《第549号あらまし》
 宝塚映像事件 勝利的和解!
 連載② 蒸気機関車SL物語
 2014年春闘学習会に参加して
 (転載) 兵庫県弁護士会
     改正労働者派遣法案に反対する会長声明


宝塚映像事件 勝利的和解!

弁護士 杉野 直子


宝塚映像労働組合(以下「組合」といいます)は,兵庫県労働委員会に対して,2つの救済申立を行いました。一つ目は,①誠実に団体交渉に応じることを求めるものです。二つ目は,①の件が労働委員会に係属中に,組合員の1人が定年を迎えたため,会社に対して再雇用を求めましたが,会社は理由なく拒否したため,②これは組合活動を故とする不利益取扱,かつ組合に対する支配介入であり,再雇用拒否の撤回を求めるというものでした。


1 闘争中の会社解散

平成23年11月,組合は①の救済申立を行い,平成24年3月に②の救済申立を行いました。①の救済命令の申立時,従業員組合員は僅か3名(②の時点で,従業員組合は2名になりました)でしたが,闘争を続けていくうちに,宝塚の地域の方々の支援も得て,宝塚映像労組を支援する輪は広がって行きました。平成24年11月に開催された宝塚映像労組支援集会には,約60名の方の参加がありました。

宝塚映像株式会社は,阪急電鉄株式会社が100%を出資して設立された会社であり,宝塚映像株式会社の役員の人件費を阪急電鉄株式会社が負担していました。また,宝塚映像株式会社は阪急電鉄株式会社に対して約1億円の債務がある状態でした。

すなわち,親会社の阪急電鉄株式会社は,宝塚映像株式会社へ多大なる影響力を持っているため,平成24年11月30日,兵庫県労働組合総連合から,阪急電鉄株式会社に対し,①と②の解決を図るべく,団体交渉の申し入れを行いました。そして,同年12月6日,組合は,兵庫県労働組合総連合の協力のもと,阪急電鉄株式会社本社前で,団体交渉要請行動を行いました。

すると,要請行動の翌日の同年12月7日,宝塚映像株式会社は,組合に対し,平成25年2月末日をもって,会社を解散する旨の通知をしたのです。阪急電鉄株式会社からの支援が打ち切られることが,会社解散の理由であると当該通知書には記載されていました(後に判明しましたが,支援の打ち切りとは,上記の約1億円の債権につき,返済を迫るというものでした)。


2 会社の解散に伴う方針の変更

会社の解散の発表は,明らかに前日の要請行動を受けてであることが明らかであり,組合潰しを目的とした,阪急電鉄株式会社の組合に対する支配介入に他なりませんでした。

組合及び弁護団は,会社解散は無効であり,強行解散後は,宝塚映像株式会社及び阪急電鉄株式会社を直接の相手方として,解雇無効確認請求を行うことも視野に入れて,何度も議論を重ねました。

しかし,解雇後に,扶養すべき家族を抱えたまま,生活が不安定な状態で闘争を続けていくことは困難であり,やむなく会社の解散と解雇無効とを争うことは断念し,①の申立を取り下げることになりました。

②の申立は,引き続いて維持することとなり,請求の趣旨を,退職の翌日から会社解散の平成25年2月末日にまでに得られた賃金等の支払請求に変更しました。


3 ②の申立の内容について

会社の嘱託規定には,再雇用を希望する場合,例外事由に該当しなければ,会社は再雇用をすると明記されていました。再雇用を希望していた組合員には,何ら例外事由に該当しないため,希望をすれば,当然再雇用されるべきでした。しかし,会社は例外事由である「映像制作の業務に従事していない者」に該当すると主張していました。しかも,会社は当該組合員が映像制作業務に従事した過去3年間の実績について,2009年度は365日中,1日だけ業務に従事し,2010年度は0日,2011年度は1.3日しか業務に従事していないなどと主張しました。当該従業員が年間で1日程度しか業務に従事していないなどというのは,あり得ない事実であり,弁護団は,当時の資料などから,当時の年間の作業表を再現し,証拠としてこれを提出していました。


