《第677号あらまし》
 「つながらない権利」という発想



「つながらない権利」という発想

弁護士 野田倫子


「つながらない権利」とは、勤務時間外や休日に仕事上のメールや電話への対応を労働者が拒否できる権利のことをいいます。2016年にフランスではじめて法制化され、その後、スペイン、ベルギー、オーストラリアでも法制化されています。フランスでは「労働者が休憩時間及び休暇、個人的生活及び家庭生活の尊重を確保するために、労働者がつながらない権利を完全に行使する方法、及びデジタルツールの使用規制を企業が実施する方法」を話し合うことが使用者に義務付けられました。そして、団体交渉の結果、労使協定の締結に至らない場合には、使用者は「つながらない権利」の行使方法を定める憲章を作成しなければならないとされました。1

ICT(情報通信技術)の進展により、労働者は携帯電話やオンラインのビジネスチャットツール等を通じて、時間や場所を問わず職場や取引先とやりとり可能な環境に置かれており、労働時間とプライベートの時間の境界が曖昧になりがちです。日本でも、特にコロナ禍以降、テレワークやオンラインシステム会議の導入など、多くの企業等で柔軟な働き方が促進された一方で、勤務時間と生活時間との区別がつけづらくなり、勤務時間外にも職場や取引先との連絡の対応を求められることが問題となっています。

2023年9月の連合(日本労働組合総連合会)が実施したアンケート調査「つながらない権利に関する調査2023」によりますと、勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡が来ることがあるかどうかについて、約7割の雇用者があると回答し、これをストレスと感じる人は約6割に上るという結果がでています。また、勤務時間外の連絡に関する職場のルールの有無について、ルールがあると回答した人は約2割、労働組合がある職場ではない職場よりその割合が高かったことが示されています。さらに、ルールがあることで実際に取引先からの連絡が少なくなっているかどうかについて、職場にルールがある人の約7割が少なくなっていることを実感していると回答しています。

勤務時間外の仕事関連の連絡により健康に悪影響が生じることが研究で示されており(労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター「総合研究報告書令和3年度過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」)、労働時間と私生活時間の境界を明確にする必要性は高まっています。

労働者が労働から解放され十分な私的時間を確保して、家族的生活や社会・文化的な生活を享受することが労働者の健康確保のためには大切であり、「つながらない権利」の発想は今後ますます重要となるといえます。

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1 細川良「ICTが「労働時間」に突き付ける課題―「つながらない権利」は解決の処方箋となるか?」日本労働研究雑誌709号(2019年)41頁

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