《第666号あらまし》
 実務研修会報告報告(2023.11.29)
     活用しよう労働委員会
 労働法連続講座第1回報告(2023.12.14)
     ダブルワークの法的諸問題



実務研修会報告報告(2023.11.29)
活用しよう労働委員会

弁護士 野田 倫子


1 まず、事務局長の與語信也弁護士より、制度全般の説明がなされた。

労働委員会とは、労働関係の公正な調整を図ることを目的として、労働組合法に基づき設置された機関である。その機能は、労働組合の資格審査の他、労働争議の調整と不当労働行為事件の審査を行うことにある。

不当労働行為救済制度は、憲法で保障された団結権等の実行性を確保するための制度である。組合が、不当労働行為を理由に救済命令を申し立てると、調査期日や審問を経て、申立に理由がある場合には、使用者に対し、復職・賃金差額支払・組合運営への介入禁止等といった救済命令が発令される。また審査の過程で労使双方が合意に達すれば和解協定がなされることもある。近年の兵庫県でのあっせん及び救済命令申立件数は、それぞれ、令和2年以降減少傾向にあり、令和4年は新規件数が3~4件とわずかであり、制度活用の必要性が指摘された。

2 次に、建交労兵庫合同支部より、あっせんの事例報告をいただいた。解雇の撤回を求めあっせんを申請し会社都合の退職で金銭解決に至った事例、上司による暴力的支配が横行していた会社で組合を結成してあっせんを申請し、その後も救済命令申立てを行っている事例、一時金不支給を争ってあっせん申請し和解が成立した事例など、速やかにあっせんを申請することで、一定の解決に至っている、又は、少なくとも会社を話し合いのテーブルにつかせることができている意義は大きいことが事例を通じて示された。

3 最後に、兵庫私教連より、活用事例をご報告いただいた。制度の活用について、あっせんは申請手続きが簡易なため、団体交渉が行き詰まれば、まずは速やかにあっせん申請を行う、それでも解決しない場合はさらに救済命令申立てを行うなど、あっせんを団体交渉の延長として活用しているとのことであった。また、労働委員会を構成する労働者委員が連合系の組合からの選出のため、問題点の把握が不十分な発言が労働者委員からなされることや、労働委員会事務局の不適切ともとれる対応が指摘された。このような制度自体の問題を改善してくためにも、まずは、あっせん申請などの簡易な手続きから、労働委員会を積極的に活用していくことの重要性をご指摘いただいた。

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労働法連続講座第1回報告(2023.12.14)
ダブルワークの法的諸問題

弁護士 萩田 満


2023年12月14日あすてっぷKOBEで開催した労働法連続講座第1回、ダブルワークの法的諸問題の概要は以下のとおりである(参加者16名)。

もっとも昨年の実務研でも同テーマで開催しており、今回は前回に加えて安全配慮義務等の問題を追加してくわしく説明することになった。


第1 ダブルワーク(副業・兼業)の現状と展開

非正規雇用の増加など日本型雇用社会の変容の中、経済界や政府もダブルワーク(副業・兼業)を広げることを妨げないようになってきている。

ところが現状は、法律の整備は追いついておらず裁判例も少なく、今後の立法・解釈・裁判に委ねる場合が多い。そのため、最近改定された、厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定/令和2年9月改定/令和4年7月改定)がダブルワーク(副業・兼業)問題の指導的役割を果たしている。

ただし、ここで留意してもらいたいのは、ダブルワーク(副業・兼業)の位置づけである。厚生労働省は「副業・兼業」という言葉を使うが、「副業」は仕事に正副・主従があることを前提とする用語であるが、たとえば、同じようなパートの仕事を曜日ごとに数カ所かけもちしているようなダブルワークは正副・主従の区別は付きにくい。厚生労働省や経済界が念頭に置いている「副業」は正社員またはフルタイムに近い状況で働いている労働者が、その時間外や休日に別のところで働きだしたという場合のように、労働時間の長短・収入の多寡・就労の先後で明らかな正副・主従がつきやすい場面であり、そこでは、主たる業務の都合を優先しようという配慮が働いていると思われる。しかし憲法の保障している職業選択の自由、労働基準法によって護られている労働時間法制によって、常に主たる業務の都合が優先されるということにはならない。


第2 ダブルワーク(副業・兼業)の禁止と制約

1 ダブルワーク(副業・兼業)に対する裁判所の考え方は、原則として労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるという立場に立脚して副業・兼業したことそのものに対する不利益取扱いは禁止するというものである。解雇や懲戒は無効となりやすい。

