《第658号あらまし》
 基地労働者
 厚生労働省「非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間」(3/15~5/31)について
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基地労働者

弁護士 増田 正幸


1 はじめに

労働力を必要とする者が、自ら労働者を雇用せず、他人(仲介業者)が提供する労働力を利用することを「間接雇用」という。仲介業者が行う労働者の供給を認めると、賃金のピンハネや過酷な労働の強制など、労働者に不当な圧迫が加えられるおそれがあるため、職業安定法は労働者供給事業を原則として禁止し、労基法6条は業として他人の就業に介入して利益を得ること(中間搾取)を禁止している。

しかし、使用者にとって、間接雇用は、労働者の人事管理や社員教育を行う必要がないことや社会保険や退職金の負担をなくすことが可能な上、自社の都合で契約解消を容易に出来るメリットがあることから、法は例外的に間接雇用を認めている。その典型が「労働者派遣」であるが、労働者派遣法は、派遣先の常用労働者が派遣労働者に代替されないように派遣期間に制限をつけたり、違法な派遣から労働者を守るために派遣期間制限違反や偽装請負の場合に派遣先が派遣労働者に雇用契約の申込みをしたものとみなす制度などを設けて、間接雇用の弊害を少なくするための規制を設けている。

労働者派遣法が制定され、労働者派遣が合法化されたのは1986年であるが、そのかげで、敗戦直後から許容されていた間接雇用がある。それが基地労働である。


2 歴史的な経緯

(1) 敗戦後、本土に進駐した米軍(連合軍)は接収した基地・施設の維持・管理、空襲で損傷した道路・橋梁の修理、軍需品の運搬等のために、多くの労働者を必要とし、日本政府に労務調達を命じた。労務費等の経費はGHQ指令により日本側が終戦処理費として負担し、進駐軍労働者の募集、給料の支払など労務管理事務は政府(特別調達庁)が所管していた。このようにして、労務管理は政府が行い、実際の指揮命令は米軍が行うという方式が定着した。

(2) 1948年7月に進駐軍労働者は国家公務員法の改正により一般職国家公務員とされたが、政令201号により、現業を含むすべての公務員の争議行為が禁止され、同年12月改正施行された国家公務員法は、職員団体の結成は認めたが、その構成員を職員に限定し、団体交渉権を制限し、かつ争議行為を全面一律に禁止した。

進駐軍労働者は1946年には労働組合を結成(後の「全駐労」)していたが、団交権や争議権を回復するために、国公法の適用除外を求めて国会闘争に取り組み、1948年12月には国交法を改正させて、その地位を、労働三法が適用される国家公務員特別職に変更させた。

(3) 1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し日米安保条約にもとづき米軍が駐留軍に移行するにともない、駐留軍労働者の地位をどうするかが議論されたが、組合は政府が駐留軍労働者の労務管理に関与できない軍直接雇用に反対し、法律による駐留軍労働者の身分の確立、一元的な労務管理機構の確立と給与・労働条件の決定権限の確立や諸法規の完全適用などを要求した。その結果、政府を雇用主とする間接雇用方式が採用され、1952年の国公法の改正により駐留軍労働者の身分は「国家公務員ではない」と規定され、給与その他の勤務条件は防衛大臣が定めることとされ、国家公務員に準じた待遇が保障されるとともに、民間労働者と同じく労働三法や社会保険等の法律が適用されることになった。同年成立した日米行政協定でもそのことが明記され、同行政協定は1960年6月23日に発行した日米地位協定にも引き継がれた。


3 駐留軍労働者の労働条件

(1) 上記のとおり、駐留軍労働者は国家公務員ではなく、防衛大臣(国)は駐留軍労働者との間で勤務条件を決定し、雇用契約を締結する。

勤務条件の具体的内容は、防衛省が米軍との間に基本労務契約(MLC)、船員契約(MC)、諸機関労務協約(IHA)という3種の労務提供契約を締結して定めている。

(2) MLCは、事務職、運転手、エンジニア、警備員、消防士など米軍の軍務に付随する業務に従事する者の契約であり、IHAは、日米地位協定第15条に定める「諸機関」(売店、レストラン、PX、社交クラブ、劇場等など福利厚生のための施設)の業務に従事する者(販売員、調理人、接客係など)の契約である。MCは、船長、機関長などの船員について定めた契約である。

(3) これらの労務提供契約にもとづいて、米軍は(雇用主ではなく)使用者として、各職場において駐留軍労働者を指揮・監督している。

地位協定12条5項では、「相互間で別段の合意をする場合を除くほか」労働条件や労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならないと規定されているが、現状では、米軍が上記の3種の労務提供契約が地位協定12条5項の「別段の合意」に該当すると主張しているため、米軍の同意のもとに3種の労務提供契約を変更しない限り、駐留軍労働者の労働条件の改善ができないため、3種の労務提供契約の定めが労働法規に優先する結果となっている。

