《第630号あらまし》
 実務研修会報告「新型コロナウイルス感染症の職場への影響と対応の考え方」
     <報告1>コロナ禍と使用者の安全配慮義務
     <報告2>コロナ禍における休業・賃金・解雇問題
     <報告3>コロナ問題による業績変動と労働組合の対応
     <報告4>コロナ禍における団体交渉・組合活動

実務研修会報告「新型コロナウイルス感染症の職場への影響と対応の考え方」
<報告1>コロナ禍と使用者の安全配慮義務

弁護士 白子 雅人


1 コロナ感染3つの怖さ

感染者増がとどまる気配がない。

コロナ禍問題は、日本赤十字社によれば、①「病気そのもの」の怖さ、②「感染すること」への不安と恐れ、③「嫌悪・偏見・差別」の怖さが相互に関連し、負のスパイラルを拡大していると指摘されている。

このような状況下で、職場の安全衛生をどう実現、充実させていくかは、喫緊の課題である。


2.使用者の安全配慮義務について

安全配慮義務は、民法の基本的な原則である「信義誠実の原則」(民法1条2項)から発展してきた使用者の義務である。判例法理が蓄積される中で、労働契約法5条(労働者の安全への配慮)に明文化され、労働安全衛生法3条1項は「労働者の安全と健康を確保」を事業者の責務として規定している。

使用者の安全配慮義務とは、労働者がケガや病気にならないよう「やるべきことを尽くす義務」である。

「やるべきこと」とは何か。

一般的には、①必要な施設や器具などを設置し管理していること、②会社が的確な指示をしていること、③安全教育を徹底していること、等に整理されるが、労働安全衛生法など各種法令・細則・指針などで定められた会社の義務のほか、コロナ感染症対策として、厚生労働省などから様々な注意が出されており、会社が従わなければ、義務違反の根拠となりうる。経団連も業種別のガイドラインを出しているが、これらも、各業種における安全配慮義務の内容となり得る。

*厚労省の指針(Q&A)については、例えば、「厚労省 コロナ Q&A 労働者」のキーワードで検索できる。


3.自然災害時等に求められる安全配慮義務

自然災害においても、企業は従業員への安全配慮義務を有する。「想定外」という安易な言い訳は許されない。

裁判例では、①行動指針の策定、②防災マニュアル等の策定周知・避難訓練などの実施、③現場責任者が被災した場合の対応を行動計画で明確にしておく、④停電や通信途絶などを想定した代替策、予備対策等の策定・準備、⑤職員の安否確認の方法の明確化と徹底、⑥過去の被災事例などを元にした検討の徹底を、使用者の義務として指摘している。


4.新型コロナウイルス感染症に対する安全配慮義務

「新型コロナウイルス感染症」も、業務起因性が認められれば労災保険給付の対象になる。

例えば、「複数」の感染者が出た職場に勤務していた場合(ここで言う「複数」とは、その感染者が2人目であることで足りるとされている。)、顧客との接触が多い職場(小売店、バス・タクシー等の運送業務、育児サービス業務等)なら、感染の蓋然性が高いことを考慮することになる。「感染経路不明だから業務起因性がない」などと決め付けてはならない。


5.具体的な対応について

(1) コロナに感染(確定診断された場合)し、会社から自宅待機を求められた場合

出勤すべきでないこと自体には争いはない。「指定感染症」として都道府県知事の就業禁止命令の対象ともなる。

業務との因果関係が立証困難な場合(職場で感染者が確認されていない場合など)にも、健康保険の傷病手当金の申請ができる。

(2) 感染者との濃厚接触があったり、熱、咳などの症状はあるが、確定診断がまだ出ていないが、会社から自宅待機を求められた場合

出勤はすべきでない。早期にPCR検査等を受け陰性であることが確認できるまで自宅待機すべきと考える。

問題は、労働者が自発的に休業するのか、会社の業務命令として休業するのかであり、それによって、賃金が生じるかどうかが変わる。

前記(1)とは異なり、出勤を控える法的義務はないのであるから、あくまで、会社による予防措置(安全配慮義務)として指示された自宅待機であり、100%の賃金が補償されなければならない(詳しくは與語弁護士の論考に。)。

