《第557号あらまし》
 「泉南アスベスト国賠訴訟最高裁判決」報告
     最高裁が国の責任を断罪
 アベノミクスと労働法制の危機
 労働法連続講座 第1回(2014年11月6日)報告
     賃金


「泉南アスベスト国賠訴訟最高裁判決」報告
最高裁が国の責任を断罪


尼崎アスベスト訴訟弁護団事務局長 弁護士 八木 和也


1 最高裁での勝訴判決の言い渡し

平成26年10月9日、最高裁判所第一小法廷(白木勇裁判長)は、泉南アスベスト1陣訴訟及び2陣訴訟の上告審において、1陣訴訟、2陣訴訟とも国の責任を認める原告勝訴の判決を言い渡した。

アスベスト被害について国に責任があったか否かを最高裁が判断するのは初めてのことであり、最高裁が国の責任を明確に認めた意義は極めて大きいといえる。


2 争点

泉南アスベスト訴訟は、アスベスト工場で働く労働者らがアスベスト関連疾患(石綿肺、肺癌、中皮腫など)に罹患した(その結果死亡した)ことは、国の不作為に責任があるとして国を訴えた訴訟であるが、1陣高裁判決では国が規制権限を行使するか否かは国に広い裁量があるとして、責任をすべて否定したのに対し、2陣高裁判決では国は労働者の生命・健康を保護するため、規制権限を適時適切に行使しなければならないとして、国の不作為の責任を認めた。

そこで最高裁が、1陣・2陣の高裁判決を踏まえ、①国に責任があることを認めるか否か、②仮に国に責任があると認めるとしても、旧特則が制定され一応のアスベスト規制が整備された1971年以降についても、その内容の不備を理由として国の責任を認めるのか否かについて注目された。


3 最高裁判決

最高裁は、まず①の点については、「労働大臣は、昭和33年5月26日には、旧労基法に基づく省令制定権限を行使して、罰則をもって石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けるべきであったのであり、旧特化則が制定された昭和46年4月28日まで、労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったことは、旧労基法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法である」と判断して、国の責任を明確に認めた。

他方、上記②の点については、「昭和49年9月30日以降、石綿の抑制濃度の規制値を昭和50年告示で5本/ccとし、産業衛生学会の勧告値である2本/ccとしなかったこと」、および、③「昭和47年9月30日以降、石綿工場における粉じん対策としては補助的手段に過ぎない防じんマスクの使用に関し、・・・事業者に対して労働者に防じんマスクを使用される義務及びその使用を徹底させるための石綿関連疾患に対応する安全教育実施を義務付けなかったこと」は、いずれも、著しく合理性を欠くとまでは認めらないとして、国の責任を否定した。

つまり最高裁は、国の不作為が違法とされる時期は、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの約13年間のみとし、不作為の内容も、局所排気装置設置義務違反についてのみであって、濃度規制やマスク着用義務づけに関しては、違法ではないと判断したのである。


4 本最高裁判決の意義と問題点

まず最高裁が、司法の最終判断としてアスベスト被害について国の責任があることを明確に認めた意義は極めて大きい。平成18年3月に制定された石綿「救済」法においても、国の責任はないことが前提となっており(だから「補償」ではなく「救済」)、本最高裁判決によって、現在の国の救済制度を根本的に見直す契機となり得る。

第2に、最高裁は、産業発展ではなく、労働者の生命・健康を優先することを明確にしたことである。泉南1陣高裁判決は、国が厳格に規制をすれば産業発展が阻害されるとして国による広い裁量を認めたが、最高裁は、憲法の原則に則り、国民の生命・健康こそが至高の価値であり、生命・健康被害を防止するために迅速かつ適切な規制権限を行使する義務があることを明確に認めた。この点は、一部の大企業のみが繁栄し、社会的弱者が踏みつけにされる今の社会においては、特に大きな意義を持つものと考える。

しかしながら、上述のとおり、最高裁は国の責任範囲を限定的に捉えており、本最高裁判決によって救済されるアスベスト被害者は全体のほんの一部にとどまってしまっている。我が国のアスベスト使用は1970年代前半に一度ピークを迎え、そのあと1980年代後半から1990年代にかけてもう一度ピークを迎えるなど、大量使用は(国の責任が否定された)昭和46年以降も継続されており、しかも今後発生しつづけることが予想されるアスベストの潜在的被害者の多くは、昭和46年以降に曝露した被害者が大半であると思われる。

