《第654号あらまし》
 フリーランス新法の方向性と問題点
 実務研修会「ダブルワークの基礎知識・法的問題を学ぼう」
     <報告1>「副業・兼業の現状」と「副業・兼業の促進の方向性」の概要
     <報告2>「企業側の対応」「労働者側の対応」「副業・兼業に関わるその他の制度」について
 転載:民主法律協会「裁量労働制の適用対象拡大の動きに反対する緊急声明」



フリーランス新法の方向性と問題点

弁護士 野田 倫子


1 働き方改革が提唱されたことを起点に、日本でも雇用によらない働き方が拡大し、フリーランスとよばれる方が国内に462万人(2020年)と増加傾向にある。他方で、発注者からの報酬の支払遅延や一方的な仕事内容の変更など、フリーランスが不利な取引を余儀なくされる実態がある。

2 フリーランスと事業者の取引を適正化し、フリーランスとして安定的に働ける環境を整備するため、2022年9月、厚労省により「フリーランスにかかる取引適正化のための法制度の方向性」が示された。

主な内容は、契約時の書面明示義務や、報酬支払に関する義務、事業者の禁止事項、違反した場合の行政措置等である。なお、ここでのフリーランスとは「業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者」とされている。

3 フリーランスをめぐる法制度を概観すると、公正かつ自由な競争を促進する独占禁止法があげられる。フリーランスは個人の事業者であるため、事業者間取引に関する独禁法が適用され、公正な競争を阻害するような行為・取引等は同法の規制を受ける。

また、独禁法を補完する法律として下請法(下請代金支払遅延等防止法)も適用される。新法が予定する内容は、この下請法に定められている遵守事項と概ね同様のものである。ただし、下請法の適用は、企業側が資本金1000万円超の場合であり、フリーランスに業務委託する企業の約4割が資本金1000万円以下であり、かかる小規模な企業は、下請法の対象外となる。そこで、これまで下請法の対象外であった取引についても保護を広げる点に新法制定の必要性がある。

4 新法はフリーランスと発注事業者との間の取引適正化を目指すものであり、特に継続的な業務委託の場合には、フリーランスが事業者に経済的に依存し従属的立場に置かれる恐れがあるため、一定の事項を事業者に義務化する方向性自体は評価できる。

しかし、かかる問題は、むしろ、「偽装雇用」や「名ばかり事業主」など、本来は労働法制上の「労働者」が「労働者ではない」と扱われる「誤分類」の問題も含んでいる。この点に関し、関係省庁が2021年3月に策定した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」において、「フリーランスとして業務を行っていても、実質的に発注事業者の指揮命令を受けて仕事に従事していると判断される場合には『雇用』とみなされ、労働関係法が適用される」と明記され、「労働者性」の判断基準が示されている。さらに、厚労省は、労働者性の判断枠組み自体に関し、「労働者の働き方の変化等の状況を注視しながら、現行の判断基準の枠組みが適切なものとなっているか不断に確認」していくとの考えを示しているが、なお課題は残されている。

なお、多様な働き方があるフリーランスをまとめて保護することなどへの疑問が自民党内から上がり、政府・与党は、2022年12月の臨時国会での新法の提出を見送り、2023年の通常国会に先送りする方針を決めた。

5 フリーランスを保護する新法の制定は重要である一方、本来、労働法制で保護されるべき人が置き去りにされることがないよう、労働者性の判断の見直しや労働者概念の拡大、中間概念導入の検討等の中長期的な議論も並行して進めていくことが重要といえる。

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実務研修会「ダブルワークの基礎知識・法的問題を学ぼう」
<報告1>「副業・兼業の現状」と「副業・兼業の促進の方向性」の概要

弁護士 本上 博丈


このガイドラインを見てまず驚いたのは、今から5年近く前に既にこのガイドラインが作成されていたことだ。コロナを機に、例えばウーバーイーツなどの副業が広まったように感じているが、実はもっと前から広まりつつあったのだ。

以下では、このガイドラインの概要を紹介する。


1 副業・兼業の現状

(1) 副業・兼業を希望する者は年々増加傾向、だという。

(副業・兼業を行う理由)

収入を増やしたい、1つの仕事だけでは生活できない、自分が活躍できる場を広げる、様々な分野の人とつながりができる、など。

(副業・兼業の形態)

正社員、パート・アルバイト、会社役員、自営、フリーランスなど。

(2) 副業・兼業に関する裁判例での基本的な考え方

(原則)労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由、としている。休憩時間ですら自由利用が保障されなければならないのだから、ましてや所定労働時間外の時間を労働者がどう使うか自由なのは当然である。

(各企業による制限が許される場合の例)

① 労務提供上の支障がある場合

これは、具体的にどのような場合を意味しているかは曖昧である。例えば、本業が日勤で、副業が毎晩夜勤という場合は当てはまるだろうが、会社による恣意的な運用の恐れがある。

