《第570号あらまし》
 ストレスチェック制度はじまる~労働者は有効活用を
 労働法連続講座 第2回
     「労働者の地位に関する紛争」
 労働法連続講座 第3回
     「労働組合の活動」


ストレスチェック制度はじまる~労働者は有効活用を

弁護士 萩田  満


1 ストレスチェック制度とは

12月1日からストレスチェック制度がはじまりました。これは、労働者の心理的負担感の程度を判定してメンタルヘルス改善に役立てるための仕組みです。

近年、仕事が原因でメンタルヘルスが不調となり、うつ病などの精神疾患に罹患する労働者が急増しており、対策が求められていました。そこで、労働安全衛生法が改正され、12月1日にこれが施行されました。

今後、使用者は労働者に対して年1回のストレスチェックを受けさせる義務があります(小規模事業者は努力義務。)。ただし、健康診断と違って、労働者には受診義務がありません。

ストレスチェックは、医師や保健師が実施機関となって質問票を用いた検査が行われます。厚労省推奨の57項目の質問事項からなる「職業性ストレス簡易調査票」はHPでも公開されています(別頁)。

実施されたストレスチェックの結果は労働者個人に通知されますが、これも健康診断とは異なって、労働者の同意がない限りは使用者には通知されません。

仮に高ストレスと評価された場合、労働者は必要に応じて産業医や保健師に相談し指導を受けることができます。また、労働者が申し出た場合には、使用者は産業医に依頼して面接指導をさせ意見を聴取したり就業上の措置を講じなければなりません。

こうしたストレスチェックを実施することで、労働者自らがメンタルヘルス対策に取り組むよう促すことができ、また、使用者に対して対策を講じるように求めることができるようになります。

それ以外に、使用者は、職場全体のストレスチェック結果を集計・分析して、その結果に基づいて適切な措置を講じる必要があります(労働者安全衛生法66条の10第10項)。


2 ストレスチェック使い方のポイント

労働者の観点から、ストレスチェックを検討する際には、以下の点に気をつける必要があります。

① 受検義務がないこと

メンタルヘルスの問題は労働者のプライバシーにも関わるので、それによって不利益な取扱を受けるおそれを排除するため、労働者はストレスチェックを受ける義務はなく、また、ストレスチェックの結果を使用者に伝えることは義務ではなく労働者個人の選択に任せられています。

労働者に義務が課されていないことは、健康診断との大きな違いです。使用者は健康診断と違って、ストレスチェックの結果を当然に知ることはできません。

② 実施環境の整備

ストレスチェックがせっかく実施されるのに、それが利用されなければ無意味です。労働者が安心してストレスチェックが受けられるような環境整備、たとえば、労働者の受検の有無がすぐに使用者に分からないような体制づくり、医師らに相談しやすい人的・物的設備を整えることは、労働組合などが要求として掲げるべき課題です。

③ 不利益取扱の禁止

労働者安全衛生法66条の10第3項は、労働者が面接指導を申し入れたことを理由として不利益取扱することを禁止しています。それ以外にも、厚労省が作成したガイドラインでは、ストレスチェックの受検を義務づけること、受検拒否者を懲戒したり配転すること、ストレスチェック結果を事業者に提供することに同意しない労働者を不利益に取り扱うこと、結果が思わしくなかった労働者を不利益に取り扱うことなどを禁止しています。

こうした不利益取扱がなされないよう、労働組合はきちんとチェックしていく必要があります。


3 ストレスを減らす職場を目指して

ストレスチェック制度ができたのは喜ばしいことですが、職場の実情はその程度のことで満足できるレベルではありません。

職場のストレス源としては、長時間・過重労働、パワハラなどがあります。雇用破壊が進む中で、職場環境はますます悪くなっているのではないでしょうか。ストレスチェックは、厚生労働省推薦もので57項目あり、ストレスの要因、自覚症状、職場のサポートなどの分類項目に分けることができます。したがって、ストレスチェック結果を集計・分析すれば、職場において何がストレス源となっているのか、また職場のサポートは十分なのかなど多角的に検討することができるはずです。使用者に要求して、または使用者と協議しながら、科学的分析に基づいて職場環境を改善する手法を獲得できたわけなので、労働者・労働組合としてはこれを積極的に活用するべきです。



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労働法連続講座 第2回
「労働者の地位に関する紛争」

弁護士 大田 悠記


1 平成27年11月12日、あすてっぷKOBEにおいて、労働法連続講座の第2回目「労働者の地位に関する紛争」の講義を行わせていただきました。第2回目の講座は、解雇をはじめとする雇用契約の終了に関わる部分を中心にしつつ、雇用契約の成立(採用)の問題や、人事(降格や配転・出向・転籍)の問題についてもお話させていただきました。


