舎から退去させると公言し、2012年4月以降の組合事務所使用許可申請を不許可としました。大阪市職員の労働組合事務所は、市庁舎(公共施設)の中にあることから、組合事務所として使用を継続するためには、市当局の使用許可を得なければなりません。大阪市は、橋下市長の意向通り、その申請を不許可としたのです。
こうした大阪市の仕打ちに対して、大阪市労働組合連合会(市労連)などは市庁舎からいったん組合事務所を明け渡した上で、不当労働行為救済申立て、使用不許可処分取消等を求める訴訟を起こしました。また、大阪市役所労働組合(市労組)などは組合事務所の明け渡しを拒否して大阪市と訴訟で闘う方針をとりました。
この、組合事務所使用不許可問題について、本年9月10日、大阪地方裁判所は、組合側の主張をほぼ全面的に認める判決を言い渡しました。
大阪地裁は、組合事務所の使用許可は市庁舎の目的外使用に当たるから地方自治法238条の4第7項の許可が必要であるとした上で、許可・不許可が違法か否かについての判断基準を示しました。それによれば、許可するか否かは「原則として、施設管理者(=大阪市)の裁量に委ねられている」とし、その裁量権の行使については「その判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱・濫用として違法となる」ものです(最高裁H18.2.7民集60-2-401参照)。
この判断基準だけを見ると、組合事務所の使用許可は市長の自由裁量で組合側が勝利するためのハードルはきわめて高い。しかし、こうした高いハードルを設けたとしても、橋下市長の本件不許可処分は裁量権の逸脱・濫用があった、というのが大阪地裁の判断でした。
大阪市側は、不許可処分の主たる理由として、①行政事務スペースが新たに必要となった、②庁舎内における労働組合等の政治活動が行われるおそれを完全に払拭する点にあると主張していましたが、大阪地裁判決は、経緯を綿密に分析して①の理由は大きなものではなかったといい、②についても「労働組合員等の庁舎内での違法な政治活動と市庁舎内に組合事務所が存在することとの高い関連性を認めることはできないし、また、市庁舎内の組合事務所において政治活動が行われる蓋然性が高いともいい難い」と言って、大阪市側の主張に理由がないことを認定しました。
さらに進んで判決は、「(橋下市長は)労働組合等に対する便宜供与を一斉に廃止することにより、その活動に深刻な支障が生じ、ひいては職員の団結権等が侵害されていることを認識していたことは明らかであって、むしろ、これを侵害する意図をも有していたとみざるを得ない」と述べて、本件不許可処分の背景に、橋下市長の強固な不当労働行為意思があったことを喝破しています。こうして、判決は、大阪市の不許可処分が「社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものといえ、市長の裁量権を逸脱・濫用したもので、‥違法というべきである」と結論づけました。
判例上は市庁舎利用の不許可処分が違法と判断されるためには高いハードルが要請されるにもかかわらず、大阪地裁は裁量権の逸脱・濫用を認めました。それほど、橋下市長の違法性、すなわち公務員攻撃、労働組合攻撃は、憲法違反・労組法違反が顕著だったということになります。ところが、橋下市長は、今回の判決に懲りず、控訴して争う道を選択しました。その無法性は、やはり顕著と言えましょう。
しかし、翻って考えると、一昔前であれば、今回の橋下市長のような憲法違反・労組法違反の公務員攻撃・労働組合攻撃が引きおこされるような事態は滅多にありませんでした。ところが、橋下市長の登場を前後して、公務員攻撃・労働組合攻撃が拍手喝采を浴びながら市民権を得るような事態となってきたのも事実です。こうしたなかで、判決を勝ち取った大阪の組合の皆さんの苦労はいかほどのものでしょうか。
橋下市長を支持するようなマスコミ・市民に対して、憲法や法律の意義をきちんと伝え、訴訟になる前にこうした反憲法的な政治家の跳梁跋扈を予防しなければなりません。
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