夫は亡くなる前日の土曜日も休日出勤して働いていました。ぎりぎりまで働いていました。働かされていたのでしょうか。大規模プロジェクト開発に携わり仕事の重責を感じていたと思います。長時間労働を強いないと仕事が保てない、進まないのは職場の環境の問題にあると思います。長時間労働の問題の当事者として企業側の意識の改革が必要と思います。また、長時間労働の改善だけではなく、業務負荷による心身疲労の状態や精神面を把握しながら働き方を意識することが必要です。精神的疲労から生じる精神面の不調のためにSOSを求められない状況にある労働者に気づけるような職場環境が必要です。職場の文化や風土の見直し、精神面の健康状態の把握の実施、職場環境を評価し問題点を把握して直していく解決策の構築が必要です。他人事ではなく当事者として、社員の方の心の健康が保持できるようしっかりとした取り組みをお願いします。
会社内での周知については、社員の精神的影響のために行っていないといわれました。隠そうとする印象がありました。彼の人生がそのような会社が原因で終わってしまったことが悔しいです。私たち家族はこれから過ごす未来があるはずでした。しかし、彼はもういません。どれだけ謝罪されても帰ってきません。大切な人を亡くし、当たり前の日常を奪われ、戸惑い、迷い、悩みを抱え、いまだに暗い闇の中にいます。
このページのトップへ被災者Aさんはシステム開発設計エンジニアで、入社後20年以上の職歴があった。兵庫県内在住の同居家族は妻と子2人。 なおAさんは、朝日新聞の2018年9月27日朝刊で1面トップ報道された「三菱電機、4年で5人労災 長時間労働 2人過労自殺」のうちの一人。
2016(平成28)年2月深夜、自宅内で縊頚しているところを妻に発見され、その後病院において死亡確認された(40歳代後半)。 自宅に残した遺書には「仕事がつらい。できない。能力がない。もう行きたくない。がみがみと言われたくない。ごめんなさい。私はだめな人間です。もう生きていたくない。(以後、家族のこと等)」、会社に残した遺書には「仕事こなす能力がありません。また、気力もありません。この場にこれ以上存在する意義がありません。私はムダな存在です。私としても、非常につらく、ここにいたいと思いません。がみがみと言われる毎日に区切りをつけたい。」と書かれていた。
勤務先は三菱電機(株)コミュニケーション・ネットワーク製作所(尼崎市)で、同所では、光通信ネットワークシステム、ホームICTソリューション、移動通信システム基地局、無線通信システム、映像セキュリティシステムなどの設計製作を行っていた。
所定労働は、始業8:30、休憩12:15~13:00、終業17:00の1日7時間45分勤務、週休2日制だったが、Aさんには裁量労働制が適用されており、労働時間は本人の自己申告だった。フロアへの入退室の際、ICカードの読み取りが必須で、フロアの入退室記録と自主申告の時間に1日30分以上の差異があった場合は、管理者の確認がなされる。自主申告の始業入室、終業退室は全て5分単位で入力されていた。
尼崎労基署の認定では、フロアの入退室記録と自主申告時間の間に大きな差異は認められない、30分程度の差異は、仕事の準備、後片付け等を考えると妥当な範囲であり、勤務時間は本人の申告時間をもって判断する、とされた。なおパソコンのログインログオフの時刻についても、在席時間、入退室の時間と差異はなかった。
ア 入社後、通信ネットワークのインフラシステム等の設計業務に従事。
イ 2015(平成27)年6月 事業場内で臨床心理士のカウンセリングを受け、早朝覚醒の傾向があると訴え。
ウ 同年11月1日付けで、次期車載系無線システムグループに配置転換。その異動前後で時間外労働時間が増加。
エ 同年12月実施の産業医面談では、早朝覚醒や気力低下等を訴え。
オ 2016(平成28)年1~2月、開発製品の不具合のため時間外労働時間が増加。
カ 2016(平成28)年2月、縊死。
キ 妻が2016(平成28)年5月、地域労組に相談しながら単独で尼崎労基署長に労災請求。
ク 同署長が2017(平成29)年6月21日付け支給決定。
ケ 2018(平成30)年11月の過労死110番の広報を機に兵庫過労死防止センターとつながり、同センターの紹介で会社に対する損害賠償請求について弁護士受任(井上智志弁護士、本上博丈)となった。
コ 代理人弁護士が会社に対して、2019(令和1)年5月7日付け損害賠償請求書を送付。
サ 2020(令和2)年1月9日合意書調印(裁判所の利用に至らず、双方代理人間の交渉で合意)。
(1) 精神障害発病については、受診歴はなかったが、2016(平成28)年2月までには、F32うつ病エピソード発病と考えられる。
(2) 具体的出来事
① 2015(平成27)年11月1日付け配置転換に伴い、同年10月中ころから客先提出仕様書改定及び引継資料作成等の業務により、時間外労働時間数が増加した。また配置転換後の同月1日以降は、早期に担当装置の理解を深めるための確認作業により労働時間が増加した。
このため、同年9月15日~10月14日の時間外労働時間数は43時間15分であったものが、同年10月15日~11月13日は99時間35分となり、時間外労働時間数の大幅な増加が認められ倍以上に増加し、概ね100時間以上となっている。
② 2016(平成28)年1~2月ころに、担当業務の工程遅延について、製造委託先の状況をデイリーで把握し、製造委託先と対策を調整・検討し、その内容をグループで共有していたが、これら対策検討を行うにあたり労働時間が増加した。
