《第574号あらまし》
 2016年3月21日の京都建設アスベスト訴訟・京都地裁判決について
 どうなる?どうする公的年金?!
 退職金減額では十分な説明がなければならないとした最高裁判例


2016年3月21日の京都建設アスベスト訴訟・京都地裁判決について(兵庫尼崎アスベスト訴訟弁護団菊田大介弁護士の講演より)


3月21日、京都地裁において、建設現場の労働者などが国と建材メーカーを相手どった損害賠償裁判の判決が言い渡され、これまで東京、福岡、大阪地裁で言い渡された判決に引き続いて国の責任を認める(4連勝)とともに、さらに初めて建材メーカーの責任(企業責任)を認めるという画期的な勝利を得た。

建設アスベスト訴訟は、建設現場で働いていた者にとって画期的な意味を持ち今後の闘いの上でも参考になるので、この事件を解説した兵庫尼崎アスベスト訴訟弁護団の菊田弁護士の講演を簡潔に取りまとめた。兵庫県内でもアスベストに関する訴えはたくさんあり、同訴訟弁護団ではないもののその点について分析した菊田弁護士の講演は今後の闘いの上でも意義があるので、菊田弁護士の了承を得て事務局で編集した上で、今回掲載することにした。


弁護士 菊田大介


1 京都建設アスベスト訴訟の事案(概要)

被災者が、石綿関連疾患(石綿肺、肺がん、中皮腫)に罹患したのは、石綿含有建材から発生した石綿粉じんにばく露したことによるものとして、国に対しては、国が労働安全衛生法等に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるとして、国賠法1条に基づいて、被告企業らに対しては、石綿含有建材の製造、販売行為等が不法行為に当たるとして、民法719条前段又は後段の適用あるいは類推適用に基づき、損害賠償を求めた。


2 京都建設アスベスト訴訟・京都判決の概要(結論)

京都地裁は、国に対し、原告15名で総額1億0418万3331円の支払を命じ、被告企業らに対して、23名で総額1億1245万3331円の支払を命じた。

(判決の具体的理由)

(1) 国の責任~労働安全衛生法に基づく規制権限不行使の違法性

ア 医学的知見

医学的知見については、個別の疾患ごとに判断する。

昭和33年に、石綿肺について知見確立

昭和46年肺がんについて知見確立。

昭和47年中皮腫について知見確立。

(なお、石綿による肺がんを疫学的に証明したドール報告は、昭和30年、環境暴露の存在や、低濃度ばく露の存在についての報告であるワグナー論文は、昭和35年なので、判決が「知見が確立した」という時期はかなり遅くなっている。)

イ 違法性の判断枠組み

国の規制が、石綿粉じん曝露防止対策として、有効かつ十分であっても、その遵守を期待できず、あるいは現に遵守されない場合には、その原因や理由をふま  えた更なる規制が必要と言うべきであって、その規制権限不行使が違法と評価さ  れることもありうる。

→国が講じてきた対策は、現実的なものではなかった。

マスクの着用や、集じん機付きの電気工具の使用、建材自体に、危険性の表示を義務付ければ、結果回避は防止できたはず。

とすれば、作業場警告表示や、製品警告表示を義務付けるべきだった。

が、国は、これを怠った。

ウ 危険性を回避し得た時期

昭和46年以降、吹付については、危険性を回避し得た。

昭和48年吹き付け作業以外の屋内作業について、危険性を回避し得た。

平成13年屋外についての作業について、危険性を回避し得た。

エ 国の責任が認められる時期

したがって、

石綿吹付作業の労働者については、昭和47年10月1日以降

建設屋内での石綿切断等作業に従事する労働者については、昭和49年1月1日から

屋外での石綿切断等作業に従事する労働者については、平成14年1月1日以降責任が認められるとした。

オ アスベストと疾病発症との因果関係

肺がんについては10年中皮腫については1年、びまん性胸膜肥厚については、3年のばく露期間で、アスベスト発症の因果関係を認める。

(2) 企業の責任について

ア 判断枠組み

最新の学問に基づいて、危険を予見し、被害発生を防止するために、必要かつ相当な対策を適時かつ適切に講ずる義務がある。

イ 予見可能性

国と同時期に、予見し得た。(責任が認められた9社はリーディング企業。そのような企業は、国と同じ調査能力はあるし認識はしていてしかるべき)

