《第594号あらまし》
 民法協実務研修会報告
     労働契約法第18条(有期労働契約の無期契約への転換)関係
     労働契約法20条-その論点と近時の判例
     高年法をめぐる諸問題
 連載:「働き方改革」法律案要綱批判
     (その2)-労働時間法制

民法協実務研修会報告
労働契約法第18条(有期労働契約の無期契約への転換)関係

弁護士 本上 博丈


1 労働契約法第4章「期間の定めのある労働 契約」(有期労働契約)の全体像

有期労働契約に関する法律規定としては,民法626条,628条,629条のほか,労基法14条に有期労働契約の契約期間は原則として3年までとする規制があり,労働契約法(以下,労契法)の2012年8月改正前は,労契法17条のみで,17条1項は契約期間中の解雇の禁止,2項は労働者を使用する目的に照らして,契約期間の必要以上の細切れをしないよう配慮する義務を定めていた。

2012年の労契法改正によって,労契法18条から20条までの3か条が追加された。18条は無期契約への転換,19条は有期労働契約の更新等による雇い止め制限法理の明文化,20条は無期契約と比べて有期契約であることによる不合理な労働条件の禁止を定めた。改正法の施行日は,19条は改正法公布日である2012年8月10日,18条及び2条は政令により2013年4月1日とされた。

18条の無期契約への転換は,同一の使用者との間で2回以上の有期契約の通算契約期間が5年超となることが主な要件なので,2013年4月1日の施行から5年超となるのは2018年4月以降ということで,来春以降,この無期転換をめぐる様々な事案が生じてくると思われる。


2 労契法第18条(無期契約への転換)

(1) 第1項関係
ア 概要と要件

これまで有期労働契約が反復更新され長期間にわたり雇用が継続されても,あくまでも有期労働契約であるとして,雇止めによる失職のリスクから免れることができなかった。失職のリスクをできるだけ小さくするために,有期労働契約者は使用者への事実上の隷属を強いられることが多かった。そこで,有期労働契約の濫用的な利用を抑制し,労働者の雇用の安定を図る趣旨で,第18条の無期契約への転換を認める規定が創設された。

無期契約への転換請求権を定めた18条1項は,

① 同一使用者との間の2回以上の有期契約の通算契約期間が5年超となったときに,

② 現在の有期契約期間の満了日までに,

③ 無期契約締結の申し込みをした場合に,無期契約に転換することとし,

④ 転換した無期契約の労働条件は,転換申込み当時の有期契約の労働条件と同一とする,と定めている。

附則2項により,通算契約期間は,2013年4月1日以後に初日が来る有期労働契約からカウントする。したがって,それ以前にいくら長期間,有期労働契約を何度も更新して働いていたとしても,それ以前の分は通算契約期間として全くカウントされない。

このように有期労働契約の通算契約期間が5年超になって無期契約への転換申込みをすると単純な雇止めはされなくなるが,賃金や勤務時間等の労働条件は変わらないから,無期転換しても正社員になれるわけではない。また18条2項は,空白期間が6か月以上ある時は空白期間前の契約期間は通算契約期間に参入しないとする,いわゆるクーリングオフ期間を定めている。

イ 注意点

① 「同一の使用者」はまず,事業場単位ではなく,契約主体単位なので,Y社の甲工場で6か月,乙工場で6か月,別々の有期労働契約であっても,通算される。また使用者が無期転換申込権の発生を免れる意図をもって,派遣形態や請負形態を偽装して,労働契約の当事者を形式的に他の使用者に切り替えた場合は,第18条1項の通算契約期間の計算上は「同一の使用者」との労働契約が継続していると解される。これが言える場合は,第18条2項のクーリングオフ期間の問題にならない。

② 無期契約への転換は自動的になるわけではなく,労働者が転換を申し込む必要がある(文書で申込み,コピーを残す)。転換申込みは,通算5年超となる契約期間の初日からその期間満了日までの間に行うものとされているので,転換申込み時点で通算5年超でなくてよい。但し,無期契約に転換するのは転換申込みをした時ではなく,有期労働契約の期間満了日の翌日である。

③ 最初に5年超となる契約期間中に転換権の行使をしなかった場合でも,クーリングオフ期間を満たさずに次の有期労働契約を締結したときは,次の契約期間中に改めて転換権の行使が可能になる。

