2020年2月13日、神戸市勤労会館において、兵庫民法協春闘学習会が行われたので、以下に報告します。参加者は33名でした。
1 開会宣言に引き続き、講演として、姫路総合法律事務所の吉田竜一弁護士より、「『働き方改革』一括法のもとでの同一労働同一賃金原則‐パートタイム・有期雇用労働法8条を中心に‐」と題し、ご講義頂きました。内容は以下の通りです。
(1)「働き方改革」の実質は「働かせ方改革」であること安倍政権は、2018年6月、いわゆる「働き方改革」一括法の採決を強行、自公両党、日本維新の会、希望の党等の賛成で可決成立した。「働き方改革」一括法(改正法)は、8本の法律の改正案を一括した法案で、安倍政権が「第三の矢・構造改革の柱となる改革」としていたものであるが、その実質は、労働者保護を目的としたものではなく、正社員をなくし幹部正社員と非正規労働者だけにするという本質をもった「生産性向上」を目的とする「働かせ方改革」である。
(2)法改正までの経緯国の調査によると、1985年から、正規労働者の人数はほぼ変わらない一方、非正規労働者は増え続け、2016年には全体の37%に達している。問題は、やっている仕事も働いている時間も同じなのに賃金だけが著しく低いということで、大きな問題とされてきた。
この点、同じ仕事、同じ時間の労働で正社員の6割しか賃金が払われなかったことに対して損害賠償を請求した丸子警報機事件(平成8年3月15日長野地裁上田支部)で請求が一部認容されたことを契機に、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止を定めた労働契約法20条、パートタイム労働法8条、9条が整備されたが、不合理とは言えない相違・格差があることは認められており、同一労働同一賃金の原則そのものではなかった。
そこで2018年、非正規社員について、①不合理な待遇差の禁止、②待遇に関する事業者の説明義務、③行政ADRに関し、改正法により統一的に整備することとされた。改正法は、労契法20条に関してハマキョウレックス事件・長澤運輸事件の最高裁判決が示した解釈を前提にしたものであるが、職務の内容・人材活用の仕組み・その他の事情という3つの要素から不合理とは言えない相違・格差は認められるとするもので、均等原則ではなく均衡原則であり、同一労働同一賃金の原則を正面から認めるものとはなっていない。
もっとも、改正法の施行後は、改正法に基づく指針として改正法と同時に施行される同一労働同一賃金ガイドラインが、実務や司法判断においても重視されるため、その内容を正確に把握しておくことが重要となる。
(3)同一労働同一賃金ガイドラインア 基本給
労働者の能力または経験に応じて支給するもの、業績または成果に応じて支給するもの、労働者の勤続年数に応じて支給するもの、勤続による能力の向上に応じて行う昇給のいずれについても、短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との比較においてそれが同一であれば、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。
イ 賞与
会社の業績への労働者の貢献に応じて支給するものについて、短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との比較においてその貢献が同一であれば、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。
ウ 手当
役職手当、精皆勤手当、時間外労働手当、通勤手当、地域手当等の各種手当についても、短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との比較においてその仕事の内容が同一であれば、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。
エ その他
福利厚生や教育訓練等も同一の待遇にしなければならない。指針に記載のない住宅手当・家族手当・退職金等は、パートタイム・有期雇用労働法の解釈としてその性質目的に応じた判断がされることになる。
(4)改正法による待遇改善施策で問題となりうる点ア 比較対象となる通常の労働者とはどのグループの労働者か
非正規労働者は不合理な待遇差の是正を求める際、通常の労働者の中でどの労働者との待遇差について争うのかについては、不合理だと訴える非正規側が選ぶことができる。
イ 正社員の賃金等を引き下げて均衡均等を実現することの是非