4 ②の事件での勝利的和解

こうした地道な立証活動により,労働委員会からも,当該組合員が「映像制作の業務に従事していない者」に該当していなかったという心証を得ることができ,当該組合員が定年退職時に再雇用される地位があったことを前提に,会社との間で和解の協議に入りました。

最終的に,労働委員会にて会社と和解するに至りました。「会社は,当該組合員が会社において,永きにわたり映像制作の業務に従事し,その業務の遂行に貢献したことを認める。」との文言が和解条項に明記されたことにより,当該組合員の名誉は回復され,退職の翌日から会社解散の平成25年2月末日までの賃金の満額以上の金額を,会社から解決金として支払われることになりました。


5 事件の終結と解決

以上のような経過により,宝塚映像組合の闘争は終結を迎えました。

上述したとおり,正当な労働組合活動の一環として,阪急電鉄株式会社本社前で争議行動を行った途端,会社は組合潰しを目的とした解散を発表するなど,明らかな不当労働行為が行われました。社会的に弱い立場の組合員をこれほどにまで追いやる会社のやり方には大変強い憤りを感じました。

しかし,②の申立では,地道な主張・立証活動により,当該組合員のこれまでの実績が評価され,請求していた賃金相当額以上の金銭を得られるという,勝利的和解を勝ち取ることができました。

また,地域の皆様を中心とした多くの皆様にご支援いただいたことは,本当に心強く,大変感謝しております。本当にありがとうございました。

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連載② 蒸気機関車SL物語

弁護士 野田 底吾


今回は、登坂路線と鉄道(特にSL)の走行について述べる。

鉄の車輪をレール上で回転させ走行する鉄道は、ゴムタイヤの自動車に比べ、車輪とレールとの接触面積が小さい為、極めて摩擦抵抗(粘着力)の少ない交通機関である。その為、一寸した力を加えただけでも容易に転がり始め(静止状態が不安定)a、少ないエネルギーで重量物を高速で移動させ、大量輸送できる。しかし反面、転がり落ちる(滑落)力が強く、極端に登り坂に弱いb という特徴がある。自動車の登坂能力は一般に170‰(パーミル、水平距離1000mに対し170m登る)が限度であるのに比べ、鉄道は30‰が限界であると言われるのもc その為である。その結果、登坂路線で長い貨車を牽引する場合には、連結する貨車の転がり落ちる力が強いだけに、車両が軽く馬力も弱いSLd では、スピードが低下するのは勿論、ともすれば動輪がレールから浮き上がって空転する危険が大きいe 。その結果、SL機関士が最も恐れる空転により一旦停止状態に陥ってしまえば、再び列車を前進させることが困難となり、やがて列車は次第に滑落し始め、脱線転覆の大事故に直結するf 。その為、砂撒き装置によって動輪前後のレール上に砂を撒いて空転を防いだり、SLの先端にコンクリート塊を乗せて重量を増し、粘着力を強める等の方法で空転を防止してきた。特に登坂個所の多い路線では、予め複数のSLで貨車を牽引するとか(重連走行、写真⑥)、最後尾に補助機関車を付けて押し上げる方法が取られてきた。それでも、積雪などにより峠で空転が生じた場合には、何とか停止状態を維持したまま、麓からの救援機関車の到着をじっーと待つ以外にない。その為、本線の峠に近い麓では、貨車の切り離しなどを行うヤードが設けられg 、動けなくなったSLからの鉄道電話や汽笛合図h によって、待機させた救援の補助機関車を緊急出動させる体制が取られていた。

この様に登坂路線を最も苦手とするSLだけに、SL事故の大きな部分が空転を原因として発生している。その為、SL乗務員(特に機関助士)は、登坂路線にさし掛る迄に、高圧の加熱蒸気を作って馬力を上げなければならず、炭水車(テンダー)から石炭を迅速にかき出してはボイラー火室に投げ込む投炭作業を必死に繰り返さなければならない。特に傾斜度の強い隧道内での排煙を少なくしないと、機関士や助士までもが窒息する危険が高いだけに、正に命がけで完全燃焼の状態を目指さなければならなかった。