ウ 警告表示義務の違反

吹き付け工との関係では、昭和47年から

建設屋内での石綿含有建材については、昭和49年から

屋外での石綿含有建材については、平成14年から義務違反があるといえる。

エ 企業らの共同不法行為

企業らが製造し、警告表示なく流通させた石綿含有建材は、市場を通じて必然的に建設現場に到達し、そこで働く建設作業従業者に石綿粉じん曝露と石綿関連疾患発症という危険を招来するから、流通においた行為自体が、加害行為に当たる。(積極的な行為ではなく、危険なものを流通に流したこと自体を不法行為としている。)

各被告企業が流通においた行為は競合関係が認められる。(ライバルであって、グルになっているわけでなくても、立場として共同しあって、不法行為をしたとした。踏み込んだ判断。)

概ね10%のシェアを有する建材メーカーが販売した建材であれば、建設作業従事者が、1年に1回程度は、当該建材を使用する建設現場で建設作業に従事した確立が高い。

これらからすれば、主要建材企業の石綿建材が、それ以外の石綿建材からの石綿建材と相まって石綿関連疾患を発症させたといえ、原則として、被告企業は責任を負う。

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どうなる?どうする公的年金?!
=私たちは裁判に訴えました 年金削減は憲法違反!=

全日本年金者組合兵庫県本部副委員長 和田 邦夫


1 全国41都道府県・4049人が原告に

昨年(2015年)11月13日、年金者組合兵庫県本部は、県下各地から募った原告90人が、「年金削減は憲法違反」と減額決定の取消し(「取消訴訟」)を求め、神戸地方裁判所に訴えました。この裁判は、1%減額の現時点での不支給分の支払いを求める「給付訴訟」(行政不服審査請求をしなくても提訴できる)も含めると、全国41都道府県・4049人の原告で闘われています。

国の社会保障改革(悪)は、とどまるところを知らないほどすすめられています。どんな保険制度でも、何かの時に適切な保障が受けられるという「信頼」によって成り立っています。そして、日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と、国の責任を明らかにしています。

私たち年金者組合は、1989年の創設以来、世界100カ国以上で何らかの最低保障年金制度がつくられているのに、世界第3位の「経済大国」にこの制度がないのはおかしい、我が国にもはやく保険料掛け金によらない「最低保障年金制度」をつくろうと運動をすすめてきました。

2012年11月、当時の民主党政権は解散さわぎのどさくさの中で、年金を2013年・14年・15年の三年間で、2.5%を引き下げる法律を成立させました。これは、2004年小泉政権の時に、少子高齢化に対応して、保険料の段階的引き上げと「マクロ経済スライド」による給付の削減が決められていましたが、この「マクロ経済スライド」をはやく発動させたいねらいも持っていました。年金は高齢者にとって、唯一の収入源・生活の糧です。マクロ経済スライドは、今後30年間にわたって毎年ほぼ1%ずつ年金給付を引き下げていこうとする方式で、例えば現在35歳の現役労働者が、65歳になって年金を受給しようとした時には、現在65歳の方が受給している金額の3分の2程度しか受給できなくなります。

「若い人も、高齢者も安心して高齢期を生きることができる、そんな年金制度を一日でも早く」との願いをもって、全国の高齢者が署名運動だけではなく、直接、国・政府と渡り合って、我が国の社会保障制度、とりわけ年金制度についてあるべき姿を明らかにし、実現したいと裁判を起こしました。


2 訴訟にいたる経過

2012年11月に成立した法律は、1999年から2001年の物価が下がった時、高齢者の生活と地域経済への影響などを考えて、年金額を下げなかったことで、「もらい過ぎ=特例水準」になっており、その「特例水準を解消」するため、2013年10月に1%、2014年4月に1%、2015年4月に0.5%を引き下げると言うものです。その最初の年2013年10月の1%引下げに対して、この決定に不服だと「行政不服審査請求」を行いました。社会保険審査官宛の請求、社会保険審査会宛の再審査請求とも「却下する」という裁決がおりました。裁決書には「請求人が不服の理由として主張するところのものは、結局のところ、本件法令に対する不満を述べるものであって、原処分の違法性又は不当性を主張するものと解することができないから」「却下」と言うものでした。ならば「不当性又は違法性」をしっかり主張しようと裁判に踏み切りました。「なお、保険者(厚生労働大臣)が行った処分の取消し又は当審査会が行った取消しの訴えは、行政事件訴訟法第14条の規定により、本裁決のあったことを知った日から6箇月以内に、国を被告とし(訴訟において国を代表する者は法務大臣となります。)、お住まいの地域の地方裁判所に提起することができます。」との教示がありました。

