「過労死」という言葉を知ったのは、30年近く前の高校生の時でした。働き過ぎて亡くなるなんて酷い話だと思いましたが、自分の家族に過労死が起こるとは想像もしませんでした。
私の夫は、15年ほど前に30歳の若さで亡くなりました。就寝中の心臓性突然死でした。救急車で病院に搬送されたものの、1度も蘇生することなく、死亡宣告されました。血の気が引くというのは本当で、耳の奥でザーッと聞こえた大きな音を今でも忘れられません。
夫が亡くなった直後から、これは過労死に違いないと考えました。過労死110番の電話相談をきっかけに労災申請を行い、労災認定されました。勤務先に損害賠償請求訴訟も行い、勝訴判決を経て和解が成立しました。夫が亡くなった原因は、本人や家族にあったのではなく、過重労働にあったと証明したい。子供にもきちんと説明できるようになりたい。その一心で始めた労災申請と訴訟ですが、予想よりも心身共に苦しいものでした。
報道などで過労死が取り上げられる時、労働時間や睡眠時間、ハラスメントの有無、労災認定や訴訟など、当事者の問題にしか触れられません。しかし、家族もまた、辛い状況にあることを知っていただければと思います。
夫が亡くなった日を境に、家族の人生は一変しました。
子供は、生後半年にも満たない赤ん坊でした。父親の記憶は何もないので、父親がどんな人だったのか、子供をどれだけ可愛がっていたのか、たくさんの話を聞かせています。ただ、子供には母子2人の生活は普通であって、父親がいないこと自体はごく自然に受け止めています。その姿は、母親として非常に悲しいものです。
私は、結婚4年29歳で夫を失いました。配偶者とは、自分を生み育ててくれた親元から自立し、親よりはるかに長い年月を一緒に過ごす人です。かけがえのない人を失って、思い描いていた人生設計は、何1つ叶わなくなりました。まるで、自分の半分を奪われたような気持ちです。労災認定と勝訴判決や和解に関して、「解決して良かったね」と言われる時もありますが、夫が戻って来る訳ではないので、私にとって完全な解決はありません。
夫は、午前7時頃に自宅を出て、8時頃から午後11時頃まで働き、午前0時頃に帰宅していました。私生活の時間は、睡眠時間を含めて7時間ほどしかありません。このような長時間労働が日常になっていたことは、亡くなる直前の会話でもわかります。その日の帰宅は午後10時頃で、いつもより2時間ほど早く、私は「なんで今日はこんなに早いん?」と尋ね、夫は「久しぶりに日付が変わる前に寝られるわ」「もう限界や」と言いました。
夫の働き方は以前から心配でしたが、特に亡くなる2ヵ月ほど前から、急に痩せたうえに体調不良もあって、不安を感じるようになっていました。それでも、長時間労働があまりにも日常になりすぎて、このような働き方はおかしいとまでは思わず、まさか亡くなるとは考えませんでした。なんて無知だったのだろうと、後に激しく自分を責めました。
現在、2014年に成立した過労死等防止対策推進法に基づき、国の事業として過労死等防止啓発授業が行われています。この取り組みでは、弁護士や社労士の先生と過労死遺族や過労疾病の当事者が、学校でワークルールや過労死等について授業をします。私も何度か参加しています。夫のような過労死の当事者や、私のような過労死遺族を増やさないためには、社会に出る前から労働について正しい知識を得ることが大切だと実感しています。この啓発授業が、過労死のない社会の実現につながると信じて、今後も参加するつもりです。
※編集部より
東急ハンズ過労死事件の事実経過等については,民法協ニュース543号(2013年9月20日発行)で報告されています(インターネットで「兵庫民法協」で検索し,ホームページ上部の「ニュース」をクリックすると,バックナンバーを見ることができます)。
このページのトップへ1 山陽タクシー(以下「会社」という)には単一の山陽タクシー労働組合(以下「山陽労組」という)」(170人)があり,会社の大部分の労働者が組織されていたが,山陽労組の運営に疑問を感じた一部の労働者が2017年6月13日に建交労兵庫合同支部に加入し,山陽タクシー分会(以下「建交労分会」という)(十数名)を結成した。
2 会社には垂水営業所,明石営業所,学園南営業所の3つの営業所があるが,明石営業所にはあかし地域ユニオン(以下「ユニオン」という)の分会(11人)があり,会社には建交労分会を含め3つの労働組合が存在していたが,山陽労組に対しては、垂水営業所に組合事務所が供与され,さらに3つの営業所のそれぞれに組合掲示板の設置が認められている(明石営業所及び西神南営業所には各2ヶ所)。