したがって、本最高裁判決は大きな課題も残したものとなっており、アスベストの闘いは今後も続けていかなければならない。皆様のご支援のほど、引き続きお願いしたい次第である。


カンパ御礼
弁護士 野上 真由美

前号で報告しました港湾労働者の行政訴訟の件で,カンパのお願いをしておりましたが,温かいご支援をいただきました。
ご支援くださった方にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
このご支援を励みに,最高裁での闘いに勝ちたいと思いますので,今後とも応援よろしくお願い申し上げます。

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アベノミクスと労働法制の危機

弁護士 増田 正幸


1 はじめに

(1) 1995年に日経連の「新時代の『日本的経営』」が公表されて以降,総人件費を節約するために,規制緩和により労働力の「弾力化」「流動化」が進められた。その結果,正規労働者が減少する一方非正規労働者が増大し,雇用労働者の4割に達しようとしている。新卒者の就職内定率の低下し,若年者の非正規雇用の割合が大きくなっている。

正社員には年俸制・成果主義が導入され,労働時間と賃金の対応関係がどんどん希薄になっている。統計資料では,全労働者の平均を取るので,年間の実労働時間は確かにこの20年間,減少傾向にあるが,それは非正規労働者が増加しているからであって,正社員については長時間労働が蔓延している。過労死認定ラインといわれる時間外労働が約80時間以上に及ぶ)労働者が9%前後おり,しかも男性の働き盛りの30歳代ではその割合が20%前後にも達している。サービス残業を加えると,実労働時間は統計数値よりもはるかに多くなる。

(2) 2012年末,内閣総理大臣に返り咲いた安倍首相は,就任直後の2013年1月28日,第183回通常国会における所信表明演説で,「世界で一番企業が活動しやすい国を目指す」と述べ,さらに,2014年1月22日のダボス会議では,「『既得権益の岩盤を打ち破るドリルの刃になる』と宣言したが,その既得権益の筆頭に労働法の規制が挙げられ,その緩和策が次々と打ち出されている。

以下に,今後予定されている労働法制の改悪について整理する。


2 労働者派遣法「改正」

(1) 2013年12月招集の第186通常国会に労働者派遣法の「改正」案が提出された。この「改正」案の問題点については,民法協ニュース第551号でも紹介している。

1985年に制定された労働者派遣法は当初,13業務に限定されていた。しかし,相次いで対象業務が拡大され,いまや全業種に及んでいる。しかし,派遣法の大原則である常用代替防止原則はかろうじてこれまで維持されてきた。

すなわち,これまで専門26業務以外の業務(いわゆる「自由化業務」)については派遣先の派遣受入可能期間は原則1年,最長3年(過半数労働組合等の意見聴取が必要)とされ(法40条の2),同一の組織単位の業務については3年以上の派遣の受け入れは禁止されていたのである。

ところが,改正案は専門26業務による区分を廃止し,業務単位での派遣受け入れ期間制限を撤廃してしまい,派遣先が同一の派遣労働者を同一の組織単位の業務に使用できる期間は3年を上限とするものの,有期雇用の派遣の場合,派遣先が3年ごとには過半数労働組合等からの意見聴取を行い,3年ごとに派遣労働者を入れ替えることにより,無期限で同一の業務に派遣労働者を受け入れることができるようになる。このように派遣の受け入れ期間の制限を事実上撤廃し,正社員から派遣労働者への置き換えを推進するもので,常用代替防止原則を完全に骨抜きにするものである。

(2) 他方,改正案では派遣労働者の「均等待遇」は実現されず,派遣労働者と派遣先労働者との格差を改善するための実効性のある措置は全くとられていない。

また,有期雇用派遣については派遣元に雇用安定措置をとることを求めているが,派遣元の努力義務に止まり,何らの私法的効力を有さず,雇用安定措置としての実効性がない。

例外的に,同一の組織単位の業務に3年間従事する見込みのある有期雇用派遣労働者については派遣元に雇用安定措置の(努力義務ではなく)法的義務を課してはいるが,これが公法上の義務に止まるものであり私法上の効果が発生しないとすれば,やはり法違反に対する救済にはならない。

(3) このような労働者派遣法「改正」が実現すれば,派遣労働が固定化し,その結果,労働条件が更に劣化していくおそれがある。  既に日本の雇用社会において約4割を占める非正規労働者をますます増大させ,正規雇用と非正規雇用の格差の拡大は避けられない。

派遣法の改正法案に対しては,当然のことながら,労働界の広範な反対運動が起こり,法案の条文にミスがあるという不手際も手伝って,第186通常国会(2014年6月20日閉会)では審議に入らないまま廃案となった。