具体的には、私の場合、2013年4月に受けた通知では年間820,200円でしたが、2013年10月の通知では年間811,800円に、8,400円減額されました。この減額処分を不服とし、決定の取消しを求める裁判です。私は昨年12月に75歳になり後期高齢者の仲間入りをしました。老齢基礎厚生年金を満額で受けとったのは2006年4月からで年金額は年間826,000円でしたが、2016年の年金額は、813,500円です。実際に受けとる2ヶ月分では、2006年4月の138,083円に対して、直近(2016年2月)は124,183円です。13,900円も減額されており、実にマイナス10.1%です。これは介護保険料の引上げとその特別徴収による天引きの結果です。きわめて低額の年金、年金者組合が提唱する「最低保障年金月額8万円の保障」があれば、なんとか生活できるのですが・・・。


3 裁判で何を争うのか(訴状から)

裁判は佐伯雄三弁護士を主任に、小牧英夫、松山秀樹、白子雅人、小沢秀造、今村貞志の各弁護士6名の方々に、代理人を務めていただいています。訴状では、「特例水準の解消」を名目とする年金減額の決定が違法・無効であることを、以下の3点で明らかにしました。

① 特例水準の解消を定めた法律とそれを具体化した政令が、国連社会権規約に違反することを主張しました。日本は「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」を批准しています。他方日本国憲法第98条2項は、「日本国が締結した条約及び確立した国際法規は、これを誠実に遵守する」と定めています。

社会権条約と憲法の関係は、人権を保障する上で共通するところが多く、「自己及びその家族のために十分な食料、衣類及び住居を内容とする十分な生活の水準についての権利並びに生活水準の不断の改善についての権利」として、憲法第25条よりも具体的に規定しています。そして社会権規約は、「社会保障は原則として後退させてはならない」ことを定めています。社会権規約委員会は、「社会保障への予算配分の大幅な削減が、・・・

経済的及び社会的権利の享受に否定的に影響していることに懸念を持って」いると述べ、「後退的措置は最大限の利用可能な資源を完全活用した状況のみで講じられる」よう日本政府に要請しています。加えて「締約国における、特に無年金または低年金の高齢者の間での貧困の発生に懸念を表明する」とさえ言っています。すでに社会権規約委員会は2001年に、日本政府に対して「委員会は、締約国が最低年金を公的年金制度に導入すること」を勧告していますし、2006年には「年金に関する国連の勧告は優先して実施されるべき・・・日本のような経済大国が実施できない理由はない」とさえ答えています。

今回の年金減額の改定は、制度を後退させてはならないとする社会権規約に違反することを主張しました。

② 第2点は憲法第25条、第13条、第29条などからの主張です。国民年金法がその第1条で「国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項に規定される理念に基づき、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な生活の維持及び向上に寄与することを目的とする」と定めています。

現在の基礎年金は40年間全期間加入し保険料を納めても、月額6万5千円程度に過ぎず、生活保護の基準にもみたないのが現実です。それもこの間、物価の下落に応じて減額改定されてきました。そして「特例水準の解消」は、物価が上昇する時に解消するものとされていました(2004年の改正)。法律で一度定められた年金の受給(財産権)の内容が、事後の法律(2012年の改正)で、合理的な理由なしに改悪すれば、憲法第29条に違反することは明らかで、さらに、第13条(個人の尊重・幸福追求権)にも違反することを主張しました。

特にこの間の物価の下落は、パソコンや家電製品などの価格の下落が中心で、高齢者の生活に必要な商品の価格動向を反映したものではありません。逆に、医療保険や介護保険料の引き上げや窓口負担の増加などで、可処分所得は減る一方でした。

③ そして第3点は、政府の「裁量権の逸脱」を主張しました。2013年の「政令」を改正したときは、すでに翌年4月から消費税が5%から8%に引上げられることが決まっていました。加えてアベノミクスによる意図的な株高・円安政策で、生活必需品や公共料  金が高騰していました。

このような状況のもとでの年金減額が、高齢者・年金生活者の生活に大きなマイナス影響を与えることは明らかで、年金財源についても内部留保をどんどん積み増している大企業などに応分の負担を求める方策などは、全く検討されていませんでした。「政令」の決定は、こうした状況を全く顧みない「裁量権の逸脱」だと主張しています。


4 若い世代・現役労働者と高齢者がスクラムくんで

私たち年金者組合は、他の高齢者とともに、2013年から2014年にかけては、12万6500人が行政不服審査請求に取り組みました。社会保険審査会から届いた再審査請求の「裁決書」は「却下する」と言うものでした。2015年には総理大臣・財務大臣宛の約30万人を集めた個人請願署名で世論をつくり、他方マスコミも「老後破産の現実」「老人漂流社会」や週刊誌などの特集記事などで、高齢者問題を取り上げました。こうした中で、年金削減の「違法性・不当性」をしっかり主張しようと、今回の裁判に踏み切りました。