また,ユニオンに対しては,明石営業所に組合掲示板の設置が認められている。
さらに,垂水営業所には会社の従業員のクラブ活動として行われている野球部の掲示板も設置されている。
そこで建交労分会は2017年7月18日の第1回団体交渉から,会社の営業所に組合掲示板を設置を認めることを要求した。
3 同一企業内に複数組合が併存する場合,「各組合はそれぞれ独自の存在意義を認められ、固有の団体交渉権及び労働協約締結権を保障されているものであるから、その当然の帰結として」、団体交渉はもとより「すべての場面で使用者は各組合に対し、中立的態度を保持し、その団結権を平等に承認、尊重すべきものであり、各組合の性格、傾向や従来の運動路線のいかんによつて差別的な取扱いをすることは許されない」(最判昭和60年4月23日参照)として,使用者には複数組合に対する中立保持義務が課されている。
4 また,組合事務所の貸与に関して,最高裁は,「使用者の中立保持義務は、組合事務所等の貸与といういわゆる便宜供与の場面においても異なるものではなく、組合事務所等が組合にとつてその活動上重要な意味を持つことからすると、使用者が、一方の組合に組合事務所等を貸与しておきながら、他方の組合に対して一切貸与を拒否することは、そのように両組合に対する取扱いを異にする合理的な理由が存在しない限り、他方の組合の活動力を低下させその弱体化を図ろうとする意図を推認させるものとして、労働組合法七条三号の不当労働行為に該当する」(最判昭和62年5月8日参照)と述べており,この理は組合掲示板の設置にも当てはまる。
5 会社は,建交労分会の組合掲示板の設置の要求に対して,使用者には労働組合に対し,掲示版を貸与する法的義務はなく,現段階では掲示板の設置を認めるメリットがないので,応じられないと回答した。
建交労分会が,会社がどんな「メリット」を求めているのかを質しても一切答えようとせず,逆に,建交労分会が会社にどんな「メリット」を提供できるのか,会社が満足できる「メリット」を提案すべきであると主張し,交渉は平行線をたどった。
山陽労組やユニオンには組合掲示板を貸与していることについて,会社は,山陽労組とは長い歴史の中で会社経営が苦しかったときには賞与の支給などで譲歩してもらうなど長年の間に築かれた信頼関係があり,そのような経過を踏まえた平等取扱いをすべきで,山陽労組と建交労とは同列には扱えないことやSNSが普及していなかった当時は連絡手段として組合掲示板を貸与する必要性が高かったが,建交労分会は少数でありSNS等を使えば組合掲示板の必要性は低いと主張した。
また,ユニオンについては,多くの組合要求事項のうち,掲示板の貸与だけを要求し,他の要求については協議を求めないと言ったから貸与したと説明した。
6 前記のとおり,掲示板の貸与のような便宜供与についても使用者の中立保持義務は及ぶことは確定した判例であるし,組合員数が少ないことをもって直ちに便宜供与を拒否する正当な事由にはならない(灰孝小野田レミコン事件東京高判平成5年9月29日)。
7 兵庫県労働委員会は,会社が山陽労組に対して,掲示板の貸与にあたり取引上のメリットを要求した形跡はなく,会社と山陽労組との長い歴史は本件の掲示板貸与の是非を判断する上で無関係であること,会社がユニオンとの間で掲示板貸与以外の要求事項の撤回の合意までしたという証拠はなく,ユニオンが会社にとってメリットと評価できる何か具体的な条件を受け入れたことを考慮して掲示板を貸与したという会社主張を裏付ける事実もないこと,ユニオンには結成後半年余りで掲示板を貸与していること等を認定して,会社は併存組合(山陽労組,ユニオン)に対しては具体的条件を付さずに掲示板を貸与しながら建交労分会に対してはこれを貸与せず,その異なる取り扱いについて合理的な理由は認められないので,建交労分会に組合掲示板の貸与をしないのは,労組法7条3号の不当労働行為に該当すると判断し,平成30年10月25,会社に対して,会社の明石営業所内にユニオンと同程度の大きさの掲示板を設置する場所の貸与を命ずる旨の命令を出した。
8 なお,建交労分会の分会員は3つの営業所のそれぞれに所属していたから,本来,組合掲示板は3営業所のそれぞれに設置されるべきであるが,残念ながら県労委は「併存組合との実質的平等を図る観点」から明石営業所以外の営業所については掲示板設置場所の貸与を認めなかった。
