《第601号あらまし》
 ゴンチャロフ過労自死事件、労災認定
 兵庫民法協 第56回総会報告

ゴンチャロフ過労自死事件、労災認定

弁護士 八木 和也


1 このたびゴンチャロフ過労自死事件で、被災者の亡前田颯人くんが長時間労働とパワハラでうつ病を発症したこと、その半年後にはそれが原因で投身自死に至ったことが労基署で認められましたのでご報告いたします。

2 前田くんは高校卒業後、2014年4月にゴンチャロフ製菓へ正社員として就職しました。有名菓子メーカーへ就職したことを本人や家族はとても喜んでいたそうです。前田くんは東灘工場の第3現場に配属され、夏場はゼリーの、冬場はチョコレートの製造ラインでの仕事に就いていました。

3 前田くんは配属直後から第3現場の責任者で同工場のナンバー2にあたる男性GL(グループリーダー)からの執拗ないじめを受けました。

他の従業員が挨拶すると応答するGLですが、前田くんが挨拶するとなぜか無視されました。

そして、前田くんがチョコやゼリーの製造でミスをすると、大声で激しく叱責をするようになりました。

時にはGLの詰所へ前田くんを呼び出したうえで、1~2時間もの長時間にわたって説教を続けるということもありました。

ところで、第3現場では早出残業が常態化しており、始業の1時間~2時間前に出社するのが普通となっていましたが、前田くんが始業の30分前に出勤すると、GLから「前田は社長出勤やの~」と嫌味を言われました。

GLは、前田くんの同僚に「前田にあえて大声で叫ぶことで、周りのパートや派遣社員に緊張感をもって仕事をさせるようにしている」などと嘯いておりました。

前田くんは、なぜ自分だけがひどく怒鳴られるのかについて悩み、苦しみつづけました。

4 前田くんは、入社2年目の冬場(2015年10月~)から、ワンショットという名のチョコレート製造機のライン責任者となり、 7~8名のパート・派遣社員を使って、チョコレートを作る仕事を任されることになります。

ワンショットでのチョコレート製造は簡単ではなく、材料となるチョコレートの温度や混ぜ合わせの比率などがちょっとズレただけでチョコに艶が出ず、廃棄品となってしまうことがあります。

GLは、前田くんがチョコの製造に失敗し、廃棄品を出してしまうと「また牛の餌を作りにきとんか!」などと責めたてました。

ゴンチャロフでは、廃棄品を六甲牧場の牛の餌として出荷することになっていたからです。

GLの叱責はどんどんエスカレートしていき、前田くんに向かって「お前、ちゃんと測れっていったやろ」「お前、何回言わせんねん」「お前、ぼんぼんやからなあ」「言ってもわからんわなあ、ぼんぼんには」などと罵声を浴びせ、人格を否定しました。

前田くんのラインで働いていた派遣社員らの供述では、「GLの声はフロアー中に響き渡るような声だったので、すごくびっくりした」「わざわざみんなのいる前で大声で怒鳴り散らし、皆のさらし者になっていた」「嫌味たらしく感情をぶつけていると言った感じで、聞いていてとても不愉快になりました」などと話していました。

5 ワンショットでのチョコレート製造に成功したか否かは原料のチョコレートを機械に流し込んでから45分ほど経ないと分からりません。あるとき前田くんが製品化に失敗したあとGLが「この無駄な時間で、お前はどれだけの数のチョコをロスしたかわかるんかー」と怒鳴り、前田くんに計算させようとし、前田くんが5秒くらい答えられずにいると、GLがその場で電卓で計算をしてみせ、前田くんの顔から20センチくらのところまで電卓を近づけて、「お前、こんな計算もできへんのか。お前のせいで、これだけもロスがでてしまったんやぞー」と怒鳴りました。

他方、同じ時期に同じラインの責任者として配属されていた前田くんと同期の従業員の話では、自分はGLから好かれており、廃棄品が出たときでもGLから怒られたことはまったくなかったと述べています。GLは、前田くんだけを集中的に執拗かつ頻繁に怒鳴りつづけていたのでした。

6 この年の12月、前田くんはいよいよGLからのいじめに耐えられなくなり、会社を辞めたいと言い出すのですが、GLは前田くんを呼び出し、「お前が辞めたら二度と同じ高校からは採用しないから」などと脅し、前田くんが辞めるのを断念させました。

