《第591号あらまし》
 西日本高速道路(NEXCO西日本)株式会社過労自死事件報告
 第3回 労働法制改悪反対連続学習会報告
     私たちの求める「働き方改革」

西日本高速道路(NEXCO西日本)株式会社過労自死事件報告

弁護士 渡部吉泰・弁護士 池田安寿奈


1 事件の概要

過労自殺したA氏は,平成13年4月,旧日本道路公団に入社し,その後平成17年10月民営化により設立された西日本高速道路株式会社で勤務した。平成26年10月1日付で同社九州支社から関西支社の第二神明道路事務所(神戸市)に異動し,高速道路の維持管理を業務とする改良課に配属された。ところが,異動後4ヶ月半後の平成27年2月16日に,同社社員寮の自室内にて自死した。享年34歳であった。


2 自死に至る経緯

配属後,A氏は,同課の主要な10業務中7業務を引き継いだが,いずれも彼にとっては未経験のものであった。同課には,課長,その下にA氏及び以前から勤務していた職員1名がいた。しかし,その職員の担当業務は,それまでと変更がなかった。つまり,転任したばかりのA氏が未経験の7業務を担当し,元々その部署にいた職員は3業務を担当するという不均衡な体制であった。

A氏の異動当時,2件の工事が既に動き出していて,着任直ぐのA氏は対応を余儀なくされ,直ちに多忙となった。そのために,A氏は,自身の歓迎会にも出席できない程であった。11月も多忙な状況は加速し,さらに,夜間巡回勤務のために徹夜・日勤の連続勤務が断続的にあった。また,12月5日に,舗装工事に関する入札会社がなかったため,急きょ舗装工事と高架橋下面補強工事を一体として行うことになり,この工事実施に関する業務で一層多忙となった。翌年の1月,2月もこの状態が続いた。


3 時間外労働時間

私たちが算出した時間外労働時間は,着任した10月が87時間31分,11月が136時間30分,12月が126時間44分,1月が78時間38分,2月が47時間37分となった。法定休日労働時間を合わせると,10月が127時間31分,11月が163時間38分,12月が144時間44分,1月が99時間13分,2月が65時間54分となった。

10月の実際の勤務開始が10月6日であり,2月は13日までしか働いていないことから,両月も時間外100時間労働のペースであった。11月の時間外労働時間は136時間の長時間で,そして,同月に夜間巡回勤務のために深夜・日勤続勤務があった。一例を挙げれば,11月3日(祝)~14日(金)は,12日間休むことなく連続で出勤し,しかも,その間に徹夜連続約36時間勤務,徹夜連続約23時間勤務が入り,それらの徹夜連続勤務の後も特に休みをとることもなく,通常の出勤が続いているという状況であり,非人間的な凄まじい労働実態であった。このように,着任後の4ヶ月半の間,超長時間労働が継続していた。


4 遺族の動きと会社の対応

A氏の自死後,本件会社は,在職中の社員が亡くなっているにもかかわらず,A氏の訃報を社内報に掲載せず,従業員らに知らせることもなく,遺族に対して弔意を表すこともなかった。このこと自体が,A氏の死の事実自体をなかったものとするに等しく,故人を著しく蔑ろにする行為であった。

遺族による必死の調査により,除々に過酷な労働実態が明らかとなった。遺族が労災申請を行ったのに対し,平成26年12月9日に労災認定された。他方,平成27年5月同労基署は同事務所に対し,11名の社員たちに対する未払い残業代を支払うよう指導した。これはサービス残業が蔓延していたことを示すものであった。

しかし,会社は,労基署による労災認定の後においてもなお,A氏の死が業務によるものであることを認めようとせず,A氏の長時間の残業を会社は認識していなかった,A氏の仕事量はこれほども残業を要するものではなかったとしたうえで,寧ろA氏の能力の問題であるかのような主張を展開していた。


