《第669号あらまし》
 福祉関係公社における労働事件訴訟
 労働法連続講座第3回報告(2024.1.30)
     固定残業代(定額残業代ともいう)
 春闘学習会報告
     「経営資料の見方と分析」が開催されました



福祉関係公社における労働事件訴訟

弁護士 近藤暢朗


1 事案の概要

本件は、福祉関係の公社において、理学療法士としてグループホームで勤務していた原告が、未払残業代の支払いを求めて提訴するとともに、不当な成績評価による配置転換、度重なる懲戒処分や解雇処分に抗議して、解雇無効確認及び慰謝料支払を求めて提訴準備を進めている事件です。

原告は、2013年に採用され、理学療法士として福祉関係公社のリハビリテーション介護に従事していました。しかし、採用直後、仕事の出来が悪いのに対して他の職員よりも給与が高いことを理由に、一方的に基本給が減額となりました。さらに、原告が就業規則に則り適正な範囲内で有給休暇を取得しようとした際にも、上司により叱責・罵倒されるのみならず、有給休暇を取得するのであれば部署移動をするといった不利益扱いをする旨の言動を受けました。また、2022年5月、突如として配置替えとなり、施設内の掃き掃除や草むしりといった肉体労働に終始し、理学療法士としての業務を全く行わない状態となりました。

その挙句の果てには、2023年11月17日、原告は突如として解雇処分を受けました。その理由は、協調性がなく、注意及び指導をしても改善の見込みがないと認められること、重大な懲戒事由に該当することなどがあげられました。この点、被告側による解雇の理由としては、勤務の際の事前準備の不足や他の職員への声かけ不足など、ごく些末な内容しか取り上げられていませんでしたが、とりわけ、2週間に渡り職場内において無断で録音を行ったことも挙げられています(なお、原告が録音を行っていたのは、すでに先行して行われていた残業代請求訴訟(本人訴訟)において、証拠提出のために行っていたものであり、当然被告に対し不利益を被らせるために行っていたものではありません。)。

加えて、原告は、始業前・終業後の着替え作業やミーティングを行った分についての、未払い残業代も求めて訴訟を行いましたが、被告側は、当該作業が従業員の業務にあたり必要不可欠である、または慣行として行われていることを知りうる立場にありながら、業務とは何ら関係性がないと主張しています。

これら一連の事実経過をもとに、原告は、すでに自身で進めていた残業代支払い請求を弁護士に委任するとともに、解雇無効についても、その確認及び不当な配置転換、解雇処分等の被告上司によるパワハラも問題に取り上げ、慰謝料請求を求め提訴する次第です。


2 提訴にいたるまでの組合交渉について

原告と被告の組合交渉に関して、原告側ではなかまユニオンの支援のもとで交渉が進められました。

しかし、被告は代理人弁護士がついていながら、原告側の主張を全く聞き入れようとはせず、それどころか職場内で無断に録音した内容を訴訟で証拠提出した場合、不特定多数の人物による証拠閲覧により被告に重大な不利益が生ずるなど、なかば虚偽ともとれる発言を行い(当然ながら、民事訴訟の訴訟記録は、利害関係を疎明しなければ閲覧を許可されません。)、まったく翻意しませんでした。

原告は、なお交渉の場を設けながら不誠実な態度に終始する被告の態度を踏まえて、解雇無効等に関して提訴を決意した次第です。なお、本件は、近藤のほかに、八木和也弁護士も共同で受任している事件です。


3 今後について

現段階においては、残業代請求事件のみが訴訟継続している状態ですが、当該事件においても、被告は訴訟とはなんら関係のない話題である、証拠作成のために上司との会話を無断で録音したこと等について非難の域を出ない主張を展開し始めるなどしています。また、原告の究極的な解雇事由は、被告に無断で会話を録音したことであるところ、かかる処分は労働者の裁判を受ける権利を著しく侵害するものであり、原告本人はもちろんのこと、私自身も一弁護士として憤りを隠せないものです。

本事件は、両訴訟とも徹底的に争う覚悟です。どうか、引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。

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労働法連続講座第3回報告(2024.1.30)
固定残業代(定額残業代ともいう)

弁護士 本上 博丈


1 固定残業代とは?

労基法37条の時間外等割増賃金規定が定める計算方法による割増賃金は、最低限の基準であることが大前提にある。そのうえで、例えば「固定残業手当」として実際の残業時間にかかわらず毎月3万円が支払われるという賃金制度が採られている場合があり、そのような場合を固定残業代と呼んでいる。この場合、残業時間が実際は0時間でも6時間でも一律に「固定残業手当」3万円が支払われる。

固定残業代の類型としては、①基本給の一部を割増賃金としそこに予め含める方法(組込型)と、②諸手当に予め含める方法(手当型)とがある。例に挙げた「固定残業手当」は②手当型である。①組込型は、例えば、労働条件通知書等において「基本給23万円のうち8万8千円は月80時間分の時間外勤務に対する割増賃金とする。」等と記載されている(H30.10.4東京高裁判決・イクヌーザ事件)。


