【事件概要】
株式会社カンリク神戸(以下「会社」といいます)は、三木市を本拠とし他に神戸営業所を有し、貨物自動車運送業を主たる目的としていた。主な取引先は、株式会社ゼロや兵庫日産株式会社であり、商品車両を積載車で輸送する業務や株式会社ゼロやカーオクション会場の構内整理業務等を請負っていました。
2006年12月、会社で働く労働者が、全日本建設交運一般労働組合兵庫合同支部(建交労)に加入し、同カンリク神戸分会(以下「組合」といいます)を組織しています。
組合結成直後、会社と組合は、事業の縮小や倒産、廃業等による労働条件の不利益変更に関し事前に協議し同意の上で実施することを約した「事前協議同意約款協定」を締結したが、2009年、会社は、突然神戸営業所の輸送業務を撤退するとして組合員全員を三木営業所に配置転換し、「特別研修生」と称して組合員らに業務を命じることなく、就業規則の朗読などを命じました。これに対し組合員らが神戸地裁に労働審判を申立てたところ、会社は「事前協議同意約款協定」の不履行であることを謝罪し解決に至りました。
その後も会社と組合は、度重なる労使紛争を経て、月額賃金を保障することを約した「月額賃金保障協定」や会社都合の休業時に100%賃金保障する「休業保障協定」を締結しました。
2019年年末一時金交渉にて会社は、具体的な回答を拒否したり、一部組合員に制服の貸与を行わなかったことから、不利益取り扱い及び団体交渉拒否、支配介入に該当するとして、組合は兵庫県労働委員会に不当労働行為救済申立を行いました(兵庫県労委令和2年(不)第3号 カンリク神戸事件、以下「3号事件」といいます)。
2020年5月、会社は、新型コロナウイルス拡大による緊急事態宣言発出以降、業務量が減少したことを理由に当時4名在籍していたトレーラー乗務員の一部に休業を命じるようになり、同月分賃金を「月額賃金保障協定」や「休業保障協定」に基づく賃金の支払いを行わず、同年7月には、神戸営業所全組合員に休業を命じ、組合員が乗務していた車両を移動させ事業所の縮小を一方的に実施しました。
組合は、会社のこれら行為が不利益取り扱い及び支配介入、報復的不利益取り扱いに該当するとして兵庫県労働委員会に不当労働行為救済申立を行いました(兵庫県労委令和2年(不)第8号 カンリク神戸事件、以下「本件」といいます)。
本件は、3号事件と併合されませんでしたが、調査期日を同日に設定し進められ、会社は、各賃金協定の不履行について資力不足が要因であるとし、不当労働意思がないことを主張しています。しかし、会社は団体交渉にて資料不足の根拠となる資料は提示しておらず、「事前協議同意約款協定」の履行に関しては、資力は無関係であります。
その後、会社は、2020年8月17日団体交渉にて突然破産を申し立てることを理由に全員解雇とすることを通知し、後日代理人弁護士より組合員らに解雇通知が送付されました。しかし、翌日以降も組合員ら以外の労働者(以下「非組合員労働者」といいます)が従前通りの業務を継続し行っていること、非組合員労働者が会社の管理職が新たに設立した新会社(株式会社関西陸送)に雇用されていること、事実上組合員に限定した解雇であり偽装倒産の疑いがあり、その後、会社は一切団体交渉に応じなくなりました。
同年9月7日、会社のこれら行為について組合は、団体交渉の実施や解雇の撤回等を求め兵庫県労働委員会に実効確保措置勧告申立を行い、本件の請求救済内容にも追加しました。
組合は、現在本件とは別に新会社である株式会社関西陸送が会社と実質上同一の法人であるとして、同社の団体交渉拒否や採用拒否による不利益取り扱い、支配介入について兵庫県労働委員会に救済を申し立て(兵庫県労委令和2年(不)第13号 関西陸送事件)、株式会社関西陸送の不当労働行為責任も併せて追及しています。
【問題点】
2020年11月13日、兵庫県労働委員会は、前述の実効確保措置勧告申立について勧告しないことを決定しました。労働委員会規則第40条は、「審査中であっても、審査の実効を確保するため必要な措置を執ることを勧告することができる。」と定めています。「審査の実効を確保するため」とは、審査手続きの妨害に限定されるべきではなく、派生し行われる不当な行為や継続する類似の不当労働行為にも含まれるべきであり、本件は、各協定書の不履行による不利益取り扱いや支配介入について救済を求めている事案に継続して行われた類似の「事前協議同意約款協定」不履行とする解雇・倒産や派生し行われた団体交渉拒否は、組合員に対する経済的打撃が多大であり、審問の継続が困難となり、現在は、生活の確保のため数名の組合員が脱退しました。これら行為について兵庫県労働委員会が、実効確保措置勧告を行わないのは、緊急措置を必要とする組合が命令交付まで事件を継続できなくなり、実効確保措置勧告制度の形骸化となります。