④ 無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に,転換権の行使をしないことを契約更新の条件とするなど無期転換申込権を予め放棄させることは労契法18条の脱法で公序良俗違反なので,その放棄の意思表示部分は無効と解される。

⑤ 無期転換権を行使した労働者について,使用者がその(最後の)有期労働契約の期間満了時に雇用契約関係を終了させるためには,無期転換権行使によって既に無期労働契約が成立しているので,その無期労働契約を解約=解雇する必要があり,労契法16条の規制(解雇権濫用法理)を受ける。

⑥ 副作用=転換回避のための5年直前の雇い止めを防止する措置としては,第19条しかない。

(2) 第2項(クーリングオフ期間)関係

原則として空白期間が6か月以上ある時は,空白期間前の契約期間は通算契約期間に参入しないとするクーリングオフ期間を定めた規定である。非常に複雑なので,厚生労働省作成の労働契約法全体のリーフレット「労働契約法のあらまし」p36の図表で,その都度確認して下さい。

18条2項の空白期間によるクーリングは,国会審理の中で「例として,育児や介護といった労働者側の事情により離職をした後にそうした事情が解消して,過去の職務経験を生かすために同じ企業に復帰しようとするケース」や「生産の減少,繁忙期と閑散期というような事例など使用者側の事情により離職をした後,また仕事量が増えてきたとか生産量が増えてきたというようなことで,再び前と同じ仕事をしていた人に復帰してもらうような例」,つまり空白期間の実質的理由がある場合を想定されている。そもそも労契法改正の目的が有期契約労働者の雇用の安定にあり,新18条はその方策として無期転換制度を導入したことからすれば,クーリングの悪用による無期転換制度の脱法は許さない解釈をしていくべきである。

なおクーリングオフ期間の計算をする前に,「同一の使用者」の脱法事例でないかを必ずチェックして下さい。


3 (転換権発生を回避するために)付加された不更新特約の有効性

(1)本田技研工業事件・東京高判平成24年9月20日労経速2162-3

平成9年12月1日以降,概ね3か月以下の期間の雇用契約を更新して平成20年11月30日に至った。同年9月末,リーマンショック。期間契約社員を全員雇止めすることとして,11月28日に説明会。同日,12月1日から同月31日までの1か月間の有期雇用契約を締結したが,「同期間の満了をもって更新はしない」旨の特約付き。さらに12月18日,原告は期間満了により退職する旨の同日付け退職届を提出した。

判決は,「雇用契約締結時に,労働者が次回は更新されないことを真に理解して契約を締結した場合には,雇用継続に対する合理的期待を放棄したもので,不更新条項の効力を否定すべき理由はない」等とし,原告の請求を棄却した。

(2)東芝ライテック事件・横浜地判平成25年4月25日労判1075-14

3か月の有期労働契約により19年間継続雇用してきたが,リーマンショック。被告は事業所を閉鎖することとし,契約更新時に次回の更新を行わない旨を契約書に明記して,その満了時に雇止め。

判決は,「原告には更新の合理的期待は認められるが,期待の程度は高くなく,他方で被告には雇止めを正当化する客観的理由が認められるので,雇止めは有効。」とした。

(3)評価と対策

① リーマンショックという特殊状況での企業の対応に対する判断。

② 労働条件の不利益変更に対する労働者の同意の有効性について,「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断すべき」とした山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日からすれば,不更新特約の有効性を簡単に認めてよいのかという疑問がある。

③ ここ1,2年前以降に転換権発生を回避するために新たに不更新特約を加えた場合は,脱法目的であり,上記②の山梨県民信用組合事件最高裁判決からして,不更新特約部分は無効と解される余地はある。

④ いずれにしろ,不更新特約を含む有期雇用契約書に署名押印することは,その満了時に雇止め紛争を発生させることになる危険大なので,できるだけ「出勤して就労は続けるが,サインはしない」という「はぐらかす対応」をして引っ張るのが賢い。


4 労契法18条による無期契約への転換以外に無期契約の可能性が考えられる場合

(1)民法629条1項に基づく黙示の更新による無期契約化

途中までは有期労働契約書が交わされ,有期労働契約であることが明確であっても,途中から期間ごとの有期労働契約書が作成されなくなり,更新手続きが特にないまま期間に関係なく雇用関係が続いている場合には,民法629条1項に基づく黙示の更新によって無期契約になっている可能性がある。