戦前、山手線の渋谷駅ホームでは、SLが通過した直後に猛烈な黒煙が渦を巻く為、ホームの乗客はSLが通過するごとに一時避難したと言われる。これは品川から渋谷、原宿を経て赤羽機関区へ向う登坂路線を走るSLが、皇室専用ホームがある原宿駅の近辺が排煙禁止区間と指定されていた事から、品川~渋谷間で最大の投炭作業を繰り返したからである。この例から明らかな様に、登坂路線の沿線住民は、SLの出す黒煙によって随分泣かされておりi 、鉄道の新設については地域住民からの反発が強かった様である。

排煙による最大の被害者であるSL機関士と機関助士については、次回に掲載する。



a 鉄板上でゴルフボール(鉄道)と軟式テニスボール(自動車)を転がす場合を比べてみれば、鉄道の特徴がよく判る。自動車がトン当たり最低80馬力の牽引力を要するのに対し、鉄道の場合には、山陽本線を走る電気機関車「桃太郎」が4000馬力で1500トンの貨車を牽引する如く(トン当たり2.5馬力)、一旦動いてしまえば、後は大人1人で貨車1台を牽引できる程である。
b 自動車でも坂道発進は難しいが、鉄道の場合は特にむずかしいので、駅は絶対、傾斜地には造らない。止むを得ぬ場合でも、駅構内の勾配限度は3.5‰(パーミル)が限度とされる。その為、傾斜度30‰を越える路線では、動力車の床部分に歯車を設け、これとレール間(ゲージ)に設置してある歯型ラックとを噛ませて走行するアプト方式が取られる。かって信越本線横川・軽井沢間の碓氷峠では傾斜度が67‰もあったので、この区間だけはSLを馬力の強いアプト式の電気機関車に替えて走行した。新しい長野新幹線でも同区間だけは30‰の急勾配となっているが、車両が強力な馬力を備えた電車のムカデ走行である為、これを難なく乗り越えている。電車の場合は、各車両にモーターが付いており自力走行できるので(ムカデ走行と言われる)、かなりの勾配も登れるが、SLや電気機関車が貨客車を引張る牽引走行の場合は、貨客車の滑落力が強いので登坂路線は苦手である。
c  50‰を越える鉄道を登山鉄道と言う。箱根登山鉄道は80‰もあるが、通常走行で運転されており、粘着式鉄道では世界最急勾配である。この様に自力走行ができる電車で強力な馬力を備えていれば、50‰位までなら登坂は可能である。神戸電鉄湊川~丸山間は、その3割が50‰の急勾配であるにも拘わらず、ラックもない軌道として有名(南海電車橋本~高野山極楽橋も同様)。尤も1945年11月、丸山付近の33‰でブレーキ制御不能となった電車が長田駅まで滑走し脱線転覆事故を起こしている(死者48名、負傷180名)。
d D51型SLは自重量78トン、1280馬力であるのに対し、岡山機関区所属の電気機関車「桃太郎」は自重量100トン、4000馬力で、コンテナ貨車1600トンを牽引し時速100キロでの高速運転が可能。
e 前輪駆動の自動車が、後部座席やトランクに重量物を満載して坂道発進する際、前輪が空転する事はよくあるが、タイヤと異なり粘着力が弱い鋼鉄車輪の機関車では、それ以上に空転する危険性が高い。 
f 例えば、1909年(明治42年)奥羽本線赤岩信号所付近の隧道(トンネル)内で、動輪が空転し動かなくなったSLの排煙により機関士と助士が窒息死した。その結果、列車が後退して滑落転覆し、乗客など多数の死傷者を出した。同様の事故は、1928年12月の北陸本線柳ケ瀬隧道事故(乗務員12名死亡、本稿SL物語第3回で解説)、1945年8月の肥薩本線山神隧道事故(死者53名)、1947年2月八高線東飯能事故(死者184名)など多数ある。こうした事故に刺激を受けた作家三浦綾子が1966年小説「塩狩峠」を執筆した事は有名である。
g 東海道本線関ヶ原峠(平均15‰)を挟んだ東の垂井・大垣駅、西の醒ヶ井・米原駅が待避所を設置。北海道の狩勝峠を控えた新得駅、北陸本線敦賀駅、伯備線新見駅などがこうした機能を果たしていた。
h 根室本線狩勝峠の麓に位置する新得駅では、峠で動けなくなったSLからの悲壮な汽笛が峠方向から聞こえて来るので、その汽笛によって救援SLを出動させていた。尚、有名な狩勝峠事件については後日の連載で解説する。
i 黒煙によって沿線の松が枯れた事件としては、有名な信玄公旗掛松事件(大審院判例、大正8.3.3)がある(写真⑦)。判決により、鉄道院は松の所有者に損害賠償金として慰謝料72円(現在の50万円?)を支払ったが、この松が本当に武田信玄が幟旗を掛けた松なのか疑問が出されている。明治中期の頃、全国でこうした被害を嫌い、鉄道が旧市街地に入る事を嫌った例がある。近隣では加古川線社駅?

