1 川崎重工業(以下では川重という)のセメントプラント技術者(以下では被災者という)が中国安徽省蕪湖市(ぶこ市)所在の合弁会社CKEへ出向後、わずか3か月余りで自宅マンションから飛び降り、35歳の若さで他界した事件について、遺族は神戸地裁へ安全配慮義務違反があったとして川重へ損害賠償を求める訴訟を提起した。
2 ご存じのとおり川重は日本を代表するグローバル機械メーカーであるが、セメントプラント分野は川重の重点分野の一つであり、2015年の時点でプラント環境事業は全売上高の8.8パーセントを占めていた。
3 川重は発展著しい中国での販売拡大の足がかりとして、1995年には世界第4位の中国セメントメーカーCONCHへ廃熱発電設備の供給を開始し、さらに2005年から2009年にかけて、同社と共同出資で現地でセメントプラント事業関連会社を立ち上げていったが、その一つがセメントプラント製造会社CKEであった。
4 川重は遅くとも2012年末頃までには、さらなる中国での販路拡大を目指し、被災者を含む川重のセメントプラント技術者2名をCKEへ送り込み、CONCH以外のメーカーへもセメントプラント販売を拡大する計画を立てた。
5 ところが、ちょうどこのころ、川重のセメントプラント装置の一部であった冷却装置AQC(エア・クランチング・クーラー)を新型へと置き換えるに当たり、川重は重大な設計ミスを犯し、AQCのトラブルが続発し、納入先のCONCHからクレームが入るといった事態に陥った。
そのため、その対応にあたるべく1名の技術者はしばらく川重に残ることになり、被災者のみがCKEに出向することとなった。
6 被災者の出向直前2013年3月当時、AQCトラブルは激化の一途をたどっており、トラブルの原因をめぐって組み立てに責任を追うCKEと、設計に責任を追う川重との間で激しい責任の押し付け合いが起きていた。3月15日に開催された川重とCKEとの会議では、CKEが川重の説明を聞き終わる前から反論すると言った状態であったため、川重の出席者から「うるさい!黙れボケ」と発言が出るなど、会議は紛糾した。
7 また、当時川重本社もAQCトラブルの対応に忙殺される日々となっており、3月29日に川重の技術者BがCEKと協議した結果報告が送別会出席のために明日になるとメールしたところ、W総括部長から「このような『酒を飲んで仕事ができない』というメールを毎晩終電まで仕事をしている神戸メンバーに送るべきではない。あなたの立場は、この状態を挽回するために、寝ないで死ぬほどやらればならない」などと叱責されていた。
8 ところで、セメントプラントは燃焼工程と冷却工程に分かれており、被災者のキャリアはこれまでごみ処理プラントで燃焼装置の設計を担当するなど、燃焼工程が専門で、冷却装置であるAQCについては知識、経験が乏しく、ほとんど素人同然であった。
もとより、被災者はCKEで担当する業務は、燃焼装置が排出する窒素酸化物の減量を目的とした脱硝装置の設計であるはずであった。
9 しかしながら、被災者は、CKEにとって不信感渦巻く川重から出向してきたプラント設計技術者であったため、出向後まもなく、AQCのトラブルの渦中に巻き込まれることとなり、CKEと川重との調整役といった困難な仕事を一人で抱え込むこととなった。
10 被災者は、本来の担当業務であった脱硝業務を担う時間的余裕を失うこととなり、早くも4月23日には、川重に対し「現状、AQCの伝達係でまともに業務ができません。CKE・KHIの友好条約に基づき、そちらで負担していただくことは可能ですか??」とのSOSのメールを送ったが、川重はこれを黙殺した。
11 逆に、川重は、CKEと川重の双方に籍を置く被災者をこそが、相互不信が深まる両者の調整役の切り札になり得ると考え、川重のT部長は5月16日、「CKEでのフォローは、被災者に窓口になっていただきたく、よろしくお願いします」などとメールを送り、被災者に対し、調整業務にあたるよう指示をした。
12 その後、被災者の奮闘によって川重とCKEとの関係はやや落ち着くも、AQCトラブルはさらに深刻さを増し、CONCHの各工場で油漏れを起こして火事となるなど悲惨な状況が続いた。が、川重はAQCトラブルを抜本的に改善する努力はせず、むしろ欠陥マシンのままに試運転を強行し、「性能確認試験」(マシンが正常に動くか否かを検査する最終試験で、試験終了後はトラブルの責任が川重からCKEに移行する)を通過させた。
13 被災者は、6月上旬には、川重が無理やり「性能確認試験」を通過させ、CKEへと引き継いだAQCのトラブル対応でいよいよパンク状態となり、本来の担当業務であったところの脱硝業務計5件がほとんど全く手つかずの状態となった。