また、会社にとっても、万一、職場での感染が生じた場合に比べれば、はるかに経済的支出は小さい。申告しやすい環境を作り、会社の命じた自宅待機として賃金を補償することが経済的にもメリットがあるはずである。

(3) 感染したことで会社の事業が止まり賠償を要求された場合

労働者が使用者に損害の賠償をする必要がある場合は極めて限定的である。

新型コロナに感染したことは、判明するまで時間がかかるもので、また、自身の努力ではいかんともし難い。労働者には何の責任もないケースがほとんどであり、賠償請求や解雇などは違法なものと考えられる。

(4) コロナ感染者に関する「嫌悪・偏見・差別」の解消について

新型コロナウイルスに関連したいじめ・嫌がらせ等は、あってはならないものである。

例えば、過去に新型コロナウイルスに感染したことを理由として、人格を否定するような言動を行うこと、一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし職場で孤立させること等は、職場におけるパワーハラスメントに該当することになろう。

事業主には、改正労働施策総合推進法により、パワハラの防止のため、相談窓口をあらかじめ定め労働者に周知することや事実関係を迅速かつ正確に把握し、適正な措置を行う義務がある。

新型コロナウイルスに関連したいじめ・嫌がらせ等が行われることのないよう、労働者への周知・啓発を徹底し、適切な相談対応等を行うこと等が求められている。

(備考)民法協所属・弁護士の大半が加入している「日本労働弁護団」は、ホームページで詳細な「Q&A」で具体的な助言を行っている。「労働弁護団 コロナ」のキーワードで検索できる。

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実務研修会報告「新型コロナウイルス感染症の職場への影響と対応の考え方」
<報告2>コロナ禍における休業・賃金・解雇問題

弁護士 與語 信也


第1 休業・賃金・解雇問題について

1 休業と賃金

(1) 会社都合による休業

Ex.感染拡大防止のため、会社が労働者に労務を提供させることが可能であるのに、自らの判断によって休みにする場合

ア 原則

会社は賃金を100%払わなければならない。

※民法536条2項「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」

※労働者としては、会社に対し就労させるように求めた上で、賃金全額の支払いを求めるべき。

※緊急事態宣言下での「住民に対する外出自粛の協力の要請」(特措法45条1項)が出ていても、「職場への出勤」は除外されているため、会社が休業をしなくてはならないことにはならない。

イ 休業手当

平均賃金の60%を支払わなければならない。

※労働基準法26条

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中、当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当てを支払わなければならない。」

※民法536条2項との関係

休業手当の制度は、労働者の生活保障という観点から設けられたものであることを考えると・・・民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者が側に起因する経営・管理上の障害を含むものと解される(最判昭62・7・17)。

→コロナの影響による操業停止・営業停止は不可抗力とまではいえない。

ウ 雇用調整助成金

会社が売上の低下など経営上の理由で休業手当の支払を拒むのであれば、会社に、「雇用調整助成金」(雇用保険法62条1項、雇用保険法施行規則102条の3)(受給要件は緩和されている)を活用しての休業手当の支払いを交渉すべき。

※雇用保険被保険者ではない労働者の休業等についても対象(短時間の学生アルバイトなども含む)

被保険者期間が6ヶ月に満たない労働者の休業等も対象(新卒者など、雇ったばかりの労働者も含む)

(2) 具体例

ア シフトが入らなくなった、日給月給制で出勤が減った

労働条件通知書や労働契約書があればその内容、あるいは、口頭や職場での了解事項、勤務実績があればその内容での労働契約が成立しているといえる。

シフトが入らなくなった分については、上述した会社が休みになった場合と同様に考えて、当該一定時間の勤務(労働)に対する対価として、減ってしまったシフト・日給分の賃金全額の支払いを求めるべき。

イ 風邪の症状や、家族にコロナ感染者が出たことによる自宅待機命令

単に感染が疑われているだけの場合には、労働者に就業制限は課せられない。また、家族に感染者が出たとしても、労働者自身が感染したわけではない場合も同様。そのため、会社が感染疑いや家族の感染を理由として、業務命令として一方的に自宅待機を命じる場合には、使用者の責めに帰すべき事由により労働者が就労できなくなる場合となり、基本的には、給料の全額が補償される(民法536条2項)。