5 刑事告訴等

母親は,過酷な労働実態を明らかにしたい,これを放置してきた責任者の責任を問うとの思いを持っていた。そこで,労働時間の確定のために,平成28年10月,実際の労働時間に応じた未払残業代の支払を求めて調停申立を行った。また,同年11月,労基法違反を根拠に労働基準監督署に告発し,続いて,三回忌の日にあたる本年2月16日,業務上過失致死罪で神戸地方検察庁に告訴した。また,母親の,A氏が自死した社員寮への想いと本件を契機に会社が再発防止を誓ってほしいとの願いを受けて,本年3月,慰霊碑及び記念碑の設置を求める調停を追加して申し立てた。


6 最後に

A氏の労働実態は,電通の過労自殺事案の労働時間を凌ぐものであり,正に過酷労働の果てに自死に追い込まれたという事件である。本件会社のような大会社において,未だに過酷な労働が放任されてきたのである。

阪神淡路大震災の被災経験から,インフラ整備の重要性を実感し,技術者を志したA氏は,その真面目さ,誠実さ,責任感の強ささから,最後まで業務を全うしようと苦み抜いたのである。しかし,いざA氏が亡くなってみれば,本件会社は,その死の全てを故人の責任として放置するのである。

この本件会社の姿勢は,総労働時間の短縮を求める社内通知によく表れている。本件会社においては,事業量が平成18年~26年で2,3倍に増加する一方で,社員数は減少し,社員の負担が増加する一方であったにもかかわらず,同通知には,「業務のタスクダイエット及び抜本的効率化と併せて,総労働時間の短縮に取り組むことにより,人員あるいは余力を生み出していく以外にこれを解決する道はない」とされるばかりであった。つまり,増加する業務に対し人員が不足している現状は度外視し,一人一人の業務の効率的処理という責任を,労働者個人に課すという姿勢であった。

こうした姿勢を根本的に改めさせるための有効な手立てはないのかという疑問が生じた。私たちは,母親の想いを受けて異例とも言うべき業務上過失致死罪の告訴に至った。しかし,過酷な労働実態,平成12年の電通最高裁判決以後の予見可能性に関する判例の積み重ね,また,刑事判例における予見可能性に関する判断の緩和傾向等からすると,本件のような事案で刑法上の予見可能性が認められるべきと考えた。他方,業過責任が問われることは,不当に緩められた残業時間の上限規制制度に対し問題提起になるのではないかと考えている。

(なお,労基法違反については,平成29年8月10日,神戸地方検察庁特別刑事部福居幸一検事により不起訴処分とされた。同不起訴処分は,受理から極めて短期間で不十分な捜査しかできず,結局,告訴人の言い分及び証拠を無視し,会社側の言い分のみを根拠に,労基法違反の認識がないとしたものであり,第二神明事務所における長時間労働が常態化した過酷な労働実態及びそのことを認識していた管理監督者或いは管理職を免責することになる,法秩序上許しがたい不当な不起訴と言わなければならない。検事が,刑事司法の分野において,このような後ろ向きな姿勢を示すことは,現在の日本における過労死問題の解決の機運を削ぐものであり,その責任の重大さを自覚すべきである。)


<平成29年2月16日 業務上過失致死罪告訴時に発表した,A氏母親のコメント抜粋>

NEXCO西日本の関西支社と第二神明道路事務所は,業務量に比して明らかに人手不足であり,彼に多大な業務量を課していたにもかかわらず,課内の業務分担を公平にする,あるいは担当社員を増員する,または工事の一部を延期・中止するなど,具体的で実効性のある方策を一切取らず,違法な長時間労働を放置していました。

責任は,”会社”という抽象的な組織だけにあるのではなく,社員の心と身体の健康に配慮し然るべき方策を取るべき管理責任のある社員一人一人にあると思います。

NEXCO西日本の真面目で志を持つ社員が,今後このような無策の犠牲になることなく誇りを以て納得できる仕事を遂行できるように,また人間らしい働き方をできるようにと強く願い,社員の心身の健康を守るという責務を怠り私の息子を死に至らしめた管理責任者一人一人を,私は敢えて刑事告訴いたします。