14 6月7日には、川重も被災者が過重業務となっていることを認識しており、T部長とW総括部長とがメールのやり取りで、「現在では被災者が常駐するようになり大分改善されつつあるとの状況ですが・・ただ被災者はCKE内部で脱硝案件を抱えており、Hが赴任する7月までは、誰か要員を出張ベースでも配置が必要」などとして、速やかに要員を派遣すべきとのやり取りがなされていた。
15 しかしながら、川重はなんらの手も打たず、被災者がAQCに忙殺され、脱硝業務の遅滞を続けるなかで、被災者は遅くとも6月中旬には、妻や娘らとのオンラインでの会話も、ほとんど発語がなくなり、同月末頃には妻に「見習わなあかんわ。全然やわ」など自分を責める言葉を繰り返すようになった。
16 以上のとおり、被災者は遅くとも6月下旬にはうつ病を発症していたと考えられるが、7月10日自宅マンションから投身し、自死するに至った。
なお、川重は被災者がうつ病を発症した後、亡くなる直前になってようやく脱硝業務を引き取った。
17 遺族は神戸東労基署へ労災認定を申請し、2016年3月18日、労災認定となった。
18 その後遺族は、川重へ損害賠償請求を求めるも、川重は安全配慮義務違反はなかったとして責任を認めなかったためにこのたび提訴するに至った。
19 川重は、出向中の事故であることを理由に安全配慮義務違反を否定してくるものと思われるが、前述のとおり、川重は出向中であっても被災者を事実上の指揮命令下に置いており、実際に川重は被災者の業務軽減措置を採り得る地位にあった。したがって、川重の安全配慮義務違反は優に認められると考えている。
20 むしろ海外赴任は労働者にとって激しいストレスにさらせれる職場なのであり、使用者はより注意深く労働者の健康が損なわれないように配慮しなければならないはずである。この問題意識を社会へ広めていかねばならないと考えている。ぜひとも多方面からのご支援をお願いしたい。
なお、本事件は今西雄介弁護士、玉木芳法弁護士、中西圭太弁護士、相原健吾弁護士と八木が担当している。
このページのトップへ1 労働組合が会社・使用者と交渉する団体交渉は、憲法・労働組合法で保障された労働三権の1つです(団体交渉権)。団体交渉は、労働者にとっては労働条件について代表者を通じて統一的な交渉を行うことによってその力を発揮し労使間取引を有利にする役割を持っていますが、憲法・労働組合法は、その団体交渉を後押しすることを保証しているのです。
したがって、会社・使用者が団体交渉に応じない場合(団交拒否)には、何らかの救済措置が講じられなければなりません。それが、労働委員会による不当労働行為救済命令であったり、裁判所の判決・決定です。つまり、労働委員会や裁判所は、団体交渉を実りあるものとするよう労働組合に助力するべき立場にあるといえます。
2 また、団体交渉は労働組合が労働条件の改善等を目指して行うものなので、単に形式的に団体交渉を開けばよいのではなく、誠実な交渉を行わなければなりません。裁判所も、カール・ツァイス事件(東京地裁H1.9.22判決)において、「使用者は、自己の主張を相手が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉にあたらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである 。」と判示し、会社・使用者が誠実交渉義務を果たさなければ不誠実団交になり、違法であることを認めています。
3 ところで、団交拒否・不誠実団交の不当労働行為があった場合、裁判所は、以前は、労働組合の団体交渉請求権を認め、「団体交渉に応ぜよ」「団体交渉を拒否してはならない」という仮処分命令(団交応諾の仮処分命令)を認容し、それを強制執行することができるとしていたので、団交拒否があった場合の効果的な救済手段として裁判が機能してきましたが、司法の反動化が進む1970年代後半になると、裁判所は、労働組合の団体交渉請求権を否定し、せいぜい、「団体交渉を求めうる地位の確認」しか認めなくなりました。強制執行が困難となった面があります。
これに対して、労働委員会は、団交拒否・不誠実団交をした会社・使用者に対して、「団体交渉に応ぜよ」という救済命令を出すことができるので、裁判所よりもより直接的に不当労働行為の是正を果たすことができます。そのため、労働委員会は、集団的労使関係の専門的な紛争解決機関・独立行政委員会として、これまで数々の役割を果たしてきました。
4 さて、今回紹介するのは、労働委員会が出した「団体交渉に応ぜよ」という救済命令を裁判所が取り消したという問題事例の適否が争われた、山形大学不当労働行為救済命令取消請求事件、です。