2 解雇等

(1) 解雇(正規雇用)

ア 原則

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする(労働契約法16条)。

イ 整理解雇が有効とされる4要件(要素)

① 人員削減の必要性があること

預貯金や借入金の状況、人件費削減・役員報酬の状況等

② 解雇を回避するための努力が尽くされていること

先行して希望退職者の募集など他の雇用調整手段の検討、新規採用の停止があるか、残業抑制や賃金カット、配転の検討、雇用調整助成金の利用・検討の有無

③ 解雇される者の選定基準及び選定が合理的であること

合理的な人選の基準に基づく必要。男女や国籍、年齢、障害の有無や性的指向に関する観点に基づいて選定することは許されない。

※派遣労働者やパート・有期雇用労働者等の非正規雇用労働者を正社員より先に解雇してよいかという問題はあるが、非正規雇用労働者だからといって一律に整理解雇が適法となるわけではない。

④ 事前に使用者が解雇される者へ説明・協議を尽くしていること

解雇の必要性や内容・補償内容等について対象者の納得を得る説明・協議の有無

(2)有期雇用の場合

ア 期間満了での雇止めのケース(契約期間が定まった労働契約の契約期間満了時に、使用者が次の契約の更新を拒絶して雇用を打ち切られるというケース)

(ア) 労働契約法19条(雇止め法理)

解雇の場合と同様に、雇止めに正当な理由(客観的合理的理由と社会通念上の相当性)が必要。

※①過去に反復して更新されたものであって、雇止めをすることが期間の定めのない労働契約を締結している労働者を解雇することと社会通念上同視できると認められる場合、または、②労働者が更新を期待することについて合理性があると認められる場合

①②に当たるかどうかは、更新回数、契約の通算期間、恒常的な業務をしていたか、契約期間の管理状況、雇用継続を期待させる使用者の言動、契約書の更新に関する記載(とりわけ、いわゆる「不更新条項の有無・内容」)など、様々な事情を下に総合的に判断される。5年を超えて労働契約を反復更新している場合、いわゆる無期転換ルール(労働契約法18条)を用いて、雇止めを回避する方法もある。重要なのは、必ず新たな契約更新の申込み・契約締結の申込みをしておくこと。

イ 期間途中での解雇

(ア) 労働契約法17条1項。契約期間が定まっている労働契約の場合、約束した契約期間の途中で契約を打ち切ることになるので、正社員の解雇と比べても、より厳格に解雇が規制され「やむを得ない事情」が必要。

※期間の定めのない雇用契約とは異なり、有期雇用契約の期間の定めは、その期間は原則として雇用を保障するという趣旨であり、余程のことがない限り、解雇することはできない。

(3) 解雇を争う手続きと生活費の確保

ア 訴訟提起・仮処分申立・労働審判・労働争議

イ 賃金の仮払仮処分、雇用保険の基本手当等の仮給付

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実務研修会報告「新型コロナウイルス感染症の職場への影響と対応の考え方」
<報告3>コロナ問題による業績変動と労働組合の対応

弁護士 本上 博丈


1 アンケート結果から

会員へのアンケート結果を見ると、コロナ問題による会社業績への影響として、1/3は「変わらない」、約2/3が「下がった」だった。コロナ問題に関して組合員から上がっている不安等や組合が気になる点としても「一時金(賞与)が減額される・なくなる」という声が相当多い。コロナ問題を口実にした賃金交渉の形骸化を心配する声もあった。

この問題を整理して考えるには、「既存の労働条件が、コロナ問題を理由として変更を求められた場合」と「既定ではない労働条件の場合」とを区別する必要がある。


2 既存の労働条件が、コロナ問題を理由として変更を求められた場合

【例】月給額の賃下げ、定期昇給の停止、所定勤務時間の削減など

【枠組み】

① 労働契約法8条「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」

② 労働契約法9条「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」

③ 就業規則に関する例外が労働契約法10条(就業規則の不利益変更が許される場合)