② 業務上の秘密が漏洩する場合

③ 競業により自社の利益が害される場合

④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

(3) 厚生労働省が平成30年1月に改定したモデル就業規則

「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。」


2 副業・兼業の促進の方向性

(1) 労働者にとってのメリットと留意すべき点

(ア)メリット

① 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる。

② 本業の所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求することができる。

③ 所得が増加する。

④ 本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。

(イ)留意点

① 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管理も一定程度必要である。

② 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。

③ 1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合には、雇用保険等の適用がない場合があることに留意が必要である。

(2) 企業にとってのメリットと留意すべき点

(ア)メリット

① 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。

② 労働者の自律性・自主性を促すことができる。

③ 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。

④ 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。

ガイドラインには挙げられていないが、実際は、現状賃金水準の是認や賃上げ要求の消極化が期待できるという店が大きいと思われる。

(イ)留意点

① 必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。

(3) 国の基本的な考え方

① 人生100年時代を迎え、若いうちから、自らの希望する働き方を選べる環境を作っていくことが必要である。また、副業・兼業は、社会全体としてみれば、オープンイノベーションや起業の手段としても有効であり、都市部の人材を地方でも活かすという観点から地方創生にも資する面もあると考えられる。

② 自身の能力を一企業にとらわれずに幅広く発揮したい、スキルアップを図りたいなどの希望を持つ労働者がいることから、こうした労働者については、長時間労働、企業への労務提供上の支障や業務上の秘密の漏洩等を招かないよう留意しつつ、雇用されない働き方も含め、その希望に応じて幅広く副業・兼業を行える環境を整備することが重要。

③ いずれの形態の副業・兼業においても、労働者の心身の健康の確保、ゆとりある生活の実現の観点から法定労働時間が定められている趣旨にも鑑み、長時間労働にならないよう、留意して行われることが必要。

④ 労基法の労働時間規制、労働安全衛生法の安全衛生規制等を潜脱するような形態や、合理的な理由なく労働条件等を労働者の不利益に変更するような形態で行われる副業・兼業は、認められず、違法な偽装請負の場合や、請負であるかのような契約としているが実態は雇用契約だと認められる場合等においては、就労の実態に応じて、労基法、労働安全衛生法等における使用者責任が問われる。

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実務研修会「ダブルワークの基礎知識・法的問題を学ぼう」
<報告2>「企業側の対応」「労働者側の対応」「副業・兼業に関わるその他の制度」について

弁護士 與語 信也


第1 企業側の対応について

1 基本的な考え方

(1) 副業・兼業に関する裁判例の考え方

・ 労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であること

・ 例外的に、労働者の副業・兼業を禁止又は制限することができるとされた場合として下記4つ

① 労務提供上の支障がある場合 

② 業務上の秘密が漏洩する場合

③ 競業により自社の利益が害される場合

④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

(2) したがって、基本的には、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当。使用者においては以下の点に留意すべき。

・就業規則では、原則として、労働者は副業・兼業を行うことができるとしておくべきこと

・例外的に、上記①~④のいずれかに該当する場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができることとしておくこと

・副業・兼業を禁止、一律許可制にしている企業は、労働時間以外の時間については、労働者の希望に応じて、原則、副業・兼業を認める方向で検討すること。

・副業・兼業に係る相談、自己申告等を行ったことによる不利益取扱は禁止であること

(3) 副業・兼業における使用者・労働者の法的義務

ア 安全配慮義務との関係(労働契約法5条)

過重労働の判断は全体としてみる。したがって、使用者側としては、全体として過重であると判断した場合は兼業を禁止又は制限することができることとしておくべき。

イ 労働者の秘密保持義務との関係

労働者が業務上の秘密を他の使用者の下で漏洩してはいけない。

他の使用者の労働者が他の使用者の業務上の秘密を漏洩してはいけない。

就業規則等において、業務上の秘密が漏洩する場合における副業・兼業を 禁止又は制限することができる旨の規定をおく、他の使用者の労働者が漏洩しないように注意喚起をする等

ウ 労働者の競業避止義務との関係

使用者に対して労働者が負う競業避止義務違反が生ずる場合

他の使用者に対して当該労働者が負う競業避止義務違反が生ずる場合

就業規則等において、競業により、自社の正当な利益を害する場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができる旨の規定を設けておくこと

副業・兼業を行う労働者に対して、禁止される競業行為の範囲や、自社の正当な利益を害しないことについて注意喚起すること

エ 労働者の誠実義務との関係

労働者は、使用者の名誉・信用を毀損しないなど誠実に行動することが要請される。このため、

・就業規則等において、自社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができること

・副業・兼業の届出等の際に、それらのおそれがないか確認すること

などは許容される。

(4) 使用者の許可の得ずに副業・兼業を行ったとしてされた懲戒処分の有効性

副業・兼業に関する裁判例においては、就業規則において労働者が副業・兼業を行う際に許可等の手続を求め、これへの違反を懲戒事由としている場合において、形式的に就業規則の規定に抵触したとしても、職場秩序に影響せず、使用者に対する労務提供に支障を生ぜしめない程度・態様のものは、禁止違反に当たらないとし、懲戒処分を認めていない。