大企業の内部留保額からすれば、正社員の賃金を引き下げずとも均衡均等の実現は十分可能。しかし、ガイドラインは、労使合意による正社員の賃金を引き下げることによる待遇差改善を全面的には否定していない点に注意が必要。労使が合意をすれば、合理性を問題とするまでもなく変更された就業規則が同意した労働者を拘束する。個別合意でなく労働組合との合意でも足りる。このことを労働組合は十分に留意しておくべき。
(5)最後に非正規労働者の劣悪な労働条件が正社員の労働条件も押し下げていること、非正規労働者の増大がブラック企業を蔓延させていることが根本的問題である。厚労省のリーフでは「多様で柔軟な働き方を選択できるようにします」とあり、結局、選択した本人の自己責任とする論法である。改正法も、非正規労働者の格差を固定化しかねない危惧が解消されていない。改正法の内容は不十分なもので、労働者・労働組合の奮闘なしに非正規労働者の賃金の改善・正社員の賃金底上げは実現しない。
2 講義終了後、会場からは、①公務員にも期間限定雇用が激増しており、正規公務員との差が大きい。公務員の待遇格差についても国の対策が求められる、②ADRの整備というが、あっせん案は義務付けられておらず、実効性に問題がある、などの意見や質問が出されました。
このページのトップへいまや日本国内、いや世界が新型コロナウイルスのパニックに陥っている。このようなときには、理不尽なことが起きやすい。
そこで、落ち着いて対処するために、当面の労働問題について解説したい。なお、政府・地方公共団体・各企業がそれぞれ対策を考えているようなので、日々かわるこれらの対策についてはそれぞれ確認していただきたい。
(1) 労働者本人が新型コロナウイルスに罹患したときは、法律上の「指定感染症」となったので、就業制限が行われる。会社も休業命令を出すはずである。
その場合、一番問題となるのは、休業補償である。労働基準法26条では、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」の場合には休業手当を支払わなければならないが、感染は通常、使用者の責任ではないので休業手当は支払われない。ただし、健康保険に加入している場合は、健康保険組合から傷病手当金が支払われる。専門的に説明すると、療養のために労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、直近12か月の平均の標準報酬日額の3分の2の金額が支給される。
もちろん、有給休暇を取得する方法も考えられる(その場合は全額給与は支給される)が、取得日数の制限もあるので、お勧めするわけではない。
(2) 以上に対して、発熱があるけれども新型コロナウイルスかもしれないので自主的に休むときは、感染症法は適用されない。
したがって、発熱があるから休むとした場合は、会社に病気休暇制度がなければ有給休暇を取得するほかない。その場合は、給与は全額補償される。
年次有給休暇は労働者の権利であるため、制限日数以内であれば自由に取得できる。発熱症状がある以上は、会社が有休取得を拒否することはまずできない。
なお、発熱などもないのに、単に怖いからというだけで有給休暇を取得できるかといえば、有給休暇は理由を問わず取得できるので、有給休暇取得は可能であるが、会社から時季変更を指定される可能性もある。
会社が出社命令をだしても、それは無効である(有給休暇が優先する)。
(3) 微熱があるけれども新型コロナウイルスかもしれない状況で、自分は出勤したいし出勤できるのに、会社から休業命令が出された場合は、より複雑である。
指定感染症に該当しないのに会社が休業命令を出すとすれば、法律上は「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当たるので、休業手当は支払われるべきである。
(4) なお、これらの休業手当や有給休暇などの法律上の制度は、正規労働者に限らず、アルバイト、パートタイマー、有期雇用契約者、派遣労働者にも適用される。外国人かどうかなどは全く関係ない。
有給休暇について説明すると、有給休暇制度は、法律上、雇い入れの日から6か月経過していて、その期間の全労働日の8割以上出勤していることが要件である。日数は、就業年数などに応じて変動する。
(1) 現在一番問題となっているのは、子どもの保育園・学校が臨時休園・休校になった場合であろう。
子どもが臨時休校になった場合でも、子どもは病気でなければ看護休暇を取得することはできない。