NEXCO西日本のみならず,働く者が仕事に誇りや喜びを持って人間らしく働ける社会であることを願ってやみません。

2017年2月16日―三回忌にあたりー

NEXCO西日本元社員 母

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第3回 労働法制改悪反対連続学習会報告
私たちの求める「働き方改革」

兵庫県医療労働組合連合会 書記長 門 泰之


西谷先生はまず,安倍首相が当初掲げていた「働き方改革」と2017年3月に示された「働き方改革実行計画」の変貌を指摘し,解説されました。

2016年の初めごろから首相は働き方改革を言い始めました。その目玉は,同一労働同一賃金と長時間労働の抑制でした。(どちらもヨーロッパではEU指令として実行されている“あたりまえ”のことで,先生がドイツに3年間在住して,実際に見聞されたことがらを紹介されました。しかし日本ではどちらも実現されておらず,日本の労働運動の歴史が短いことが,原因の一つであると指摘されました。)同一労働同一賃金では,女性や青年などの多様な働き方の選択を広げ,再チャレンジ可能な社会の実現をかかげ,首相は『非正規という言葉を,日本から一掃する!』とぶち上げました。また長時間労働の抑制では,仕事と家庭生活の両立や少子化の克服をかかげ,『2025年には,出生率1.8をめざす!』とぶち上げました。2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」では,長時間労働が女性のキャリア形成や男性の家庭参画を阻む要因であるとも指摘しています。

しかし実行計画で示された内容は,月100時間未満の残業を容認し,雇用形態による格差を温存し,手当(賞与を含む)や福利厚生の不合理な違いを是正するだけのものになってしまっています。このような結果になった原因として,①日本経済の総資本としての長期的な展望(=理性)がなく,個別資本の3年程度の損得が優先された(=生産性の向上)②労働組合が非力で,働き方改革実現会議には連合会長のみが参加し,形だけの関与となったことを挙げました。また実現会議での検討中に,電通の過労自死事件が社会的な大問題となり,労働時間問題が過労死予防を焦点とした議論にすり替わってしまったことも指摘されました。あわせて,マスコミ報道のあり方にも言及されました。

そもそもの問題として,日本の労働法制の中で,労働基準法とパート労働法の欠陥を指摘されました。労働基準法では,36条をはじめとした例外規定が根本的欠陥であると痛烈に指摘されました。すでに1997年の中労委の調査で平均6時間/日の残業実態が判明していたにもかかわらず,大臣告知でめやすを示すだけで,罰則も規定しませんでした。パート労働法では,8条で不合理な格差を認めないとしながら,9条では人材活用(配転,転勤の有無等)の違いがあれば格差を認めるものとなっており,二重構造となっています。また,36協定の特別条項問題では,労使共犯であり,本来は労働組合が締結を拒否すべきであることや,非正規の賃金問題では,正社員のみで組織する企業内組合が非正規労働者の要求を取り上げてこなかったことなど,日本の労働組合運動の責任を指摘されました。

「実行計画」では,随所で労使自治が強調されていますが,組織率や行動力,社会的影響力が低下し,労使自治が形骸化している現状で本当に機能するか,危惧があるとのことでした。今後は,現場の労働者による「下からの運動」を重視すべきであると助言されました。

最後に,高度プロフェッショナル制度導入や裁量労働制拡大などの労基法改正と労働契約法・パート労働法改正などがセットで次の臨時国会で上程されようとしている中,労働運動・市民運動は何をなすべきかについて,提案されました。まずは,インターバル規制を含む大臣告知基準での時間外規制や,人材活用の仕組みを考慮しない同一労働同一賃金の義務化など,まともな働き方改革のための対案を提案し,そのための法改正に全力を挙げること。これらの要求実現のためには,労働組合と市民団体が手を結び,市民連合として野党と共闘し,政局を動かすことや野党の発言力をアップさせることが大切であると述べられました。(労働組合が集会や署名に取り組むだけでは弱いとの指摘もありました。)参考例として,2007年6月の参院選で自民党が大敗し,ホワイトカラーエグゼンプションの導入を断念したことや,2016年の参院選で野党共闘の力により,11の一人区で野党議員が当選したことを挙げられました。