このため2015(平成27)年12月14日~2016(平成28)年1月12日の時間外労働時間数は33時間50分であったものが、同年1月13日~2月11日は91時間05分となり、時間外労働時間数の大幅な増加が認められ倍以上に増加しているものの、概ね100時間以上には至らない。
③ 「以上のことから、具体的出来事の心理的負荷の総合評価の強度は、仕事の内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があったとして、「強」と判断する。」
時間外労働時間数の推移を見ると、発病前6か月目11時間10分、5か月目43時間15分、4か月目99時間35分、3か月目71時間20分、2か月目33時間50分、1か月目91時間05分で、大きな波があり、多いときは前月より2倍以上急増して100時間近くに及んでいたことが分かる。
④ なお会社の謝罪文の中での説明によると、異動に伴う職場環境の変化の中、大規模プロジェクトの開発案件に携わることになり、Aさんだけでなく、職場の上司、仲間が重責を感じる中、こぞって長時間労働が重なって、時間的にも精神的にも余裕をなくしてしまい、自分の仕事に精一杯で、周りの人の仕事の様子や顔色に気が回らなくなっていた、とのこと。
(3) その他 上司から「言葉の暴力」「パワーハラスメント」等を受けていた事実は確認できなかった。また業務以外の出来事及び個体側要因で、顕著なものは認められなかった。
(1) 概要
① 謝罪
② 相当額の損害賠償
③ 遺書に記載されていた「がみがみと言われる」について追加調査とその調査報告書の提供。
④ 本件労災自死事件を受けて会社がこれまでに実施した長時間労働是正及び労働環境改善の取組内容の報告文書の提供、並びに被災者が生存していた場合の定年年齢までの約10年間、毎年5月に前年度の同取組み内容を文書報告する。
(2) 合意書の特徴
① 合意書の調印の場に、双方代理人のほか、遺族側は妻、会社側はコミュニケーション・ネットワーク製作所長が臨席し、所長は妻に対し、謝罪の弁を述べて謝罪した。また後日、改めて謝罪文を交付した。
② 労基署認定に際しては、さしたる調査がされず、妻も同僚等から話を聞くことができなかった「がみがみと言われる」について、会社に再調査してもらい、その調査報告書を提供された。納得のいく内容ではなかったが、それでも遺族自身ではできなかった再調査が一応はなされた。
③ 長時間労働等の是正改善取組状況が定年年齢まで毎年定期的に文書報告されることは、会社に本件労災を忘れさせず、是正改善の取組を継続的かつ真摯に行わせる重要な動機付けになるものと思われる。夫の死を少しでも意味あるものにして、二度と同じ悲劇を繰り返させないという遺族の願いを具体化するための重要な約束と考えている。
④ 当時から会社では裁量労働制の労働者についても健康管理時間(7時間45分の所定労働時間を超える労働時間)の把握をして、超過時間に応じて産業医による面接指導等の健康管理対応をする仕組みにはなっていたようである。しかし、超過時間の発生からその把握と産業医による面接指導等までの間に約1か月のずれがあり、本当にしんどいときには助言を受けられないなど制度上の弱点があり、本件では100時間近い長時間と30~40時間程度とが交互だったことから、まさにその問題のために時宜にかなった対応につながらなかった。
2019年4月施行の改正労働安全衛生法でも長時間労働やメンタルヘルス不調などにより、健康リスクが高い状況にある労働者を見逃さないため、医師による面接指導が確実に実施されるようにすることを目的として労働時間管理の徹底が求められているが、基準を超える長時間労働の発生からその把握と医師による面接指導等までの時間差をいかに少なくするかを考えないと、その面接指導等が実効性のある対策にならないおそれがあることを示している。
⑤ 裁量労働制は、その裁量性ゆえに、労働者の安全衛生中心ではなく、仕事中心になって、際限のない長時間労働を余儀なくされるリスクが非常に高いことを示した事例と思われる。労基法改正による裁量労働制の拡張(労基法38条の4企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大。2019年働き方改革の中で根拠データの不適切問題が発覚して一旦削除されたもの)が予定されていることに注意する必要がある。なお三菱電機では、労働時間管理の徹底も理由の一つとして、2018年3月16日以降、裁量労働制を廃止したとのことである。
このページのトップへ本書は、単に労働者にとって優しいか否かという判断軸を超え、労使双方にメリットがある、いわば「プラチナ」と評価できるような就業規則のモデルを作成したいという理想を掲げ、弁護士5名、社労士7名が「神戸就業規則研究会」を発足させて、6年の歳月をかけ、共同で執筆したものです(私も、執筆者の一人として、担当させていただいております)。
執筆者には、労働者を支援する弁護士から大企業の顧問弁護士まで幅広いメンバーが名を連ねており、労働者の立場、使用者の立場という垣根を超えて、労使双方に有益なルールの策定を目指したところに、本書の最大の特徴があります。
本書には、働き方改革からハラスメント対策、新型コロナウィルス対応、テレワークまで、近時の労務課題への対応が盛り込まれており、特に就業規則に悩みを抱えている中小企業の経営者の方々に、労使ともに有益なルールを策定するためのヒントや解決策を提示できる内容になっております。
書店等にお立ち寄りの際には、ぜひ一度、お手にとって見ていただけたら幸いです(なお、見本書籍を兵庫民法協にも置いております)。何卒宜しくお願いいたします。
[A5判、596ページ。定価6,000円+税。お問い合わせ先:(株)旬報社03-5579-8973(代表)]
このページのトップへ