2 最高裁の固定残業代についての考え方

(1) 康心会事件・最判平成29年7月7日最高裁集民256号31頁、労働判例1168-49

【事案】年俸1700万円で労働契約を締結している勤務医について、労基法上の割増賃金が年俸中に含まれるか否かが争点になった事案。

ア 雇用契約書には、①年俸を1700万円とし、年俸は、本給(月額86万円)、諸手当(月額合計34万1000円)及び賞与(本給3か月分相当額が基準)により構成されること、②時間外勤務に対する給与は、医師時間外勤務給与規程の定めによること等の定めがあった。

イ 医師時間外規程は、時間外手当の対象を原則として病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、通常業務の延長とみなされる業務は時間外手当の対象とならないこと等を定めていた。

ウ 本件雇用契約において、医師時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金は年俸1700万円に含まれることが合意されていたものの、上記年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。

【判決】

(一般論)割増賃金の算定方法は、労基法37条その他の関係規定に具体的に定められているところ、同条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。

(本件)「雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、当該年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができないという事情の下では、当該年俸の支払により、時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできない。」

(2) その他の判例を含めた最高裁の考え方

① 通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(「判別要件」という。)、そのような判別ができる場合に、

② 割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して、同法37条の定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断。

③ 特に手当型の場合、その手当が残業の対価であることが明確になっていることが必要。

→ 固定残業代が労基法37条に適合するには「対価性」と「判別可能性」が必要

→ 「判別可能性」としては、割増賃金相当部分を実際に計算できる程度の情報が労働者に明示されていることが必要。


3 使用者側が固定残業代を利用する理由

適法な固定残業代制度になっていても、労基法所定の計算をした割増賃金が上回る月はその不足額を追加払いしなければならず、逆に計算した割増賃金が固定残業代よりも少ない月でも固定残業代の支払いはしなければならないから、使用者にとっては固定残業代を採る法的メリットはないはずである。ところが、固定残業代を採用する使用者が少なからずいるのは何故か。

よく言われている理由の一つに、基本給は抑えつつ額面総額を上げて採用上の訴求力を高めるとされている。先ほどの組込型の例に挙げた「基本給23万円のうち8万8千円は月80時間分の時間外勤務に対する割増賃金とする。」では、固定残業代でなければ基本給は23万円-8万8千円=14万2000円だが、求人では23万円のように見せかけている。そして、8万8千円が80時間分の割増賃金だというのだから時間単価は8万8千円÷80時間÷1.25=880円にすぎず、要するに最低賃金レベルの賃金で、過労死時間とされている80時間の残業を毎月することを意味している。ブラック企業の詐欺的見せかけに他ならない。

もう一つ、私が本当の理由だと見ているのは、長時間残業をさせつつ、不足額の請求は事実上あきらめさせるという違法目的があると思う。労働者に対して、固定残業代によって残業代の支払いを受けている気にさせて(確かに全くの不払ではない)、まず残業代不払い分があるかどうかを分からなくする目くらましをし、次に仮に不足額があっても固定残業代分の支払は受けているからまあいいかと気分的にあきらめさせる効果を狙っていると考えられる。この不正な狙いをつぶすには、労働者が労基法に基づく残業代を自分で毎月きちんと計算し、固定残業代だけでは不足がある月は必ずその不足額の請求をすることを徹底するしかない。なおこの場合、計算残業代よりも固定残業代の方が多い月も、その多い分を使用者に返す必要はもちろんない。


4 固定残業代に関するその他の論点と裁判例

固定残業代をめぐる訴訟事件は、固定残業代と称する制度がある下で、労働者はその固定残業代とは別に、現に行った時間外労働時間に基づく割増賃金請求ができるかが争われる。

(1) 「対価性」の具体的内容

固定残業代の有効要件である対価性に関して、「○○手当(時間外労働○時間相当分)」などとして、一見すると対価性を満たしているように見える手当であっても、実際には時間外労働に対する対価としての性格以外の性格(例えば職責や成果に対する対価)を併せ持っている場合もある。その場合、まず当該手当内の一部において対価性が否定されることがある。次に、当該手当内の一部の対価性が否定されると、当該手当内で残業代としての賃金相当部分と他の性格の賃金相当部分とを判別できないこととなり、結果として当該手当の固定残業代としての有効性が認められないことになる(参照、日本ケミカル事件・最判平成30年7月19日最高裁集民259号77頁、労判1186-5)。

(2) 精算条項の要否

最高裁判例の考え方からすれば、現に行った時間外労働時間に対する労基法37条に基づく割増賃金の金額が固定残業代を上回る時はその差額を追加支払いすべきこととなるが(労基法上当然のこと)、労働者にとっては上回るか否かが容易に判断できないので、精算条項(計算残業代が固定残業代を上回るときは超過額を固定残業代とは別に支払う旨の賃金規程等の条項)の要否が問題になる。

