被災者木村利一さんは1953(昭和28)年5月生の男性。
勤務先は,豊岡市内の警備会社株式会社ジャスティス。警備員数34名で,木村さんは勤続15年くらいだった。
2017(平成29)年2月28日,丹波市氷上町石生国道175号線城山トンネル内の非常用設備更新工事に伴う夜間のトンネル内点検警備業務に前日27日午後5時から同僚と2人で従事。2時間ごとに交替しながら,1人は点検業務を行い,もう1人は車内で待機していた。午前7時ころ,点検をしていた同僚が車内待機していた木村さんの異常を発見し,救急搬送されたが,既に死亡していた(63歳)。死因は,高血圧性心疾患による急性虚血性心不全(当初は事件性が疑われ,司法解剖された)。
2017(平成29)年7月4日,妻智春さんが社会保険労務士(代理人ではない。過労死事案は初めてだったらしい)に資料を整えてもらって但馬労働基準監督署長に労災請求。同年9月末の弁護士会紹介を経て,11月中旬に本上が受任し,事業場及び同僚の所在地が豊岡市近辺だったことから,木下和茂弁護士に共同受任してもらった。
受任直後の記録検討及び木下弁護士による同僚からの事情聴取の結果から,2週間や3週間の連続勤務はあるものの,客先で警備業務に従事した時間だけを労働時間と捉えると認定基準よりもかなり少なく,勤務先でのミーティング,警備資材の積み卸し及び報告書作成のための時間や,勤務先と客先との移動時間を労働時間と認めることができるかどうかがポイントと考えられた。
そこで,同僚からの事情聴取によって勤務先でのミーティング等の勤務の実態と手順に関する事実関係を証明するとともに,発症前約4か月間の日々の警備業務従事場所を可能な限り特定して各場所ごとに移動時間の推計計算(ルート検索ソフトを利用)をして表化した。
但馬労働基準監督署長は,平成30年6月20日付けで労災遺族補償給付及び葬祭料の支給決定をした。
(1)考えられる過重性
本件で認められるべき過重性は,移動時間も含めた場合の長時間労働のほか,① 連続勤務(例えば,平成29年1/16~28の13日間,1/30~2/18の20日間など),② 日勤後,引き続いて夜勤などによる不規則,長時間労働,③ 客先までの自動車運転による長距離の移動,④ 客先の場所的条件等から帰宅できないため,環境劣悪な会社事務所や車内で仮眠していたこと,⑤ 作業中及び休憩・仮眠中の寒冷などがあった。
記録検討やご家族のお話からすると,木村さんは,会社にとって無理を頼みやすい便利な人と扱われていたことが窺われ,その結果,同僚が嫌がる遠方(小野市周辺など)の仕事や連続勤務になる仕事を担当することが多く,過酷な勤務を事実上強いられていた。労災認定されるべき事案とは思ったが,警備業務従事時間だけでは認定基準を満たすことは困難だった。
移動時間も労働時間と認めて認定基準への当てはめを行うと,発病前1か月目の時間外労働時間合計は117時間30分であり,発症前1か月間に概ね100時間は優に超過している。また発病前2か月間は(117時間30分+74時間45分)×1/2=96時間07分,発病前3か月間は(117時間30分+74時間45分+105時間15分)×1/3=99時間10分となるから,発症前2か月間ないし3か月間にわたって1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働も優に認められる。
(2)移動時間の労働時間性
通勤時間はいくら長くても労働時間とは認められていない。そのため,本来の労働時間と通勤時間の中間的な時間ということができる移動時間を,両者のいずれに位置づけるかという難しい問題が起こってくる。
この点,総設事件・東京地裁平成20年2月22日判決労判965-51は,① 一般に労働時間とは,使用者の作業上の指揮監督下にある時間,または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間と定義されるとしたうえで,② 被告Y社に配管工として勤務していた原告ら2名の労働時間算定につき,所定始業時刻前の作業道具や資材の準備および車両への積込み作業など,また,所定終業時刻後の作業道具や資材の後片付け作業,業務日報の作成などに要する時間は,使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事した時間であり,実働時間に含めて取り扱われるべきであると判断し,③ 事務所と作業現場間の車両による移動時間は,その内容,拘束性の程度から見て実働時間と捉えるべきと判断した。