(1) この事件は、国立大学(法人)である山形大学が教職員組合に対して不誠実団交をした事例です。2013年・2014年にかけて、山形大学は教職員組合との間で賃金の引下げについて団体交渉を行ったもののまとまらず、団体交渉を打ち切りました。そこで教職員組合は、「本件各交渉事項に係る団体交渉における大学の対応が不誠実で労働組合法7条2号の不当労働行為に該当する」として、山形県労働委員会(県労委)に対し、本件各交渉事項につき誠実に団体交渉に応ずべき旨及び上記団体交渉につき不当労働行為であると認定されたこと等を記載した文書の掲示等をすべき旨を命ずる内容の救済を申し立てました。
県労委は、2019年1月15日付けで、「本件各交渉事項に係る団体交渉における大学の対応につき、昇給の抑制や賃金の引下げを人事院勧告と同程度にすべき根拠についての説明や資料の提示を十分にせず、法律に関する誤った理解を前提とする主張を繰り返すなどかたくななものであったとして、労働組合法7条2号の不当労働行為に該当する」とした上、山形大学に対し、本件各交渉事項につき、適切な財務情報等を提示するなどして自らの主張に固執することなく誠実に団体交渉に応ずべき旨を命じました(本件命令)。ところが、山形大学はこの救済命令を不服として、山形地方裁判所に対して、本件命令の取消を求めて提訴したのです。
(2) 問題は、1審の山形地裁、2審の仙台高裁です。両裁判所はともに、「本件命令が発せられた当時、昇給の抑制や賃金の引下げの実施から4年前後経過し、関係職員全員についてこれらを踏まえた法律関係が積み重ねられていたこと等からすると、その時点において、本件各交渉事項につき大学と教職員組合とが改めて団体交渉をしても、組合にとって有意な合意を成立させることは事実上不可能であったと認められるから、仮に大学に本件命令が指摘するような不当労働行為があったとしても、県労委が本件各交渉事項についての更なる団体交渉をすることを命じたことは、その裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。」と述べて、県労委の救済命令を取り消し、不誠実団交には当たらないと判断しました(本件認容部分)。
しかし、この原審の判決はおかしい。前記のとおり、労働委員会は労使関係の正常化にむけて団体交渉を後押しする立場にあるから、その裁量の範囲内で不誠実交渉を是正する命令が出せるはずです。また、原審のように、4年も経過したから有意義な団体交渉にならないという理屈が通るのであれば団交拒否・不誠実団交を長引かせれば長引かせただけ会社・使用者の逃げ得になってしまうでしょう。原審の判断は、誠実交渉義務を認めた前記カール・ツァイス事件(東京地裁H1.9.22判決)を逸脱したものというべきです。
(3) そこで、県労委が最高裁に上告し、最高裁判所第二小法廷は2022年3月18日、原審判決を破棄し、仙台高裁に審理を差し戻す判決を下しました。
最高裁の判決は、重要な指摘を含むので、長いですが引用します。
「労働委員会は、救済命令を発するに当たり、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱することは許されないが、その内容の決定について広い裁量権を有するのであり、救済命令の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の上記裁量権を尊重し、その行使が上記の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない(最高裁昭和45年(行ツ)第60号、第61号同52年2月23日大法廷判決・民集31巻1号93頁参照)。
労働組合法7条2号は、使用者がその雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止するところ、使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に応ずべき義務(以下「誠実交渉義務」という。)を負い、この義務に違反することは、同号の不当労働行為に該当するものと解される。そして、使用者が誠実交渉義務に違反した場合、労働者は、当該団体交渉に関し、使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができず、誠実な交渉を通じた労働条件等の獲得の機会を失い、正常な集団的労使関係秩序が害されることとなるが、その後使用者が誠実に団体交渉に応ずるに至れば、このような侵害状態が除去、是正され得るものといえる。そうすると、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に、これに対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令(以下「誠実交渉命令」という。)を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではないというべきである。
