福祉用具の改造・製作・技術開発を行う技術者としてY法人に20年以上勤務してきたⅩが、当該業務の減少に伴い、Yより施設管理担当への配転を命じられたところ、Xが、職種限定合意があるにも関わらず同意なくなされた配転命令は違法であるとして使用者に対し損害賠償を請求した事案。
①職種限定合意の存在
②職種限定合意が認められた場合の配転命令の有効性
一審は、職種限定合意の存在を認めた上で、配転命令には業務上の必要性があり、Xの被る不利益は大きくなく、不当な目的も認められず、権利の濫用とは認められないと判示。高裁もこれを維持、「解雇もありうる状況のもと、これを回避するためのもの」とし請求を棄却した。
破棄差戻し
労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。
上記事実関係等によれば、上告人(X)と被上告人(Y)との間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。(中略)本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や、YがXの配置転換に関しXに対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。
(1) 従来の配転命令権についての判例との関係
使用者の配転命令権については、最高裁が、東亜ペイント事件(最判昭和61・7・14)において、労働協約・就業規則上の根拠規定の存在、勤務地を限定する合意の不存在から、当該事案における配転(転勤)命令権の存在を肯定したうえで、当該配転命令権の行使に権利濫用性の審査を加えるという形で、配転命令の効力に関する判断枠組みを提示しており、その後の判例・裁判例も、概ねこの判断枠組みに沿って判断されてきた(水町労働法第3版)。もっとも、配転命令に契約上の根拠がない、または、契約上の根拠に基づく配転命令が権利濫用にあたり無効となる場合には、配転命令が不法行為として損害賠償を請求することができるとされていた(同)。
日本の雇用契約では、職種限定の雇用が明示的になされているケースは多くなく、東亜ペイント判決によって、配転について使用者に広い裁量が認められてきた。
この点、本件は、職種限定合意が存在する場合の使用者の配転命令権の有効性が争われたもので、職種限定合意がある場合は、そもそも使用者に配転命令権はないとし、配転の必要性や目的から権利濫用に当たるか否かとの判断枠組みを否定した点に第一の意義がある。
(2) 整理解雇との関係
本件のXは福祉用具の改造・製作・技術開発を行う技術者であったが、当該業務の実施件数は、Xの就職当時には年間100~200件近くあったものが、減少の一途をたどり、令和になってからは0~数件で、所属する技術者もXのみという状況だった。使用者からすれば、このような職種廃止の状況において、職種限定合意のある労働者について同意が得られない場合は、解雇せざるを得ないことになり得る。
この点は、従来の整理解雇法理の枠組み、すなわち、職種廃止の合理性(人員整理の必要性)、職種廃止に至った状況の説明、配転の同意を得る努力(解雇回避努力、手続の履践)を講じたかどうかという点で解雇有効性が判断されると思われる。
したがって、職種限定の場合に従前より解雇が容易になる、ということではない。
(3) 労働条件明示義務との関係
本年4月から、労働契約の締結・更新時に労働条件の明示事項が追加され、「雇い入れ直後」の就業場所・業務の内容、これらの「変更の範囲」についても明示が必要とされており、「変更の範囲」とは、将来の配置転換などによって変わり得る就業場所・業務の範囲を指すとされている(民法協ニュース659号2023年5月20日参照)。
職種限定合意の有無は、日本の雇用契約では、これが明示されているケースは多くなく、配転命令権との関係でこれまでも裁判上で問題となってきたのは上述の通りである。この点、労働条件明示義務により、使用者の配転命令権の範囲が明確になるものと考えられ、本判決は、この流れと整合すると評価できる。
労使双方に不測の事態が起こりにくいというメリットはあるが、いわゆるジョブ型雇用について、雇用の流動性の名のもとに「ビジネス上で当該職種が不要になったら即解雇」がまかり通ることがあってはならない。整理解雇の運用がないがしろにならないよう、十分に注視する必要がある。
このページのトップへ最高裁第1小法廷は、2024年7月4日、「労災認定に対して事業主は不服を申し立てられない」と判断しました(令和5年(行ヒ)第108号 療養補償給付支給処分(不支給決定の変更決定)の取消、休業補償給付支給処分の取消請求事件 )。結論的に妥当な判断です。
事業場で事故が起こった場合、労働者は、事業所を通じて、または自力で労働基準監督署に労災請求の書類を提出します。それをうけて労基署が調査を開始して、労災かどうか判断します。つまり、労災認定では、労働者と労基署との二者の関係です。