もっとも、①労務提供上の支障がある場合、②業務上の秘密が漏洩する場合、③競業により自社の利益が害される場合、④自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合には、企業秩序を侵害することになるので裁判所も解雇や懲戒を有効と認めることがある。

2 したがって、企業側は、就業規則・労働協約などで、兼業・副業の届出・許可制度の整備、上記①~④に該当する場合に副業・兼業を禁止又は制限する規定や懲戒規定の整備を行ってくるはずである。

3 労働者にとっても、業務内容や就業時間等が適切な副業・兼業を選択すること。また、過重労働により健康を害したり、業務に支障を来したりすることがないよう、労働者自ら各事業場の業務の量やその進捗状況、それに費やす時間や健康状態を管理することは必要であり、他の事業場の業務量・自らの健康の状況等について報告を企業から求められれば応じることになるだろう。


第3 労働時間の問題

1 労働時間管理についての基本的な考え方は、「労働時間は通算する」というもので、労基法第38条第1項に「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」と規定があり、通達において「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む(労働基準局長通達(昭和23年5月14日付け基発第769号))とされている。

もっとも、労基法が適用されない個人事業者・フリーランス、労働時間規制が適用されない管理監督者・高度プロフェッショナル制度の場合には労働時間の通算規定の適用はない。

通算の対象となるのは、1日8時間・週40時間という法定労働時間(労基法第32条)、時間外労働(労基法第36条)のうち時間外労働と休日労働の合計で単月100時間未満・複数月平均80時間以内の要件(同条第6項第2号及び第3号)である。

なお、休憩(労基法第34条)、休日(労基法第35条)、年次有給休暇(労基法第39条)は、労働時間に関する規定ではないから、個々の事業場ごとに考えることになり通算されない。とくに休日労働について適用がないことから、ダブルワークは休日に働くことを念頭に置いているともいえる。

2 企業において、労働時間の確認方法は、労働者からの申告等(就業規則などで定める)に基づき、自らの事業場における労働時間と他の使用者の事業場における労働時間とを通算して管理する必要がある。その結果、自らの事業場における労働時間と他の使用者の事業場における労働時間とを通算して、自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分が、時間外労働となる。

3 時間外労働の割増賃金の取扱いについては、学説上はさまざまな議論があるもの、厚生労働省のガイドラインでは、「各々の使用者は、自らの事業場における労働時間制度を基に、他の使用者の事業場における所定労働時間・所定外労働時間についての労働者からの申告等により、①まず労働契約の締結の先後の順に所定労働時間を通算し、②次に所定外労働の発生順に所定外労働時間を通算することによって、それぞれの事業場での所定労働時間・所定外労働時間を通算した労働時間を把握し、その労働時間について、自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分のうち、自ら労働させた時間について、時間外労働の割増賃金(労基法第37条第1項)を支払う必要がある。」とされている。

4 ところで、厚生労働省などは労働時間管理を適正に行うこと、そこから派生して時間外労働の割増賃金や過重労働防止の問題についてガイドラインなどで示し、経済界や法律家もそのような議論をしている。しかしこれらの議論における決定的な問題は、1日8時間労働の原則にたいする配慮のなさである。1日8時間を超えてはならない原則を徹底すれば時間外割増賃金の問題も過重労働の問題も通常は起こらないはずであり、政府・経済界・その意を受けた法律科たちのダブルワーク論は長時間労働(8時間超)を当然の前提としている点が最大の問題である。


第4 安全配慮義務(労働契約法5条)

1 とはいえ、労働時間に関連して、特に過重労働防止の観点から使用者の安全配慮義務が問題となる。

2 ガイドラインは、安全配慮義務違反が問題となる場面として使用者が労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら何らの配慮もしないまま労働者の健康に支障が生ずるに至った場合等が考えられる、ととらえている。

そのうえで、具体的な対応として、

・就業規則・労働協約等において、長時間労働等によって労務提供上の支障がある場合には、副業・兼業を禁止または制限することができるようにしておくこと

・副業・兼業の届出等の際に、副業・兼業の内容について労働者の安全や健康に支障をもたらさないか確認するとともに、副業・兼業の状況の報告等について労働者と話し合っておくこと

・副業・兼業の開始後に、副業・兼業の状況について労働者からの報告等により把握し、労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずること

を呼びかけている。

3 ここから生じる具体的な使用者の義務としては、

(1) 副業・兼業先の勤務状況を積極的に確認する義務

(2) 労働者の体調悪化(過重労働)を把握した場合、その原因や程度を把握する義務が一般論として発生する。

(3) そして、体調悪化と業務状況を把握した後の措置義務も当然に発生することになるが、具体的にどのような措置義務が発生するのかはケースバイケース二なるように思われるし、ガイドラインでも明確な考え方は示していない。