(4) その結果、就業規則の作成・届出はなされていない(労基法89条違反)し、三六協定の締結がないまま時間外・休日労働をさせている(労基法36条違反)。労働安全衛生委員会が設置されておらず(労働安全衛生法17~19条違反)、組合活動(休憩時間も)も禁止(労組法7条違反)されている。地位協定3条により米軍基地及び関連施設は米軍の排他的な使用権・管理権のもとに置かれ、公務執行中の米軍人・軍属には日本の法令の適用がないため、国内労働法令を遵守する義務を負わず、法令違反があっても処罰されることはない。他方、日本の公権力も米国の許可なしにはその施設・区域には立ち入ることができないため、雇用主である防衛大臣は提供労働者の日常の就労実態や就労環境を把握できない。たとえば、労働災害が発生した場合でも労働基準監督官が職場を調査する際には米軍の許可と同伴を要求されており、労基法101条1項(労働基準監督官の臨検等の権限)も遵守されていない。

(5) 現在は、独立行政法人駐留軍等労働者労務管理機構(「エルモ」)が駐留軍労働者の雇入れ、提供、労務管理、給与及び福利厚生に関する業務を行っている。

基地では日本国内とは異なり、職種による同一労働同一賃金となっている。約1300の職種があり、現在は900余りの職種が使用されている。多くは中途採用であるが年齢や経験は考慮されず、ほとんどは初号俸から働き始める。毎年定期昇給があるが、同一職種で働き続ける限り等級は変わらない。等級を上げたければ、空きが出た職種に応募するしかない。ある職種に空きが生じ、米軍から連絡があると、事前に応募し、職種ごとに登録されているファイルからエルモが該当者を書類選考し、米軍に紹介し、米軍が面接及び筆記(実技)試験を行った上で採否を決する。採用が決まると日本政府が雇用する。事前面接が禁止されている労働者派遣とは全く異なる。

(6) また、エルモを通じた採用とは異なり、他に、米軍が民間の労働者派遣業者を通して派遣労働者を使用したり、PSC(個人サービス契約)という名称で直接雇用される者が多数存在する。PSCは請負契約である。このような直接雇用者は非組合員であるため、組合も対象者数や勤務実態の把握ができない。


4 駐留軍労働者に対する人事措置

(1) 駐留軍労働者の採用、昇格、降格、配置転換、制裁、解雇(人員整理、保安解雇、制裁解雇を除く)などの人事措置については、日米両政府の合意にもとづき行われる旨が定められており、日米で意見の相違があっても人事措置の最終決定権は、事実上米軍にある。

(2) 人員整理解雇

MLCは、解雇の類型として①不適格解雇、②制裁解雇、③特例解雇、④傷病による就労不能、⑤死亡、⑥精神異常、⑦身体障害、⑧保安解雇、⑨人員整理を定めている。

人員整理についてはMLCには「人員整理手続により整理すべき従業員の数及び職種」は米軍が決定するものとされ、米軍は退職希望者を募集した上、必要な員数を解雇する。人員整理は、米軍の組織、配置、財政状況と密接に関連するので、人員整理の理由の開示の程度も米軍の裁量に委ねるしかないし、米軍が労務の供給を不要とする以上、政府としてはこれに従わざるを獲ず、解雇の4要件(要素)は無視される。  

(3) 保安解雇

MLCでは保安上の危険を理由に解雇することが許される。米軍の活動に有害、危険とみなす人物は解雇理由を具体的に示すことなく解雇することが可能である。日本側が保安上危険であるという事実の存否の判定に対して異議があるときでも、反対意見を述べる機会が与えられているだけで、米軍の要求があれば直ちに解雇措置をとるべきことになっており、保安解雇が組合活動に対する弾圧の手段としてしばしば用いられてきた。

(4) さらに、駐留軍労働者が解雇が無効であると裁判所で争って、裁判所の解雇を無効とする判断が確定した場合でも、地位協定12条6項は、米軍に当該労働者の就労を拒否する権限を認めている。


5 思いやり予算

令和4年9月末日現在、駐留軍労働者は、全国に25,922人、沖縄には約9000人いる。

在日米軍の駐留に要する費用については、地位協定24条に定めがあり、米国は、日本が提供した施設・区域の米軍の維持にともなう全ての経費(維持的経費)を負担することになっている。維持的経費には米軍人軍属の人件費、米軍の運用維持費のほか、駐留軍労働者の雇用に係る経費(労務費)が含まれている。それゆえ、1982年度までは駐留軍労働者の労務費は米国が負担してきたが、度重なる米軍からの要求により1987年1月以降、特別協定の締結が繰り返され、上限労働者数(23,178人)の範囲内で政府が基本給及び諸手当の全額をについて全額を負担している。 

この思いやり予算のおかげで、米軍は経費を節減する必要がなくなり、この30数年間は大規模な人員整理は生じておらず、駐留軍労働者の雇用は安定している。


6 沖縄の駐留軍労働者

(1) 米国の施政権下に置かれた沖縄では、基地労働者は、「軍雇用者」と呼ばれ、本土復帰まで米軍に直接雇用されていた。1949年末から本格化した恒久的米軍基地の構築は、朝鮮戦争の最中で急速に進められ、米軍基地は県下最大の雇用の場であり、1952年段階で軍雇用者は、約68,000人に達した。