そして,2014年9月29日に招集された第187臨時国会には条文を手直しした上で同じ内容の派遣法改正法案が提出された。  2014年11月に自民,公明の与党は強行採決も辞さずという構えを示していたが,強い反対運動を無視できず,衆議院の解散目前に改正を断念し,再び派遣法改正法案は廃案に追い込まれた。

しかしながら,「二度あることは三度ある」。2015年の通常国会に再度上程されることは必至であり,引き続き反対の声を上げる必要がある。


3 有期雇用の無期転換ルールの緩和

(1) 2012年労働契約法改正で新設された18条が2013年4月に施行され,有期雇用が5年を超えて更新される場合には当該労働者に無期雇用への転換を申し込む権利が付与された。ただし,実際に適用されるようになるのは,最短でも,2018年4月1日以降のことである。

(2) ところが,2013年12月には,議員立法により,研究開発力強化法改正が行われ,大学,研究機関及びその共同研究者である民間労働者については,無期転換ルールが適用されるのは,5年ではなく10年経過後であることが定められた。これは,有期雇用の研究者,大学教員にとって事実上無期転換権を奪うものである。

(3) 2013年12月には,国家戦略特別区域法はその付則2条で労働契約法18条の無期転換ルールの例外を認める立法を義務づけた。たとえば,東京オリンピック(2020年)の準備のような一定の期間内に終了すると見込まれる事業の業務(高度の専門的な知識,技術又は経験を必要とするものに限る)に就く有期雇用労働者(その年収が常時雇用される一般の労働者と比較して高い水準となることが見込まれる者に限る)については無期転換権を認める必要はなく,無期転換のための通算契約期間(5年)を延長すべきであるというのである。

(4) そこで,第186通常国会には,「有期雇用特措法案」が提出された。同法案は,「高収入かつ高度な専門的知識,技術又は経験を有する」者については無期転換ルールの適用を最長10年まで延長できるというもので無期転換ルールの特例を認めるものであるが,上記研究開発力強化法改正とは異なり,その適用対象となる「高収入かつ高度な専門的知識,技術又は経験を有する」者の意義が広範かつ不明確である点で大きな問題があるだけでなく,「高収入かつ高度な専門的知識,技術又は経験を有する」者に該当するか否かの基準を法律で定めることなく,行政機関が定める指針と認定により決めることとされている点でも非常に問題である。労契法18条で労働者に認められた無期転換権を法律ではなく,行政機関が定めた基準により制限できるとすることは立法の仕方として異例といえるからである。

もともと,労契法18条で無期雇用契約化する期間の5年が長すぎるという批判が強いにもかかわらず,実際に適用が開始されていない労契法18条にこのような重大な例外を設けること自体が許されるものではない。

(5) 有期雇用特別措置法案も第186通常国会では衆議院では可決されたものの参議院の審議に入らないまま継続審議となった。

(6) そして,2014年9月29日に招集された第187臨時国会には,さっそく,労働者派遣法改正案とともに有期雇用特別措置法案が上程された。

有期雇用特別措置法案は参議院では可決されたが,衆議院の解散を前に衆議院での審議入りが断念されて廃案になった。

しかし,有期雇用特別措置法は国家戦略特区法附則で立法化が義務づけられているので,2015年通常国会には必ず再上程される。


4「労働時間ではなく,『成果』に応じて報酬を支払う新しい労働時間制度」

(1) 経営者は,売上げにかかる経費はできるだけ売上げに応じて増減する流動費とし,固定費化を防ぎたいと考え,成果主義賃金の導入もその一つの方法である。

労働時間規制(1日8時間,週40時間,週休1日など)の範囲内では,賃金を成果に応じて定めることに対する法律上の制限は最低賃金法の規制のみであるから,労働時間規制をはずすことができれば,売上げに応じて賃金コストを増減することが容易になる。そのために何とか労働時間と賃金の対応関係を切断する(労働時間規制をはずす)ことを財界は切望している。

(2) 2007年第1次安倍政権の時代に,「残業代0法案」として世論の強い反対に遭い,葬り去られたホワイトカラーエグゼンプションは記憶に新しいが,安倍政権は,性懲りもなく,この労働時間規制の「エグゼンプション(適用除外)」の導入の執念を燃やしている。

(3) 現在構想されているのは,①職務が明確であること,②高い能力を有する労働者であること,③少なくとも年収1000万円以上である労働者を対象に,深夜業も含めた労働時間規制の完全適用除外とすることであり,2015年にも労働基準法の「改正」が予定されている。