したがって,有期労働契約書が期間ごとにきちんと作成されているか,契約書中の契約更新に関する条項がどのように定められているかを確認する必要がある。

(2)試用期間

特に新卒者を雇用する労働契約においては,期間の定めがなされていても,期間設定の目的が適格性評価という場合は,単なる有期労働契約ではなく,試用期間付き無期契約と解すべき場合がある(神戸弘陵学園事件・最判平成2年6月5日)。

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民法協実務研修会報告
労働契約法20条-その論点と近時の判例

弁護士 吉田 竜一

1 有期契約労働者の労働条件について、期間の定めがあることを理由に正社員と不合理な労働条件を定めることは労働契約法20条により禁止される。

20条は18条同様、2012年8月に公布され、翌2013年4月から施行されている規定であるが、①職務の内容、②人材活用の仕組み、③その他の事情に相違があれば、有期契約労働者と正社員との間の労働条件の相違は不合理な労働条件とはしていないので、同一労働同一賃金原則そのものを定めた規定ではない。

そして、一定の場合に労働条件の相違を許容する規定であるが故に、どのような場合に、どの程度の労働条件の相違が「不合理」なものとして違法と判断されることになるのかが問題となるのであるが、この点については、特に昨年から重要な判決が相次いで出されている。


2 まず、20条については、有期契約労働者とどのグループの労働者の労働条件を比較するのかという問題がある。

この点について、地下鉄売店で働く契約社員と正社員との間の労働条件の相違が問題となったメトロコマース事件の一審判決は、広く正社員労働者を比較の対象としたのであるが、人材活用の仕組みが異なることが明らかな幹部候補生正社員も含めて労働条件の比較を行うというのでは、20条により不合理と判断される労働条件はほとんどなくなる。

したがって、「比較対照されるべきは、職務の内容、職務内容と配置の変更範囲、その他の事情に照らして同様の労働条件とされるべき有期契約労働者と無期契約労働者」と考えるべきである(菅野和夫「労働法〔第11版補正版〕」)。

この点について、ハマキョウレックス事件の控訴審判決は、正社員の中からドライバーというグループを選び出し、正社員ドライバーと契約社員ドライバー間の比較対象を行っており、日本郵便(東京)事件の一審判決も、会社側の地域基幹職(管理候補職)と比較すべきとの主張を一蹴し、正社員の中から契約社員と労働条件の似ている新一般職を取り出して有期契約社員との比較を行っているところである。


3 また、定年後再雇用後の労働条件の切下げが20条に違反すると提訴した長澤運輸事件で、会社は、この場合の労働条件の切下げは定年となったことを理由とするもので、期間の定めを理由とするものではなく20条の適用はないと主張したが、この点については一審判決も控訴審判決も、定年後再雇用者は有期契約者となるのであるから、その労働条件の切下げは「期間の定め」を理由とするものであるとして、20条の適用は認めた。もっとも一審判決が定年後再雇用者の賃金が2割切り下げられていることを不合理であるとしたのに対し、控訴審判決は2割程度の切下げは広く社会に見られるところであるとして不合理ではないとした。しかし、この事案では、定年後再雇用の前後で職務内容に何ら変更はなかったようで、職務が質量とも軽減されていないのに2割賃金を切り下げることが広く社会で行われていると言えるのか多大な疑問がある。最高裁判決が待たれるところである。


4 さらに、20条違反の事件では、会社側は、各種手当は基本給などと一体となって一つの賃金体系を構成しているのであるから、不合理か否かは賃金全体で比較を行うべきで、賃金(手当)毎に比較すべきではないと主張するが、このような主張がとおれば、査定を通じて行う基本給に違いがあるのは不合理ではないとの考えが一般的であるから、基本給が大部分を占める賃金において、賃金全体での比較を行うとやはり不合理と判断される場合はほとんど考えられなくなる。

