《第607号あらまし》
 2019年新年挨拶
 年頭のあいさつ2019
 実務研修会の報告「職場のパワーハラスメントの予防と解決に向けて」
     <報告1>パワハラによる精神障害の労災認定基準
     <報告2>パワハラの判例について



2019年新年挨拶

代表幹事 弁護士 羽柴  修


1 明けましておめでとうございます。さて年明け早々、厚労省の「毎月勤労統計」の不正調査問題が発覚、雇用保険・労災保険などの過小給付の対象者は2015万人、給付総額は564億円に達し(経費は別)、19年度予算案の中身を変更する事態になっています。昨年、1月29日衆院予算委員会で、安倍首相は「厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方に比べれば、一般労働者よりも短いというデータがある」と結果的に虚偽答弁を行ったのですが(安倍さんは平気で嘘をつく)、その舌の根も乾かないうちに、今度は同じ厚労省による不正データ問題が発覚しました。どうも今回は、不正であることを知りながら、不正データ使用の場合の対応マニュアルまでつくっていたというから驚きです。こうした資料を駆使する総務省役人が怒り心頭で許せないと言っていました。

2 さて不正データ問題発覚直後ではありますが、今年も懲りずに日本労働弁護団「2018年版労働者の権利白書」の「労働者の現状と課題」から「怒り心頭の総務省」統計局平成29年労働力調査年報によれば、2017(平成29年)の役員を除く雇用者は5381万人、内、正規の職員・従業員は3432万人、非正規の職員・従業員は2036万人、年間の平均給与は正規労働者が487万円、非正規労働者が172万円で、格差は2.83倍です(昨年と変わらず)。2018年度の「現状と課題」では、非正規の職員・従業員に就いた理由について触れています。理由で最も多いのは、男女共に「自分の都合のよい時間に働きたいから」で、男性は前年より8万人増加、女性は16万人増加、男女の理由別でみると、男性の場合は「自分の都合のよい時間に働きたいから」が157万人(26.6%で前年より8万人増加)で最も多く、次いで「正規の職員・従業員の仕事がないから」とする人が134万人(22.7%で13万人の減少)。女性の場合は、「自分の都合のよい時間に働きたいから」が383万人(29.1%)と最も多く、16万人の増加、次いで「家計の補助・学費などを得たいから」とする人が330万人(25.0%)で2万人の増加だそうです。この実態をどうみるかですが、人出不足と言いながら、非正規の職員・従業員を正規職員として採用しないでおいて、形振り(なりふり)構わず入管法の改正を強行して、低賃金の外国人労働者から搾取しようとする大企業(経団連)の様が透けて見えます。非正規労働者問題は複雑な構造的要因を抱えていますが、団塊世代の全てが後期高齢者に突入する、そう遠くない時期までには解決しなければならない課題です。

3 さて、「働き方改革」問題が国会で審議される中で、日本の労働者・労働組合のおかれた「現状と課題」が明らかになってきたと思いますが、私たち弁護士事務所に現実に持ち込まれる相談は、未払い残業手当の請求問題と、職場におけるいじめ、パワハラ問題です。特に後者の問題はある意味、深刻であり、こうした風潮を助長するネット社会の匿名による非難、バッシング問題なども含めて、起きた事件に対処するだけでは解決にはなりません。自らを累の及ばない地点において、やりたい放題で責任をとろうとしない社会構造に踏み込む必要あります。国政レベルでも安倍内閣の無責任体質が極まったというべきですが、これを許してしまう、私たち市民社会の側の有りようも無視できません。フランスや韓国で起きた直接行動に比べて、私たちの国の市民は何と寛容かつ礼儀正しいのかと感嘆してやまないのは私だけでしょうか?

今年も頑張りましょう。

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年頭のあいさつ2019

代表幹事 兵庫県医療労働組合連合会 書記長 門  泰之


新年あけまして、おめでとうございます。

今年は憲法の「改憲・発議」を許すのか否か、日本の針路を左右する大きな山場となります。

安倍政権は発足からの6年間で、国民世論を無視し、安保法制、働き方改革関連法、入管法などを数の力で強行成立させてきました。さらに、オスプレイやイージス・アショアの配備を推進させるなど、アメリカと大企業優先の政策を進めています。

社会保障費は年々削減しながら、防衛費は膨張し続け、貧困と格差は拡大しています。

また消費税増税とセットに「全世代型社会保障改革」と称し、女性の活躍、一億総活躍の社会を創り上げるとしていますが、社会保障の拡充を求める国民の願いに背を向け、全世代への負担増を強いることは明らかです。

医療・介護・年金・生活保護などの社会保障の改悪は、憲法25条が保障する国民の健康権・生存権を脅かすものです。

憲法が活かされる職場・社会の実現をめざし、今年もがんばりましょう!