しかし、労災補償の原資は事業者から徴収する労働保険料です(労災保険法30条、雇用保険法68条1項、徴収法2条1項、10条1項)。労働保険料のうち一般保険料の額は、賃金総額に一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とされていて、一般保険料にかかる保険料率は、労災保険及び雇用保険に係る保険関係が成立している事業にあっては労災保険率と雇用保険率とを加えた率、労災保険に係る保険関係のみが成立している事業にあっては労災保険率とされています。
そして労災保険率は、政令により、労災保険法の適用を受ける全ての事業の過去3年間の業務災害等にかかる災害率その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定めることになっています(「基準労災保険率」)。 その上で、厚生労働大臣は、特定の事業(徴収法12条3項各号)については、同項所定の割合(「メリット収支率」)が85%を超え、又は75%以下である場合には、当該特定事業についての基準労災保険率を基礎として所定の方法により引き上げ又は引き下げるなどした率を、次々保険年度の労災保険率とすることができるようになっています(同項)。そして、メリット収支率は、上記連続する3保険年度の間における、同項所定の労災保険法の規定による業務災害に関する保険給付(以下「労災保険給付」という。)の額等に基づき算出されます(同項)。つまり労災事故が多いと労災保険料が高くなり、労災事故が少ないと労災保険料が安くなりうる、という仕組み(メリット制)が採用されています。いわば自動車保険料みたいな感じです。
今回なぜ事業主が労災認定に不服申立をしたいと訴えたかといえば、労災認定された事業主は、労災保険料が高くなることがあるからです。
原審は、「労災支給処分」がされていると、これによりメリット収支率が大きくなるため、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料が増額されるおそれがある。そうすると、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有する。」と述べて、事業主が労災認定を争うことができると判断していました。
最高裁は、このような高裁判決を覆して、労災認定について事業主は争うことができない(原告適格がない)と判示しました。
その最大の理由は、2で述べたように労災認定は、労働者と労基署との二者の法律関係であるからです。最高裁判旨を引用します。
「労災保険法は、労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対する行政処分をもって行うこととしている。これは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、専門の不服審査機関による特別の不服申立ての制度を用意すること(38条1項)によって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。仮に、労災支給処分によって上記法律関係まで確定されるとすれば、当該特定事業の事業主にはこれを争う機会が与えられるべきものと解されるが、それでは、労災保険給付に係る法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれることとなる。 ……以上によれば、特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。そうすると、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。 」
なお最高裁判決は、事業主の事実上の不利益(労災保険料の増減)についても「自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。」と補足しています。労災保険料に不服があれば、労災保険料を賦課されたときにその賦課処分の取消しを求めて争えばよい、という考え方です。
以上の最高裁判決の考え方は、形式的には労災保険制度として当然のことであり、実質的にも労働者の権利保護にとって有益だと考えます。事業主が労災認定を争えるようになったら、労災補償が遅れるだけで、制度趣旨に反します。
事業主の不利益という言い分も分からなくもありませんが、メリット制を採用していること自体も問題があるように思います。メリット制は、労災事故がなければ保険料が安くなるので、「労災隠し」を助長するおそれがきわめて高い。現に、労災申請に協力しない事業所は沢山あります。保険の仕組みというのは万が一のときにそなえてみんなで責任を分かち合いましょうという考え方で成り立っていて、しかも任意保険ではなく強制保険です。事故率による差異は問題があるといえます。同じ強制保険である自賠責保険料のような感じで運用する必要があるのではないでしょうか。
このページのトップへ