しかし、この点については、通達が、20条の不合理性の判断は「個々の労働条件ごとに判断される」ものであることを明言していることから、判決もこの通達を引用して、不合理性の判断を賃金(手当)毎に行っており、ハマキョウレックス事件の控訴審判決は、無事故手当、作業手当、給食手当および通勤手当の不支給を、また日本郵便(東京)事件の一審判決は、年末年始勤務手当、住居手当、夏期冬期休暇、病気休暇についての不支給を、それぞれ違法とした。


5 ところで、前述したとおり、労働契約法20条は、①職務の内容、②人材活用の仕組み、③その他の事情に相違があれば、労働条件の相違を「不合理なものではない」として許容する規定であるところ、この3つの要素の関係については、①職務の内容、②人材活用の仕組みが同一であれば、③その他の事情(合理的な労使慣行等)は、よっぽどのものでなければ労働条件の相違は「不合理」なものとなるという見解があり、妥当と考えられるところ、そのような見解を正面から採用した判例は見当たらない。むしろ、長澤運輸事件の控訴審判決は、①職務の内容、②人材活用の仕組みが同一でも、③その他の事情により「不合理」でなくなる場合があることを認めた判決といえるが、あまりに、その他の事情を広く認めると、やはり「不合理」と判断される場合がほとんどなくなってしまう点に注意を要する(特に、安倍内閣の検討している働き方改革は、その他の事情を広げることを画策している点は看過されるべきではない)。

尚、②の人材活用の仕組みは、厚労省のパートタイム法のパンフを見ると、転勤があるか→ある場合、転勤はどの範囲で行われるか→配置の転換があるか→ある場合、配置の転換はどの範囲で行われるかという手順を踏んで行われるとなっており、判決も有期契約社員に転勤はないが、正社員には転勤があるという場合、労働条件に相違があるのは当然との判断を行っているようである。


6 付言しておくと、通達も「通勤手当、食堂の利用、安全管理などについて労働条件を相違させることは、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して特段の理由がない限り合理的とは認められないと解される」と述べている。20条は、人材活用の仕組み等に相違があれば労働条件の相違も不合理なものではないとして許容する規定であるが、手当の中には、人材活用の仕組みに相違があっても、その相違如何にかかわらず、当然に有期契約社員にも支給されてしかるべき性質のものが存すると考えられる。


7 更に、労働契約法20条は、①職務内容、②人材活用の仕組み、③その他の事情に相違があれば労働条件の相違を「不合理」なものではないとして許容する規定であるが、この場合、どのような相違(格差)があっても「不合理」でないと考えるのは妥当ではない。許容される相違(格差)は、相違に見合ったものでなければならない。

したがって、20条違反となる場合には、上記3つの要素に全く相違が認められないにもかかわらず、労働条件に相違があることによって「不合理」と判断される場合と、上記3の要素のいずれかに一定の相違は認められるが、労働条件の相違(格差)が、そうした相違と不釣り合いなほどにかけ離れていることによって、その相違(格差)の一定の割合部分が「不合理」と判断される場合があることになる。

この理を認めたのが日本郵便(東京)事件の一審判決であり、判決は、20条違反となる労働条件には、「無期契約労働者と同一内容でないことをもって直ちに不合理であると認められる場合」と、「直ちに不合理とまでは認められないが、有期契約労働者に対して当該労働条件が全く付与されていないこと、又は付与はされているものの、給付の質及び料の差異の程度が大きいことによって不合理であると認められる労働条件」もあると判示した上で、有期契約社員と新一般職の社員には配置転換があるか否かに相違があるから、両者の人材活用の仕組みは同一ではないが、その相違が大きなものでないことから、年末年始勤務手当、住居手当について全く支給しないのは不合理だとして、年末年始勤務手当については新一般職正社員の8割、住居手当については新一般職正社員の6割相当額の不支給が違法であるとした。


8 以上のとおりであって、20条をめぐる裁判においては、労働者、労働組合、弁護団の奮闘により、ハマキョウレックス事件の控訴審判決、日本郵便(東京)事件の一審判決のように一部手当の不支給を違法と認めさせる判決も出てきた。特に、日本郵便(東京)事件判決において、人材活用の仕組み等に相違がある場合も、その相違が大きなものでないのに格差が著しければ、格差の一部が違法となるという判断を引き出しているのは画期的である。