審理はいつから始まるか未定です。と言うのは、「お住まいの地域の地方裁判所に提訴することができます」とあったので、神戸地方裁判所に訴えでたところ、被告・国は、高等裁判所のある地方裁判所で審理を行うよう「移送申立て」を行いました。大阪地方裁判所で審理するようにしたいと言うのです。神戸から大阪ならまだましですが、沖縄から福岡では、たまったものではありません。時間もカネも、そして身体も。

しかし北海道は札幌で、宮城は仙台でなど高等裁判所のある地方裁判所に訴えたところではすでに審理が始まり、被告・国から答弁書が出ているところもあります。憤りを禁じ得ない答弁です。生活保護受給者の約半分が高齢者ですが、「老後の生活は、年金だけでまかなわれるものではない」とか「年金額が低いのは、掛け金が少ないか、期間が短いから当然」とか「憲法25条があっても国の裁量権は大幅に認められる」など、言いたい放題です。非正規労働者が2000万人に近づき、年収200万円以下のワーキングプアが1100万人にも上る現在の労働環境の悪化は、だれがつくり出し、だれが後押ししたのか。

政府は、この間の年金改革で「制度の維持」を言い募ります。年金積立金の運用資産総額は、約 135兆円ですが、安全重視で「国内債券の運用」をしていたものから、アベノミクスに基づき「国内外の株式運用」にまわしました。今年に入っての株価下落で、約3兆円の積立金を失ったとも言われていますが、安倍首相は「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の利益が出ないなら、給付に耐える状況にない場合は、給付で調整するしかない」と将来の年金減額もありうると言いました。過去には「年金福祉事業団」が保養施設のグリーンピア事業に失敗して、約4000億円を失いましたが、その責任はだれもとっていません。失敗の責任を取らず、そのツケを給付削減で調整して「制度を維持」されても、実のない制度ではだれが信用するでしょうか。

繰り返しになりますが、「税・社会保障の一体改革」の年金分野の中身は、現在の年金受給者だけの問題ではありません。物価が上がった時に発動するマクロ経済スライドで、その調整率以下の物価上昇のときには、残った部分をその後の物価上昇で取り返す(キャリーオーバー制度)を導入し、物価上昇時であっても年金額を据え置こうとしています。この他、所得が一定以上の高齢者の年金を一部停止する、支給開始年齢をさらに引上げる、公的年金課税等控除を含めた年金課税の見直しなどが検討されています。

この裁判を支援する兵庫の会がつくられ、文字通り若い人も高齢者も一体となって、この国の社会保障のあり方、特に年金分野で、誰でもが安心して高齢期を暮らせる年金制度・最低保障年金を含む制度を創設させようと取り組みをすすめています。ぜひ、民法協会員の皆様にも、「支援する会」にご加入いただき、また、いま全労連・年金者組合が取り組んでいる「若い人も高齢者も安心できる年金を求める請願署名」にも取り組み、ご一緒に闘いをすすめていただくようお願いします。

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退職金減額では十分な説明がなければならないとした最高裁判例
(平成28年2月19日最高裁判例)

弁護士 清田 美夏


1 はじめに

平成28年2月19日、最高裁は、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更によりもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるとして、以下の事案において、労働者の退職金に関する労働条件の変更に関する同意について、同意書への署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由の存否につき審理を尽くすべきだとして、本件を原審に差し戻す旨判示した。

以下において、事案の概要及び判示内容について具体的に述べる。


2 事案の概要

(1)平成15年1月14日、A信用組合とB信用組合が合併した(B信用組合が存続)。この合併当時、A信用組合には退職給与規定(以下、「旧規定」という)が定められていた。

この合併に先立ち、平成14年12月、上告人らに対し、退職金一覧表を示した上で、合併後の職員の労働条件について、同意書が提示された。A信用組合の常務理事などは、これに同意しないと本件合併を実現することができないなどと告げて同意書への署名押印を求め、上告人(原告・控訴人)らは、同意書(合併合意書)に署名押印をした。同日、本件合併同意書と同一内容の労働協約書に、A信用組合執行委員長Cが署名押印した。