9 本件については第1回団体交渉以降,会社の顧問弁護士が必ず団体交渉に参加し,団体交渉を主導してきた。本件は最高裁の確立した判例がある事案であり,労働委員会で争うまでもなく,掲示板の貸与を認めてしかるべき事案であるにもかかわらず,容易に建交労分会の要求を認めず,紛争を長期化させて組合の弱体化を図ろうという意図が明白な事案である。
現に,労働委員会の調査期日や審問には会社側は代理人弁護士以外は誰も出頭せず,会社側は証人申請もせず,きわめて不誠実な対応であった。
案の定,会社は中労委に再審査を申し立てた。
このページのトップへ1 労働基準法は,労働時間の上限を週40時間,1日8時間(法32条)と定め,毎週少なくとも1回の休日を付与しなければならないものとしている(週休制)(法35条)ので,法定労働時間を超える労働時間,週休制を超える休日の約定は無効(法13条)になる。
また,法定労働時間,週休制を超えて就労させた場合は刑事罰(法119条)(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が科せられる。
このように法律上は原則として残業は認められず,違反には刑事罰を科すという非常に厳しい規制が敷かれている。
2 労基法上,①災害その他避けることができない事由や公務のため臨時の必要ある場合や,②36協定を締結し,これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合は,例外的に,時間外・休日労働が許容される。
また,使用者は労働者に時間外・休日労働をさせた場合は割増賃金を支払わなければならない。
ただし,労働者の始業・終業時刻や休憩時間は企業ごとに(就業規則などで)定められており(「所定労働時間」という),所定労働時間(始業から終業までの時間から休憩時間を引いた時間)を超えて残業をしても,法32条が定める最長労働時間(1日8時間,1週40時間)を超えない場合は「法内残業」といって,36協定を締結する必要もなければ時間外割増賃金を支払う必要もない(ただし,就業規則で法内残業にも割増賃金を支払う旨を定めることは可能)。たとえば,9時始業,17時終業,休憩1時間の会社では所定労働時間が7時間であるから,17時から18時まで1時間残業しても,これは「法内残業」ということになる(18時を超えて残業をすれば割増賃金の対象となる)。
以上のとおり時間外・休日労働をさせるためには使用者は36協定を締結しなければならず,36協定に定めた範囲内でしか時間外・休日労働をさせることはできない。
それゆえどのような36協定を締結するかが非常に重要である。
3 36協定
(1)36協定は各事業場単位で締結され,当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(過半数組合)がある場合は過半数組合が,過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者が当事者となって,使用者との間で締結する。
したがって,36協定には過半数組合ないし過半数代表の意向を反映させることができる。
(2)過半数か否かは,事業場の全労働者(管理監督者等や休職者等も含まれる)を基準とするが,過半数代表者は,管理監督者であってはならないし,36協定のために選出することを明らかにして実施される投票,挙手等の民主的な方法により選ばれなければならない(労基則6条の2・1項)。従来,多くの中小企業では使用者が指名した者が過半数代表者として,使用者の一方的に作成した36協定に署名することが珍しくなかったが,
上記のような民主的な手続によらなかった場合には,その過半数代表者により締結した協定は無効になる。
(3)36協定では,①時間外・休日労働をさせる必要のある具体的事由,業務の種類及び労働者の数,②1日及び1日を超える一定の期間について延長することができる期間,③労働させることができる休日,④有効期間を定めなければならない。