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2014年春闘学習会に参加して

弁護士 増田 正幸


2014年2月12日に恒例の2014年春闘学習会が行われた。

本年は「消費税大増税と暮らしへの影響」というテーマで税理士の清家裕先生に消費税についての解説をしていただいた。以下に清家先生のお話について報告する。


1 消費税のしくみ

消費税のかかる取引,すなわち課税取引をやっている事業者の消費税納税の仕組みをパン屋を例に説明すると次のとおりとなる。

個人事業者であるパン屋は消費税が導入される前,100円のパンを1年に20万個売ると1年間の売上げが2000万円になり,小麦粉等の仕入れに1400万円要するとすると,600万円が人件費と自分の所得になった。ところが,5%の消費税が課税されるようになると,2000万円の売上には5%,100万円の消費税が発生する。

他方,仕入れは1400万円でそこには5%,70万円の消費税が含まれている。その結果,パン屋は差し引き30万円を3月31日に消費税として税務署に納税することになる。


2 消費税の問題点

(1)転嫁が弱肉強食

パン屋の客は消費者であり,パン屋は消費税を上乗せして1個105円で売ることができればよいが,5円の値上げで客が減ることを恐れて100円のまま売ることになると,結局,自分の儲けの中から消費税を30万円を払わなければならなくなる。

実情は,年間売上1000万円以下の、力の弱い事業者は,3割弱しかお客さんから消費税をもらえていない。

これに対して,年間売上げが2億円を超えるような大企業になると8割以上が消費税を5%きちんともらえている。10数兆円の年間売上があるトヨタ自動車が顧客から「消費税負けて」と言われて,負けたという話は聞いたことがない。

下請け業者が元請け業者から本来もらうべき消費税をもらえずに自己負担すれば,元請け事業者は消費税相当額を自分の懐に納めることができる。  すなわち,事業者の力が強いか弱いかで、消費税を顧客に転嫁できるかどうかが決まるというのが消費税である。

(2)輸出戻し税

さらに,輸出品については消費税の納税が免除されている(輸出は免税取引)。

たとえば,2000万円の輸出売上げがあっても,消費税は免税とされている。

1400万円消費税のかかる仕入れをすると、仕入れには70万円の消費税が含まれていることになるので,税務署は,差し引きマイナス70万円を輸出戻し税として,輸出業者に還付する。たとえば,トヨタ自動車には1700億円が還付されている。

このように輸出大企業にとっては消費税は払う税金ではなく返してもらう税金である。

(3)税負担の逆進性

消費者にとっては消費税は逆進性という問題がある。年収200万円以下の世帯の消費税の負担割合は5.8%である。200万円以下では生活が出来ず,貯金を崩して生活する人も消費税がかかるし,借金して生活する人も消費税がかかる。

他方,年収2000万円以上の世帯は1.0%しか消費税を負担していない。  すなわち,収入の低い世帯ほど収入に占める消費税の割合は高いし,逆に,収入の多い世帯は生活費の残りを投資して財産を増やしても消費税はかからない。