合併合意書及び労働協約書に掲げられた退職金計算においては、退職金の基礎給与額が、「退職時の本棒の月額」から「退職時の本棒額を2分の1減じた月額」に変更された。また、基礎給与額に乗じられる支給倍数について、上限が定められていなかったところ、上限を55.5とする旨変更された。さらに、企業年金保険の合併時解約により職員に還付される一時金を退職金総額から控除するものとされた。一方、旧規定において定められていた、退職金総額から厚生年金給付額(年金現価相当額又は一時金額)を控除する方法は従前通りとされた(以下、「本件基準変更」という。)。

本件基準変更により、新規定により支給される退職金額は、旧規定により支給される退職金額と比べて著しく低いものとなった。

(2)平成16年2月16日、B信用組合と3つの信用協同組合が合併し、被上告人(被告・被控訴人)が設立された。

この合併に先立ち、上告人を含む職員らは、「合併に伴う新労働条件の職員説明について(報告書)」の「新労働条件による就労に同意した者の氏名」欄に、それぞれ署名した。この文書においては、退職金計算にあたっての基礎額は「退職時の本棒額を2分の1減じた月額」のままであり、その他の支給にかかる基準が定められていた(以下「16年基準変更」という。)

(3)被上告人は、平成21年4月1日から、平成16年合併後の退職金制度を定める職員退職金規程を実施したが、上告人らのいずれについても、変更後による支給基準が適用された結果、支給される退職金額が0円となった。

(4)本件は、上記事実関係において、平成16年2月16日に設立された被上告人に対し、上告人らが、A信用組合の平成15年合併当時の退職給与規定(旧規定)における退職金の支給基準に基づき退職金の支払いを求めた事案である。

これに対し、被上告人は、退職金の支給基準は、個別の合意または労働協約の締結により、合併により定められた退職給与規定における退職金の支給基準に変更されたなど主張して争った。


3 最高裁判所の判断

(1)原審は、「管理職上告人らは、本件退職金一覧表の提示を受けて、本件合併後に被上告人に残った場合の当面の退職金額とその計算方法を具体的に知ったものであり、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたものということができる。したがって、管理職上告人らについては、合意による本件基準変更の効力が生じている」とした。また、平成16年基準変更についても、上告人らの意思に基づくものとして「合意による平成16年基準変更の効力が生じている」とした。

「本件労働協約の締結について」も、権限のある者が労働協約を締結したとして、上告人らのうち本件職員組合の組合員であった者については、本件労働協約の締結による変更の効力が生じている」とした。

(2)しかし、最高裁は、以下のように述べ、原審の上記判断はいずれも是認することができないとした。

ア 本件基準変更及び平成16年基準変更に係る合意について

(ア)「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。

もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。

そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。」

「本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、管理職上告人らが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、同人らに対し、旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず、自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、被上告人の従前からの職員に係る支給基準との関係でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があったというべきである。」

(イ)「しかしながら、原審は、管理職上告人らが本件退職金一覧表の提示により本件合併後の当面の退職金額とその計算方法を知り、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたことをもって、本件基準変更に対する同人らの同意があったとしており、その判断に当たり」、「本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等について十分に考慮せず、その結果、その署名押印に先立つ同人らへの情報提供等に関しても、職員説明会で本件基準変更後の退職金額の計算方法の説明がされたことや、普通退職であることを前提として退職金の引当金額を記載した本件退職金一覧表の提示があったことなどを認定したにとどまり」、「情報提供や説明がされたか否かについての十分な認定、考慮をしていない。」

イ 「また、平成16年基準変更に対する上告人らの同意の有無については」、原審は、前記のような観点から審理を尽くすことなく、直ちに上記署名をもって上告人らの同意があるものとしたのであるから、「その判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。」

ウ 本件基準変更に係る労働協約の締結について「本件労働協約は、本件職員組合の組合員に係る退職金の支給につき本件基準変更を定めたものであるところ、本件労働協約書に署名押印をした執行委員長の権限に関して、本件職員組合の規約には、同組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているにすぎず、上記規約をもって上記執行委員長に本件労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできないというべきである。そこで、上記執行委員長が本件労働協約を締結する権限を有していたというためには、本件職員組合の機関である大会又は執行委員会により上記の権限が付与されていたことが必要であると解されるが、原審は、このような権限の付与の有無について、何ら審理判断していない。したがって、上記の点について審理を尽くすことなく、上記規約の規定のみを理由に本件労働協約が権限を有しない者により締結されたものとはいえない。」


4 おわりに

本件は、賃金や退職金の不利益変更に関する労働者の同意について、事前に変更による不利益の内容が具体的に説明されており、労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが必要であると最高裁が初めて判断をした大変意義のある判決だと考えられます。

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