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実務研修会の報告「職場のパワーハラスメントの予防と解決に向けて」
<報告1>パワハラによる精神障害の労災認定基準

弁護士 本上 博丈


1 精神障害の労災認定状況

平成29年度の全国の請求件数1732(うち自死221),そのうち支給決定件数506(同98),兵庫県の請求件数83(同9),そのうち支給決定件数22(同4)で,ここ数年の労災認定率は3~5割弱くらい。請求件数は明らかな増加傾向にあり,支給決定件数もやや増加している。

精神障害の労災が認められやすいと言える状況にはない。


2 職場のパワーハラスメントの定義等

厚生労働省関係の定義としては,同省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の平成24年3月「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」の中での定義がある。労災認定基準の中で「パワーハラスメント」の定義は特にない。

(1)提言における定義

「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」

留意点としては,

① 上司から部下に対するものに限られず,職務上の地位や人間関係といった「職場内での優位性」を背景にする行為が該当する。

② 業務上必要な指示や注意・指導が行われている場合には該当せず,「業務の適正な 範囲」を超える行為が該当する。

(2)典型的な6類型

① 身体的な攻撃/暴行・傷害

② 精神的な攻撃/脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言

③ 人間関係からの切り離し/隔離・仲間外し・無視

④ 過大な要求/業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害

⑤ 過小な要求/業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと

⑥ 個の侵害/私的なことに過度に立ち入ること


3 厚生労働省労働基準局長平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下,認定基準)

(1)認定基準の全体像

① 精神障害の発病(ICD-10のF2~F4の疾病)

② 精神障害の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること

③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

※ 心理的負荷の強度は,当該労働者が主観的にどう受け止めたかではなく,同種の労働者(職種,職場における立場や職責,年齢,経験などが類似する人)が一般的にどう受け止めるかという客観的評価による。

(2)②のうちパワハラ関連の具体的出来事~出来事の類型は⑤対人関係

(ⅰ)項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」

「嫌がらせ,いじめ」=上司が部下に対して行った業務指導の範囲を逸脱した言動と同僚等が多人数で結託して行う不快な言動(誹謗中傷,無視等)。

→ この項目の平均的な心理的負荷の強度はⅢ(強に相当)

(具体例)

(ア)強と判断する例

・ 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた。

・ 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた。

・ 治療を要する程度の暴行を受けた。

(イ)中と判断する例

・ 上司の叱責の過程で業務指導の範囲を逸脱した発言があったが,これが継続していない。

・ 同僚等が結託して嫌がらせを行ったが,これが継続していない。

(ウ)弱と判断する例

・ 複数の同僚等の発言により不快感を覚えた(客観的には嫌がらせ,いじめとはいえないものも含む)。

(注意点)

● 嫌がらせ等の内容,程度等とその継続する状況の視点から総合評価を行う。

● 上司からの業務指導の範囲内である指導・叱責や,業務上の対立を原因とする心理的負荷は「上司とのトラブルがあった(項目30)」で評価する。

● 発端は業務指導であったとしても,結果的に業務指導の範囲を逸脱した言動が含まれる場合には,項目29で評価する。

● 当該労働者の業務遂行能力のなさや素行上の問題,不正行為等に原因がある場合でも,正当な懲戒処分や査問組織等による調査によらない不当な退職強要やいじめ,嫌がらせは容認されるべきではなく,生じた出来事(退職強要やいじめ等)の態様に着目して心理的負荷の評価を行う。原因が当該労働者にあっても,上司から治療を要する程度の暴行を受けた場合には,項目29の強の具体例に該当し,その心理的負荷は強と考えられる。

(ⅱ)項目30「上司とのトラブルがあった」

「トラブル」=仕事をめぐる方針等において明確な対立が生じたと周囲にも客観的に認識されるような事態や,業務指導の範囲内と評価される指導・叱責等

→ この項目の平均的な心理的負荷の強度はⅡ(中に相当)

(具体例)

(ア)強と判断する例

・ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,孫呉の業務に大きな支障を来した。

(イ)中と判断する例

・ 上司から,業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた。

・ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような対立が上司との間に生じた。

(ウ)弱と判断する例

・ 上司から,業務指導の範囲内である指導・叱責を受けた。

・ 業務をめぐる方針等において,上司との考え方の相違が生じた。

(注意点)