(4)滞納を招く

売上げの少ない企業ほど消費税を取引先に転嫁できない結果,わが国で最も滞納の多い税金は消費税である。全税目の滞納額の50%は消費税であり,金額でいうと3700億円になる。消費税納税義務者の実に2割が、滞納している。滞納する事業者が悪いのではなく、滞納を生む消費税、そのものに欠陥があるということになる。


所得税収や法人税収は平成元年に比べて半減しているが,それは所得税率や法人税率が下がっているからである。かっては,課税所得が1億円の場合,所得税は7400万円で最高税率は70%であったが,現在は4400万円(最高税率40%)と3000万円減税されている。配当,株の譲渡所得の税負担率も下がっている。しかも年間所得が1億円を超えると税率が逆に下がる。

法人税率もかっては地方税を合わせると約60%であったものが,現在は両者併せても35%にすぎず,さらに,特別減税があるために,実際の法人税負担率は上位50社の大企業の場合33%にすぎない。資本金10億円以上の大企業の内部留保は増え続けているが,その要因の一つが減税である。こうして,格差が増大している。


4 欧州との比較

欧州の消費税率は高いが消費支出への課税割合は日本よりも低い。また,日本の消費税の国税収入に占める割合は税率の割に非常に高い。

消費税率 消費支出への
課税割合
消費税が国税収入
に占める割合
ドイツ 19 77 33.7
フランス 19.6 71 47.1
スウェーデン 25 58 22.1
イタリア 20 52 27.5
日本 89 20.7

しかも,消費税は,大企業,高額所得者の減税財源に遣われており,それでも足りないから借金残高が増大している。大型公共事業のために借金残高が増大している。


5 応能負担原則

収入や所得の多い人ほど税の負担が多くなり,収入や所得が少なければ、税負担が少なくなるというのが応能負担の原則であり,応能負担の税制が国民本位の税制であり,憲法の要請でもある。

所得が大きくなればなるほど税の負担能力は高まるので,税率も超過的、累進的に上げていかなければならない(超過累進税率)。  応能負担の税制は担税力のある者に課税する税制である。消費税は担税力のない消費に課税するので応能負担原則から逸脱した誤った税制である。

集中する富は庶民から収奪されたものであるから応能負担の税制により課税して取り戻すことにより,所得の再分配機能(格差是正)を果たすことが可能になる。

また,応能負担を徹底すれば税収は大きく伸びるはずである。1996年(消費税率3%)と2010年(消費税率5%)の税収を比較すると,消費税増税の結果,税収が14兆円減った。応能負担にすれば国で9.9兆円,地方で8兆円の税収が増える。さらに株式,海外投資,金融商品取引の課税を強化すべきである。

このように応能負担の原則にもとづく税制こそが,わが国の選択すべき道である。

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(転載) 兵庫県弁護士会
改正労働者派遣法案に反対する会長声明

兵庫県弁護士会 会長 鈴木 尉久


1 労働者派遣法の見直しについては、この間、厚生労働省の労働政策審議会で議論がなされていたところであるが、2014年(平成26年)2月28日、同審議会は、同省から諮問のあった「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律案要綱」を了承し、政府は、3月11日にこれに基づいた改正案(「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律案」)(以下、「本改正案」という。)を閣議決定して、同日付けで国会に上程した。本年の通常国会において、本改正案の成立をはかる予定とされている。

しかし、本改正案の内容は、派遣労働者のみならず労働者全体の雇用の安定を脅かし、労働者世帯の生活を貧困に陥れる事態をもたらしかねないものであって、当会は、本改正案には反対である。

2 現行法制度のもとにおいては、労働者を指揮監督する者は直接労働者を雇用すべしとする直接雇用が原則とされており(民法第623条、労働契約法第6条)、雇用と使用を分離する間接雇用は、労働者の地位を不安定にし、労働基準法、労働安全衛生法等各種法制度における雇用主としての責任を曖昧にする等の弊害があることから、中間搾取の禁止を定める労働基準法第6条及び労働者供給事業を禁止するとともに供給先における労働者への指揮命令の禁止を定める職業安定法44条によって、原則として禁止されている。