7 また、前田くんはこの頃は毎日のように長時間残業を強いられておりました。始業は午前8時半からでしたが、早ければ午前7時前後に、遅くとも8時前には出勤して、機械の点検や材料の準備などをしていました。毎朝8時25分には朝礼があってそこで当日の業務の指示などがあったので、定時出勤ではまともに仕事ができない仕組みとなっておりました。居残り残業もほぼ毎日でした。厳しい製造ノルマを達成するためには残業なしでは回せませんでした。遅いときだと午後8時すぎまで残ってチョコレートを作り続けておりました。しかし残業代は、残業が正式に命じられた場合にのみ、かつ、決められた時間(1.5時間~2時間)のみ支払われていました。

発症前3カ月の残業時間は、代理人らの計算では1か月前が91時間18分、発症前2カ月が109時間19分、発症前3カ月が87時間04分でした。

8 前田くんは、この年の12月ごろから外に遊びに行かなくなり、食欲も減退してお昼はスティックパン数本ですませるなどになっておりました。高校時代の友人とのメールも返事をしなくなり、この月の20日、友人が心配して「メールの返事がないからガチの鬱病になったのかと思って」と送ると、前田くんは「鬱かもしれん」と返事しました。この頃には、前田くんは鬱病を発症したものと思われます。

9 前田くんは、2016年6月24日、通勤途中にJR摂津本山駅で下車し、投身自死されました。享年20歳でした。遺書はありませんでした。

10 前田くんの母、前田和美さんは2017年9月28日、西宮労働基準監督署へ労災請求しました

代理人が作成した意見書では、発症前3か月の平均残業時間がおおむね100時間以上の長時間労働であったとして、それだけでも心理的負荷は「強」であるところ、さらに特定の上司から「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」とし、このパワハラだけでも独立して心理的負荷が「強」であるとして、認定を求めました(精神の労災認定は具体的出来事を弱、中、強で評価し、強となれば認定となります)。パワハラの立証は前田くんの元同僚らの陳述書を使いました。結局10人の元従業員から話を聞くことができました。

11 ゴンチャロフは、労災請求のための資料開示請求に一切応じないばかりか、労災請求書への署名・捺印まで拒否するといった対応で、まったく非協力的な態度に終始しておりました。

12 前田和美さんは、この事件を世の多くの人たちに知ってもらいたいと実名報道に踏み切ることを決意され、同年11月、神戸新聞での報道をかわきりにテレビの報道番組などでも多くの報道がされました。

さらに、2018年2月からは、ゴンチャロフ東灘工場の最寄りのJR六甲道駅にて毎週日曜日、署名活動を始めました。多くの団体にも呼びかけをつづけ、最終的には17526筆、212団体もの方々から署名をいただくことができました。

前田和美さんが足を止めてくださった市民の方に涙を流しながら必死で事件の説明しておられる姿がとても印象的でした。

13 そして2018年6月22日、無事に労災認定がおりました。労基署は、12月ごろに前田くんは鬱病を発症していたとして、それが業務によるものと認定しました。

GLのパワハラについては、「上司とのトラブルがあった」に該当するとし、心理的負荷の程度は「中」としました。残業については、早出の分もすべて業務であると認定し、発症前1ヶ月が86時間13分、発症前2ヶ月が103時間04分、発症前3ヶ月が81時間28分と認定しました。そして、心理的負荷「中」の出来事の前に100時間程度の恒常的な残業が認められたとして、労災認定しました。

14 本件は、ひどいパワハラによって前田くんの命が奪われてしまった事件であり、そういう意味では、労基署のパワハラに対する認定は不十分な部分もありました。しかしながら、心理的な負荷要因としてGLからの強い叱責が複数回あったことは認定されましたし、ゴンチャロフの違法な働かせ方こそが前田くんを自死に追いやった原因であることが公式に認められましたので、労災請求手続きにおける目標はほぼ達成できたものと考えております。ご支援をいただいた皆様方、本当にありがとうございました。この労災認定を受けて、今後はゴンチャロフ製菓への責任を追及することを考えております。引き続きご支援のほど、よろしくお願いします。なお担当は、中神戸法律事務所の本上弁護士と八木でした。