【結論】

①と②からは、たとえコロナ問題が理由でも、労働者が同意しなければ、労働条件変更はできないことが原則であることが分かる。そして個別の労働契約については、その例外はなく、労働者の同意がない限りは、コロナであろうが何であろうが、使用者の一存で不利益変更をすることはできない。

但し、③からは、就業規則については不利益変更が例外的に許される場合があるので、使用者が提案する労働条件変更に合理性があるかには注意する必要がある。


3 既定ではない労働条件の場合

【例】協約に最低支給月数等の具体的規定のない一時金、ベースアップなど

【枠組み】ゼロスタートなので、労使合意ができない限り、権利として具体化しない。したがって、望ましい労使合意を勝ち取る方法論が必要になる。

憲法、労働組合法が予定しているのは、① 団体交渉自体の実効化と、② 争議権による圧力である。以下では、団体交渉自体の実効化の方法論を説明する。

【内容】

①-1 誠実交渉義務

使用者には団体交渉に応じる義務があるのはもちろん、「誠実に」応じなければならないという義務まである。「誠実に」というのはやや曖昧さはあるが、裁判例の積み重ねの中で、以下のように具体化されている。

(i) カール・ツァイス事件/東京地判平成1年9月22日労判548-64

「使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務がある。」

(ii) 倉田学園事件/高松地判昭和62年8月27日労判509-50

「いわゆる誠実交渉義務とは、使用者の団体交渉義務の基本的内容をなすものであり、労働組合の主張に対し誠実に対応することを通じて、合意達成の可能性を模索する義務をいう。すなわち、使用者には、結局において労働組合の要求を拒否する場合でも、その論拠を示すなどして十分な討議を行い、労働組合側の説得に努めるべき義務かある。」

「原告(使用者)は、右二回の団体交渉において、参加人(組合)側か具体的な場所をあげて組合掲示板の設置要求をしたのに対し、いずれの場合もその冒頭からその要求に応じる意思がないことを明確に示していたもので、その後討議を行う中でも、例えば、掲示板を設置する適当な場所がないという論拠を挙げはしたが、それも、参加人側の提案にかかる具体的な場所について一つ一つ検討してみるという態度ではなく、「校内で生徒の目に触れないようなところはおよそない。」というような一括した発言で片づけていることからも明らかなように、単に形式的理由として挙げただけで、実質的な討議を行い、参加人側を説得するというような態度をとっていなかったといわざるをえないから、いまだ、誠実交渉義務を果たしたものとは認め難い。」

①-2 会見し協議する義務(リモート会見は原則として×)

清和電器産業事件/東京地判平成2年4月11日判時1352-151

労働組合法上の団体交渉は特段の事情がない限り労使が直接話し合う方式によるのが原則であると解されるから、使用者が書面の交換による団体交渉に固執し直接の話合いを許否したことは不当労働行為に該当するとされた事例

「団体交渉は、その制度の趣旨からみて、労使が直接話し合う方式によるのが原則であるというべきであって、書面の交換による方法が許される場合があるとしても、それによって団体交渉義務の履行があったということができるのは、直接話し合う方式を採ることが困難であるなど特段の事情があるときに限ると解すべきである。」

①-3 具体例

(i) 東北測量事件/仙台高判平成4年12月28日労判637-43

組合が要求する昭和59年度の賃金引上げ問題に関する団体交渉において会社が組合の求める経営実態についての具体的資料を提出しなかったこと、および右団体交渉のさ中に会社が希望退職者の募集や指名解雇もあり得る等発言したことをそれぞれ労組法7条2・3号の不当労働行為に当たると地労委が認定して発した救済命令の取り消しを求める行政訴訟事案。