労働者派遣は、間接雇用の一形態であるから、直接雇用の原則のもと、労働力需給調整の観点からあくまで例外として認められるにすぎず、これまでの労働者派遣法も、「常用代替防止」を原則とし、派遣先の常用労働者(いわゆる正社員)との代替が生じないよう、派遣労働は、臨時的・一時的なものに限るとされてきたところである。

3 ところが、本改正案は、派遣労働は、間接雇用禁止の原則の下で常用代替防止の趣旨に反しない限り、例外的に認められるにすぎないとのこれまでの考え方を、以下の各点で、事実上放棄している。

⑴ 原則1年・最長3年という現行の派遣期間制限を事実上撤廃し、無期限に派遣制度を使い続けることを可能とするものである。派遣元において雇用期間の定めなく雇用された派遣労働者や60歳以上の高齢者等については派遣期間制限は撤廃される。派遣元で有期雇用されている派遣労働者についても、労働者個人としては3年が派遣期間の上限となるが、派遣先における過半数組合か過半数代表者の意見聴取の手続を踏めば、派遣労働者を入れ替えることにより派遣労働を継続して利用することができる制度とされている。

⑵ 専門業務(専門26業務)と一般業務との区分を撤廃して一般的・恒常的業務にまで対象業務を拡大している。専門業務は、その専門性・特殊性ゆえに例外的に派遣期間を制限していなかったが、その区分を撤廃することは、あらゆる業務で⑴のように派遣労働を無制限に拡大することができるようになる。

⑶ 派遣先の業務終了と同時に失職する登録型派遣をそのまま存置している。登録型派遣は、著しく労働者の地位と雇用とを不安定にする形態であって、そもそも登録の段階では派遣元との雇用関係は存在しないことからすれば、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること」という労働者派遣の定義(労働者派遣法第2条第1号)に該当せず、労働者派遣の本質に反するものであるから、本来、禁止されるべきものである。こうした不安定雇用の登録型派遣を存置しておくことは、常用代替防止という労働者派遣法の趣旨をも潜脱するものであり許されない。

4 なお、本改正案は、派遣期間の定めのある派遣労働者については、派遣期間の上限に達した際に雇用安定措置として、派遣元が、新たな派遣就業先の提供、派遣元での無期雇用化、教育訓練等の措置を講じなければならないとしている。しかし、他の派遣先がない場合や、派遣元において無期雇用ができない場合など、派遣元がこれらの措置を講じない場合の私法的な効力は付与されておらず、雇用安定措置としては実効性を欠く。

また、本改正案は、賃金等の労働条件の改善についても、「均衡待遇」を努力義務として指針に規定するよう求めるにすぎず、欧州で広く認められている、「派遣期間中の派遣労働者の基本的雇用労働条件は、同一職務に派遣先によって雇用されていれば適用されたものを下回らない」との均等待遇原則を明示せず、派遣労働者の地位向上に背を向け、低賃金の劣悪な労働条件による派遣労働利用に広く道を開くものとなっている。

5 以上のとおり、本改正案は、雇用が不安定でかつ低賃金となる傾向のある間接雇用たる労働者派遣を、原則的雇用形態として定着させ、貧困の拡大をもたらすおそれが高い。2013年(平成25年)の正規雇用労働者は3294万人、非正規雇用労働者は1906万人となった。前年よりも正規雇用労働者は46万人減り、他方で、非正規雇用労働者は93万人増え、労働者の37%を占めるに至っている。

今後、本改正案に沿った法改正がなされれば、直接雇用から労働者派遣に雇用形態への移行が進み、間接雇用である派遣労働者が増加し、ひいてはさらなる正規雇用者の減少と非正規雇用労働者の増加が加速することが予想され、派遣労働者のみならず、労働者全体にとって、雇用の不安定化と労働条件の低下を招くことになり、労働者世帯の生活を貧困に陥れる事態をもたらしかねない。

6 当会は、本改正案に反対するとともに、登録型派遣の禁止、派遣労働者の均等待遇、派遣業務の専門的分野への限定など、人間らしい労働と生活を確保するための抜本的な労働者派遣法改正を行うよう求めるものである。

2014年(平成26年)3月14日  兵庫県弁護士会 会長 鈴木 尉久

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