また、本件は、2020年7月27日に申立、同年9月11日、10月14日に調査期日が設けられましたが、同年10月1日に神戸地裁が会社の破産手続き開始を決定し、破産管財人が選任されたことから、破産管財人の当事者追加が必要となり、第3回調査期日は、2021年2月1日となっています。
平成17年改正労組法施行は、労働委員会が行う不当労働行為事件の審査については、審査期間の長期化を防止するため、不当労働行為事件の審査の迅速化及び的確化を図ることを目的とし、労働委員会における審査の手続及び体制の整備等の措置を講じたものであります。本件は、当事者(使用者)の破産という当初想定されていない事案が生じ、他件と比較し若干の長期化は否めませんが、兵庫県が審査期間の目標としている単純な団交拒否事件6ヶ月、標準的な事件1年を大幅に延長する可能性が生じています。事件の長期化は、不当労働行為制度が再審制度、取消訴訟による最長5審制であることから、労働者の困窮を招き、労働組合の活用が困難となることから、裁判によらない迅速かつ無償の行政機関による不当労働行為制度が、必要不可欠となります。
このページのトップへ2021年2月8日、神戸市立総合福祉センターにおいて、兵庫民法協春闘学習会が行われたので、以下に報告します。参加者は21名でした。
開会宣言に引き続き、講演として、北大阪総合法律事務所の谷真介弁護士より、「今後の均等均衡待遇の取り組みを考える -大阪医科大旧労契法20条裁判をたたかって-」と題し、ご講演頂きました。谷弁護士は同事件の主任弁護士として、訴訟提起から、高裁、最高裁とたたかって来られました。今回は、旧労契法20条が問題となった一連の裁判について、本判決の意義や、今後、労働組合に求めることについてもお話し頂きました。
本件は、有期雇用労働者の待遇格差に関し、2013年に立法化された労働契約法20条について、判例も何もない状況の中、同条の「不合理性」の解釈が問われた先駆け的事件となりました。
本件大学では、賞与および私病欠勤中の賃金を、正社員には支給し、有期契約労働者であるアルバイト職員(原告)には全く支給しておらず、結果として、正規職員と非正規職員の間に、年収にして新規採用正職員の約55%という大きな格差が生じていました。この実態について、裁判では、特に賃金の核をなす賞与の不支給の不合理性が主な争点となりました。
一審では全面的な敗訴判決となったものの、大阪高裁の第二審では、上記格差は不合理であるとして逆転勝訴判決となり、メディアでも大きく取り上げられました。
しかし、一転、最高裁では、全面的な敗訴判決となり、残念ながら、本件で訴えてきた賞与についての格差は、不合理な扱いに該当しないという判断をされることになりました。
この点、本件の判決は極めて問題が多いものではありますが、谷弁護士は、この時期、最高裁は、日本郵便事件、メトロコマース事件など、20条に基づく不合理な賃金格差が争われた訴訟に対し判決を立て続けに出しているため、本件事案のみでなく、その他事件の最高裁判決も併せ、全体として、最高裁の不合理性に関する判断を分析する必要があると思われると解説されました。実際、一連の20条裁判では、賃金の核をなす賞与や退職金についての格差の是正には届きませんでしたが、賃金に付随する各種手当に関する格差は不合理とされ、正規と非正規との格差を一定程度是正する内容になりました。
大阪医科大学事件は、最終的には不当な敗訴判決で終了することになりましたが、上記一連の20条裁判の意義は、その後、20条が引き継がれたパート有期法8条の中で意味を持つこととなりました。また、谷弁護士は、パート有期法には、雇用主が有期雇用労働者の雇い入れに際し、詳細な説明義務(14条2項)が付け加えられたため、不合理な格差の牽制になりえるということも指摘されました。
一方で、注意を要する点として、これら格差是正の規定が、逆に正規社員の賃下げの根拠にもなりうるという点を挙げ、今後の労働組合の活動としては、これまでの判決も踏まえ、これらの法律をうまく活用する必要がある、労働組合にはこの観点で本法に注目してほしいとの指摘がされました。
具体的には、以下の二点を指摘されました。
まず、正規社員で構成される労働組合は、そもそも格差是正は「差別されない」という人権課題なのだという意識を強く持ち、ネットを中心とするいわゆる自己責任論を克服する必要があるという点です。
そして、均衡均等待遇規制は相対規制(上に合わすも下に合わすも可能)であり、これを理由に正規労働者の労働条件を引き下げることも十分ありうる規制なのだという点です。賃金が下がり続けている日本においては、正規と非正規の差が広がれば広がるほど、正規雇用が縮小し、労働者の分断と、全体賃金低下の原因となっていることを組合員間で議論し、合意することが重要だということです。労働組合は、全体の労働者のために、この点を十分に踏まえた活動が求められる、上記立法を活かすも殺すも労働者・労働組合の取組み次第であり、正規社員で構成される労働組合も、我が事として捉えることの大切さを強調され、講演を終えられました。