(4)36協定の内容について,「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年労働省告示第154号)(「限度基準」)により,月45時間,年360時間という基準が定められているが,臨時的な特別の事情があるとして,特別条項付き協定を結べば,上限なく時間外労働が可能になること,限度基準は行政指導の根拠にはなるが,法的拘束力がないため,36協定において限度基準を超える延長時間の上限が定められたとしても協定が直ちに無効となるものではなかったことから,過労死を生むような長時間労働が蔓延していた。そこで,平成30年に労基法が改正され,時間外労働の上限について,月45時間,年360時間を原則とし,臨時的な特別な事情ある場合でも年720時間,単月100時間未満(休日労働含む),2~6ヶ月平均80時間(休日労働含む)を限度とする旨が定められた(平成31年4月1日施行,中小企業は平成32年4月1日施行)。
4 割増賃金
(1)使用者は労働者に時間外・休日労働をさせた場合は割増賃金を支払わなければならない。
(2)割増賃金の計算方法(労基則19)
「通常の労働時間または労働日の賃金の 計算額」×「時間外労働時間」×「割増率」
ア 通常の労働時間または労働日の賃金の計算額=1時間当たりの単価
時間給の場合 その額
日給の場合 日給÷日所定労働時間数
月給の場合 月給÷月所定労働時間(月によって異なる場合は1年間における1ヶ月平均所定労働時間数で除した額)
出来高払の場合は,出来高払額÷賃金計算期間の総所定労働時間数(労基則19)
イ 上記の「通常の労働時間または労働日の賃金」を算定するにあたり,家族手当,通勤手当,別居手当,子女教育手当,住宅手当,臨時に支払われた賃金,1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金などは算定の基礎から除外することになっている。ただし,名称が異なってもこれらと実質的に同趣旨のものについては除外される。
ウ 家族手当とは,扶養家族の有無や数にしたがって計算されているものをいい,扶養家族の有無・数に関係なく一律に支給される手当はこれに該当しない。
通勤手当は,労働者の通勤距離または通勤に要する実費に応じて算定されるものをいい,実質通勤費用と無関係に支給される手当は該当しない。
同様に,住宅手当は住宅に要する費用に応じて算定される費用をいい,住宅に要する費用に関わらず一定額を支給するものは含まれない。
また,「臨時に支払われた賃金」とは,慶弔手当,私傷病手当,退職金など臨時的,突発的に支払われたものをいい,「1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金」の典型は賞与である。ただし,賞与といっても,定期的に支給されかつその支給額が確定しているものは除外されない。
(3)残業時間数の把握
何よりも重要なのは残業時間が正確に把握されていることである。現在,タイムカードを使用している事業場は非常に少ないので,労働者自身が自分の残業時間を把握していないことが多く,知らない間にサービス残業をしているというのが実態である。
未払いの残業代を請求する裁判が増えているが,残業時間の立証ができるか否かが勝敗の鍵を握ることになる。
残業時間の立証のために,労働時間に関係する時刻が記録された客観的で正確な資料の提出が求められる。タイムカードがあれば,タイムカードに打刻されている時間は拘束時間(労働時間+休憩時間)であると事実上の推定が可能であるとされている。タイムカードがなくとも,最近では個人を認証するカードで職場の入退室が記録される場合があるし,常時パソコンを使用する職場では,パソコンのメールやシャットダウンの記録が有力な証拠となる。労働者が作成の業務日報でも毎日使用者に提出し,使用者側で管理されているものであれば,そこに記載された時刻の記録が資料となる。ただし,労働者が手帳の記載などは,それが経時的に作成されたものなのか,訴訟のために作成されたものなのかと区別が難しく信用性に乏しいものとされることが多い。
過半数組合ないし過半数代表者が36協定の締結に応じなければ,使用者は残業をさせることができなくなるので,少なくとも36協定の締結の際に,使用者に対して正確な残業時間の把握の方法を講じるよう約束をさせるべきである。
(4)割増率
割増率は就業規則などで定めることができるが,その最低基準は以下のとおりである。
時間外労働 | 2割5分以上,1ヶ月60時間を超える場合は5割以上(中小企業には適用猶予→平成35年3月末日まで) |
深夜労働(午後10時~午前5時) | 2割5分 |