● トラブルの内容,程度等,その後の業務への支障等の視点から総合評価を行う。

(3)恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価

出来事が発生した前や後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合,心理的負荷の強度を修正する要素として評価する。

ア 上司から,業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた。→中

イ アの前1か月に100時間以上の時間外労働が認められた。

ウ アの後すぐに(概ね10日以内に)発病したと認められた。

→ 総合評価は強(認定基準別表1の2②


4 労災請求における注意点

(1)精神障害の発病関係

① 生存事案では,精神科関係受診による確定診断を受けていることが前提。職場のストレスに理解があり,労災請求等に協力的な精神科医が望ましい。

② 自死事案では,生前に精神科受診歴のないことが少なくない。生前の本人の生活状況,健康状態,発言等から,精神障害発病の有無,時期を推認する。労基署長が自死事案で発病なしを理由に不支給決定をすることはまずないので,発病の有無に神経質になる必要はない。しかし,発病時期の特定は結論を左右するので,慎重に検討する必要がある。

(2)具体的出来事関係

① 心理的負荷の強度を評価する対象となる具体的出来事と言えるためには,一般的抽象的にしばしばパワハラを受けたということでは足りず,5W1Hを特定した具体的場面として主張できる必要がある。またパワハラをした人間や会社は,パワハラを否認し,もしくはごまかすのが普通だから,言った言わないの水掛け論になりやすい。

→ 5W1Hを特定した具体的場面として主張できるだけの記録化と否認に対抗できるだけの証拠確保=データか文字で残すことが重要。

(例)スマホ・ICレコーダーなどでの録音,できるだけ直後のできるだけ詳細なSNS発信や日記・メモ

② 項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」が認められるのは,よほどひどい場合に限られているのが実情。

(例)厚労省パンフ「連日のように叱責を繰り返し,その際には,「辞めてしまえ」「死ね」といった発言や書類を投げつけるなどの行為を伴うことも度々あった。」

③ 多くの認定例,特に自死事案では,具体的出来事+恒常的長時間労働で強と総合判断されている場合がほとんど。なので,労働時間のチェックと証拠確保(タイムカードなど)も忘れないようにする。

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実務研修会の報告「職場のパワーハラスメントの予防と解決に向けて」
<報告2>パワハラの判例について

弁護士 増田 正幸

  
  

1 パワハラとは

同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(上司から部下に行われるものだけでなく,先輩・後輩間や同僚間などの様々な優位性を背景に行われるものも含まれる)を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。

セクハラは密室で行われることが多く,ハラスメントの事実の立証が困難であるが,ハラスメントの事実が立証されれば違法性が認定されるのに対し,パワハラはセクハラに比べると第三者の面前で,あるいは公然と行われる場合があり,その場合は事実の立証はセクハラよりは容易になるが,事実が認められても直ちに違法という評価がなされるとは限らない点に特色がある。


2 パワハラの類型には以下のようなものがある。

① 身体的な攻撃(暴行・傷害)

② 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間はずし・無視)

④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害)

⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)


3 上記の内,①~③の行為類型は違法性が高いとされ,その回数が1回限りのもので,程度が著しく低いなどの特段の事情のない限り,業務の適正な範囲を超えるものとして違法と判断される可能性が高い。いいかえると,パワハラの認定にあたっては,①~③に該当する事実の存否に力点が置かれる。

これに対し,④~⑥の行為類型は,通常は業務指導の一環として行われるので,「業務の適正な範囲」を超えることによって初めて違法と判断される。外形的事実関係に争いがあることは少なく,当該言動または業務上の措置の存在を前提として,それが業務の適正な範囲内にあるといえるかどうかという評価が問題となる。

しかし,「業務の適正な範囲」を超えるか否かの判断は非常に難しく,第1審と控訴審で結論が逆転するケースも珍しくない。


4 適正な業務指導との線引き

(1)前田道路事件

Y社は建設業を営んでおり,Xは同社において建設施工業務に従事し,営業所長に昇進したが,昇進後,架空出来高を計上するなど不正経理を行っていたことが発覚し,上司は当該不正経理を早期に是正するよう指導したが,Xは1年近く是正しなかったため,上司がXに対して日報報告の際,電話でたびたび叱責したり,業績検討の会議において,「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが,辞めても楽にならない」旨の発言を行った。Xはその会議の3日後に,「怒られるのも,言い訳するのも,つかれました」と記した遺書を残して自殺したという事案。