2 以下、講義の概要を簡単にご報告いたします。

(1)雇用契約の終了―解雇など

ア 労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定しています(解雇権濫用法理)。解雇権濫用法理は、正社員の長期雇用慣行、年功序列といった日本的な雇用システムの社会の中で、裁判例によって発展してきたものです。2003年に労働基準法により明文化され、2007年には労働契約法に規定されました。

解雇をするためには、①客観的に合理的な理由があり、かつ、②社会通念上相当でなければならず、これらを欠く場合、解雇は無効となります。客観的に合理的な理由(①)については、労働者の労働能力や適格性、規律違反などが問題となり、これが認められても、さらに、社会通念上相当(②)なものとして認められなければなりません。

解雇権濫用法理は、日本的な雇用システムの中で、簡単には解雇を認めないという考えのもと、裁判例の蓄積によって発展してきた労働者のための法理といえます。

イ 解雇によらない場合として、退職勧奨・退職強要の問題があります。使用者が労働者に対して、合意解約を申し込んだり、申込みの誘引をしたりするのが退職勧奨にあたり、社会通念上の限度を超えた勧奨は退職強要と呼ばれます。

しかし、労働者は、退職勧奨に応じる義務はなく、退職するか否かを自由に決めることができます。社会通念上相当でない手段・方法による退職勧奨は、退職強要として違法であり、損害賠償や差止めの対象になります。

他方、退職届を提出した場合、退職届は使用者の同意がなければ撤回できないため、退職の意思表示に瑕疵(錯誤、詐欺・強迫など)があったとして無効・取消しを争うことになると考えられます。

ウ 期間の定めのある労働契約の場合、雇止めの問題があります。雇止めとは、期間満了時に使用者が契約の更新を拒絶することをいいます。しかし、これまで何度も期間の更新がされていたのに突然雇止めされた、同僚は皆期間の更新がされたのに自分だけ雇止めがされたような場合などは、使用者の判断次第で労働者の地位が不安定になるおそれがあります。裁判例は、雇止めの場合にも解雇権濫用法理が類推適用される場合があると判断しています。すなわち、業務の客観的内容(臨時的・季節的でなく恒常的か)、当事者の主観的態様(使用者側の説明、期待の相当性)、更新の状況(更新回数、手続の杜撰さ、他の雇止め例の有無・程度)などの事情を勘案し、労働者が雇用の継続を期待することにつき合理性があると認められる場合などには、解雇権濫用法理が類推適用されるとしており、労働契約法19条に判例法理が明文化されました。

(2)雇用契約の成立―採用

ア 採用については、企業の経済活動の自由を根拠として、企業側に裁量が認められます。もっとも、そうであっても、内定・内々定の取消しや試用期間終了後の本採用拒否には権限行使の限界があり、内定時や試用期間前に知ることができず、また知ることが期待できない事実が後に判明し、これにより内定取消しや本採用拒否をすることが客観的に合理的と認められ、かつ、社会通念上相当と是認できるものでなければならないとされています。

イ 労働契約の締結に際しては、労働基準法上、使用者は、賃金・労働時間その他の労働条件を労働者に明示しなければならないとされています(15条1項)

(3)雇用契約の展開―人事

ア 人事考課(査定)制度が就業規則等を通じて労働契約の内容となっている場合、使用者に人事考課権があるとされています。この場合、原則として使用者に広い裁量があります。しかし、裁量権の濫用や所定の考課要素以外の要素に基づいて評価をするような場合は違法であり、損害賠償を請求し得ます。

イ 降格は、それが基本給の変更をもたらす場合には、労働契約上の地位の変更にあたるので、労働者の同意や就業規則上の合理的規定など労働契約上の根拠が必要となります。さらに、根拠がある場合であっても、降格処分が裁量権の濫用にあたる場合には、違法となります。

ウ 配転とは、職務内容や勤務場所の変更(転勤)をいいます。配転の多さは日本企業の人事管理の一つの大きな特徴です。配転命令が有効であるためには、①労働契約上の根拠があり、その範囲内であること、②法令違反等がないこと、③権利濫用でないこと(労働契約法3条5項)を要します。権利濫用(③)にあたるか否かは、配転の業務上の必要性と労働者の不利益の程度の比較衡量により判断されるところです。

エ 出向とは、元の企業との間で従業員としての地位を維持しながら、他の企業においてその指揮命令に従って就労することをいいます。出向命令が有効であるためには、配転と同様、①労働契約上の根拠があり、その範囲内であること、②法令違反等がないこと、③権利濫用でないこと(労働契約法14条)を要します。

他方、転籍とは、元の企業との労働契約関係を終了させ、新たに他の企業との労働契約関係に入ることをいいます。現在の労働契約が終了になる点が出向とは決定的に異なっており、これを行うには、労働者の個別の合意が必要とされます。ただし、会社分割の際の移籍では、同意が不要の場合もあります。