「補助参加人(組合)らが本件命令主文第1項に関し明示的に求めた救済の範囲は、控訴人(会社)は、補助参加人らの昭和59年度賃上げ要求に関し、誠意をもって団体交渉に応じなければならないというものであり、右救済の範囲に対応する不当労働行為を構成する事実も単に経理資料の提出にのみ限定されていたわけではないことは明らかである。控訴人が経理資料の提出につき主張したのは、昭和58年度の賃上げ、夏期・冬季一時金につき零回答であり、昭和59年度の賃上げ要求に対しても零回答に終始しているのであるから、控訴人の経営状態を示す具体的な資料を提供して具体的に説明するのではなければ誠意をもって団体交渉義務を尽くしたとはいえないとして、使用者の誠実に団体交渉に応ずる義務の一内容を主張したものであり、経理資料の不提出のみが他の事実から切り離されて控訴人の不当労働行為を構成する事実とされていたわけではない。」

(ii) 大阪特殊精密工業事件/大阪地判昭和55年12月24日労判357-31

賃上げ及び夏季一時金問題についての団体交渉に代表取締役自らはほとんど出席せず、その応対を専務取締役に任せきりにし、かつ、具体的事由・資料を示さずゼロ回答に終始することは、誠意をもつて団交を行なつたといえず、不当労働行為に当るとされた事例

「原告(会社)は、右賃上げ等の要求に対し、当初からゼロ回答に終始しているものであるところ、このような場合、使用者としては、右のような回答をせざるを得ない理由が原告の収益が上つていないことにあるときには、賃金の額如何が労働者にとつて最も重要な労働条件の一であることを十分考慮し、右のような回答が已むを得ないものであるかどうかについて、客観的資料に基づき十分検討し、他にとるべき方策がないと考えるときにゼロ回答をなすべきであり、また、右のような回答をなすことが已むを得ないものであることについて労働組合が検討可能な程度の資料を提供するなどして具体的事由を開示し、労働組合の検討に資し、これによつて見解の対立を可能な限り解消させることに努め、妥結に導くよう誠意をもつてことに当るべきが当然である。」

(iii) 株式会社シムラ事件/東京地判平成9年3月27日労判720-85

会社が組合員の解雇及び労災責任に関する団体交渉に応じなかったことを不当労働行為と認めて文書手交等を命じた労委命令が適法と認められた例

→ 使用者は、団体交渉において、単に組合の要求や主張を聞き、反論するだけではなく、組合の要求や主張に対しその具体性や追求の程度に応じた回答や主張をなし、必要によっては論拠を示し、資料を提示する必要があるとされた例


4 コロナ禍の下で特に留意すべき点

(1) あり得る状況

① コロナ禍を口実にした賃金等抑制

② コロナ禍の下で業績下降はあるが、内部留保等で経営難には至らない場合

③ コロナ禍の下での真実の経営不振

(2) ポイント

● 会社説明の真実性の見極め

~ 組合としての会社業績のチェック、団体交渉などを通じて決算資料などの確保、経営難の噂や説明があれば、不動産登記事項証明書を入手して抵当権設定などによる会社の借入先・借入金額の変動の把握、債権者・税務署・年金事務所などからの差押えの有無などの情報を収集して、分析する必要がある。

仮にアンケート結果にあるようにコロナ問題で業績悪化があったとしても、内部留保があればまだ余力はあると考えられるから、その段階で使用者が労働者の生活を犠牲にする労働条件の低下にこだわることは許されない。

● できるだけ正確な経営分析

~ 入手した経営資料を活用して税理士・公認会計士などの専門家の助力を得る。

● 雇用調整助成金等の公的援助制度の有効利用

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実務研修会報告「新型コロナウイルス感染症の職場への影響と対応の考え方」
<報告4>コロナ禍における団体交渉・組合活動

弁護士 増田 正幸


1 意義

(1) 団体交渉

団体交渉は、労働力を独占し得ない今日の労働組合において、労働条件改善のための中心的な手段である。

(2) 組合活動

労働組合がその目的を達成するために行う諸活動の内、団体交渉と争議行為を除く活動のことをいう。役員のみならず多数の組合員が直接参加する点に特徴がある。

組合活動には、以下のような活動がある。

ア 日常的な組織運営のための活動(各種会議、集会の開催、連絡、組合費の徴収)

イ 組合員その他に対する情報宣伝活動

ウ 闘争的活動(大量のビラ貼り、就業時間中のリボン等着用行為、企業内外の抗議活動)