ところで、団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合には、誠実交渉命令を発しても、労働組合が労働条件等の獲得の機会を現実に回復することは期待できないものともいえる。しかしながら、このような場合であっても、使用者が労働組合に対する誠実交渉義務を尽くしていないときは、その後誠実に団体交渉に応ずるに至れば、労働組合は当該団体交渉に関して使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから、誠実交渉命令を発することは、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることに資するものというべきである。そうすると、合意の成立する見込みがないことをもって、誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできない。また、上記のような場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らかであるから、誠実交渉命令が事実上又は法律上実現可能性のない事項を命ずるものであるとはいえないし、上記のような侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできない。
以上によれば、使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができると解するのが相当である。
本件認容部分は、被上告人(山形大学)が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をしたとして、被上告人(山形大学)に対して本件各交渉事項につき誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずる誠実交渉命令であるところ、原審は、本件各交渉事項について、被上告人(山形大学)と上告補助参加人(教職員組合)とが改めて団体交渉をしても一定の内容の合意を成立させることは事実上不可能であったと認められることのみを理由として、本件認容部分が処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱したものとして違法であると判断したものである。そうすると、原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。
以上によれば、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(4) この最高裁判決の重要な点は、以下のとおりです。
・ 誠実交渉義務の内容を明確に認めたこと
最高裁は、誠実交渉義務の内容として、「使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に応ずべき義務」を明確に認めています。
・ 労働委員会が救済命令を出す裁量を広く認めたこと
最高裁は、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に、労働委員会が誠実交渉命令を発することは、一般に、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を逸脱・濫用するものではないと判断しています。したがって、労働委員会は、萎縮することなく、これまで以上に誠実交渉命令を発出しやすくなったといえます。
・ 団体交渉が妥結する見込みがなくても誠実交渉命令を発出することができること
最高裁は、団交が妥結する見込みがなくても、誠実に交渉することができれば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られる利益があるとして、誠実交渉命令を発することができるとしました。誠実に交渉することそれ自体が労働組合にとって有意義であり、それを労働委員会が救済命令という形で後押しすることを広く容認したものと理解できます。
5 近年、労働委員会の不当労働行為救済申立事件は、団交拒否(不誠実団交)が増えています。弁護士や社労士が出てきて、形式だけ団交をしていますというような不誠実な団交も増えていると聞きます。
そのような最中にでた、今回の最高裁判決は、労働組合にとって有効活用できる重要な判示を含んでいるといえます。
このページのトップへ