昨今、労働者の差別的取扱いや格差の広がりは、その企業内にとどまらず、国民を分断し、民主主義の根幹を揺るがし、社会の不安定化につながることが、近時のアメリカ大統領選挙からも明らかになっています。労働者の格差是正は人権課題であるとともに、民主主義の存立基盤だという点を改めて重く受け止める必要がある議論だと思います。
このページのトップへ2020年末に、厚生労働省の「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」が、報告書を発表しました。その趣旨は、コロナを機会にテレワークが一気に広がったが、緊急事態宣言解除後は減少に転じつつあり、なんとかテレワークを普及していくための職場環境整備を進めていかなければならない、という課題整理の報告です。
テレワークは従来の労働基準法制を大きく変える可能性があるので、検討会報告書の論点を一緒に考えていきたいと思います。
論点として提示されたのは、大きく分けると次の6点です。
・ テレワークの対象者の選定
・ 人事評価
・ 費用負担
・ 人材育成
・ 労働時間管理
・ 作業環境や健康状況の管理・把握
順に考えていきましょう。
(1) 企業内でテレワークを実施できる者に偏りが生じてしまう場合がありえます。それは不可避なこともあります。
「報告書」では、労働者間で納得感を得られるよう、テレワークを実施する者の優先順位やテレワークを行う頻度等について労使で話し合いを行うことが望ましい、としています。
妥当な考え方でしょう。
(2) ところで、内閣府の調査等によると、非正規雇用労働者と正規雇用労働者の間には、テレワーク実施率に差が生じているそうです。
そこで「報告書」は、同一企業内において、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、あらゆる待遇について不合理な差を設けてはならない。企業においては、正規雇用労働者、非正規雇用労働者といった雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象者を分けることのないよう留意する必要がある、としています。
正規労働者と非正規労働者の均等待遇は、パート有期労働法(正式名称は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条、労働者派遣法(正式名称は、労働者派遣業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)30条の3で規定しています。コロナの中で仕事の繁閑に差が出ると職場内がギスギスします。納得できる態勢作りを労使で作ることは当然です。
(1) テレワークは、非対面の働き方であるため、出社する働き方と比較し、労働者個々人の業務遂行状況や、成果を生み出す過程で発揮される能力を把握しづらいという側面があり、「報告書」は、企業が、人事評価に関する具体的なルールを決めて、これを遵守すること、また、評価制度の趣旨や評価対象・評価手法等の具体的内容について労働者に説明することが望ましい、としています。
これも妥当な議論です。
テレワークをしているかどうかによって差別を感じるような職場になっては、元も子もありません。しかし、実際にはかなり難しいでしょう。
テレワークを行うことによって生じる費用は、通信費、機器費用、サテライトオフィス使用料など、かなり多額になります。労働法は、仕事によって生じる費用は企業が負担することを前提としています。したがって、費用負担の問題は重要です。
「報告書」は、あらかじめ労使で十分に話し合い、就業規則等において定めておくことが望ましい、と述べつつ、「在宅勤務に伴い、労働者の個人的な電話回線等を用いて業務を行わせる場合、通話料、インターネット利用料などの通信費が増加することが考えられる。また、労働者の自宅の電気料金等が増加することも考えられる。これらの場合には、その実際の費用のうち業務のために要した費用(実費)の金額を、在宅勤務の実態(勤務時間等)を踏まえて合理的・客観的に計算し、支給することも考えられる。」と述べています。したがって、基本的には、経費は企業が全額負担すべきです。
基本的にOJTは対面でなければ難しいでしょう。大学の講義がオンラインでやっても身につきにくいのと同じことです。
これについて検討会報告は、「特に新入社員、中途採用及び異動直後の社員等に対し、対面でのOJTを行わずにオンラインのみで必要な研修・教育を行うことは困難である、本人にとっても質問がしにくく不安が大きい場合がある、との声がある。人材育成については、実際に仕事をする人の姿を見て学ぶことが重要という側面があり、意識的に対面の状況下でOJTを行うなどの工夫が必要である。」としか述べていません。