もっとも、勝訴判決においても認められた判決は数十万円までに過ぎないところ、額が大きくならないのは、賞与(一時金)について、裁判所が長期雇用を前提とした正社員が高い賞与(一時金)をもらうのは当然と考え、その格差を「不合理」なものと判断しないためである。しかし、特に、過去の業績を重視して支給される賞与については、同じ仕事をして会社の業績アップに貢献してきた有期労働者に賞与(一時金)を支払わない、あるいは有期労働者と正社員間の賞与(一時金)に著しい格差があるのは不合理極まりない話である。

今後、賞与(一時金)についての裁判所の判断を改めさせるべく、一層の奮闘が要求されると考えられる。


《参考判例》

・長澤運輸事件一審・東京地裁平成28年5月13日判決(労働判例1135号11頁)

・長澤運輸事件の控訴審・東京高裁平成28年11月2日判決(労働判例1144号16頁)

・ハマキョウレックス(差戻審)事件・大津地裁彦根支部平成27年9月16日判決(労働判例 1135号59頁)

・ハマキョウレックス(差戻審)事件・大阪高裁平成27年7月26日判決(労働判例1143号5頁)

・メトロコマース事件・東京地裁平成29年3月23日判決(労働判例1154号5頁)

・日本郵便(東京)事件・東京地裁平成29年9月14日判決(労働判例1164号5頁)

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民法協実務研修会報告
高年法をめぐる諸問題

弁護士 増田 正幸

本年度の労働法連続講座で私が担当した判例の多くは高年齢者雇用安定法(高年法)に関するものであり,実務研修会でも高年法を担当したので,連続講座及び実務研修会で取り上げた高年法に関する問題点について解説する。


1 高年法による継続雇用制度

多くの企業では,定年到達によって当然に労働契約が終了(定年年齢到達をもって労働契約の期限〔終期〕を定めたもの)させる定年退職制度を採用している。

高年法8条は定年制の定めをする場合には60歳を下回ることを禁止している。ただし,定年制は無期契約労働者を対象とするものなので,有期労働契約の場合に契約更新の年齢上限を60歳より低く設定することは許される。

さらに,高年法は,厚生年金の支給開始年齢の引き上げにともない無年金・無収入となる高年齢者の発生を防止するために,65歳未満の定年の定めをしている事業主に次の3つの高年齢者雇用確保措置のいずれかを講じる義務(高年法9条1項)を課している。

① 定年を65歳まで引き上げる

② 継続雇用制度の導入する

③ 定年の定めを廃止する

実際には,大半の企業で,60歳の定年によりいったん退職させて,有期契約労働者として再雇用し,65歳まで有期労働契約を更新するという方法がとられている。その際,再雇用先は一定の要件を充たす子会社などグループ企業でもかまわないとされている。


2 継続雇用制度の対象者を限定できる仕組み(高年法9条2項)

高年法9条2項は,労使協定,就業規則などによって基準を設けて,再雇用する対象者選別することを認めたが,2013(平成25)年4月以降は,対象者を限定できる仕組みが廃止されているので,新たに選別基準を設けたり,すでに定めた選別基準を変更したりすることはできなくなった。ただし,2013(平成25)年3月までに労使協定によって継続雇用制度の対象者を限定する基準を設けている使用者は,老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢に到達した以降の者を対象に,平成37年4月1日まではその基準を引き続き利用できるという12年間の経過措置を認めている。すなわち,

・平成28年3月31日までは61歳以上の人に対して

・平成31年3月31日までは62歳以上の人に対して

・平成34年3月31日までは63歳以上の人に対して

・平成37年3月31日までは64歳以上の人に対して

選別基準が適用されることになる。


3 前記のとおり,高年法にもとづく継続雇用制度は,厚生年金の支給開始年齢の引き上げにともない無年金・無収入となる高年齢者の発生を防止するために希望者全員の雇用を義務づける措置であるから,一方で,その趣旨に適合する制度でなければならない。他方,使用者から見れば,企業の都合とは無関係に法律で希望者全員の雇用を義務づけられることから,大きな負担をもたらされることになる。そのため,再雇用の選別基準を設けたり,再雇用労働者の労働条件についても制度の趣旨を無にしない範囲で,使用者には合理的な範囲内での裁量が認められている。