補足として,「働き方の未来2035」について,時間や場所にとらわれない働き方ではあっても自律ではなく,企業に縛られていることに変わりがないこと,「解雇の金銭解決」について,当面は労働者からの申し出に限られているが,将来的には労使双方からの申し出に拡大されるであろうことが,説明されました。

また質疑応答の中で,本日のポイントは「労働組合として政治をどう動かすか!」がテーマであると強調されました。

ヨーロッパの歴史と現状,日本の特殊性にふれた講演で,特に長時間労働(ひいては過労死)は労使共犯であるという指摘には,私たちの組合運動の弱点をズバり突かれ,反省しきりです。また改めて,経済闘争・政治闘争・思想闘争という労働運動の三大闘争の重要性を認識させられました。


 集会アピール
安倍「働き方改革」に反対し,労働者の団結と連帯で,人間らしく働く権利を勝ち取ろう!  
 
 安倍政権の経済政策であるアベノミクスは,企業の成長は雇用拡大や所得上昇につながり経済の好循環を生み出すとして,「世界で一番企業活動がしやすい国」づくりをめざしてきたが,4年半が過ぎても目標を達成するどころか,デフレからも脱却できずにいる。逆に,非正規雇用者は増加し続け,労働者の所得は減少し,長時間労働による未払い残業や過労死が社会問題となっている。
 
 アベノミクスの賞味期限切れに伴い,雇用の流動化による国民の貧困化を逆手に取り,GDP600兆円,希望出生率1.8,介護離職ゼロをめざし,「ニッポン1億総活躍プラン」を閣議決定。参議院選挙での圧勝を受け,「働き方改革」を通じた経済成長底上げ方針を打ち出した。しかし,経済成長底上げのための「働き方改革」は,急速に進む労働力不足に対して,女性,高齢者,外国人を総動員するための法整備であり,全労働者のジャストインタイム化である。
 
 「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会報告書には,「自律」「自由」「個」という言葉が踊る。これからは「自律し,個が生きる自由な働き方」に変えていく。だから「時間や空間に縛られない働き方」には労働時間という概念は必要ない。「ミッションやプロジェクトごとに会社を移動していく」のだから,正規・非正規の区別は必要ない。つまり,労働条件を柔軟に決定できる仕組みの導入し,個人事業主,請負を常態化させ,使用従属関係を否認するなど,これまでの「雇用契約」「労使関係」から「民法に基づく自由な契約」への転換を求めている。つまり,使用者による「働かせ方改革」なのだ。これは3月に決定された「働き方改革実行計画」にもそのまま反映されている。 私たちが求める「働き方改革」は,長時間労働や低賃金の是正であり,違法状態が放置される現状への規制強化だ。残業しなくても暮らせる賃金,ブラック企業の根絶,いますぐ最低賃金1000円や均等待遇の実現である。
 
 差別賃金制度や雇用不安などを煽りながら,職場では労働者間の競争や分断がすすめられている。しかし,労働者が幸せになるためには,団結・連帯しなければならない。 私たちは,「金持ちに課税を!」「貧困層や高齢者に分厚い福祉を!」「若者に良質な仕事を!」「子どもに無料の教育を!」「最低賃金の大幅引き上げと均等待遇の実現を!」「政治腐敗の根絶と官僚制の打破」求めて,全国の労働者とともに団結・連帯し,「働き方改革関連法案」を廃案に追い込もう。
  
2017年9月2日
労働法制改悪反対連続学習会参加者一同

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