1審(松山地判平成20年7月1日労判968−37)は,上司の叱責を違法として,6割の過失相殺をした上で,Y社に3000万の損書賠償を命じた。

これに対し,2審(高松高判平成21年4月23日労判990−134)は架空出来高の計上等につき,上司らの是正指示から1年以上が経過した時点においても是正されていなかったことなどを考慮すれば,上司がXに対し,不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度厳しい改善指導をすることは,上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものといえ,社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものとは評価できず,上司らの叱責等を違法ということはできないとして,請求を棄却した。

(2)A保険会社事件

Xは,A社のBサービスセンターで勤務するところ,その上司であるYが,エリア総合職で課長代理の地位にあるXに対し,その地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤督促する趣旨で,「意欲がない,やる気がないなら,会社を辞めるべきだと思います。…会社にとっても損失そのものです」,「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ。…これ以上,迷惑をかけないで下さい。」などと記載された電子メールを,Xとその職場の同僚に送信した。Xはこのメール送信がハラスメントに当たるとして,損害賠償を求めた。

1審(東京地判平成16年12月1日労判914−86)は,業務指導の一環として行われたものであり,嫌がらせとは言えず,Xの人格を傷つけるものではないとして請求を棄却した。

これに対し,2審(東京高判平成17年4月20日労判914−82)は,本件メール送信の目的は是認することができるが,本件メール中には,「やる気がないなら,会社を辞めるべきだと思います。…会社にとっても損失そのものです。」という,「退職勧告とも,会社にとって不必要な人間であるとも受け取られるおそれのある表現が盛り込まれており,これがX本人のみならず同じ職場の従業員十数名にも送信されている」。「この表現は,人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって,Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり,送信目的が正当であったとしても,その表現において許容限度を超え,著しく相当性を欠く」ものであって,違法であると認定し,5万円の慰謝料支払義務を認めた。

(3)U銀行(パワハラ)事件(広島高判平成24年11月1日公刊物未掲載)

療養をして職場復帰直後であったXのミスに対し不満を募らせた上司のYが「辞めてしまえ」「足引つ張るばあすんじゃったら,おらん方がええ。」「今まで何回だまされとんで。あほじゃねんかな,もう。普通じゃねえわ。あほうじゃ,そら。」「いつまでもそこ居れ。」「何をバカなことを言わんべ」等と強い口調でXを責めたり,「××(他の労働者の名前)以下だ」などと言ったという事案。

第1審が療養復帰直後であり,後遣症等が存するXにとっては,健常者以上に精神的に厳しいものであったと考えられ,それに対してYは全く無配慮であったことに照してパワハラに該当すると判断したのに対し,控訴審は,Yの発言(録音が存在する)は,Xの具体的なミスに対してされたものであり,注意や叱責が長時間にわたったわけではなく,口調も常に強いものであったとはいえないこと,上記発言に至った前後のやりとりも明らかではないことを考慮すれば,上記録音から認められるYの行為が,ミスをした直属の部下社員に対する叱責として,社会的な許容範囲を超え,Xの人格や尊厳を侵害する違法性の強いものであるとまでは認められないとして請求を棄却した。

(4)業務の適正な範囲を超えるか否かについては,以下のような事情が判断要素とされる。

ア 人格否定,名誉毀損となる発言

・「ぶち殺そうかお前」

・「いい加減にせえよ。ぼけか。あほちゃうか。」

・「馬鹿だな」「使えねえな」

・「大学出ても何にもならないんだな。」「事務をやってる女の子でもこれだけの仕事の量をこなせるのに,お前はこれだけしか仕事ができないのか。」

・「どうしていつもあなたはそうなの」「なんでできないの」「人間失格」「あなたの顔を見るとイライラする」

・「新入社員以下だ。」「おまえは馬鹿」

・「田舎の病院だと思ってなめとるのか」「その仕事ぶりでは給料分に相当していない」「両親に連絡しようか」

イ 退職,解雇,処分を示唆する言動の有無

・「意欲がない,やる気がないなら,会社を辞めるべき」「会社にとっても損失」

・「うつ病みたいな辛気くさいやつは,うちの会社にはいらん。」

・「辞めていいよ。辞めろ!辞表を出せ」

・「会社を辞めた方が皆のためになるんじゃないか」「お前みたいなやつはもうクビだ。」

ウ 本人の帰責性,業務上の指導の必要性の有無

エ 本人の立場,能力,性格

新人かベテランか,派遣社員か正社員か,能力や性格の相違等

オ 指導の回数,時間,場所


5 パワハラにより自殺をしたり,精神疾患に罹患する,退職を余儀なくされるといった場合でなければ,慰謝料の金額はきわめて低い。

(1)シー・ヴィー・エス・ベイエリア事件(東京地判平24年11月30日労判1064−86)