その判断の主な根拠は,現場への直行,直帰は例外的に少数回あるにすぎないこと,従業員は皆午前6時50分ころには事務所に来て業務打ち合わせや資材積込みをしていること,事務所に帰ってからは道具の洗浄や資材の整理等をしていることなどが挙げられている。
この原稿を執筆している8月12日時点では,個人情報開示請求によって入手済みの労基署調査結果復命書等の検討ができていないので,認定後に受けた口頭説明に基づいて説明する。
ア 認定した時間外労働時間は、発症前1か月では100時間に満たなかったものの、「2か月ないし6か月にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える」という基準を満たした。連続勤務などの付加的要因を考慮して業務上認定をしたのではなく,時間外労働時間の時間数だけで基準をクリアした。
イ 労働時間の具体的認定としては,本社起点の始業時刻及び本社終点の終業時刻の認定方法は,会社の勤務実績表ないし警備結果報告書に記載されている警備業務従事時間(例えば8:00~17:00)を基礎に,当該現場までの移動時間(例えば2時間)を逆算ないし加算した(例えば,始業時刻は6:00,終業時刻は19:00)。始業前のミーティング時間や帰社後の後片付け・報告書作成時間については,明確な裏付けがないので算入していない。なお現場までの移動は,社有車使用の場合と個人車使用の場合とがあったが,労働時間性の認定においては社有車と個人車で区別はしていない。
ウ 直行直帰の場合は,現場と自宅の間の移動時間にかかわらず,一律に通勤時間とみて労働時間には算入していない。
エ 小野市内の兵庫南営業所での宿泊を含む場合,兵庫南営業所への往き帰りの移動時間は労働時間に含める。しかし,同営業所宿泊期間中の現場への往き帰りの移動時間は,その長短にかかわらず通勤時間として労働時間に算入していない。
① 移動時間について,社有車か否か,運転したか否かにかかわらず,労働時間と認めた点は大変よいと思う。また小野市内の兵庫南営業所への移動時間を労働時間と認めた点もよいと思う。認定基準を満たしたとして業務上認定に至った最大の要因と言える。
② 逆にミーティング,後片付け,翌日準備,報告書作成の時間を「明確な裏付けがない」という理由で労働時間と評価しなかった点,直行直帰を行き先との距離や所要時間に関わりなく全て通勤時間と同じと見なしたという点は,おかしいと思う。業務上外の結論には影響がなくても,給付基礎日額の認定には影響があるので,軽視できない。
このページのトップへお隣の韓国でも長時間労働が問題となり,「働き方改革」が進んでいる。韓国では本年1月に最低賃金が16.4%増額され,来年1月にはさらに10.9%増額されて時給8350ウォン(約835円)になり,10年前の2倍を超える金額になった。文在寅(ムンジェイン)大統領は2020年に最低賃金を時給1万ウォン(約1千円)にすると公約しており,日本の最低賃金848円(全国平均)に迫っている。
同時に,7月1日から法定労働時間が休日労働も含めて,週68時間から52時間に短縮された。
わが国でも,去る6月29日,政府が第196国会で最重要法案としていた働き方改革関連法(以下「関連法」という)が参議院で可決され成立した。
今回は,「働き方改革」の目玉の一つである労働時間規制について報告する。
(1)時間外労働の上限時間について,法的拘束力のない労働省告示という形でしか示されていなかった。関連法は,告示の内容を労基法に明記することとした。すなわち,労基法上,使用者は原則として労働者に対し,1ヶ月45時間,1年360時間(ただし,1年単位の変形労働時間制の対象期間として3ヶ月を超える期間を定めて労働させる場合にあっては,1ヶ月42時間及び1年320時間)を超える時間外労働をさせてはならないこととなった。
(2)三六協定で労働時間の延長を認めることは可能であるが,その場合でも,
① 1ヶ月100時間未満,1年720時間未満(休日労働を含む)が限度。
② しかも,この場合,1ヶ月45時間(1年単位の変形労働時間制の対象期間として3ヶ月を超える期間を定めて労働させる場合にあっては1ヶ月42時間)を超える月数を定めなければならず,その月数は1年について6ヶ月以内に収めなければならない(改正労基法36条5項)。
③ さらに,2ヶ月間,3ヶ月間,4ヶ月間,5ヶ月間,6ヶ月間のいずれかの月平均時間外労働時間(休日労働を含む)が80時間を超えてはいけない。