そうすると、有給休暇取得で対応するほかない。有給休暇を使い果たしてしまって休職すると場合は、労働者にはなんら補償はない。現在、厚労省は「臨時休業した小学校や特別支援学校、幼稚園、保育所、認定こども園などに通う子どもを世話するために従業員(正規・非正規を問わず)に有給の休暇(法定の年次有給休暇を除く)を取得させた会社に対し、休暇中に支払った賃金全額を助成(1日8,330円が上限)する予定です」と説明しているが、これは直接労働者に対して補償するものでなく、支給水準も不十分である。
(2) 同居家族が新型コロナウイルス感染症になった場合は、感染症法の直接の対象とならない。したがって、労働者に対して就業制限は課せられない。
それでも、会社が休業命令を出した場合は、法律上は「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当たるので、休業手当は支払われるべきである。
その反対に、会社が休業命令を出さないけれども労働者として休みたい場合のであれば、子の看護休暇を取得するか、有給休暇を取得することになるであろう。
(1) 会社内でコロナウイルス発症者が出た場合は、かなりにパニックが予想される。
ここでまず大事なのは、会社には安全配慮義務(労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮を行う義務)が存在する。したがって、会社は、社内でコロナウイルス発症者が出た場合は、職場環境を保たなければならない。
労働者が休みたい場合は有給休暇取得で対応できるが、有給休暇取得を会社が認めないとか時季変更を求めてくるような場合は、会社が安全配慮義務違反に問われる可能性もある。この場合は、損害賠償責任も発生する。また、妊娠中などで感染不安が大きい場合は配置転換などを求めることもあり得るであろう。
(2) マスク着用を命じられた場合は、当然、会社の都合による命令であり、かつ安全配慮義務上も、マスク着用の費用は会社負担である。高騰するマスクを並んで購入するのも会社の業務である。
(1) 新型コロナウイルスの感染防止のため、にわかに脚光を浴びたのが在宅でのテレワークである。今回の騒動で、想像以上にテレワークが拡大していたこと(助成金もある)を実感するとともに、テレワークに対応できていない会社では労働者が自宅の電話前でヒマしているなどといった冗談も聞かれる。
(2) 在宅テレワークの場合であっても、会社の指示による業務命令には変わりがない。したがって、在宅テレワークで残業を余儀なくされた場合は残業代の請求ができるし、もし仕事中にケガをした場合は労災補償の対象にもなる。
そのかわり、命じられた場所・命じられた時間は働かなければならないから、勝手に買い物に出かけたりすることは業務命令違反であり、場合によっても懲戒処分の対象になる。そもそも、在宅テレワークを命じるのは、感染予防のためであるから余計な外出は、当然、業務命令違反である。
コロナウイルス騒動が長く続く場合は、会社経営状況の悪化や倒産も考えられる。解雇や有期雇用労働者の雇止めがなされた場合は、いわゆる整理解雇の4要件に照らして、解雇等の必要性・回避努力の有無・選定の適正・労働者側との話し合いなどを勘案して、その有効性が判断される。
退職勧奨があった場合でも、それに応じるかどうかは自由なので、その旨を伝えればよい。しつこい退職勧奨は、強要であり、違法無効となることもあり得る。
なお、政府は「新型コロナ特措法」を成立させたが、緊急事態を宣言して国民の権利を制限剥奪する権限を内閣総理大臣に与えるもので、労働者の権利擁護には全く役立たないどころか逆行である。
このページのトップへ皆様初めまして。三田あじさい法律事務所に勤務しています植草貢と申します。修習期は72期、修習地は神戸でした。私は、大阪と京都に住んだことがあるのですが、いずれの都市も観光客が多く、その観光客に磨かれた地元府民はとてもパワフルでした。そのパワフルさについて行けず、神戸ならばハイソであろうと期待して修習地に選びました。その真相は…。
ところで、私が法曹を目指したきっかけは、その高い信頼と、業務の幅の広さです。私は、社会保険労務士をしていました。その際、私が詳細に調査した法令に基づいてした意見よりも、(社会保障法を知らないと思われる)弁護士の意見の方を依頼者が採用したことがありました。それに悔しい思いをしたのと同時に、市民に信頼される法曹という職に強く憧れるようになりました。また、労働問題は複雑化し、労働審判制度の利用も進むにつれ、訴訟も含めて総合的に扱うことができること、すなわち、目の前の困っている人を自分が助けてあげられる業務の幅に魅力を感じました。法曹になった今も、この気持ちを忘れずに頑張ろうと思います。
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