(2) 1953年9月に立法院は本土とほぼ同内容の労働三法を制定したが、米軍は布令116号を発布し、軍雇用者をその適用から除外し、軍雇用者の団体交渉権、争議権を否定した。

(3) 米軍の圧政や差別に抗するため、1961年6月に労働組合(後の「全沖縄軍労働組合(全軍労)」)が結成された。全軍労は銃剣を突き付ける米兵に立ち向かい、「全軍労闘争」と呼ばれる熾烈な闘いを行い、ピーク時の1969年には組合員22,000人を擁する県下最大の労組となり本土復帰運動の中核を担った。

(4) 1972年に沖縄が本土に復帰した後は、軍雇用者は本土の駐留軍労働者と同様、間接雇用方式により国と雇用契約を締結することになり、全軍労は全駐労と合同して全駐労は一つになった。本土復帰前27,000人いた軍雇用者は、人員整理により、最近では約9000名で推移している。

(5) 沖縄県内で従業員の数が最も多いのは、沖縄県庁(約25,000人、一般行政部門は約4,000名)、民間企業では沖縄電力が約1,500人であるから、9000名を抱える米軍基地は現在も沖縄県庁に次ぐ第2位の雇用の場である。また、完全失業率が全国トップ、平均年収が全国46位の沖縄県では、基本給が県職員の初任給と変わらず、安定している米軍基地は約10倍の応募がある狭き門となっているという。

(6) 米軍基地の存在やわが国の安全保障政策に危機感を抱く県民が多数いる中で、駐留軍労働者は、思いやり予算に支えられ、基地がなくなれば失職するという複雑な立場に置かれている。

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厚生労働省「非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間」(3/15~5/31)について

弁護士 本上 博丈


厚生労働省は,今春闘における賃金引上げの流れを,中小企業・小規模事業者の労働者及び非正規雇用労働者にも確実に波及させるため,「非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間」(3/15~5/31)を設けています。

この集中取組の要点は次の4点です。

1 同一労働同一賃金の遵守の徹底が目的とされていること。

2 そのために,同一労働同一賃金に関するパート・有期雇用労働法及び労働者派遣法の履行確保のための取組みを強化すること。

3 特に非正規雇用労働者が多い業界の団体等に対しては,厚生労働省から直接働きかけを実施すること。

4 併せて中小企業等への各種支援の充実や広報活動を強化し,賃金引上げに取り組む中小企業等を支援すること。

国がこういう集中取組をしていることや賃金引き上げに取り組む中小企業の支援策があることは,今春闘において資金事情等を理由に賃上げを渋る使用者を,団体交渉等において説得する材料にもなると思います。この取組強化で提供される賃上げに関する情報や様々な支援策の情報収集をしっかりして,団体交渉に活用してください。

関連情報のURLは下記のとおりです。中でも下記⑤「賃金引き上げ特設ページ」では,賃金引き上げを実施した企業の取り組み事例や,各地域における平均的な賃金額がわかる検索機能など,賃金引き上げのために参考となる情報が掲載されており,役に立つと思います。

① 非正規雇用労働者の賃金引上げに向けた同一労働同一賃金の取組強化期間(3/15~5/31)について  https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001072637.pdf

② 経済団体、各種業界団体あて協力依頼文

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001073423.pdf

③ リーフレット「パートタイム・有期雇用労働法で正社員と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差は禁止されています」

「派遣労働者を受け入れる際に注意すべきポイント(同一労働同一賃金関係)」

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001072638.pdf

④ 同一労働同一賃金に関する労働基準監督署と都道府県労働局の連携について

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001072640.pdf

⑤ リーフレット「賃金引き上げ特設ページを開設しました」

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001072641.pdf

⑥ パンフレット「最低賃金・賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援施策」

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/001072642.pdf

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新入会員自己紹介

神戸花くま法律事務所 弁護士 藤田 洋介


この度、入会させていただきました神戸花くま法律事務所の藤田洋介と申します。

2008年12月に弁護士登録以来、法テラスの常勤弁護士として各地(鳥取→熊本→京都→尼崎)を転勤していましたが、2022年12月に法テラスを退職し、2023年1月より縁あって現在の事務所で執務しております。

出身は島根県ですが、妻が神戸市の出身のため、6年前から神戸市に住み、小学生の子ども2人と4人で暮らしています。最近の趣味は将棋(観る将だけでなく、実際に将棋を指すのも好きです)とRPGオンラインゲームで、すっかりインドア派となってしまいました。

さて、弁護士としては今年で15年目になりますが、法テラス時代はそれほど労働分野の事件を扱うことは多くなく、経験不足な点は否めません。しかし、もともと司法試験の選択科目も労働法だったこともあり、労働事件には以前からもっと取り組みたいと思っていたところでした。今年の2月に行われた勉強会にも参加させていただきましたが、こういった勉強会や事件を通じて、これから労働分野に関する知見を高めていければと考えております。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

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