④ 坑内労働など厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務については,時間外労働は1日2時間を超えてはいけない。こととされた。
(3)なお,以下の業種については,時間外労働の上限規制が例外的に適用されない。
ア 新技術・新商品等の研究開発業務
時間外労働が厚生労働省令を定める時間を超える労働者に対しては医師による面接指導が義務づけられる(改正労働安全衛生法66条の8第1項)。
イ 工作物の建設事業
改正労基法施行された5年後に上記規制が適用される(改正労基法139条2項)。
ただし,工作物の建設事業のうち,災害時における復旧及び復興事業については,施行から5年後においても1ヶ月の時間外労働(休日労働を含む)100時間未満,複数月平均80時間(休日労働含む)未満という規制は適用されない(改正労基法139条1項)。
ウ 自動車運転業務
改正労基法施行された5年後に上記規制が適用される(改正労基法140条)。
ただし,1年の時間外労働の上限は960時間未満。
施行から5年後においても1ヶ月の時間外労働(休日労働を含む)100時間未満,複数月平均80時間(休日労働含む)未満という規制は適用されない(改正労基法139条1項)。
エ 医師
改正労基法施行された5年後に上記規制が適用されるが,その具体的内容については厚生労働省令で定められる。
オ 鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業
改正労基法施行後,5年間は1ヶ月100 時間未満・複数月平均80時間未満の規制は適用されない。
(4)中小事業主に対する1ヶ月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の適用
労基法37条1項では,時間外労働が1ヶ月60時間を超えた場合は,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない旨が規定されているが,これまで中小事業主(下表のA又はBに該当する企業)には適用が猶予されていた。法改正により,猶予措置が廃止される。
猶予対象の中小企業
A 資本金額又は出資総額 |
B 常時使用する企業全体の労働者数 |
|
小 売 業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸 売 業 | 1億円以下 | 100人以下 |
そ の 他 | 3億円以下 | 300人以下 |
(5)労働者の健康確保措置の実効性を確保する観点から,労働時間の状況を省令で定める方法により把握しなければならないこととする(改正労働安全衛生法66条の8の3)とされ,事業主に労働時間の把握が義務づけられることになった。
(6)勤務間インターバル制度
労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(労働時間等設定改善法)に事業主の努力義務としてではあるが,事業主は前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保(勤務間インターバル制度の導入)に努めなければならないこととする旨が定められた(改正労働時間等設定改善法2条1項)。
(7)年次有給休暇
年休が10日以上の労働者に対し,年休の内5日間については,年休の付与後1年以内の期間に時季を定めて有給休暇を与えなければならないこととされた(改正労基法39条7項)。
ただし,計画年休により年休を与えた場合や労働者が自ら時季指定して年休を取得した場合には,その日数については企業は時季を定めて年休を取得させる必要はない。
2 改正法の施行(1)長時間労働の是正
→2018年9月ころまでに制度の詳細を決める
① | 時間外労働時間の上限規制 | 大企業のみ2019年4月 中小企業は2020年4月 |
② | 有給休暇の取得義務化 | |
③ | 勤務間インターバル制度の努力義務 |
(2)労働時間の規制緩和
→2018年秋ころまでに制度の詳細を決める
① | 高度プロフェッショナル制度 | 2019年4月 |
② | フレックスタイムの清算期間の延長 |
(3)正社員と非正規労働者の不合理な格差の禁止
→2018年秋以降にガイドラインを策定
正社員と非正規労働者の不合理な格差の禁止 | 大企業のみ2020年4月 中小企業は2021年4月 |