休日労働(8時間を超えても) | 3割5分 |
時間外労働+深夜労働 | 5割,1ヶ月60時間を超える場合は7割5分以上(中小企業には適用猶予→平成35年3月末日まで) |
休日労働+深夜労働 | 6割 |
5 法定時間外労働義務
36協定により使用者が36協定の範囲内で残業をさせても違法にならないことになるが,そうであるからといって,当然に,労働者に時間外・休日労働の義務を生じることにはならない。しかし,判例は,労働協約や就業規則に「業務の都合によりやむを得ない場合には時間外・休日労働をさせることがある」という趣旨の規定が設けられていれば,時間外・休日労働の義務が生じるとしている。
6 労基法37所定の計算方法によらない割増賃金支給(定額払制等の可否)
最近は,予め定めた金額を残業代として支払う定額払制が普及している。
最高裁は,労基法37条が労働契約における通常の労働時間をどのように定めるかについて特に規定をしていないことから,このような定額払制も許容されるとしている。ただし,当該手当が時間外労働に対する対価であることが明確であり,法所定の額が支払われているか否かを判定できるように,割増賃金相当部分とそれ以外の通常の賃金とを明確に区別することが可能であることを要するとしている。すなわち,定額制の場合でも,労働者が当該手当額が労基法所定の計算額以上であるか否かを判定することが可能でなければならないとしている。
このページのトップへ労働時間関係と賃金関係は労働基準法の核心部分。ところが,違反が広く一般化して放置されている。その原因は,労使の認識不足,監督官不足などだろう。また厳格な要件の下であれ例外を認めると,その要件は守られずに例外が一人歩きしている現実もある。その最たるものが,時間外労働。例えば,36協定がないのに行われる法外残業,36協定の要件を満たさない法外残業,36協定の限度時間を超える法外残業が横行している。
今の労働現場では,労基法厳守を当たり前にさせることが重要だと思う。武器は労基法と判例なので,少数組合でも十分闘うことができる。タイムカード等の客観的記録とその定期的チェック,日々の規則性のあるメモ,給与明細,賃金規程,求人広告,労働条件明示書,雇用契約書などの証拠確保を意識する必要がある。
労働時間の限度の定めは,次の3段階が全体像となる。
第1段階は労働契約で,① 労働契約そのものと② 就業規則,労働協約で,通常,その①と②とで労働時間の限度が定められている。但し,多くの就業規則では,「業務上の必要があるときは,所定時間を超える労働または所定休日の労働を命じることがある。」などの例外条項があるので,その例外の要件と限度が第2段階以降の問題になる。
第2段階は労働基準法で,言うまでもなく,① 法定労働時間(1日8時間,1週40時間),② 法定休日(1週1日)の定めがあり,労基法が許容するそれらの例外が満たされなければ,その①及び②が罰則をもって労働時間の上限を定めていることになる。但し,変形労働時間制はその①及び②を対象期間内において修正している。
第3段階が36協定で,労基法を超える時間外・休日労働を可能にし,かつその上限を設定する役割を果たす。労基法はそもそも労働条件の最低基準であるのに,最低基準のさらに例外を許容することの問題性を意識しなければならない。長時間労働は,生活時間など労働者の持ち時間を削り取り,健康をむしばむ。
最低基準の例外を許すのは,36協定を締結する労働者過半数代表者または過半数組合だ。労基法を超える時間外・休日労働は絶対にしたくないという労働者がいてもおかしくはないが,そのような労働者の利益が守られなくなってもよいのかについては,慎重に考える必要がある。過半数代表者または過半数組合は,最低基準の例外を許すということの意味と重大性をよく考え,仮に36協定を締結するとしても,使用者の言いなりではない賢明な締結をする義務を負っていると考えるべきである。
1 残業概念の区別① 労基法が定める最低基準の範囲内か否か,② 労基法に基づく割増が必要か否かを判断するには,(ア)a法内残業と時間外労働(b1日8時間超またはc週40時間超)の区別,(イ)d所定休日労働とe休日労働の区別を理解しておく必要がある。