むしろ、政府や経済界はいわゆるジョブ型雇用を前提にして人材育成を放棄しようとしているのではないか、と心配です。
(1) 労働時間管理は深刻な問題が山積しています。
検討会報告書は、テレワークの問題点として、「テレワークは、働く場所や時間を柔軟に活用することが可能であり、業務を効率的に行える側面がある一方、集中して作業に従事した結果、長時間労働になる可能性」があることを指摘しています。
それならば労働時間管理をきちんとする方策を考えるのがあるべき姿のはずです。
ところが、検討会報告は、使用者が個々の労働者の仕事の遂行状況を常時把握・管理するような方法は、あまり現実的ではない場合もあると決めつけ、「自己申告された労働時間が実際の労働時間と異なることを客観的な事実により使用者が認識している場合を除き、労働基準法との関係で、使用者は責任を問われないことを明確化する方向で検討を進めることが適当である。」としています。
さらに、検討会報告は、「テレワークの特性に適した労働時間管理として、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制がテレワークになじみやすい制度であることを示すことが重要である。」と述べています。
(2) この2つの指摘は極めて重大な問題があります。
まず、ICTの発達で労働時間管理が機械的には難しくはなくなっているのに、テレワークでは労働時間の自己申告制を重視している点が逆行しています。始業・終業時刻をその時点で確認・記録しない自己申告制は、実際の労働実態と乖離し杜撰な時間管理の温床となります。本来は、テレワークの場合も、自己申告でなく、機械による管理を徹底すべきです。
そして長時間労働になってしまっても会社は責任を問われないようにすべき、というのは驚きです。会社には安全配慮義務があるので、労働時間を把握し、実際の労働時間との間に乖離がある場合にはそれを是正する義務もあると考えられます。
次に、事業場外みなし労働時間制の利用を謳っている点の誤りです。事業場外みなし労働時間制は、「労働時間を算定し難いとき」にはいくら残業しても所定労働時間働いたものとみなすことができる制度であり、要するに残業代不払いの制度です。有名な、阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件最高裁判決(最二小判平26.1.24)など「労働時間を算定し難いとき」の認定には、厳格な解釈がとられている。テレワークではPCなどで労働時間管理が容易なので、「労働時間を算定し難いとき」に当たることはほぼあり得ないでしょう。それにもかかわらず、事業場外みなし労働時間制を活用しようというのは、残業代を払いたくないという意図がありありとしています。
つまり、ICTの発達で労働時間管理が機械的には難しくはなくなっているのに、会社が責任を問われない(過労死の損害賠償など)とか残業代を払わない、という制度を導入しようという強い意図が現れており、時代に逆行しています。
作業環境について、検討会報告は、「在宅勤務の場合、日常生活を行う場で仕事を行うこととなるため、テレワークを行う労働者は心身にストレスを感じるのではないかとの指摘がある。また、テレワーク中心の働き方をする場合、周囲に同僚や上司がおらず、対面の場合と比較してコミュニケーションが取りづらい場合があるため、業務上の不安や孤独を感じること等により、心身の健康に影響を与えるおそれがあり、また、その変化に気づきにくい。」と指摘しており、至極まっとうな分析です。
そして検討会報告は、「職場の上司、同僚、産業医等に相談しやすい環境を作ることが重要である。」といっており、その通りでしょう。
しかし、現実には、本来はくつろぎの場である自宅を作業場とすることは想定されていません。快適な職場環境を作り出すことは極めて難しいはずです。このためか、検討会報告は、サテライトオフィスの活用も有効であるとしています。サテライトオフィスは、また移動時間などが発生するのでテレワークのメリットを減殺してしまいそうです。
総じて検討会報告は、課題を列挙するというものですが、労働時間管理についてはかなり踏み込んだ提案がなされています。そのため、労使の対立は労働時間管理の問題に目が行きがちです。
もちろん労働時間管理は大問題でありますが、テレワークが今後推進されることを前提に、その他の論点についてもきちんと分析していく必要があります。検討会報告を受けて、また具体化が進んでいくので、その点は折に触れて情報提供していきます。
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