(5) 副業・兼業に関する情報の公表について

企業は、労働者の多様なキャリア形成を促進する観点から、職業選択に資するよう、副業・兼業を許容しているか否か、また条件付許容の場合はその条件について、自社のホームページ等において公表することが望ましい。


第2 労働者側の対応について

1 勤務する企業の副業・兼業に関するルールを確認し、副業先を選択すること

2 上記法的義務に照らし、業務内容や就業時間等が適切な副業・兼業を選択すること

3 過重労働により健康を害したり、業務に支障を来したりすることがないよう、労働者自ら各事業場の業務の量やその進捗状況、それに費やす時間や健康状態を管理する必要があること

4 他の事業場の業務量、自らの健康の状況等について報告を求められれば応じる必要があること

5 副業・兼業を行い、20 万円を超える副収入がある場合は、企業による年末調整ではなく、個人による確定申告が必要であること


第3 副業・兼業に関わるその他の制度について

1 労災保険の給付(休業補償、障害補償、遺族補償等)

2 雇用保険、厚生年金保険、健康保険

(1) 雇用保険

ア 適用要件

労働者を雇用する使用者は加入義務あり。ただし、以下の場合は適用除外

・1週間の所定労働時間が20時間未満である者

・継続して31日以上雇用されることが見込まれない者

イ 副業する者が、それぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合

令和2年の雇用保険法改正により、令和4年1月より65歳以上の労働者本人の申出を起点として、一の雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、二の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が試行的に開始されている。

(2) 社会保険(厚生年金保険及び健康保険)

ア 適用要件

事業所毎に判断するため、複数の雇用関係に基づき複数の事業所で勤務する者が、いずれの事業所においても適用要件を満たさない場合、労働時間等を合算して適用要件を満たしたとしても、適用されない。

イ 副業する者が、それぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合

被保険者はいずれかの事業所の管轄の年金事務所及び医療保険者を選択し、当該選択された年金事務所及び医療保険者において各事業所の報酬月額を合算して、標準報酬月額を算定し保険料を決定する。その上で、各事業主は、被保険者に支払う報酬の額により按分した保険料を、選択した年金事務所に納付(健康保険の場合は、選択した医療保険者等に納付)することとなる。

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転載:民主法律協会「裁量労働制の適用対象拡大の動きに反対する緊急声明」


1 厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する検討会」は2022年7月15日、議論をとりまとめた「報告書」を公表した。裁量労働制の適用対象の拡大に関する議論が大詰めを迎えており、厚労省は、年内には一定の結論を出したい意向であると伝えられている。

しかし、安易な裁量労働制の適用拡大は絶対に認めることはできない。同制度については対象業務の範囲の限定、手続の厳格化、労働者の健康確保こそが急務である。

2 働き方改革関連法の制定過程において、当時の安倍首相が、裁量労働制で働く人の労働時間が「一般労働者より短いというデータもある」と答弁したが、厚労省の調査に大量の異常データが発覚し、裁量労働制が法案から削除に追い込まれた経緯がある。

厚労省は、2021年6月25日に「裁量労働制実態調査」を公表したが、安倍元首相の上記答弁とは真逆の実態が明らかになった。同調査によると、1日の平均労働時間は、裁量労働制が適用されている労働者が9時間であるのに対し、適用されていない労働者は8時間39分であり、週60時間以上の勤務している労働者は、適用されている者のうち8.4%、適用されていない者では4.6%であった。加えて、裁量労働制が適用されている労働者のうち、深夜労働が「よくある」労働者が9.4%も存在した。

裁量労働制は長時間労働を助長する制度であることが端的に示されている。

3 上記調査によれば、裁量労働制が適用される労働者のうち、自己の「みなし労働時間」を認識していない割合は、専門型では40.1%、企画型では27.4%であった。また、「みなし労働時間」は1日平均7時間38分であったが、実労働時間は平均9時間であった。要するに、実際の労働時間よりも短い「みなし労働時間」が定められ、それを認識していない労働者が少なくない。

裁量労働制が「定額働かせ放題」の制度であると厳しく批判されるのは、実態と乖離した「みなし時間」を前提とした賃金で働かされる労働者が存在するからである。

4 裁量労働制の適用に関して、柔軟な働き方に対するニーズが強調されているが、時間配分について労働者に自律的・主体的判断を委ねる「フレックスタイム制」の導入により、かかるニーズに応えることも可能である。

労働者側には裁量労働制の適用対象拡大や規制緩和を求めるニーズはない。

5 労働基準法は、実労働時間による厳格な労働時間管理を大原則とする。しかし、裁量労働制はその原則を大幅に緩和するものであり、制度の適用対象の拡大により、長時間労働をさらに助長し、不適切運用のリスクが高まる。

民主法律協会は、裁量労働制の適用対象拡大に断固として反対するとともに、不適切な裁量労働制の運用がなされぬように手続・要件を厳格化し、労働者の健康確保措置を講ずることを強く求める。

2022年12月6日

民主法律協会

会長 豊川 義明

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