1 従業員の70歳までの就業確保に努めることを企業に義務付ける改正高年齢者雇用安定法(「高年法」)などが3月31日の参院本会議で賛成多数で可決・成立した。企業は,65歳に達した労働者に対し,定年の廃止や延長,継続雇用制度を設けるか,従業員の起業や社会貢献活動を支援することが求められる。来年4月に施行される。
2 我が国の総人口(2019年9月15日現在推計)は,前年に比べ26万人減少している一方,65歳以上の高齢者人口は,3588万人と,前年(3556万人)に比べ32万人増加し,過去最多となった。総人口に占める割合も28.4%と,前年(28.1%)に比べ0.3ポイント上昇し,過去最高となった。
人口に占める高齢者人口の割合の推移をみると,1950年(4.9%)以降一貫して上昇が続いており,1985年に10%,2005年に20%を超え,2019年は28.4%と高齢化が進行している。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると,この割合は今後も上昇を続け,2025年には30.0%となり,第2次ベビーブーム期(1971年~1974年)に生まれた世代が65歳以上となる2040年には,35.3%になると見込まれている。
2019年の65歳以上の高齢者の総人口に占める割合を比較すると,日本(28.4%)は世界で最も高く,次いでイタリア(23.0%),ポルトガル(22.4%),フィンランド(22.1%)などとなっている。シンガポールの11.7%,中国の9.7%,インドの5.6%(いずれも2015年の数値)と比べると約5倍の差がある。
3 2012年の高年齢者雇用安定法改正では60歳で定年を迎えた社員のうち,希望者全員に対して,「定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」「定年制の廃止」のいずれかの「高年齢者雇用確保措置」を採って,65歳まで雇用することを義務付けた。
4 2020年の今回の改正では,
①定年を65歳まで延長していた使用者に対しては,定年をさらに70歳に延長すること,あるいは定年はそのままで65歳に達した後に70歳まで再雇用すること
②60歳定年を延長せず,定年に達した労働者を65歳まで再雇用していた使用者に対しては,65歳に達した後も再雇用して,70歳まで雇用継続すること
③定年を廃止すること
に加え,「創業支援等措置」として,労働者の過半数代表者(労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合の,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者)の同意を得た上で,雇用以外の「創業支援等措置」として10条の2但書として
④新たに事業を開始する高年齢者との間で労働契約ではない委託契約その他の契約の締結すること
⑤3つの種類の社会貢献事業について高年齢者との間で労働契約ではない委託契約その他の契約の締結のいずれかの措置を講ずること
を努力義務としている。
5 使用者は①から⑤いずれの措置を選択してもよいが,問題は,④の制度は高年齢者が65歳以後に自ら新たな事業を開始することを前提とするものであり(フリーランスとして個人で業務委託契約を締結することも新たな事業の開始とされる),⑤の制度は高年齢者が65歳以後に労働契約によらずに社会貢献活動に従事できるとするものであって,④も⑤もその契約形式はいずれも雇用によらないもの(業務委託契約)とされていることである。
労働契約ではなく委託契約で就労させるということは,労働基準法,労働契約法,労働安全衛生法,最低賃金法などの労働関係法規の適用が否定される働き方を認め,高年齢者を労働法の保護から外すことを意味する。
委託契約になったとしても,元従業員だった人であるから,事業主は退職前と同様の指揮命令をする可能性が高く,そうなれば,委託契約は労働契約を偽装した違法なものとなる。
職場の労使合意を要件としているとはいえ,上記④及び⑤は違法を誘発するおそれがある。
新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言により,休業や営業自粛が相次ぐ中,労基法に定める休業手当を受ける権利も保障されていないフリーランス(個人事業主)が深刻な生活苦に直面しているが,今や全国で300万人を超えているというフリーランスの生活や安全をどのように守るかの手当のないまま,法律により「雇用によらない働き方」を推進することには大きな問題がある。
このページのトップへさっそくだが、最高裁判例を紹介する。
最高裁判所第1小法廷令和元年11月7日判決
平成30年(受)第755号地位確認等請求上告事件(判タ1469-52)
主 文
1 原判決中、被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び平成27年4月1日以降の賃金の支払請求を認容した部分を破棄する。
2 前項の部分につき、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
1 本件は、上告人との間で期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)を締結して就労していた被上告人が、上告人による解雇は無効であると主張して、上告人に対し、労働契約上の地位の確認及び解雇の日以降の賃金の支払を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経緯は、次のとおりである。
(1) 上告人と被上告人との間の労働契約等
ア 上告人は、建築物の総合的な管理に関する業務等を目的とする株式会社である。
イ 被上告人は、平成22年4月1日、上告人との間で、契約期間を同日から同23年3月31日までとする有期労働契約を締結し、上告人が指定管理者として管理業務を行う市民会館で勤務することとなった。
構造例〉なお、上記労働契約には、契約期間の満了時の業務量、従事している業務の進捗状況、被上告人の能力、業務成績及び勤務態度並びに上告人の経営状況により判断して契約を更新する場合がある旨の定めがあった(以下、被上告人と上告人との間の労働契約を「本件労働契約」という。)。
その後、本件労働契約は、上記と同様の内容で4回更新され、最後の更新において、契約期間は平成26年4月1日から同27年3月31日までとされた。