たとえば、明らかに副業・兼業を追加したことが体調悪化の原因である場合には、

・本業に対しては、副業・兼業を減らしやめさせる指導・説得する措置、副業・兼業許可を取り消す措置、場合によっては本業の残業を削減する措置が必要(義務)であると考えられるが、さすがに労働契約の中核的内容である所定労働時間を削減する措置は必要ないだろう。

・副業・兼業の企業に対しては、本業を減らし辞めさせたり副業・兼業をやめさせたり所定労働時間を削減させる義務を負わせることは難しい。せいぜい、残業を削減する義務くらいではないか。

4 過重労働により労働者に健康被害が生じた場合、企業側の義務違反と健康被害との因果関係が認められれば、不真正連帯債務として双方が安全配慮義務違反の責任を負うことがあるし、共同不法行為に該当することもある。もっとも、過失相殺(副業兼業をしていたこと、それを申告しなかったこと)はあり得る。

裁判例は少なく、たとえば、大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件は、24時間営業のセルフ方式給油所を複数の会社が経営(Y1(深夜早朝)、Y2(それ以外の時間帯))していたところ労働者XはY1で勤務する以外に週1・2回Y2でも就労し(労働時間は圧倒的にY1が多いことになる)長時間労働で適応障害を発症したという事件であるが、1審(大阪地裁R3.10.28)はY1、Y2の責任を否定し、2審(大阪高裁R4.10.14)はY1の責任を肯定(過失相殺あり)、Y2の責任を否定した。結論が異なる理由は、他方の労働時間を把握する立場にあったかどうかの解釈によるものである。まだ裁判の準則は形成途上である。

労働者側にとって、ダブルワークによって過重労働となった場合、責任原因・因果関係を特定しにくいこと、ダブルワークした労働者自身の過失相殺が問題となることから、企業両方の安全配慮義務違反を追及するのはかなり大変な作業になると思われる。他方で、主たる企業における過重労働が原因であると訴えた場合は副業のせいで加重労働になったという企業側の抗弁が予想される。したがって、ダブルワークと過重労働の関係を追及するのは困難な作業を伴うと予想される。


第5 業務命令権・人事権の行使

副業・兼業をしている場合に残業命令や配転命令は許されるか、という問題があるが、前者では日立武蔵工場事件、後者では東亜ペイント事件という最高裁判決があり、企業の幅広い裁量がみとめられているので、労働者にとってはかなり酷な結果ともなり得る。

両裁判例を前提に考えると、まず残業命令は、残業命令権の濫用がある場合には残業命令は違法無効となるが、濫用の有無は業務上の必要性があるか、残業させるのに不当な目的があるか、労働者に著しい不利益があるか(残業を行わない正当な理由)を考慮することになる。もっとも過重労働が発生しているときに残業命令を発するのは、それ自体が安全配慮義務違反になるので違法無効になると思われる。

配転命令も、配転命令権の濫用がある場合には、残業命令は違法無効となるが、濫用の有無は業務上の必要性があるか、配転に不当な目的があるか、労働者に著しい不利益があるかを考慮することになろう。もっともガイドラインなどが念頭に置いている、副業・兼業が労働者にとって従的(サブ)な位置づけの場合には、配転命令(特に転居を伴う)を発したとしても違法無効にはなりにくい。


第6 社会保険

雇用保険、厚生年金保険及び健康保険は基本的に事業所ごとに労働時間を考えて適否が定まる(例外もある)。詳しくは、人事関係の部署と相談することになろう。


第7 労災保険

1 労災保険制度は、労働者の就業形態にかかわらず、事故が発生した事業主の災害補償責任を担保するものである。このため、副業・兼業をする者にも労災保険は適用される。事業主は、労働者が副業・兼業をしているかにかかわらず、労働者を1人でも雇用していれば、労災保険の加入手続を行う必要がある。ダブルワークかどうかは関係ない。

2 ダブルワークの場合の労災保険の支給については、近年の改正により、

(1) 給付額については非災害発生事業場の賃金額(特別加入も含む)も合算して労災保険給付を算定することになった(増額)。

(2) 労災認定基準も、副業・兼業を行う労働者の業務上の負荷は、労働時間等を個々の事業場ごとに評価し、1つの事業場における業務上の負荷のみで労災認定できるかをまず判断し、1つの事業場における業務上の負荷のみでは労災認定できない場合にも複数の事業場の労働時間等の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定できるかを判断することになった。ダブルワークの場合でも労災認定されやすくなったといえる。なお、労働者が1つ目の就業先から他の就業先への移動時に起こった災害については通勤災害として労災保険給付の対象となる。その場合、終点たる事業場での保険適用となる。

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