(4) このような制度が導入されれば,成果が上がるまで際限のない長時間労働が強いられることになり,わが国で働く労働者の命と健康を脅かすことになる。2014年6月に成立した過労死等防止対策推進法」の趣旨を踏みにじる「過労死促進法」の制定である。

政府案が対象とする年収1000万円以上の労働者は,全労働者の3.6%であるという。これに対して,榊原経団連会長は早くも「全労働者の10%は適用されるような制度を」と述べており,2014年7月7日に行われた労働政策審議会では早くも中小企業への適用を可能とするため,年収要件を引き下げるべきであるという意見が出されている。

日本経団連の2006年の提言では,労使委員会決議により年収400万円以上の労働者も適用対象とすべきであるとされていたから,適用要件の緩和により労働時間規制が骨抜きにされてしまう危険は大きい。

どんなに高額な賃金を払ったとしても,労働者の命と健康を犠牲にすることなど許されることではない。


5 限定正社員(ジョブ型正社員)

(1) 限定正社員とは職種・勤務地・労働時間のいずれかが限定された正社員(期間の定めなき労働者)をいう。

「無期への転換を望んでいるが,無限定な働き方は望まない非正社員等の受け皿」として構想され,雇用形態,契約内容について就業規則等において予め雇用管理区分を行い,その管理区分に従い人事管理を行うものとされている。

(2) しかしながら,現実には,10人以上の企業で働く常用労働者の3割は事実上の職種・勤務地限定であり,約7割は転勤を予定していないという。  採用時に勤務地や職務について明示の合意がない場合も多く,現実の勤務を通して勤務地や職務が特定されている場合が多いし,その場合に勤務地や職務の変更をするには契約内容の変更として当該労働者の承諾を得ている場合が多い。

(3) すなわち,正社員の多くが「無限定正社員」であるかのようにいうのは誤りであるし,正社員が「無限定」(配転,時間外労働)と言われるのは,判例法理がそれを追認してきた結果にすぎない。したがって,「限定正社員」という区分を設ける必要性がよくわからない。

むしろ,勤務地が限定されている,職務が限定されているから,その勤務地の就労場所がなくなれば(工場移転の場合など),あるいは,担当業務がなくなれば(業務統合による管理部門一括により事務系人員を削減する場合など),当該労働者を容易に解雇できるという誤った理解が普及される危険がある。また,職務が限定されているからという理由だけで賃金が低く据え置かれる危険がある。

要は,低賃金で雇用でき,職務がなくなれば容易に解雇できる労働者を作って,不況時・経営方針転換時に「余剰」労働力を抱え込むリスクを軽減しようとするだけのことのように思われる。

(4) また,事実上家庭責任を負わされている女性労働者の多くが限定正社員にされることが予想されるが,これが性差別の新たな形態となるおそれがある。

(5) 他方で,いったん「無限定正社員」となると,解雇がしにくく賃金が(「限定正社員」に比較して)高い代わりに,無限定な配置転換(勤務地,職種)が命じられ,無限定な残業が命じられてしまう危険性がある。


6 解雇の金銭解決制度

解雇が無効であった場合に労働者の意思に反しても使用者の意思により労働契約関係を解消できる解雇の金銭解決制度の導入も検討されている。

この制度は「金で解雇を買う制度」であり,この様な制度が導入されれば,解雇権濫用法理を立法化した労働契約法の解雇規制の空洞化をもたらすことは目に見えている。

現実の労働審判,裁判の手続において,金銭解決の調停・和解の例は珍しくないが,これは労働者が金銭解決に同意をしているケースであり,解雇の金銭解決制度の導入の理由とはならない。しかも,労働者にとって,金銭解決している事例の解決水準は決して高いとは思えない。

解雇無効についてのわが国の法的救済は,戦前からの判例の積重ねにより,判例法理として解雇無効⇒地位確認⇒原職復帰であり,解雇の自由化を招くような制度の導入は決して許されてはならない。


追伸

本文を作成しているときは有期雇用特別措置法案も廃案になる見通しでしたが,11月18日,自民・公明は解散を目前にして急遽,衆院厚生労働委員会で強行採決し,19日の本会議で可決成立をさせる見込みです。解散を表明後,与野党の対決法案を強行採決するというのは暴挙というほかありませんが,安倍内閣の労働法制改悪への並々ならぬ意思の現れとして,来年はこれ以上の改悪を許さないためにさらに闘いを強化する必要があります。

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労働法連続講座 第1回(2014年11月6日)報告
賃金


弁護士 萩田 満


1 連続講座の趣旨


今年度は、3回に分けて賃金・労働時間を巡る問題・紛争について連続講座を行います。労働時間と賃金は労働者の生活と密接不可分な、基本的な労働条件です。労働立法の動向を踏まえ、どういった問題点があるのか、基礎的なところから学習していく予定としています。

今回は、第1回目の「賃金」を説明しました。


2 賃金とは何か?