それゆえ,定年後の就労形態をいわゆるワークシェアリングとし、再雇用者はそれぞれ週3日勤務で概ね2人で1人分の業務を担当する制度なども許されることになる。

また,再雇用の選別基準を定めていない場合でも,心身の故障のため業務に堪えられないと認められること,勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には継続雇用を拒否しうることとされている。


4 高年齢者の再雇用をめぐる典型的な争いは,第1に,選別基準にもとづいて再雇用を拒否された労働者が選別基準の内容や適用の仕方が争う場合,第2に,再雇用された労働者の労働条件と定年前の正社員との労働条件の格差を争う場合である。なお,第2については,主に労働契約法20条の解釈適用が問題となるので,労働契約法20条の解説に譲り,本稿では第1の場合を取り上げる。


5 津田電気計器事件(最判平成24年11月29日)

(1)労使協定にもとづき定めた選定基準により,在職中の勤務実態及び業務能力についての査定結果が0点以上を再雇用の要件とし,総点数が10点以上は労働時間を週40時間以内とし,総点数10点以下は労働時間を週30時間以内とすることにしていた。

Xは定年後,雇用の継続を要求したが,Y社はXに対する査定結果が0点に満たないとして雇用継続を拒否した。

(2)大阪地裁及び大阪高裁は認定事実をもとに自ら査定しY会社の査定が低すぎる(地裁は5点と評価し,高裁は1点と評価)と認定して,最高裁もその判断を支持して,本件再雇用拒否は客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないとして,雇用契約終了後も再雇用されたと同様の雇用関係が存続していると判示した。


6 トヨタ自動車事件(名古屋高判平成28年9月28日)

(1)Y社では労働組合との労使協定において,①所定の判断基準(健康状態や査定結果)の全てを充たすものに対しては,雇用期間は1年間,最長5年間まで雇用するが,②当該基準のいずれかを満たさない者はパートタイマーとして再雇用する旨が定められていた。

(2)Xは,大卒の事務職であったが,労使協定に定める判断基準を満たさないとして,Y社から1日4時間勤務,雇用期間1年(更新なし),主に清掃業務を内容とするパートとして再雇用する旨を提案されたがこれを拒否して,フルタイムの契約上の地位の確認を求めて訴訟を提起した。

(3)名古屋高裁は,定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについて,会社には一定の裁量があるとしても,提示した労働条件が,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという法の趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり,社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては,当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反すると判示した。

そして,Xのパートタイマーとしての年間の賃金と賞与の合計はXが主張する老齢厚生年金の報酬比例部分(148万7500円)の約85%で無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準とはいえないが,再雇用後の業務が「全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には,もはや継続雇用の実質を欠いており,むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから,従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り,そのような業務内容を提示することは許されず」,本件では実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないとして,120万円の損害賠償を命じた。

(4)この判決の再雇用後の賃金があまりに定額であったり,全く別個の職種を提示することは高年法の趣旨に反して無効になるという判断は非常に重要であり,労契法20条とともに現状の定年後再雇用制度の合理性を検討する上で役に立つと思う。


7 高年法9条1項違反の効果

(1)ところで,労使協定で定めた選別基準の要件を充たさないとして,再雇用を拒否されたり(津田電気計器事件),不当に低い労働条件を提示された(トヨタ自動車事件)ことについて,選別基準の内容や適用の仕方が違法と判断された場合,労働者は使用者との間に労働契約が成立していると主張できるのか,それとも損害賠償請求しかできないのか,については判例,学説に争いがある。

(2)高年法9条1項は使用者に対して雇用継続の措置をとることを義務づけているだけで,違反した場合の効果については,厚労大臣(公共職業安定所)の助言・指導・勧告や企業名の公表等しか定めておらず,私法上の効果については何の定めも置いていない。

(3)このように私法上の効果についての規定がないことを理由に,有力な学説や多くの判例は高年法の趣旨に反する継続雇用拒否事由や労働条件を規定した場合に当該規定・労働条件は高年法違反として無効となるという意味での私法的効果は肯定するものの,当該労働者と使用者との間に労働契約が成立しているという効果まで認めない。ただ,継続雇用されるという高年齢者の期待利益は法的保護に値するとして,期待権侵害の不法行為による損害賠償責任(民法709)を認めるにとどまっている。