例えば,「1日の所定労働時間7時間,完全週休2日制(土日休)。週の起算は月曜日」が所定時間の場合,「① 平日に8時間勤務」では1時間はa,「② 平日に9時間勤務」では1時間はa,もう1時間はb,「③ 土曜日に出勤して5時間勤務」ではdかつa,「④ 土曜日に出勤して7時間勤務」ではdかつ5時間はa,もう2時間はc,「⑤ 土曜日は休んで日曜日に5時間勤務」ではdかつa(③と同じ),「⑥ 土曜日は休んで日曜日に7時間勤務」ではdかつ5時間はa,もう2時間はc(④と同じ),「⑦ 土曜日に出勤して4時間勤務し,日曜日も出勤して4時間勤務」では土曜日の勤務はdかつa,日曜日の勤務は4時間全部がeとなる。
① 非常時の時間外・休日労働(労基法33条1項)として,「災害その他避けることのできない事由がある場合」に例外が許されている。
② 公務のための時間外・休日労働(労基法33条3項)として,「公務のため臨時の必要がある場合」に,「官公署の事業に従事する国家公務員又は地方公務員」について例外が許されている。現業公務員と,非現業地方公務員のうち病院や公立学校の職員は,ここでの公務員には当たらないので,例外は許されない。
③ 労使協定=36協定に基づく時間外・休日労働(労基法36条)が許されている。
2 36協定(1)要件
① あらかじめ書面による労使協定の締結
② その協定書の労働基準監督署長への届出
(2)技術的注意点
・ 会社単位ではなく,事業場単位(工場,支店などごと)で締結してそれぞれの管轄 労働基準監督署長に届け出る必要がある。
・ 書式は労基署やそのHPにあるが,その書式でなくてもよい。
・ 「事業場の労働者の過半数」というときの労働者は,当該事業場に使用されている全ての労働者なので,正社員だけでなく,パート,アルバイト,部長,工場長などの管理監督者,休職中の者なども分母に含ま れる。他方で,その過半数の代表者に,部 長,工場長などの管理監督者はなれない。なお派遣労働者は派遣元で36協定を締結するので,派遣先の事業場の労働者には含ま れない。
・ 過半数組合がない場合の過半数代表者の選出は,投票,挙手などの民主的手続でなければならない。社長の指名や,親睦会の幹事が自動的に選ばれるなどは許されない。
(3)協定内容の注意点
■ 時間外労働をさせることができる場合や対象業務をいかに具体的に限定できるかが重要で,具体的に限定されていれば,労働者にとって時間外労働が必要になるか否かの予測がつきやすくなり,かつ不必要な残業を避けることが可能になる。労基署のサンプルの表現や使用者側の提案は,幅広く例外が認められるよう抽象的になっている場合が多いので,もっと限定できないかチェックすべき。
■ 超過時間を合理的な範囲に限定できるかも重要である。通勤時間なども考慮して,終業から次の始業まで最低11時間は確保すべきという考え方(インターバル時間)からすれば,1日の時間外労働時間は多くても5時間以内に限られるべきとなる。
なお育児・介護休業法に基づく延長時間の限度として,小学校就学前の子を養育する労働者または要介護状態の対象家族の介護を行う労働者が請求した場合には,事業の正常な運営を妨げる場合を除き,1か月24時間,1年150時間を超える時間外労働をさせることはできない,とされている。
(4)36協定の効力
労基法は法定労働時間を罰則をもって強制している。例えば,36協定のない事業場で,業務繁忙のため,労働者本人の同意を得て1日10時間労働をしてもらったという場合,法定労働時間は最低基準なので,労働者本人の同意があってもそれを下回ることは許されず,労基法違反の犯罪が成立し,刑罰の対象になる。36協定はこの規制を解除するものなので,免罰的効力(犯罪が成立しなくなる)があると言われている。
もっとも36協定だけでは,労働者に時間外・休日労働義務を発生させる根拠にはならない。
(5)36協定の有効期間
労基署は1年とするように言う。労基法施行規則16条2項は,有効期間の定めをしなければならないとするが(但し,36協定が労働協約の形式で締結される場合は有効期間の定めを要しない),その期間の長さの制限はない。
労組が36協定を戦略的に利用するために,あるいは長時間残業や賃金不払い残業を厳格にチェックし,いつでも規制できるようにするためには,手間がかかるようにはなるが,有効期間はできるだけ短くすべき。一度締結してしまうと,有効期間中の中途破棄は難しい。できれば1か月程度が望ましい。
(6)時間外・休日労働義務発生の要件
■ 36協定によって時間外・休日労働をさせても労基法違反ではないようになるということと,使用者が労働者に対して時間外・休日労働を命じることができる=労働者に時間外・休日労働義務が生じるということとは別問題。