このページのトップへ


兵庫民法協 第56回総会報告

弁護士 本上 博丈


2018年6月30日午後2時から,あすてっぷKOBEにおいて44名の会員が参加して、兵庫県民主法律協会第56回総会が行われた。

1 開会挨拶

代表幹事の門泰之・兵庫県医労連書記長が,本年3月ころまではいわゆるモリ・カケ問題,財務省の文書改ざん問題,同省事務次官のセクハラ問題などで安倍政権もいよいよかと思っていたが,詭弁と居直りで居座りを許してしまい,昨日6月29日には働き方改革法とTPP関連法が成立してしまった,今後は労働者や庶民生活への悪影響が懸念されるが,こんなときこそ,憲法12条が「この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない。」としていることを忘れずに,粘り強く権利闘争を戦っていきたい旨挨拶した。


2 記念講演~派遣労働2018年問題(村田浩治弁護士)

労働者派遣法関連事件に多数取り組んでいる村田浩治弁護士(堺総合法律事務所。元(大阪)民法協事務局長)によって,「派遣法を労働者保護の法律にするための労働運動の課題-2018年問題を非正規の闘争の出発点にしよう-」との記念講演が行われた。概要は,以下のとおり。

ア 1947年に職業安定法制定時の労働課労働者供給事業禁止担当官コレットは「新しく実施される職業安定法は今まで日本にあった人夫供給業とか親分子分による口入れ稼業というものを根本から廃止してこの封建制度が生んだ最も非民主的な制度を改正し,労働者を鉄か石炭かのように勝手に売買取引することを日本からなくして労働者各人が立派な一人前の人間として働けるように計画されたものである。」と説明したように,そもそも労働者供給事業は反民主的制度である。

イ 1985年に労働者派遣法が制定されたが,これは単純に反民主的制度が復活したものではなく,米国から,人も取引の対象にするという資本主義の考え方が取り入れられたもの。ただ制定当初は,派遣は,直接雇用の原則の例外であって,臨時的一時的にのみ認められる限られたものだった。

ウ その後派遣法は適用範囲が拡大されていき,2004年には製造業派遣も解禁されたが,2008年9月リーマンショック後の派遣切りが社会問題になって,2012年には派遣労働者保護の方向で派遣法が改正され,直接雇用申込み制度などが整備された。

エ ところがその改正派遣法が2015年10月から施行される直前の同年9月,2015年改正が行われ,期間制限の対象が事業単位から人単位に大きく変更されるとともに2012年改正法のうち期間制限超過に対する労働者救済が形骸化された。

オ 2015年改正法は人単位の原則3年の期間制限を同年10月1日からカウントするので,その3年を2018年9月末に迎えることになり,派遣労働者の大量の派遣切り,派遣先変更が想定されている。なお従前は期間制限のなかった専門26業務についても2015年改正によって原則3年の期間制限の対象になったので,同業務の派遣労働者についても派遣切りが起こるものと予想されている。

なお,無許可派遣の派遣,派遣禁止業務の派遣及び偽装請負等による場合の直接雇用みなし申込み制度については,既に2015年10月から施行されている。

カ 労働契約法18条による5年超の有期雇用契約の無期契約への転換申込み制度は有期契約の派遣労働者にも当然適用はあるが,無期契約への転換申込みの相手方は派遣先ではなく派遣元なので,派遣元との雇用契約が無期契約になるにすぎず,派遣先への直接雇用になるわけではなく,賃金が上がるわけでもない。かえって派遣元からは,無期転換すると単価が高くなるので紹介できる仕事が減ると脅されることがあり,派遣労働者にとって無期転換権を行使するかどうかは悩ましい。

キ 派遣労働者が派遣先に直接雇用を求める訴訟は,2009年のPPDP最高裁判決(大阪高裁の勝訴判決が取り消され逆転敗訴)以降は敗訴判決が続く冬の時代になった。しかし,労働組合が共に闘って前進した例もある。神戸市外大事件では,アルバイト1年,その後派遣8年の事務職が,3年間団体交渉を続けて直接無期契約を勝ち取った。まず兵庫労働局に是正指導するよう申し入れ,「是正のための措置」として「当該業務については,既に派遣受入可能期間の制限を超えていることから,派遣労働者の希望による場合を除き,派遣労働者を期間の定めなく雇用すること。」と指導してもらい,その後一旦は,直接雇用になったものの3年限度の有期1年契約しか得られなかったが,さらにその後も教職員労働組合が団体交渉を3年間続けて,ついに無期契約を勝ち取った。