(4)しかしながら,損害賠償を認めるだけでは高年齢者の生活の安定を図ることはできず,雇用生活と年金生活の空白期間が生じないようにするために65歳までの雇用確保措置を使用者に義務づけたという法改正の趣旨からは,高年法9条1項に違反する場合には労働者は使用者との間で雇用契約上の地位の確認を求めることができると解釈すべきだと思う。

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連載:「働き方改革」法律案要綱批判
(その2)-労働時間法制

弁護士 萩田 満


Ⅰ 長時間労働の是正

「働き方改革」の目玉の1つは、長時間労働の是正ですが、有益とはいいがたい内容となっています。

1 現在の労働時間の上限規制の限界

まず現在の労働時間規制を説明します。

(1)原則は残業禁止

現在労働時間は、1週間40時間、1日8時間、違反した場合は罰則あり、というのが原則です。

(2)例外は、36協定がある場合のみ

ところが、例外的に、労働基準法36条が、労使協定によって協定で定めた時間まで残業させることができるとしています。もともとの趣旨は、労使協定によって長時間労働の歯止めを期待したものと言われています。

(3)時間外労働の限度に関する基準(1998)

そして、労使協定がある場合の残業時間の目安を厚労省が定めており、原則1か月45時間、1年360時間となっています。目安なので、罰則はありません。

ところが、この目安についても特別条項付きの協定があれば、この制限を超えてよいとなっていて、例外の例外となっています。しかも残業の上限がありません。

(4)残業命令の正当化(日立製作所武蔵工場事件 最高裁判決 1991)

そして、36協定、就業規則があれば、その定める内容どおり残業する義務があり、残業命令に従わなければ解雇事由になる、というのが最高裁判所の立場です。

(5)結果

したがって、例外の例外であるはずの無制限の残業と、残業命令に従わないとクビになるという脅しによって、日本の労働現場は、青天井の残業が横行し、過労死・過労自殺(過労自死)の温床となっていました。

2 「働き方改革」による労働時間の上限規制の考え方

こうした労働時間法制の是正が求められている中での「働き方改革」は、次のような、改正方向を打ち出しました。

(1)残業規制の内容

労使協定ある場合の残業は、原則1か月45時間、1年360時間とし、違反した場合は罰則を適用することにします。

ただし、特別条項付きの協定があれば、この制限を超えてよい。このような例外の例外の場合でも、①~⑤の上限を設けることにします。

① 年間の時間外労働は月平均60時間(年720時間)以内

② 休日労働を含んで、2ヵ月ないし6ヵ月平均は80時間以内

③ 休日労働を含んで、単月は100時間未満

④ 月45時間を超える時間外労働は年半分を超えないこととする

⑤ 上の①と④には休日労働を含まない(つまり年の上限は960時間となる)

(2)インターバル規制11時間(ILO第161号勧告)

仕事と仕事の間(インターバル)は11時間空けるよう努力する(努力義務)。

(3)猶予事業・適用除外

以上の上限規制については、適用除外・適用猶予事業を設けています。過労死白書で指摘されるほどの危険業務である自動車運転業務も猶予事業になっています。

・研究開発業務

健康確保措置(医師の面接指導、代替休暇付与など)を前提に、適用除外

・建設事業

施行後5年間は適用猶予

ただし復旧・復興の場合は、②③は適用除外

・自動車運転業務

施行5年後に、年960時間(月平均80時間)以内の規制

・医師

施行5年後を目処に規制適用を検討する

このような内容の「働き方改革」が、長時間労働の規制になるのでしょうか。

過労死ラインは1か月80時間の残業といわれていますが、③休日労働を含んで単月は100時間未満、というのは過労死ラインを大きく超える基準です。

つまり、今回の「働き方改革」では、

・労使協定によって青天井にすることができた残業規制を、過労死水準を上回る程度の残業規制に改めた。

・例外の例外が原則になっている現行法制を追認しており、原則(1週40時間、1日8時間)を原則どおり適用することはしない。

という、腰砕けの改革内容となっています。有益とはほど遠い内容です。


Ⅱ 長時間労働是正と矛盾する「残業代ゼロ法案」の導入

1 残業代ゼロ法案の問題

それより問題は、残業代ゼロ制度です。

これは、高度プロフェッショナル制度導入と裁量労働制拡大の2種類の方法が提案されています。

(1) 高度プロフェッショナル労働制

① 制度概要

高度プロフェッショナル制度(特定高度専門業務・成果型労働制)は、残業代や休憩などの労働時間規制の適用が除外することによって残業代をゼロにする制度です。

高度プロフェッショナルとは「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるもの」を指します。漠然とした規定であり、具体的には厚生労働省令で定めることになっています。