オ 休職とは、労働者に就労させることが適切でない場合に、労働契約を存続させつつ労働義務を一時消滅させることをいいます。休職は、就業規則に休職に関する規定がなければなりません。休職期間中の賃金は、就業規則に別段の定めがある場合や、会社側の都合による休職の場合でない限り、請求できません。

休職をめぐっては、休職期間満了時の解雇の可否が問題となります。これについては、休職期間満了時に従前の職務を支障なく行えるまでは回復していなくとも、相当期間内に治癒することが見込まれ、かつ、当人に適切なより軽い作業が現に存在するときには、使用者は労働者を病気が治癒するまでの間その業務に配置すべきであり、契約の自動終了という効果は発生しないとする裁判例があります。

また、復帰にあたり、従前の業務はできないものの、他の業務ならできる場合、労働者による他の業務の労務提供の申出が労働債務の本旨に従った履行の提供といえる限り、使用者が提供された労務を受領せず、現実に労働できなかったとしても、労働者は賃金を請求できるとする裁判例があります。

カ 最後に、懲戒処分については、けん責・戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などがありますが、このような処分を課すには、第一に、就業規則において懲戒の種別・事由が定められており、かつ、その規定が周知されるとともに、合理性がなければなりません。懲戒処分の特殊性として、形式的に懲戒事由に該当する行為があったときでも、実質的に企業の秩序を乱すおそれがない場合には、就業規則規程の趣旨に照らして、懲戒事由は存在しないと解釈されることがあります(就業規則規定の限定解釈)。また、懲戒処分は刑罰に類似するとの観点から、適正な手続を踏むこと(懲戒事由の告知と弁明の機会の付与)、一事不再理の原則(同一事由で繰り返し処分はしない)、遡及的制裁の禁止(新たに設けた懲戒規定をそれより前の事案に適用しない)が求められます。第二に、権利濫用など強行法規違反であってはなりません(労働契約法15条)。


3 以上が講義の概要です。自分の権利を守ることができるのは、誰よりもまず自分自身です。自身の職場のルールがどうなっているのかをあらかじめ知っておくに越したことはありません。まず出来ることとして、ご自身の職場の就業規則に一度目を通してみることをおすすめ致します。以上をもちまして、連続講座第2回目のご報告とさせていただきます。

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労働法連続講座 第3回
「労働組合の活動」

弁護士 桑原  至


10月下旬から11月末にかけて、「労働法連続講座」と題する労働者向けの学習会が実施された。労働法連続講座は3部構成で、第1回は労働契約の基礎について、第2回は労働者の地位をめぐる紛争について、第3回は労働組合の活動について、それぞれ弁護士が解説をするというものである。私は第3回の担当であった。

第3回の講義は11月26日18時半から、あすてっぷ神戸にて行われた。40名の会員の方が参加され、セミナー室はほぼ満員となった。

労働法連続講座には岩波新書の「労働法入門」がテキストとして事前に配布されていたものの、同書の労働組合に関する記述は非常に簡潔にまとまっているため、必ずしも労働組合の活動に関する基本的な知識を網羅できるような構成にはなっていない。そこで、講義の際には別途、基礎知識や事例等を盛り込んだレジュメを用意し、それをベースに解説を行った。一言で「労働組合の活動について」と言っても範囲は広大であり、とても90分の講義の中で全てを網羅できるものではない。それゆえ今回の講義内容は、最低限押さえておくべき基本的な知識に絞らざるを得なかった。

項目は大きく分けて、①労働組合の基礎知識、②組合活動、③不当労働行為からの救済手続。

①では「なぜ労働組合が必要か?」、「労働組合は法律でどのような保護を受けているのか?」というテーマを中心に解説した。使用者と対等に交渉するために団結して行動することの重要性を理解するとともに、今後の組合活動のモチベーションを高めていただくことがこの項目のテーマであった。

②では団体交渉、その成果である労働協約、団体交渉を有利にすすめる手段としての組合活動について、事例を紹介しながら解説した。特に団体交渉については時間を多めに割いた。団体交渉において、使用者の団交応諾義務や誠実団交義務は極めて重要であるにもかかわらず、使用者は往々にしてこれを軽視する。使用者の不当な団交拒否や不誠実交渉に屈することのないように、どのような場合に使用者の対応が不当労働行為になるか、それに対して組合はどのような行動を取るべきか、といった点を中心に話した。労働協約については、基本的な知識に加えて、36協定に代表されるいわゆる「労使協定」との違いについて解説した。後日、アンケートでは「労使協定と労働協約の違いが分かって良かった」といった感想が多く見られた。労使協定と労働協約の概念を混同して理解している方が少なくないということがよく分かった。

③では不当労働行為に関する基礎知識に加えて、労働委員会における不当労働行為救済制度の概要と裁判所による司法救済について、両者の相違点を交えて解説した。特に不当労働行為救済制度は使用者の組合に対する不当な弾圧への有効な対抗手段として極めて重要である。今後も積極的に活用していただきたい。

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