ク 東リ伊丹工場事件は,偽装請負の場合の直接雇用申込みみなし制度(派遣法40条の6第1項第5号)に基づいて直接雇用関係の確認請求訴訟を提起した,日本第1号事件。現在,神戸地裁に係属中。原告らが所属していた請負会社と東リとの業務請負契約関係を東リが解消した後,全く同じように同じ仕事をさせていながら,東リは業務請負会社ではなく,派遣会社と労働者派遣契約を結んで派遣労働者を受け入れていることから,裁判所は,以前の業務請負契約をなぜ労働者派遣契約に変えたのかを東リに問いただしており,東リが合理的なその理由を説明できないと,以前の業務請負契約も実質は労働者派遣契約だった,つまり偽装請負だったとの認定に向かうだろうとのこと。民法協総会にその原告も来て連帯挨拶のうえ,カンパを訴えられた。

ケ 最後に村田弁護士は,派遣その他の非正規労働者に対して,気の毒ということではなく,自分たちと同じ労働者の問題だと思って,また人権問題だと思って,取り組んでほしい,と訴えられた。


3 特別報告~労働契約法20条最高裁2018年6月1日判決(吉田竜一弁護士)

2018年6月1日,非正規と正規の格差を問題とする労働契約法20条裁判において,最高裁が初判断を示したことから,個人幹事で,この問題に関する訴訟を扱っている吉田竜一弁護士に,その2つの最高裁判決について特別報告してもらった。

最高裁判決全文及び吉田竜一弁護士の解説の詳細は,民法協ニュース第600号(2018年6月20日発行)を是非お読みいただきたい。

運送会社のハマキョウレックス事件は,6種類の手当の格差(不支給)の違法性が争われたが,そのうち4種類(無事故,作業,給食,通勤手当)の不支給,低額支給を違法とした大阪高裁判決を支持するとともに,新たに皆勤手当の不支給も違法と判断した。住宅手当は,正社員については転勤の可能性があることを主な理由に違法ではないとの判断を維持した。

やはり運送会社の長澤運輸事件は,定年後再雇用された嘱託契約社員が賃金減額は違法と訴えたもので,第1審東京地裁は原告全部勝訴,第2審東京高裁は逆転全部敗訴という経過だったが,最高裁は,皆勤手当と同趣旨の精勤手当の不支給措置のみ違法とし,賞与や大半の手当の不支給については年金受給の可能性を主な理由に不合理ではないと判断し,仕事内容は全く同じなのに約2割の年収減額をほぼ全面的に容認した。

吉田竜一弁護士は,ハマキョウレックス事件最高裁判決は結構使えるところがある,これに対し長澤運輸事件は定年後再雇用労働者にとっては厳しい判断だが,一般的には4割程度と言われている年収減額が、長澤運輸の場合は約2割にとどまっていることが結論に大きく影響したものと思われ,そういう意味では事例判決とみるべきで,定年後再雇用労働者でも減額が大きい場合は違法になる場合があると考えるべきとの意見だった。


4 議案討議

情勢と活動報告,活動方針,2017年度決算報告,2018年度予算案,役員選出の全ての議案が事務局提案どおり,拍手で承認された。質疑で出た2つの意見を紹介する。

加盟労組の一つからは,赤字決算,赤字予算案は好ましくないので,会員数の減少等の事情もあるとは思うが,ニュースを含む連絡方法として,電子メールを活用するなど支出の削減に取り組んでほしい,との意見が出された。これに対して,萩田事務局長から,昨期,民法協ニュースの判を今のB判からA判に変えてページ数を減らすことによって印刷費の削減ができないかを検討したが,あまり費用削減にならないことが判明して断念したことがあった,今期も引き続きて検討する,との説明があった。

代表幹事の羽柴修弁護士からは,① 労働審判事件その他労働事件について,今の神戸地裁第6民事部(労働部)の訴訟進行や判断には問題がある例があると思うので,民法協として,その判断状況等の分析や検討をしてほしい,② 大阪民法協や労働弁護団との情報交換や悪法反対運動などでの協力関係を進めてほしい,との意見が出された。

このページのトップへ