2 コロナ感染防止のための「新しい生活様式」として、3つの密(密閉空間・密集場所・密接場面)を避けること、すなわち、

ア 換気の悪い密閉空間を避けること→会議・団体交渉

イ 多数が集まる密集場所を避けること→集会・デモ

ウ 間近で会話や発生をする密接場面を避けること→会議・団体交渉

が求められている。


3 他方、政府・財界は、コロナ感染拡大以前から5Gの導入を契機にテレワークを推奨しており、コロナ感染の拡大がその動きを加速した。

したがって、コロナ感染が収束しても、ICTやAIの発達による働き方の変容が今後の労働運動のあり方に与える影響を検討する必要がある。


4 「日常的な組織運営のための活動」への影響

(1) 会議や団体交渉において、換気の悪い密閉空間を避けることが要請される。

(2) また、多数が集まる密集場所を避けるために、大会、集会、デモなどの方法の工夫が必要である。

(3) そのために、

① 会議におけるリモートの活用

② 集会規模の縮小とリモートの併用 など、リモートの活用が要請される。

(4) すでに多くの組合がリモートの活用を開始している。

リモートを使えば、移動の手間が省けて効率的であることから、コロナ感染収束後も利用されることが予想される。

しかし、コミュニケーションの方法として、リモートは対面と同じ機能を期待できるのかを検討する必要がある。

意見交換や合意形成、その前提としての信頼関係の醸成など、対面の活動は欠かせないのではないか。たわいもない会話の中での新たな気付きや情報共有ができたり、信頼関係が築かれるのではなかろうか。


5 「組合員その他に対する情報宣伝活動」への影響

従来行われていたビラ・ニュースの配布、掲示板の利用等の情報宣伝活動の方法についてはコロナ禍とは関係なく、この機会に再検討されなければならない。

今後はSNSの活用が避けられない。


6 「間近で会話や発生をする密接場面を避ける」ためのリモート団交の可否

(1) 団交ルール

ア 団交の時間帯、場所、出席者等団交ルールの設定については法律上規定はなく、当事者の自治に委ねられている(実際には労働協約にルールを定めている場合や慣行が形成されている場合が多い。そのつど予備折衝で確認している場合もある)。

なお、国家公務員法や地方公務員法は職員団体と当局との交渉については「あらかじめ取り決めた員数の範囲内で、職員団体がその役員の中から指名する者と当局の指名する者との間において行な」うことや「交渉に当たつては、職員団体と当局との間において、議題、時間、場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行なうものとする」と規定されている。

イ 団体交渉の方式については、以下のとおり、書面の交換による方式は許されないとする裁判例があるだけである。 「(労使双方が自己の意思を円滑かつ迅速に相手に伝達し、相互の意思疎通を図るには、直接話し合う方式によるのが最も適当であり、その際、書面を補充的な手段として用いることは許されるとしても、控訴人の主張する専ら書面の交換による方式は、右の直接話し合う方式に代わる機能を有するものではなく、労働組合法の予定する団体交渉の方式ということはできない」(東京高裁平成2年12月26日)

ウ そして、団交ルールに関する合意や慣行は、それがとくに不合理なものでない限り労使当事者を拘束するから、使用者が社会通念上相当と認められる団交条件を主張したのに対し、労働組合がそれを拒否したために団交が開催されないとしても不当労働行為とはならない。

エ 組合が直接面会による交渉を要求したのに対して、使用者がリモートによる団交を主張して譲らない場合には団体交渉拒否の不当労働行為が成立するであろうか。

使用者が、コロナ禍の下で「3密を避ける」ということは、直接の面会を拒む合理的な理由になるのではなかろうか。

オ 他方、リモートによる方法は、移動の時間の節約を可能にし、交渉担当者の時間調整を容易にすることから(たとえば、本社と組合所在地が離れているような場合)、コロナ感染が収束した後も、使用者がリモート団交を主張して直接面会することを拒否することは不当労働行為にはならないのか。コロナ感染収束後もリモート団交が普及する可能性があるが、それでよいのだろうか。

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