賃金とは、「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」(労働基準法11条)とされています。

人に依頼する典型的な契約類型としては、委任、請負、雇用(労働)の3つがありますが、それぞれ「対価」という観点から考えてみましょう。委任契約は、法律上は無償が原則です。請負契約(建築工事など)は、請負人の報酬は、成果(仕事の完成)に対する対価です。仕事が完成しなければ報酬請求権が発生しません。それに対して、賃金は「労働の対償」となっています。したがって、雇用契約と請負契約の本質的な違いを考えてみれば、完全な「成果主義賃金」とすることは許されないことになります。成果主義賃金拡大の企てに対しては、この雇用契約の本質の基づく反論が必要になります。

賃金は、名称の如何を問わないので、一時金、賞与、退職金も賃金に含まれますが、それを請求するためには就業規則なり雇用契約なりの規定が必要とされます。


3 賃金体系の歴史と賃金の決定方式

賃金体系をどうするかは、労使の重大な関心事項です。労働組合の運動を背景に戦後の混乱時期に生活給補償としての「年功賃金」が達成されましたが、その後、1970年代後半以降、経営側の巻き返しにより、能力主義的運用→成果主義的運用というように変遷し、総賃金抑制と個別賃金化が進展しています。その底流には、雇用の不安定化(非正規雇用)が背景にあることも見なければなりません。

では、個別の場面において、賃金はどうやって決まるのでしょうか? まず、最終的には、労使の合意(労働契約)によって決まるというのが労働契約法の建前です。「労使の合意」という意味は、重大な2つの意味を持っています。1つは、使用者が一方的に引き下げることは原則として許されないということです。このことは、労働契約法9条「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」にも明記されています。もう1つの意味は、合意といっても、実際には労使対等ではないから、対等な合意というのはあり得ないということです。それをカバーするのが労働法の世界です。労使が対等に交渉できるように労働三権(団結権、団体交渉権、争議権)が保障され、法律によって最低賃金制度が定められ、各種の賃金支払確保の制度を整えようとしています。

もっとも、具体的な賃金交渉についていえば、日本では、企業内賃金体系・企業別労働組合を前提として、賃金交渉が行われるため、団体の力によって解決する力は十分には発揮できません。そうした弱点を克服するために考案されたのが「春闘」であり、ナショナルセンターが産業別交渉とストの日程を調整した上で、各単産の指導によって傘下の企業別組合が同一時期に集中して行う方法によって、1970年代までの賃上げ率10%台を確保してきましたが、最近は労働組合の組織率の低下なども相まって賃上げ率は概して低い。


4 最低賃金制度

最低賃金法は、労使の賃金交渉には限界があるため、最低賃金を定めて、賃金のセーフティーネットを設けることとしています。最低賃金法も、労使の力関係の推移を背景に、2007年改正を境に大きく変わりました。以前は、最低賃金審議会の調査審議に基づいて定める方法だけでなく、労働協約に基づく地域最低賃金の定めなどもありましたが、労働組合が最低賃金を定めるほど地域の多数を確保することができないために労働協約に基づく定めは利用されることはなく、結局は、最低賃金審議会の調査審議によって決まっていました。また、かつては、地域別最低賃金、産業別最低賃金の定めがありましたが、基本となるものは地域別最低賃金でした。そうしたことから、2007年改正によって、労働協約に基づく地域最低賃金の定めはなくなり、産業別最低賃金も特別最低賃金という形に整理されることになりました。

仮に労働組合が地域または産別で大組織を持っていたのであれば、最低賃金によるセーフティーネットはより強力に作用したのではないかと思います。


5 賃金支払い確保の諸原則・制度など

さらに、労働者保護のために、賃金の支払い確保のための諸原則が定められています。具体的には、通貨払いの原則(現物給与禁止)、直接払いの原則、全額払いの原則・使用者による相殺の禁止です。

また、実際に支払ってもらうために、罰則、労基署による監督によって間接的に支払を使用者に強制すること、法律上の先取特権や倒産時の優先支払等が定められています。

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