また、高度プロフェッショナル制度には、年収1075万円以上の要件を課すことになっています。

② 問題点

高度プロフェッショナル(以前は、ホワイトカラー・エグゼンプションという呼称で法案が上程されていた。)に対しては、以前から残業代ゼロ・過労死助長と批判がありました。

それに配慮して、一定の健康確保措置(実際には健康診断だけでOK)をとることが決められました。しかし、この程度の配慮であれば、歯止めになるはずもない。結局は、残業代ゼロ・過労死助長の効果だけが発生します。

成果と労働時間との関係が定量的に把握しづらいホワイトカラー労働者では、いつでもこの高度プロフェッショナルにあたるおそれがあります。残業代ゼロが拡大して一人歩きすることは確実です。

なお、注意を要するのはマスコミ報道です。NHKや産経新聞など特定のマスコミでは、「働いた時間でなく成果で賃金を決める制度」など与党の言い分をそのまま垂れ流しています。しかし、要件からは、成果によって賃金を決まる制度でないことは明らかです。つまり、この制度の本質は残業代ゼロであって、成果型賃金ではない。

(2) 裁量労働制の拡大

① 制度概要

裁量労働制は、長く働いても短く働いても決まった労働時間働いたものとみなす制度であり、時間外手当(深夜・休日を除く)が発生しなくなります。

現在は、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制があります。

今回、企画業務型裁量労働制の中に、「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」を追加するというのが法案要綱です。

(あ)課題解決型の開発提案業務

法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画・立案、調査及び分析を主として行うとともにこれらの成果を活用し当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務、のこと。

(い)裁量的にPDCAを回す業務

事業の運営に関する事項について繰り返し企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握及び評価を行う業務、のこと。

② 問題点

裁量労働制は、短く働いて決まった労働時間働いたものとみなされることはなく、長く働いても短い労働時間を働いたものと見なされているのが現状です。

裁量労働制の拡大は、高度プロフェッショナル制度以上に問題が大きい。なぜなら、年収要件がないからです。低賃金の労働者であっても裁量労働制が導入されれば、残業代はゼロになってしまう。

たとえば、(あ)課題解決型の開発提案業務は、具体的には、法人営業をして、既製品でなくカスタマイズした商品を販売することはこれに当たります。

このような営業職であれば、従来は、事業場外みなし労働時間が適用されて残業代支払い義務が免除されるかが問題となっていました。企業側として事業場外みなし労働時間制を適用しようと思っても、裁判所は労働時間の把握が容易であることを理由に適用に否定的でした(最近では、阪急トラベルサポート事件が有名)。

ところが、課題解決型の開発提案業務として立法化されれば、残業代はゼロになってしまいます。

また、(い)裁量的にPDCAを回す業務も、具体的には、部下を評価する管理職のような仕事です。

このような管理職であれば、やはり裁判所が「管理監督者」にあたるといって残業代請求を否定することはほとんどありませんでした。名ばかり管理職、名ばかり店長のたぐいです。

しかし、今回拡大される裁量労働制によって、名ばかり管理職や名ばかり店長も、PDCAをしているということで残業代がゼロになってしまいます。

このように、裁量労働制の拡大は、大きな問題点があります。

2 働き方改革と残業代ゼロのセットの問題

働き方改革は、曲がりなりにも、長時間残業を是正しようというスローガンでした。

ところが、残業代ゼロの制度は、いくら働かせてもコストカットできるので、むしろ長時間労働を誘発する制度です。長時間労働の是正と残業代ゼロ制度を抱き合わせセットで改正しようとするのは、矛盾でしかありません。

政府は、以前からホワイトカラーエグゼンプションの導入を狙ってきたが、国民から批判を浴びて廃案になっているので、多少見栄えのする残業規制と一緒にすることで何とか残業代ゼロ法案を成立させようと考えているのでしょう。

そうだとすると、働き方改革の実態は、改革ではなく改悪であり、徹底的に批判しなければならない。

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