Y社はコンビニの店舗運営をしている会社でC店長は,Xから同僚Dと揉めて殺されそうである旨の連絡を受けて所定労働時間より早く出勤し,X,Dらと話をしようとしたが,話が済む前にXの退勤時間(午前9時)を過ぎたことから,Xが退勤しようとしたため,C店長は退勤しようとするXを制止しようとして激しい口論となり,「(当日午後5時からの出勤について)あなた今日出勤しないでください。お金は払います。お金は払うんで来なくていいんです。」といい,さらに,「お前ふざけんなよ。この野郎,うんじゃねえんだよおめえよ。この野郎。カメラ写ってようが関係ねえんだよ。こっちはよー,ばばあ,てめえ,この野郎,何考えてんだよ」「店に来んなよ。来んなよ。辞めろよ。」「どうするの。じゃ,今日来るなよ。二度と来んなよ。二度とな。」等と述べた。

裁判所は,C店長が勤務時間終了を理由に帰宅しようとするXに立腹して,上記のような発言をしたことは違法であるとして,5万円の慰謝料の支払いを命じた。

(2)プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件(神戸地判平成16年8月31日労判880−52)

Xは市場調査業務を担当する従業員,Yは洗濯洗浄関連製品等の研究開発・販売等を行う会社である。Xが退職勧奨を拒否したところ,自主的に退職するよう追い込む目的で,仕事を与えずもっぱら,社内公募による異動先探しのみを行わせ,さらにその後,新職務に配転したうえで,降格した。

裁判所は,「従前の仕事を止めさせ,もつばら社内公募制度を利用して他の職務を探すことだけに従事させようとしたのは,実質的に仕事を取り上げるに等しく,いたずらに原告に不安感,屈辱感を与え,著しい精神的圧力をかけるものであって恣意的で合理性に欠ける」,「退職に追い込もうとする動機・目的によるものと推認することができる」として,配転・降格を無効とした。

さらに,使用者は,労働者を適切に就労させ,不当な処遇をしてその人格の尊厳を傷つけないよう配慮すべき義務を負っているところ同配慮義務に違反したとして,「通常の職務に就くことができず,能力を発揮し,昇給の機会を得ることができなかった無形の損害」として50万円の慰謝料の支払いを命じた。


6 立証上の問題

(1)とくに上司の言動をハラスメントとして責任追及をする場合には,その立証が難しい。しばしば,携帯電話やボイスレコーダーで(相手方に気づかれないように)録音することが行われる。相手方に録音していることを秘して録音された会話も証拠として通用し,それが決定的な証拠となる場合もある。ただし,録音する際に,自己に有利な(ハラスメントを裏付ける)相手方の言質をとるために,誘導的な質問をしたり,わざとふてくされたような態度を取って相手方を立腹させるなどして録音したと認定されて証拠としての価値が認められなかったケースがあるので,録音する場合にも注意を要する。

(2)三洋電機コンシューマエレクトロニクス事件(広島高裁松江支部平成21年5月22日労判987−29)

X(有期契約労働者)が他の社員の不適切な言動についてY会社の取締役の携帯電話に直接電話して指導を要請したことに対し,当該取締役の指示で人事課長がXと面談した際の人事課長のXに対する「指導」がハラスメントか否かが争われた事案。

面談の際の人事課長の,「正義心か知らないけども,会社のやることを妨害して何が楽しいんだ。あなたはよかれと思ってやっているかもわからんけども,大変な迷惑だ,会社にとっては。そのことがわからんのか。」「全体の秩序を乱すような者は要らん。うちは。一切要らん。・・・何が監督署だ,何が裁判所だ。自分がやっていることを隠しておいて,何が裁判所だ。とぼけんなよ,本当に。俺は絶対,許さんぞ。」「会社がやっていることに対して妨害し,辞めてもらう,そのときは。そういう気持ちで,もう不用意な言動は一切しないでくれ。わかっているのか。わかっているのかって聞いているだろう。」という発言の録音テープが証拠として提出された事案で,第1審はパワハラを認定してY会社に慰謝料300万円の支払いを命じたが,控訴審では慰謝料額は10万円に削られた。

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