阪急トラベルサポート事件・東京高判平成30年11月15日労判1194号13頁では、本件の定額残業代の定めは、通常労働時間の賃金額と割増賃金額を明確に区別できるので有効とされ、当該一定時間を超える時間外労働がなされて不足分が生じた場合にはそれを補う旨の精算条項が定められていなくても差し支えないと判断された。

フーリッシュ事件・大阪地判令和3年1月12日労判1255号90頁では、菓子店職人の「基本給17万円、固定残業手当2万6000円」という事案で、固定残業手当が何時間分の残業代かが明示されていなかったが、固定残業手当が基本給とは別に定められていることからすると、その全額が時間外労働等に対する対価として支払われるものであることを明確に判別することができるといえるから、精算条項の定めはなくても、その固定残業手当の支払をもって、時間外労働等に対する賃金の支払とみることができるとした。

(3) 過労死認定基準に当たるような長時間労働を想定した定額残業代の定めは、公序違反とされる場合あり――東京高裁の裁判例が分かれている

イクヌーザ事件-東京高判平30・10・4では、「基本給23万円のうち8万8千円は月80時間分の時間外勤務に対する割増賃金とする」という定額残業代について、その定めは、基本給中の8万8千円が時間外労働に対する割増賃金であり、残りの14万2千円が通常の労働時間の賃金であると見ると、過労死認定基準にある月80時間分相当の時間外労働を恒常的に想定し、実際にも予定しているので、労働者の健康を損なう危険のあるものとして公序に違反し無効である、と述べ、23万円を通常の労働時間の賃金として計算しての割増賃金(附加金も)の支払を命じた。

これに対し、結婚式場運営会社A事件-東京高判平31・3・28では、結婚式場プランナーの雇用契約書に、月額賃金は「基本給15万円、職能手当9万4千円、通勤手当6千円」&「職能手当」は割増賃金の前払いであり、労基法所定の金額に足りない場合は不足分を支払う旨明記していた事案だったが、「職能手当」は月87時間の時間外労働を想定した額であるが、割増賃金として通常労働時間の賃金と明確に区分され、法定額との不足分は別途支払うことも明示されているので、定額残業代として無効とする理由はないと判断された。


5 固定残業代ありの事案の検討の流れ

① 有効性の検討(主に判別可能性と対価性)

→ ②-1 固定残業代制「無効」の場合~実際の残業時間全部について残業代請求

→ ②-2 固定残業代制「有効」の場合~実際の残業時間に基づいて計算できる残業代合計額が支払済み固定残業代では不足がある月について、その不足額の請求をする(固定残業代の方が多い月があっても返金や他の不足月との精算調整の必要はない)

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春闘学習会報告
「経営資料の見方と分析」が開催されました

弁護士 野田倫子


2023年2月15日、「経営資料の見方と分析」とのタイトルで神戸共同経理事務所の税理士大嶋誠先生のご講義を拝聴した。

ご講義では、損益計算書と貸借対照表といった決算書類の基本的知識の解説を前提に、A社が経営難、具体的には①資金繰りショート②銀行取引停止③倒産のリスクを理由に、従前の労使協定(賃上げや代休取得などの協定)の見直しを求めたことを想定し、どのような反論ができるかをご解説いただいた。

A社の損益計算書によれば、確かに、純利益は4年連続赤字が続いており累積赤字は膨らんでいること、さらに、上期仮決算から推計しても今期も大幅赤字決算が見込まれること、単純に直近5年間の純利益を比較すれば業績悪化が如実といえるとのことであった。

しかし、純利益が4年連続赤字であることのみをもって、資金繰りがショートし銀行取引が中止になるとは性急すぎ、「運転資金の調達」、「利益剰余金の取り崩し」の検討の余地がある、つまり、決算書の利益剰余金に含まれる別途積立金は、本来、将来の緊急事態に備えての余裕資金の積立てであり、労使協定を見直す前に、その取り崩しが検討されるべきとのことであった。

また、利益剰余金を取り崩すには取締役会決議が必要であるが、取締役会で議論されたかどうかすらも明らかでなく、どのような経営努力・経営判断の末に労使協定見直しを求めてきたのか不明である。そのため、「取締役会議事録」の開示請求を行う等、説明責任を果たすよう求めることも重要と指摘された。

さらに、赤字解消のための経営再建計画の方針の確認、「資金繰りショート」原因の具体的理由の説明を求めることも考えられる。

一般に、会社の利益剰余金すなわち内部留保には、現金のみならず株・有価証券の含み益・建物、土地などが含まれる。これらは、資金繰りが苦しくなったときの補填や将来的な設備投資・企業買収に備えて基本的には増やしていくべきものであり、安定した事業経営には欠かせないものである。

決算書を確認する際には、純利益が赤字かかどうかというだけでなく、資金調達の余地や利益準備金の額及びその取り崩しの可能性、経営悪化の原因とその経営再建計画の方針の確認など、具体的で十分な説明を求めることの重要性をご教示いただいた。

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