ウ 上告人は、平成26年6月6日、被上告人に対し、同月9日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下、これによる解雇を「本件解雇」という。)。
(2) 第1審における経緯
被上告人は、平成26年10月25日、上告人に対し、労働契約上の地位の確認及び本件解雇の日から判決確定の日までの賃金の支払を求める本件訴訟を提起し、同年12月18日の第1回口頭弁論期日において、最後の更新後の本件労働契約が、契約期間を同年4月1日から同 27年3月31日までとする有期労働契約である旨の訴状に記載した事実を主張した。
第1審は、平成29年1月26日に口頭弁論を終結し、同年4月27日、被上告人の請求を全部認容する判決を言い渡した。同判決は、その理由において、本件解雇には有期労働契約の契約期間中の解雇について規定する労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由がある」とはいえず、本件解雇は無効であるとし、被上告人は労働契約上の権利を有する地位にあるというべきであるとした。
(3) 原審における経緯
上告人は、第1審判決に対して控訴をし、本件労働契約が契約期間の満了により終了したことを抗弁として主張する旨の記載がされた控訴理由書を提出した。
被上告人は、上記の主張につき、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである旨を申し立てるとともに、雇用継続への合理的期待が認められる場合には、解雇権の濫用の法理が類推され、契約期間の満了のみによって有期労働契約が当然に終了するものではないところ、本件労働契約の契約期間が満了した後、契約の更新があり得ないような特段の事情はないから、その後においても本件労働契約は継続している旨の記載がされた控訴答弁書を提出した。
原審は、平成29年9月14日の第1回口頭弁論期日において、上告人の上記の主張は時機に後れた攻撃防御方法に当たるとしてこれを却下し、口頭弁論を終結した。
3 原審は、上記事実関係等の下において、本件解雇には労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由がある」とはいえず、本件解雇は無効であるとし、最後の更新後の本件労働契約の契約期間が平成27年3月31日に満了したことにより本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び本件解雇の日から判決確定の日までの賃金の支払請求を全部認容すべき旨の判断をした。
4 しかしながら、原審の上記判断のうち、契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、被上告人の労働契約上の地位の確認請求及びその契約期間が満了した後である平成27年4月1日以降の賃金の支払請求を認容した部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係等によれば、最後の更新後の本件労働契約の契約期間は、被上告人の主張する平成26年4月1日から同27年3月31日までであるところ、第1審口頭弁論終結時において、上記契約期間が満了していたことは明らかであるから、第1審は、被上告人の請求の当否を判断するに当たり、この事実をしんしゃくする必要があった。
そして、原審は、本件労働契約が契約期間の満了により終了した旨の原審における上告人の主張につき、時機に後れたものとして却下した上、これに対する判断をすることなく被上告人の請求を全部認容すべきものとしているが、第1審がしんしゃくすべきであった事実を上告人が原審において指摘することが時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるということはできず、また、これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したからといって上記事実をしんしゃくせずに被上告人の請求の当否を判断することができることとなるものでもない。
ところが、原審は、最後の更新後の本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくせず、上記契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、原審口頭弁論終結時における被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び上記契約期間の満了後の賃金の支払請求を認容しており、上記の点について判断を遺脱したものである。
5 以上によれば、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、労働契約上の地位の確認請求及び平成27年4月1日以降の賃金の支払請求を認容した部分は破棄を免れない。そして、被上告人が契約期間の満了後も本件労働契約が継続する旨主張していたことを踏まえ、これが更新されたか否か等について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木澤克之 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 山口 厚 裁判官 深山卓也)
お分かりだろうか?
少し解説すると‥
・ 有期雇用契約を中途で解雇(本件ではH26.6.6)するのは、よほどのことがない限り違法無効となる(労働契約法17条)。
・ ところが、かりに中途解雇が無効となっても、結局はその後(本件ではH26.3.31)で有期雇用契約が満了してしまい、それ以降(本件ではH27.4.1~)は雇用契約が残っているとはいえない。その後は、賃金請求も認められない。
・ この点について、下級審裁判所が見落としていたことを、最高裁が強く批判しているのが、この判例である。
・ では労働者側の弁護士はどうしたらよかったのか?
労働者(原告)側弁護士は、
① 有期雇用契約については実質的無期契約であった
② 雇用更新の期待があった(労働契約法19条)
③ 無期転換権(労働契約法18条)を行使した
ことなどをあげて、雇用期間満了後(本件ではH27.4.1~)も雇用契約が継続していると主張すれば良かったのである。
・ 中途解雇の有効性がもともと裁判の争点だが、法律上は、最高裁がいうように、雇用期間満了の問題も裁判で争わなければならなかったのである。
・ 労働者側弁護士が争点に熱中するあまり、法律全般を見渡した主張をおろそかにしてはならない。
このページのトップへ