1 過労死が大きな社会問題となっているが,過労死した労働者の労働実態は決して特殊なものではなく,同じくらい長時間労働をしていたり,同様にストレスの多い職場で働いている労働者は決して珍しくない。中小企業では,残業手当込みの賃金でようやく生活している労働者が多く,残業をしないと住宅ローンや子どもの教育費が支払えないという実情があることも影響していると思うが,過労死の増大は,これまで労働組合が労働者の健康問題に十分取り組めていなかったことにも一因がある。
2 今回の法改正で労働時間の規制については一定の前進があったが,それを生かすも殺すも労働組合の対応如何にかかっている。
なぜならば,残業規制は,主として三六協定の締結を通じて行われるからである。
中小企業の中には,使用者が作成した三六協定の説明をしないまま,適当に選んだ労働者を労働者代表として署名押印させて労基署に届け出ているケースが多い。
そこで,今後は,法改正に従って三六協定を見直すとともに,(少数組合でも)労働組合役員が労働者代表になって適正な内容の協定を締結する必要がある。
労基法施行規則6条は,労働者代表について,管理監督者でないことと使用者が三六協定の締結をすることを明らかにした上で実施される投票,挙手等の方法による手続により選出された者であることを要求しているので,少数組合でも組合役員を労働者代表に選出させることは十分可能である。
使用者は労働者代表が三六協定に署名押印しない限り,労働者に残業をさせることはできないから,労働者代表は使用者と対等に議論し,労働者の要求を実現することが可能である。
法改正により上限規制がなされたとはいっても,過労死ラインまでは残業を許容するという内容であるから,漫然と法所定の上限まで残業させることができるような内容の三六協定の締結は避けなければならない。
また,現行の三六協定についても,労働者代表が民主的に選出されていない場合には無効であるから,さっそく現行の三六協定についても締結の経過を点検すべきである。
3 これまでも厚労省は,使用者に対して,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を「使用者が,自ら現認することにより確認すること」又は「タイムカード,ICカード,パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し,適正に記録すること」(厚労省:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)を求めてきたが,とくに小規模の企業では労働時間の適正な管理が行われていないのが実情であった。
前記のとおり,法改正により,労働者の健康確保という目的で使用者に労働時間の把握が義務づけられることになる(具体的な方法は今後省令により定められる)。
ICカードなどによる勤怠管理が行われることになると思われるが,重要なことは使用者が把握している労働時間を労働者自身や労働組合も把握することである。タイムカードであれば労働者自身が毎日,正確性も含めて,その内容を確認することができるが,ICカードなどによる勤怠管理の場合,使用者の元にはデータが集積されるが,それを労働者自身が把握できていないことが多いし,使用者が法違反にならないよう不正な操作を行っている可能性さえある。
したがって,三六協定締結の際に,使用者に,労働者本人及び労働組合に対するデータの開示を義務づけておく必要がある。
4 使用者は労働時間の把握を義務づけられ,残業割増賃金を適正に支払わなければならないということになると,労働コストの増大を防ぐために,労働者の残業時間を減らすことを考える。文字通り残業時間が減れば何の問題もないが,残業について厳格な許可制を敷いて,実際は仕事をしているのに残業と認めないとか,「残業時間が多い」ことを査定におけるマイナス評価の対象とすることにより持ち帰り仕事を含むサービス残業を強いるなど,長時間労働が潜在化するおそれは依然残ることになる。今でも,記録上は定時に職場から退出させた形にして実際は残業をさせている職場もあるので,そのようなサービス残業(残業隠し)が生じない仕組みを作ることも必要ある。
あるいは,正規労働者の仕事をできるだけ非正規労働者に代替させる動きが出てくる可能性もある。
5 以上のとおり,法改正は,三六協定の締結を通じて労働組合が,長時間労働の是正を実現する可能性を広げたということができ,改正法の施行に向けて,各職場の実情を把握し点検することが必要である。
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