■ 日立製作所事件・最判平成3年11月28日労判594−7
「使用者が,労働基準法36条所定の書面による協定を締結し,これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において,当該事業場に適用される就業規則に右協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して時間外労働をさせることができる旨を定めているときは,当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り,労働者は,その定めるところに従い,労働契約に定める労働時間を超えて時間外労働をする義務を負う。」
この最高裁判決によって,「36協定+内容が合理的な,時間外労働を命じることができる旨の就業規則(または労働協約)」があれば,使用者は労働者に対して残業命令を発することができるようになる。
■ しかし,実際の場面で発せられた残業命令が有効か否かは,それほど単純ではない。例えば,時間外・休日労働を命じる業務上の必要性がそれほど強くない場合であれば,36協定における「時間外労働をさせる必要のある具体的事由」との関係で要件非該当として,残業命令無効となる可能性もある。労働者に育児,介護など時間外・休日労働を行わないやむを得ない事由がある場合には,要件該当性は認められても残業命令が権利濫用となる可能性もある。また特に休日労働命令の必要性の判断は厳格にすべきとする考え方が強い。
結局,不本意な残業を避けるためには,36協定における残業事由の厳格化,労働協約における残業事由の厳格化や労働者都合の要配慮,就業規則での労働者意見で残業を安易に受け入れないなど,工夫をすればするほど残業を限定することができる。
これまでは36協定で定める時間外労働の上限時間に,法律上の制限はなかったが,2018年の労基法改正によって,2019年4月から罰則付き上限規制が始まることになった。
1 時間外労働の上限(限度時間)月45時間,年360時間で,臨時的な特別の事情がなければこれを超過できない。1年単位の変形労働時間制では,月42時間,年320時間。
なお工作物の建設等の事業,自動車運転業務,新技術,新商品等の研究開発業務には限度時間の適用はない。
2 特別条項付き協定(限度時間の超過を許す例外)臨時的な特別の事情が予想され,労使が特別条項付き協定を締結した場合には,法定労働時間の定めの例外の例外が許されることになる。
(要件)
① 「特別の事情」は「臨時的なもの」に限られる。ここでの「特別の事情」は,限度時間以内の時間外労働をさせる必要のある具体的事由よりも限定的である必要がある。
② 限度時間を延長する場合の労使の手続について定める必要がある。例えば,「労働者代表者及び本人の同意」とすることが望ましい。
③ 特別延長時間の上限
労使が合意する場合でも,年720時間,複数月平均80時間以内(休日労働含む),月100時間未満(休日労働含む)を超過できない。月45時間を超過できるのは,年間6か月まで,とされている。
④ 限度時間を超える時間外労働については,25%を超える割増率とするように努めなければならない。
⑤ 限度時間を超えて労働させる労働者の健康確保措置。
なお労基署やそのHPでは,2019年4月以降の36協定記入例を紹介しているので,そのサンプルを早い目に入手して検討しておくべきである。
・ 36協定は労働者側がそもそも締結する義務はなく,締結しなければ使用者は時間外・休日労働を一切させることができなくなる。
・ 限度時間,残業必要と認められる事情,本人事情の考慮,割増率など,いくらでも自由な条件交渉ができる。
■ したがって36協定の締結については,労働時間管理関係の要求実現の手段として,慣例や常識にとらわれず,場合によっては不締結の選択肢も残しつつ,職場の労働者の意見を幅広く聞いて自由な交渉をすべき。
2 その他の要求実現の手段として・ 賃上げ,一時金,労働時間短縮その他様々な要求実現の手段として,36協定の締結を位置づけることも,職場の労働者の支持が得られる限りは,何の問題もない。
■ 使用者にフリーハンドを与える長期の36協定を締結しない!
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